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本編

ミッション達成【side 婚約者令嬢】

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「カミラ、私、ミッション達成できたかしら」

 熱に浮かされたような感覚から帰宅して改めて同伴してくれた侍女のカミラに尋ねた。

「ええ、お嬢様。実はお会いして早々に達成してらっしゃいました」

「本当!?」

「ええ、間違いございません。この耳でしかとお聞きしました」

「そう、良かったわ……」

 カミラの言葉を聞いて、私はホッと胸を撫で下ろした。
 そして今日の出来事に思いを馳せた。


 今回、殿下を歌劇に誘った理由は勿論、カラリオ様の活躍を見たいのが半分、殿下に伝えたい事があったのが半分。
 普段意地っ張りと照れくさいのが先にきて中々言えない言葉も、熱狂の空気に飲まれたら言えるんじゃないかと思って誘ってみた。
 殿下は快く承諾して下さり、最初からのエスコートを申し出て下さったけれど、お誘いした歌劇はちょっと特殊なもの。

 前準備があるから断腸の思いでお断りしたわ。


 迎えた観劇当日。

 私は少し暗めの赤いラフなワンピースに身を包んだ。カラリオカラーである。
 対して普段はぴしっとした格好の殿下は、白いシャツに茶色のベストとトラウザースというラフな格好。
 金の髪によく似合ってる格好で思わず見惚れてしまった。
 地味にならず、何を着せても素敵なのは反則だと思うわ。
 それをごまかすように、絵姿を購入できるからといそいそと列に並んだ。

 中身が見えない絵姿は一人一枚しか購入できないようになっている。
 今回私、侍女のカミラ、殿下は観劇するからその三人で並んだ。
 中には使用人総出で買いに来る方もいるようだけど。

「私は良いものは皆さんで共有して応援したいのです。沢山の方に周知して頂く事で、より支援者が増える方が良いと思いませんか?」

 沢山の方に知ってもらって、みんなで応援したい。
 その事を殿下に伝えると、目を細めて頷いてくれた。

 そして無事計三枚の絵姿を購入。
 私はキャネサン、カミラはキラスカというソードマンの絵姿。
 最後殿下のを開けて貰うと、なんと!!
 私が応援するカラリオ様!

「あっ……ああああああカラリオ!カラリオ様だわ!殿下さすがですわ!大好き!!」

 私は思わず殿下に抱き着きたかったけれど、淑女としてそこはぐっと堪えたわ。
 殿下はニコニコして私にカラリオ様の絵姿を下さった。
 や、優しい……。

 調子に乗って絵姿ブローチの列に並び再び買ったけれど、残念ながらカラリオ様は出なかった。
 でもこれも何かの縁だわ。もうみんな応援しよう。


 観劇中、私はその話の切なさに思わずぐすぐすしてしまった。
 すると殿下がさりげなくハンカチを渡してくれた。
 や、優しい……。

 演劇パートが終わって、証明が明るくなる。

「はあ、いいお話でしたわ。最後、マスター様はちゃんと分かってらっしゃいますのにはもう、不意打ちでやられてしまいました……」

 思い出して思わずまた目が潤んでくる。
 隣の殿下を見ると、目が少し赤くなっていた。

「ああ、あれは良かったな。俺も、感動した」

「あら、殿下も瞳が赤くなってますわ」

「そうか?……いや、うん、良い話だった。
 誘ってくれてありがとう」

「ま、まぁ、お暇でしたようですし。
 ……そう言われたらお誘いした甲斐がありましたわね」

 相変わらず可愛くない言葉しか出ない。
 最初から殿下と一緒に行きたくてチケットを用意していたのに。

 けれど殿下は目を細めて笑っている。
 その顔がとても優しくて、私は何だか胸がつきりと痛んだ。


 でも。
 この後の歌パートで気分払拭しよう。
 侍女がすかさず扇子を出してくれた。
『カラリオ様笑って』『カラリオ様一礼して』とそれぞれ書かれた扇子を持っていると、運が良ければ書かれた事をしてくれるかもしれないと言われている。
 この日の為に特注した扇子は、専任の職人がいるくらい人気のものだ。
 それを殿下にも持ってもらった。

『好きだ~~婚約者~~より~~』

 ぐっ

『婚約~~破棄~~するから~~~』

 やだこの歌……

『君以外なにも~~いらない~~~~』

 殿下に言われたらどうしよう……。
 あの男爵令嬢(名前は忘れたわ)様もいつも殿下に寄って来るし。
 ……嫌だな、モヤモヤするわ。

『君が見ていたのは僕の顔と地位~』

 私はそんな事無いわ。殿下の面白さとか好きだもの。

『婚約破棄して想いを伝えて大後悔時代~~』

 ……なんか殿下みたいだわ。

『元婚約者の大切さに今更気付いた~~』

 殿下も私を大切に想って下さってるかしら。

『もうその隣には他に男が~~幸せそうに笑う~~』

 む、切り替え早すぎない?

『全てが遅かった~~過ち~(過ち~~)
 廃嫡~(廃嫡~~)もう~~遅いのだ~~』

 一度の失敗で廃嫡も切ないわね。でも殿下も貴族も大勢の民の生活がかかっているから失敗は許されないものね……。

 それに王太子妃教育って短期間で修得できるものではないわ。それが分からないならやはり貴族の器では無いから廃嫡も妥当なのかも。


「殿下がそうならなくて良かったわ」

 一度目の婚約解消の時、今思えば殿下の心理も聞かずに逃げ出してしまった私も軽率だったわ。
 これからはちゃんと向き合おう。

 そうこうしてたらカラリオ様がこちらにやって来るのが見えた。
 考え事してたら至近距離にいて、思わず殿下の服の裾を掴んだ。すると温かい手に包まれた。

(えっ……)

 私の思考回路は一瞬でショートした。
 だって、手が、手がね、手がカラリオ様で御先祖様が手招きして殿下の手がカラリオ様が笑って、とにかく私の手が何かに包まれている。

 微動だにしなくなった私の肩を心配そうに叩く誰か。
 ハッとして息を吹き返すと殿下と目が合った。

「あ、ありがとうございます殿下。今、私、ちょっと亡くなった御先祖様らしき方が川の向こうから手招きする白昼夢を見ていたようですわ」

「それは戻って来れて良かったよ」

「それとは別に、カラリオ様が笑ってた夢も見たようです」

「それは夢ではないと思うよ」

「……それでは」

「この扇子に書かれた事をしてたよ」

 そう言われて、夢では無かった事が嬉しくて。
 カラリオ様の笑顔が見れた事より、殿下が手を繋いでくれた事が何より嬉しくて。
 私の頬は自然に緩んでいた。


 歌劇が終わって外に出るともう陽が傾いていた。
 別々の馬車で来た事をこれ程後悔したこともない。

 殿下は明日から隣国に視察に行く為の準備をしないといけないらしく、明日からのアカデミーに暫く来れないらしい。

 寂しいけれど、笑ってお見送りしなきゃ。
 でも、中々言葉が出なかった。

「お気を付けて、行ってらっしゃいませ。
 ……きれいなお姉様とかに見惚れないで下さいね」

 ようやく出たのは紛れもない本音。

「ああ、アイザックもいるから安心してくれ」

「あ、それならば安心ですわ」

 カーティス様がいらっしゃるなら安心できるわ。殿下を見張ってて下さる方だもの。
 でも、私もカーティス様になりたかった。そしたら一緒に行けるのに。

 そう思ったら泣きそうになってきて。

「では、失礼致します殿下。またお会いできる時までごきげんよう」

「あ、ああ、気を付けて……」

 私はそそくさとその場をあとにした。


 もっとお話したかったな……。私のバカ…。
 でも、『殿下に大好きと言う』ミッションは達成できた。
 普段は素直になれないけれど、これだけはできたと自分を褒めたい。



 そしてその後、殿下は隣国から帰国したけれど、アカデミーにあまり来ていないようで中々お会いできなかった。
 それでも時折手紙は下さっているけれどそれも間が空くようになった。王宮に問い合わせても忙しいからとしか言われない。
 王太子妃教育の帰りに寄っても本当に忙しそうで声を掛ける事を躊躇してしまった。


 そのうち殿下の噂話をアカデミーで聞いた。


 それは


『高貴な方が隣国の御令嬢に一目惚れをした』という、私の中の不安を煽る内容だった。


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