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最終章〜縁の糸の結び直し〜

20.幸福で希望ある未来へ【完】

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「まーたここで本読んでる。今日は虫取り行くって言ったじゃないか」
「兄上はいつも潰すじゃないか。僕は嫌だよ」

 リリミアとアーサーの長男ヘルックは身体を動かすのが大好きな少年。
 対して次男のエルピスは本を読む方が好きな少年。
 だが男はそんなんじゃダメだ、と毎回弟の手を引っ張り何とか一緒に遊ぼうとするのだが。

「兄上、そもそも勉強は終わったのですか?
 先日出された宿題をやっていないと家庭教師が嘆いておりましたが」
「えっ、あ、いやぁ、そのだな」
「将来アルクトゥルス伯爵家を継ぐのは兄上ではないのですか?」
「エルでもいんじゃないのか? 別に長子が必ずってわけじゃないんだし」

 二人はいつもこの調子で賑やかで、リリミアたちは苦笑しながらも見守っていた。

 産まれたエルピスを見た瞬間、リリミアは涙が止まらなかった。
 今度こそ幸せにしたい。ヘルックと共に愛したい。
 その成長を何の憂いも無く見届けたい。
 様々な想いが駆け巡り、リリミアは産まれたてのその子に頬を寄せた。

「貴方の名前はエルピス。『希望』という名前よ。……私にとって、貴方は希望をくれた人だったわ。……エルピス・エクスクロス」

 エクスクロスはリリミアを本当の母と呼びたかった。
 彼がずっと願っていた事だった。
 親に愛されず目も合わなかった一度目。
 母と慕いながらもどこか遠慮がちだった二度目。
 今世では魔女の言う通り、産まれる前で器も無かった為に記憶は無い。
 だからエルピス・エクスクロスは母に遠慮なく甘えるし文句も言う。
 リリミアはそれが嬉しくて仕方ない。

「あーもう、僕は本を読みたいんですよ。
 兄上はもうすぐアヴニールが来るでしょう?
 そちらと遊べばいいじゃないですか!」
「アヴィ来るのか? じゃあアヴィと遊ぼうかな」
「ごきげんようお兄様たち」

 ちょうど言い争っている間に母に手を引かれた少女が挨拶をする。
 ちょこんと膝を折り、リリミアに向かって淑女の礼をすると、ふふんと自慢気に胸を張った。

「いらっしゃい、アヴィ、お義姉様」
「ねえ叔母さま、私のカーテシきれいだった?」
「ええ、素敵なレディだったわよ」

 きらきらとした笑顔でいるのはシヴァルとルフェイの娘アヴニール。

「アヴィはリリミア好きねぇ。私もだけどね」
「私の方が好きよ」
「いいえ、お母様の方が好きよ」

 ばちばちと母娘で火花を散らし、リリミアは困り顔。

「アヴィより俺、俺よりエルの方が母上好きだぞ」
「兄上!」

 そこへ話をややこしくしに来たのかヘルックが口を出す。
 エルピスは兄の口を塞ぐべく立ち上がった。

 いつの間にかヘルックとエルピス、そしてアヴニールの三人で言い合いをしていたかと思えば、結局虫取りをして遊んでいる。
 貴族子息にしては元気が良過ぎるが、それで良いのかもしれない、とリリミアは感じていた。

「体調はどう?」
「お義姉様、ありがとうございます。今日は穏やかに過ごせていますわ」

 ルフェイはリリミアの顔色をじっと見て、無理をしていないか、とくまなくチェックした。

「苦しくなったら教えてね」
「皆様大げさですわよ」

 緩やかに笑うリリミアを見て、それでもルフェイは不安だった。


 エルピスが産まれた時、リリミアは生死の境を彷徨った。
 アーサーはマリウスからある事を聞いていた為、気が気ではなく何度も天に祈っていた。
 幸いリリミアは一命を取り留め、無事ではあったが心臓が弱った為今後は子を望まない方向で決着している。

 国王マリウスがガラハドから聞いた事実は、シヴァルを通じて秘密裏に伝えられた。

 それは命の期限に関する事。
 一度目の人生で時戻り前に死を迎えた者は、その年齢が最長であると言う事。
 それより前に期限を迎える事はあれど、長くなるかは未知数。
 さすがに天命を変える事は冥界の王の管轄の為魔女には手を出せない為どうする事もできない。
 器と縁を結ぶ事はできても、基本的に生死は魔女の管轄外。
 魂を魔女の庵に留めて置く事すら縁の魔女の選り好み中で何とかごまかしている状態なのだ。
 それでもいわゆる上司にあたる神々にはバレているだろうが気まぐれに見逃されている。

 それゆえ、ガラハドらは楽園で母を待つ事にしたのだと言った。

 ヴィアレットはこの事を知り受け止め、それでも国の為にと精力的に動いている。

「子どもたちが待ってくれているなら、楽園にいくのも悪くないわね」

 ヴィアレットはそう笑ったが、マリウスはもう自分の見ていない所で死なれたくないと彼女から離れなかった為、リリミアへの謝罪にティンダディルへ行けず、ヘルック出産後のタイミングになったのだ。

 だからルフェイはリリミアも同じ運命なのでは、と気が気ではないのだ。

「お義姉様、私は今一番幸せなのです。
 可愛い子どもたちがいて、話し相手になってくださるお義姉様や友人たちがいて、支えてくれる夫がいる。
 それに……お義姉様はマキナを産んで下さった」

 リリミアはアヴニールに目を向け瞳を潤ませた。

「今世では『未来アヴニール』と名付けられたあの子がもう一度、私の近くに来てくれた。
 もう、心残りは無いわ」
「何を言うの。まだまだこれからじゃない。
 アーサーだって腕利きの医師を探してるわ。
 病気を治す魔法使いだっているかもしれない。
 未来はまだ決まっていないわ。貴女は新しい幸福な人生を生きてるの。だから、希望を持ちなさい」

 時を戻り、全てを無かった事にはできない。
 けれど。

「私、生きてて良かったわ。ありがとう、お義姉様。……そうね、希望は持っていていいわよね……」

 リリミアは三人の子どもたちを見つめる。
 未来はどうなるか分からない。
 できれば子どもたちの成長を見守りたい。
 約束もある。

「貴方との約束を、見届けるまでは……」

 生きたい。ただ、子どもたちの為に。
 リリミアの願いはただ一つだった。


 ある日、リリミアの体調が良いので皆で出掛ける事になった。
 アーサーは妻の手を取りゆっくりと歩く。
 腰に手を添え、疲れないように。

 長男ヘルックと次男エルピスも母を気遣いながらゆっくりと歩く。
 そうしてテラス席に座ると、両隣をエルピスとアヴニールが陣取った。

「俺は一番お兄ちゃんだからな」

 ヘルックは得意顔でエルピスの隣に座る。
 円卓にシヴァルとルフェイ、アーサーも座ると思い思いに注文した。

 よくある幸せな家族の風景。
 それを見つけたとある男はしばらくそれに見入っていた。

「眩しいな」
「ああ……」
「でも……幸せそうだ」

 近寄りたくて、近寄れない、遠い存在。
 諦めきれない頃は何度か近寄ろうとして――阻まれた。
 自分が叶えたかった家族の在り方。それを自分以外の人間が叶えている。

 それはまるで彼らこそが舞台の主役のようで手が届かず、自分は観客になったような錯覚をおぼえた。

「俺もさ、間に合わなかったよ。元婚約者は一回目、二回目で同じ奴と結婚してた。
 裏切った俺よりそっちを選んだ。
 大きく時を戻って、最初に言われたのが婚約をどうするかだった。
 だが相手はもう、俺ではなく他に気持ちがいってしまってた」

 エールは結局元々の婚約者とは結ばれず、別の女性と結婚した。
 メイ・クインへの愛を捧げた彼は魅了の影響は無い。
 一度目の過ちを反省し二度と誰かを裏切る事が無いよう相手に誓ったのだ。
 現在は初めての子に恵まれ、その存在に戸惑いながらも幸せな日々を送っている。

 エールはマクルドの監視役である。
 平民となったマクルドの働く先がエールの商会だった。
 クロスは様々にマクルドを活かさず殺さずの対策をとっていたのだ。

「リリミアとはもう、話せないし触れ合えないけど、リリミアが幸せなら、時を戻った意味はあったんだよな」

 今彼女の両隣にいる子二人が誰かも気付いている。
 自分がいなくても三人が笑っている。

「エクスもクロスもマキナも、幸せになれたなら、俺がした事の中で一つくらいは、いい事があったんだよな」

 それがあまりにも眩しくて、マクルドは目頭が熱くなる。
 母に甘える二人を見て、本当ならば、という思いが湧いてくる。
 そうしたくてもさせられなかった。
 かつての自分の行いが、自分の幸せを求めた結果が彼を苛み、孤独で圧し潰す。

「そうだな。俺たちは遠くから幸せを祈ればいい。もう彼女たちの人生に登場せずにな」

 マクルドはゆっくりと呼吸をして鼻をすすった。
 エールは友の肩を叩き、二人はその場を離れて行く。
 マクルドは空を見上げる。

 どうか、この先愛する人が幸せであるように。
 未来が希望に溢れ、明るいものであるように、と願いながら。


 それから更に月日は経過した。


「母上」

 リリミアは息子に呼ばれ、アーサーに支えられながらベッドで身を起こした。

「お身体はどうですか?」
「大丈夫よ。エルピス、話って何かしら?」

 成人を迎えたエルピスは、後ろにいた女性の手を引き母に紹介した。

「僕の婚約者です。学園で知り合いました」
「は、初めまして」

 リリミアは目を見開き、そして瞳を潤ませた。
 二度目の時戻り前にした約束を思い出す。
 エルピスは婚約者を優しい目で見つめている。きっと大切にし、幸せにするだろう。そう確信できる程婚約者を気遣っている。

「エルピス、おめでとう」
「ありがとう、母上。まだ婚約したばかりですからね。晴れ姿も見てほしいから、だから……」
「ええ、まだ、頑張らなきゃね」

 リリミアは柔らかな笑みを向ける。

 命の期限は既に過ぎている。かつての友人は先に旅立った。
 だからまだ彼女が現世にいられるのは奇跡と言えるものだ。だが着実にその灯火は消えつつある。

 だから祈る。
 幸福で希望ある未来へと繋がるように。

「貴方が幸せになるのを見届けるまでは」


 リリミアは息子に、心からの笑みを向けた。

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