上 下
43 / 58
最終章〜縁の糸の結び直し〜

7.未熟な二人

しおりを挟む

 ランスロットらの行く末が決まった頃。

 一度目の人生で王太子妃だったヴィアレットは、己のした事を思い出し部屋の中で震えていた。

『カリバー公爵夫人が亡くなった』

 それを聞いた瞬間、自分が殺した、と思い、ヴィアレットは酷く後悔した。

 リリミアとヴィアレットは学園時代からの友人だった。
 婚約者がメイ・クインに侍っている、言わば同士のような関係から始まり、互いに励まし合い友となったのだ。

 だがリリミアが苦しみを訴えた時、ランスロットが戻らないのは愛人関係であるマクルドが引き止めないせいだ、と歪んだ方向に憎悪を向けた。
 それがリリミアを苦しめ、――死に至らせた。

 だから、お茶会の前日にその記憶を思い出した時、ヴィアレットは己のした事に嫌悪と憎悪が湧き、リリミアに会わせる顔が無いとお茶会を欠席し、「修道院に行く」と言って部屋に閉じ込もってしまったのだ。

 そんなヴィアレットを心配した両親は、王太子の婚約者候補として名が上がっていたが辞退を申し入れた。

「待ってください」

 そこに待ったをかけたのは第二王子マリウスだった。

「兄上の王籍剥奪が決定して、次期王太子は私になります。僕は妻にヴィアレット嬢を望みたい」

 マリウスの訴えにヴィアレットの両親――ギネモード公爵夫妻は困惑した。
 王家と繋がるのはやぶさかではないが、一度目と二度目の人生で愛人関係に悩まされたヴィアレットを流石に不憫に思い、今度こそはとヴィアレットの幸せを望んでいた両親は、彼女の望みを叶えたかった。

「マリウス殿下、ですがヴィアレットは修道院に行きたいと望んでおります。
 もうそっとしておいて下さいませんか……」
「ヴィアレット嬢は兄上に悩まされていた。けれど、二度目では僕の手を取ってくれました」
「……それを娘は悔いています」

 マリウスは悲痛に顔を歪ませた。
 二度目の人生で彼はランスロットへの報復がしたいヴィアレットの望みを叶えるべく父に頼み彼女を公妾とした。
 子も二人授かった。
 残念ながら側妃にしか迎えられなかったが、ずっと一緒に暮らせる事を楽しみにしていたのだ。
 けれど、何故か時が巻き戻り、マリウスは子どもに戻ってしまった。
 ようやく手に入れた最愛を、再び失ってしまったのだ。
 だから今度こそは最初から手に入れたかった。

 今回もランスロットが王籍剥奪される為マリウスが立太子する予定となっている。
 だから婚約者にヴィアレットを望んだのに。

「とにかくヴィアレット嬢に会わせて下さい。彼女と話がしたいのです」

 マリウスはギネモード公爵に頼み込んだ。
 公爵夫妻は困惑し、娘が望むなら、と許可を出した。


「何をしに来られたのですか」
「貴女に求婚しに来ました」

 淀み無く言うマリウスを見やり、ヴィアレットは虚ろな瞳を彼に向けた。

「お帰り下さい。私は王太子妃にはなれません」

 きっぱりと断ると、マリウスはぎゅっと拳を握り締めた。

「僕が望むのは貴女です。貴女でなければ僕は結婚しません」
「殿下は立太子なさるとお聞きしました。どうぞ私ではなく他に相応しい御令嬢と婚約なさいませ」
「どうして……! 貴女は僕を受け入れてくれたではありませんか……」

 二回目の人生で、マリウスは幸せだった。
 ずっと、彼女を見てきたのだ。
 一回目の人生ではランスロットの計略で辺境伯の養子となり彼女から遠ざけられた。
 兄と幸せになっているならそれでも良かった。
 だがランスロットは不貞を繰り返し、ヴィアレットと子どもたちを散々傷付けた。
 それが許せず二回目で王太子になった時にヴィアレットを奪った。
 彼女もそれを受け入れた。
 常にやり直したいと願っていた彼にも記憶があったのだ。
 だからマリウスは今度は最初から彼女と共にありたかった。

「貴方が……私を手に入れたかった理由は、ランスロット殿下への復讐でしょう?」

 ヴィアレットの問い掛けにマリウスは思わず唇を噛んだ。

「ランスロット殿下が貴方を……辺境伯家に追いやった。それが許せず、辺境伯家で復讐の期を待っていた。
 貴方以外の王位継承権を剥奪し、貴方が返り咲くはずだったのよね……」

 マリウスの顔が強張っていく。
 その変化にヴィアレットは瞳を震わせた。

「私を望んだのはギネモード公爵家の後ろ盾を得る為かしら……。
 そうでなければ、私なんて誰も選ばないわ」

 一度目の時、マリウスは生きていた。
 辺境伯家で世話になりつつ、兄へ一矢報いる為に機会を伺っていたのだ。
 そこへカリバー公爵夫人リリミアの死をきっかけに明るみになった兄の罪はマリウスを奮い立たせた。
 そして行き場の無いヴィアレットや子どもたちを迎えに行こうとした矢先、ヴィアレットの訃報を聞いた。
 友人の死に罪悪感を持ち続けていた彼女は次第に弱り、子どもたちを置いて衰弱し儚くなった。
 間に合わなかった、と悔恨し、せめて子どもたちだけでも、と引き取るところで時が戻ったのだ。

 だから二回目の人生ではヴィアレットに加担し、子どもたちを受け入れた。

「ヴィアレット嬢、……いや、ヴィア。
 僕は貴女を愛しています。貴女に罪があるならば、僕が一緒に背負って償います。
 貴女が間違えた時は一緒に謝ります。
 だから、僕と共に生きてくれませんか?」

 マリウスはヴィアレットを見上げて乞うた。
 そんな彼を見て、目頭を熱くさせるヴィアレットは、ぽたりと雫を落とした。

「私は……自分の事しか考えていなかった人間よ。最後は子どもたちも友人も、見捨てて自分だけが楽になった。こんな私は王太子妃失格だわ」
「今までは失敗してきたかもしれない。けれどそれをそのままにして何もしないよりは反省して失敗を活かして償う方がいい。
 自分を責め続けるならば、これからは他人の為に生きていけばいいと僕は思います」

 ヴィアレットはそれで良いのだろうか、自分にできるだろうか、と葛藤していた。

「僕もまだ未熟者です。お互い未熟者同士、助け合い支え合っていきたい。
 隣りに居てそうしたいのはヴィアなんだ」

 マリウスの言葉にヴィアレットの心が解けていく。
 正直まだ彼女の気持ちは迷いがある。
 けれど、変わらなければならないと殻を破る時でもある。

「わた……私は、これから変わりたい。変わります。他人ひとの為にできる事を考えるわ。間違えた時は教えて下さい。リリミア様にも謝りたい。
 悪いところは直していく。だから側にいてください」

 泣きながらマリウスの手を握ると、マリウスもヴィアレットの手をしっかりと包み込んだ。

「お互い指摘しあいながら成長していけたらと思います。僕も間違えた時は教えて下さいね。
 あと時期を調整してリリミア様に会いに行きましょう。
 その時は僕もそばにいますから」

 ヴィアレットは泣きながらこくこくと頷いた。

 そうしてマリウスはヴィアレットとギネモード公爵の許しを得て彼女と婚約する事になった。


 マリウスが王城に帰るとランスロットに出会った。

「お帰りなさい。その様子だと上手くいったようですね」

 ランスロットはマリウスの兄だ。だが今の彼はマリウスに敬語を使う。

「復讐は果たせましたか、
「……やはりガラハドか」

 ランスロットの姿をしたガラハドは目を細めて不敵に笑った。

「一回目の時、叔父さんを辺境に押しやったのは父上でしょう? だから二回目の時に母上を奪った」

 彼にも見抜かれていたのか、とマリウスは思わず笑いが込み上げ、背中に汗がつうと滑り落ちた。

「母上の事を大事にしてくれますか?」
「ああ。じゃなきゃ口説かないよ」

 ランスロットはじっとその目を見る。
 全てを見透かされていそうで、マリウスはその目を反らせない。

「まあ、いいでしょう。父上よりはマシでしょう。
 母上は裏切られた人でもあるし、裏切った人でもある。今回は是非償わせてあげてくださいね」

 一度目、二度目とガラハドは両親に対してどんな思いだったのか、と思うとマリウスは言葉が見つからない。
 ランスロットとヴィアレットが結ばれない事で彼は生まれない事になるから余計に。

「ガラハド……、すまない。僕がヴィアと結ばれたら……きみは……」
「構いませんよ。私は父上を見限っていますから。王族として恥ずかしい思いでいます。
 この中にいればいる程腐るようで早く出たいのはやまやまなんですがね。弟たちはまだ父と遊びたいようですし、まだやらねばならない事もありますからね」

 ガラハドは次期王太子として教育を修めていた。
 その中で己の立場を理解しずっと律してきたのだ。
 その彼が父親を早々に見限っているのはそうさせた環境のせいだ、とマリウスは唇を噛んだ。

「時を戻し子どもたちを誕生させるという約束を破ったのは父上です。母上にも責はありますが父がアレでは仕方ない。
 生まれるはずだったライネルとエレインがかわいそうです」

 二度目の時に生まれたガラハドの弟妹は、名は同じだが一度目と違う二人になってしまった。
 ガラハドはそれが許せず、魔女に頼み父の中に入り込んだのだ。

「きみは王族の中で誰よりも思いやりのある者だった。……きみのような後継者が生まれないのがこの国にとって痛手だよ」
「お褒め頂きありがとうございます。私は別の場所で生まれ変わります。
 ……だから、母をよろしくお願いします」
「きみさえ良ければいつでも生まれ変わっておいで。……待ってるから」

 マリウスの言葉にガラハドは瞳が揺れた。

「私は父が心底嫌いなので、血が濃いうちは遠慮します」

 ガラハドの言葉にマリウスは眉根を下げた。
 そしてカメロンにとってなくてはならない人物を失ってしまった事に、改めて残念な気持ちを胸の奥に押しやった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈 
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

〖完結〗婚約者の私よりも、ご自分の義妹ばかり優先するあなたとはお別れしようと思います。

藍川みいな
恋愛
婚約者のデイビッド様は、とても誠実で優しい人だった。義妹の、キルスティン様が現れるまでは。 「エリアーナ、紹介するよ。僕の義妹の、キルスティンだ。可愛いだろう?」 私の誕生日に、邸へ迎えに来てくれたはずのデイビッド様は、最近出来た義妹のキルスティン様を連れて来た。予約していたレストランをキャンセルしたと言われ、少しだけ不機嫌になった私に、 「不満そうだね。キルスティンは楽しみにしていたのに、こんな状態では一緒に出かけても楽しくないだろう。今日は、キルスティンと二人でカフェに行くことにするよ。君は、邸でゆっくりすればいい」そう言って、二人で出かけて行った。 その日から、彼は変わってしまった。私よりも、義妹を優先し、会うこともなくなって行った。 彼の隣に居るのは、いつもキルスティン様。 笑いかけてもくれなくなった彼と、婚約を解消する決意をする。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 感想の返信が出来ず、申し訳ありません。感想ありがとうございました。 嬉しい感想や、自分では気付かなかったご意見など、本当にいつも感謝しております。 読んでくださり、ありがとうございました。

壁穴屋

うしお
BL
酒場の看板にぶら下がる小さな輪。それは、酒場の地下に『壁』と『穴』を売る店『壁穴屋』が存在する証。 これは、公然の秘密である『壁穴屋』を楽しむある冒険者のお話。 【ノービルの街】全9話。壁穴・若者モブ複数攻。 【ルイロシュクの街】全13話。媚薬・おっさんモブ複数攻。 【エルデラの街】全45話。淫具・鬼畜ショタ複数攻。 【番外・マルスケスの街】本編17話。主に攻ショタ視点。筆下ろし。+オマケ4話。本編登場淫具、体験談。 【ディレーテの街】全68話。裏メニュー。モンスター姦。 【ティロドミアの街】連載中。人外博覧会。異形専用肉便器体験。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

諦めて、もがき続ける。

りつ
恋愛
 婚約者であったアルフォンスが自分ではない他の女性と浮気して、子どもまでできたと知ったユーディットは途方に暮れる。好きな人と結ばれことは叶わず、彼女は二十年上のブラウワー伯爵のもとへと嫁ぐことが決まった。伯爵の思うがままにされ、心をすり減らしていくユーディット。それでも彼女は、ある言葉を胸に、毎日を生きていた。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

モブですが、婚約者は私です。

伊月 慧
恋愛
 声高々に私の婚約者であられる王子様が婚約破棄を叫ぶ。隣に震える男爵令嬢を抱き寄せて。  婚約破棄されたのは同年代の令嬢をまとめる、アスラーナ。私の親友でもある。そんな彼女が目を丸めるのと同時に、私も目を丸めた。  待ってください。貴方の婚約者はアスラーナではなく、貴方がモブ認定している私です。 新しい風を吹かせてみたくなりました。 なんかよく有りそうな感じの話で申し訳ございません。

処理中です...