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二回目
13.後悔
しおりを挟むマクルドが伯爵領地から帰宅して一週間程経過して、リリミアとクロスはようやく帰宅した。正直もう帰って来ないのでは、と気が気でなかったがリリミアが帰って来てくれてホッとした。
だがあれ以来リリミアは邸内ではマクルドを徹底的に避けている。
トラウマを呼び起こされたのだ。顔も見たくなかった。
その為マクルドは謝罪する機会を見失ってしまった。
結果的に以前より冷めた夫婦関係になってしまい、クロスからも睨まれ、あの日の事を後悔する日々。
そうこうするうちに、クロスの後継者教育が順調に進んでいるからと、公爵位はマクルドに譲られた。マクルドの父の体調が思わしくない為、彼の両親は一線を引く形にしたのだ。裏ではリリミアの次期夫人としての立ち振る舞いが好評だから実質の公爵はリリミアだと言われている。
謝罪もできず顔を合わせる事もできないまま王城主催の夜会に出向くが行きの馬車では終始無言。目線も合わず、声を掛けることもできないマクルドの頭は次第に冷え、冷静さを取り戻しつつあった。
リリミアは公爵夫人として社交界で人気で、夜会などに行けば必要な挨拶が終わった後すぐ離れて友人たちと楽しそうに歓談する。
この日も必要な挨拶を済ませた後はすぐに皆に呼ばれ行ってしまった。
エスコートの時は終始手は浮いたままだった。
マクルドは楽しそうに笑顔を浮かべて歓談する彼女を見つめ、時戻り前と今を比べていた。
時戻り前の彼は王太子の側近として夜会にはメイを連れていた。
メイが美しいから見せびらかしたかった。
王太子にも愛される女性を侍らせる事に優越感もあった。
社交界は教養が試される場でもある。
年齢に応じた知的な会話、振る舞い方は基本的なもの。
リリミアは常に背筋を伸ばし淑女の笑みを浮かべ周りとの会話を楽しんでいる。
そこに性別や年齢は関係無い。
社交場をフルに活用し、人脈を拡げているのだ。
メイは――
マクルドにべったりで王太子や寄って来た令息とばかり話していた。
女性が場にいる事を許さなかった。
メイから見つめられれば令息たちは途端に目の色を変えた。
見方を変えれば娼婦をエスコートしているようなものなのに、おかしい事に気付かなかった。それとなく諫言してきた者には権力で黙らせた。
(冷静になってみれば、人脈作りをするのにただ着飾っただけではだめなのにな……)
どちらが良いかなんて比べるまでもなく、マクルドは壁に寄りかかり溜息を吐いた。
「あまりいい顔してないな」
久しぶりに話しかけてきたのはガウエンだった。
彼は父親から監視されている為あまり自由は無いらしい。
交友関係も制限され、夜会も常に見張りがあった。
「ガウエン、久しぶりだな」
「時戻りをしたのに幸せそうじゃないな。なぜだ?」
なぜかその表情には怒りが滲んでいた。
だがマクルドは気付かない。
彼の目線は常にリリミアに向いていた。
「リリミアに……記憶があるようなんだ……。エクスにも」
ガウエンは怪訝な顔をした。
「俺がリリミアにした事、全部覚えてる。
そして、同じ事をされてる……」
「まさか……」
マクルドは力無く項垂れた。
「時戻りをする時、魔女は『希望するなら残す』と言った。
そりゃそうだよな……。理不尽に裏切って傷付けて死に追いやったんだ。やり直したいと思っても不思議じゃない。
リリミアは何も悪い事はしてないのにな」
時戻りをして、自分の思うように事を進めたかった。
リリミアとやり直し、マキナと共に家族に戻りたかった。
エクスがいるならエクスも迎えたかった。
だがそんなマクルドに都合の良い事などリリミアは許さない。
リリミアだけでなく誰だって許せないだろう。
「今もまだメイを想っているのか?」
ガウエンに問われ、マクルドは緩く頭を振った。
「クロスにも言われた。あんな女のどこがいいんだって。
正体を知ったくせにまだ庇うのかと。
だが今はもう思い出す事も無いんだよ。
けどふとした時に湧き上がって来るんだ。もう俺は自分の気持ちが信じられない。
魅了は解けたんだよな? 解呪されたんだよな?
それでも俺はリリミアを傷付け続けている。
メイの事を愛しているなんて、そんなわけないのに……」
解呪してもマクルドの中に残るメイというがん細胞のようなものは、彼の中のリリミアに対する想いを上書きするかのように蔓延っている。
長く一緒にいたせいか、エクスという子が鎹になっているのか、マクルドには判断ができなかった。
リリミアを愛しているはずなのに、行動や言葉はリリミアを害し、メイを求めてしまう。
ただでさえ離れてしまった心を取り戻す事はできない。
むしろ動けば動くだけ悪循環で、マクルドは心が折れそうだった。
「なあ、マクルド。俺たちは時を戻して良かったんだろうか」
ガウエンは呟いた。
「時を戻して夫人が生きているのにお前は辛そうだ」
マクルドは考える。
リリミアが生きているのに辛い。
何が辛い――愛しているのに愛されていない事が。
なぜか。――自分が前回彼女を冷遇したから。
それはメイがいようがいまいが、彼がリリミアを思いやれば変わったはずなのに。
「……こんなはずじゃ、無かったんだ……」
それは時を戻してからの事なのか、メイに魅了されるはずではなかったという事なのか。
もしもメイと出会わなければ、メイに気持ちを許さなければリリミアは今でも笑ってくれていたのか。
学園に入学する前はリリミアに会えば嬉しくなりずっと一緒にいたくてたまらなかった。
最初はマクルドの押しに引き気味だったリリミアは、徐々に気持ちに応えてくれて、彼女から頬を染めて「好き」と言われた時は天にも昇る気持ちだった。その頃は間違いなく愛し合っていたはずだ。
だがいつしかメイに囚われ、メイの上目遣いに絆され、メイの身体に溺れた。
きっかけが何かなんて思い出せない。
子ができた時、その子が生まれて自分の子だと分かった時。
戸惑いや焦りより喜びが先に来た。
リリミアを裏切ったとか、悲しませるとか考えもせず。
それなのに、父親に反対され結局メイとの結婚はできなくても、不満は無かった。
リリミアと結婚する事が当然で、結婚してからは幸せだったから。
ほんの少しだけ刺激が欲しかっただけだ。周りに、特にランスロットに負けたくなかった男の見栄だ。
リリミアとの間の子が女の子一人で、弟妹ができなかったから異母兄を紹介しただけだ。
それが全てを壊すとも思わずに。
リリミアと目が合う。
笑顔だった彼女の瞳が氷のように冷たくなる。
朗らかな春のような暖かさの笑顔は、二度とマクルドには向けられない。
「離縁したくない……。リリミアを手放したくない……」
二度と逃げられないように、今度こそ囲ってしまいたい。
今度こそ足枷を付けて窓の無い所に閉じ込めてしまえば。
それからじっくりと自分の愛を分からせれば想いを向けてくれるだろうか。今の彼の思考はこんな事で埋められている。
一回目でリリミアを監禁したのは、マクルドの奥底、魅了さえ届かないリリミアへの想いがさせたもの。
当のリリミアからすれば望まぬ溺愛など迷惑でしかない。
きみだけを愛しているなど――。
自分を虐げた男からの溺愛など、誰が喜ぶのか。
互いの望みが合致すれば至上のロマンスになるかもしれない。
だがリリミアは望んでいない。
マクルドへの想いは全て憎しみとなり、ただそれを返したいがためにそばにいるのだが、彼はリリミアの気持ちを無視しているのだ。
ガウエンは妻に呼ばれてマクルドと別れた。
リリミアは会話を終えたようで彼のもとへ戻って来た。
「用は済んだわ。帰りましょう」
リリミアはホールから抜け出し歩き始めた。
廊下を早足で馬車へと向かう。
マクルドはそのあとを名残惜しそうに振り返りながらリリミアを追い掛けた。
「リリミア、まだ踊ってもない……」
「ああ、構いませんよ。いつものように、ファーストダンスは他の方にお譲り致しますわ」
リリミアは笑って答える。
もう彼が誰と踊ろうが彼女には関係無い。
「俺はリリミアと踊りたいんだ……。なあ、頼む……」
縋るようにリリミアの手を取るが、やんわりと払われた。
「貴方は私の望みを聞く耳持たなかったのに、どうして私は貴方の望みを叶えないといけないの?」
「望み……?」
「離縁して、解放して。何度も申し上げたのに貴方は無視したわ。『自分はリリミアを愛しているから』って」
「愛しているんだ。嘘じゃない。俺は」
「愛しているって何? ただ仕事をさせる為の便利な正妻にしてやってるだけでしょう?
口先だけ。貴方の行動はいつもメイ様を愛していたわ」
「それは魅了されていて……、だから」
リリミアは蔑むようにマクルドを見つめた。
「本当に魅了魔法のせいだけなの? 本当は心変わりしたのでは?」
「リリミア……」
違う。
何度も違うと否定してきた。
だがマクルドは自信が無い。
「どうして貴方が傷付いたような顔をするの?
どうして被害者のように振る舞うの?
貴方に虐げられて死にたくなるくらい辛い思いをしたのは私よ?」
リリミアの悲痛な叫びがマクルドの胸を穿つ。
「リリミアが死んで……やり直したかったから時を戻したんだ。嘘じゃない。きみとやり直して幸せになりたかった」
「それは貴方だけの幸せでしょう? 私は頼んでいないわ!」
涙を浮かべ、リリミアが叫んだ。
まばらに帰る人が何事かと二人を見やった。
マクルドは上着を脱ぎリリミアを隠すと、肩を抱き馬車へと急いだ。
馬車の中で二人は無言だった。
リリミアは窓の外を見たままマクルドを見ない。
マクルドもリリミアに話し掛けるのは躊躇われた。
公爵邸に着きエントランスを潜る。
リリミアはいつものようにすぐに自室に引き上げようとした。
「リリミア、待ってくれ」
「触らないで!!」
階段を登る前にリリミアの手を掴むと、リリミアは勢いをつけて振り払った。
「リリ……」
その瞳には憎悪が宿る。
リリミアは掴まれた手を擦りマクルドを睨んでいた。
時を戻し、やり直したい。
それはマクルドが望んだ事。
だがリリミアが望んでいた事なのか……?
「リリミア、きみは……戻りたくなかったのか……?」
マクルドは蒼白になりながらリリミアを真っ直ぐに見た。
真正面から見た彼女は美しく、涙に濡れても気高い様子が見て取れる。
どうしようもなく惹かれ、どうしようもなく焦がれてしまう。
「私は戻りたくなんてなかったわ。あのまま死んだままで良かった……」
そうしてリリミアは、時戻りをした後の事をポツリと話し始めた。
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