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二回目

4.変わりゆくもの

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「憎いあの女はいなくなったのにちっとも幸せじゃないわ」

 出産を終え、げっそり痩せ細ってしまった友人ヴィアレットの自嘲するような笑みを見て、リリミアは無表情で紅茶のカップを傾けた。
 リリミアが王都に戻って程なくして、ヴィアレットから会いたいと打診が来たのだ。
 どうしようかと迷ったがランスロットが愛妾をとっかえひっかえしている事で、ヴィアレットがどうなったのか知りたかった。

「あの女がいなくなれば、身代わりを探す男の出来上がりよ。……まさかあそこまで入れ込んでいたなんて……」

 時戻り前、ランスロットは婚姻前にメイを抱かなかった。
 彼が初めてメイを相手にしたのは屋敷に囲い出して程なくして、避妊の魔法を施してからだった。
 王都の外れの屋敷にいる時はヴィアレットにバレないように上手く隠していたし、公爵邸に迎えられてからもあくまで友人宅に行くだけというものだったから、妻であるヴィアレットはリリミアから聞くまで微塵も疑っていなかったのだ。

 だが今は魅了魔法の封印を解いてあげただけでなく、婚姻前から肉体関係を結び、自分の保身の為にメイを捨てた。
 そしてメイが実際に亡くなると今度はメイを求め出したのだ。

『俺が愛するのはメイだ。
 だがお前には子を三人生んで貰わねばならない』

 ランスロットはヴィアレットをただ子を生むだけの存在だと言っているようで、急に変わってしまった夫の態度に彼女は酷く憔悴し、生きる気力を無くしていた。

 優しくも労りも無いねやが苦痛で仕方なかった。
 ランスロットは毎回愛おしげにメイの名を呼びながらヴィアレットを抱くのだから。

 友人の話を一通り聞き終え、リリミアは口を開いた。

「貴女も愛する男性を作れば良いのよ」
「え……」
「貴族夫人の仕事は後継を設けること。嫡男がいるのだから構わないでしょう?
 殿下はもう王太子ではないのだし、離縁を拒否されるなら殿下を受け入れるか逃げるか。最悪死ぬか……。
 それが嫌なら貴女も愛人を作ればいいじゃない」

 ヴィアレットは友人らしからぬ言葉が出た事に驚き言葉を失った。

「私にはいるわ。その方を想うだけで幸せよ」

 思い出しながらうっとりと頬を染めるリリミアは、愛される事を知る女性の顔をしていた。

「勿論、マクルド様ではないわよ」
「リリミアあなた……」

 リリミアは淑女の顔をして妖艶に微笑んだ。

「本音を言えばその方と添い遂げたいわ。
 でもマクルド様は婚約解消に応じて下さらない。
 先に裏切ったくせに私を愛しているんですって。
 公爵夫妻でさえ『何でもするから結婚させてくれ』ですって。
 何の冗談かしらね」

 リリミアは思い出したかのようにクスクス笑った。その様は今までのリリミアと様子がまるで変わり、ヴィアレットは二の句が継げない。

「ねえレット。男たちは好き勝手に生きているわ。
 女が泣いて縋っても、あの人たちは変わらない。
 だから、自分が変わるの。
 操立てしても裏切り者は付け上がるだけ。
 愛されない事が覆るわけないのよ」

 リリミアの表情はどこか達観しているようにも見えた。
 憤り、苦しみ、諦め、絶望。
 全てを置き去りにしてきたような彼女の表情にヴィアレットは息を呑んだ。

「レット、あなたはまだ夫に対して愛を期待しているの?
 はっきり言って無駄よ。
 期待するだけ自分が傷付くわ。
 愛を失った男は失った愛身代わりを求め続ける。
 無いものを求め続ける男に愛を求めても返って来る事は無いわ。
 夫に愛人がいるなら、自分も持った方がいい。
 無いものをあてにするよりあるものを探した方が健全よ」

 貞淑で、婚約者を立てる女性だったリリミアは、マクルドの裏切りにより変わってしまったのだとヴィアレットは感じていた。
 その変わりようが信じられなかったが、同時に羨ましいと感じた。

「リリミア、あなた、変わったわね」

 婚約者からの愛を諦め、他に求めて成功した彼女は心身ともに充実しているように見えた。

「変わらなければやってられなかったのよ。
 これ以上自分が惨めにはなりたくないもの。
 後継ぎが成人したら離縁するつもりよ。
 彼も待ってくれているの。
 どうするかは貴女次第よ」

 全てを諦めたような表情、だが愛された事によりどこか希望を持ったような笑み。
 どっしりと構えているようで、すぐに消えてしまいそうな儚さもある。
 愛される事が彼女を強くしているように感じ、ヴィアレットも意識を変えてみようと動く事にした。

 リリミアは淑女の笑みで微笑んでいた。


 ヴィアレットが帰宅すると、来客があった。

「やあ義姉さん」

 そこには王太子となったランスロットの弟であるマリウスがいた。
 ランスロットの異母弟である彼は、国王の側妃の子である。
 母親は彼を産んですぐに儚くなった。
 妃二人を立て続けに亡くした為、国王は愛妾にのめり込んだ経緯がある。

 夫とどこか似たような彼をヴィアレットは少し苦手としていた。

「ようこそいらっしゃいました、マリウス殿下」
「やだなぁ。僕の方が年下なんだから今までみたいに気楽に接してよ」

 王太子となった彼に対し、臣下の礼を取るとマリウスは困ったように眉を下げた。
 ヴィアレットは彼の瞳に宿る甘さが苦手だった。
 気を抜けば持って行かれそうな感覚が怖かったのだ。

 ちなみに時戻り前のマリウスは兄の成婚と共に辺境伯の養子となりその後どうなったのかは分からない。
 今回はランスロットが不祥事により結婚前に廃太子された為、マリウスが立太子した。
 現在は婚約者を探しているが、引き継ぎで忙しくままならないようだ。

「義姉さん、兄さんはどうしてる?」

 マリウスの問にヴィアレットは曖昧に微笑んだ。
 その様子を見てマリウスは目を細めた。

「ねえ、義姉さん。兄さんの事は聞いているよ。
 今でも兄さんを愛しているの?」

 マリウスは距離を詰めながらヴィアレットに近付く。
 彼から目がそらせない彼女は、思わず後退った。

「こんなに痩せてしまって、それでも兄さんの方がいいの?」

 嫡男が生まれる前、ヴィアレットは離縁を申し出た。
 だがランスロットは却下したのだ。

『お前は愛していないが生まれる子は愛している。子どもたちに罪は無いしお前からしか生まれない。
 だから離縁はしない』

 言われている内容に理解ができなかった。
 要求された子は三人。
 愛していないが子は作る。
 何故、とヴィアレットはランスロットが分からなくなった。

 王太子でないから後継はうるさく言われない。
 苦痛な閨をするくらいなら嫡男一人で良いし、この子を連れて実家に帰りたかった。
 ランスロットの歪な執着の正体はヴィアレットには分からない。
 ただ子を生む為だけの存在と言われたのが悲しく辛かった。

「義姉さん、兄さんと離縁して僕と結婚してよ」

 思考を巡らせていたヴィアレットは、とうとう壁際に追いやられマリウスに絡め取られた。

「兄さんとの息子――ガラハドも可愛がるよ。
 王太子妃教育を修めている義姉さんなら新たに教育をする手間も省ける。
 もっとも、一番の理由は僕が義姉さんを愛しているからなんだけど」

 腕を取られ、足の間にマリウスの足を挟まれ、唇が触れる距離で愛を囁かれ、枯れかけたヴィアレットの心が潤っていく。

『貴女も愛する男性を作れば良いのよ』

 愛される喜びを知る友人の声が脳に響く。

『無いものをあてにするよりあるものを探した方が健全よ』

 マリウスの気持ちが真実かは分からない。
 だが確かに自分は王太子妃になるべく教育課程を修めた。
 マリウスの想いは別として、思惑は読み取れた。
 ヴィアレットは緩く抵抗する振りをし逡巡した。
 だがマリウスはそんな彼女の唇に触れる。

 何度か触れるだけの口付けをし、拒絶されないと分かると今度は舌を絡める深い口付けに変わった。

(そうね、リリミア。貴女の言う通りだわ)

 優しく伺うように求められる事が嬉しい。
 ただ吐き出すだけの乱暴な行為より、焦らして高められる方が良い。

 ヴィアレットはマリウスを受け入れた。

 彼からの愛が兄への当てつけかもしれないとも思ったが、構わなかった。

 彼を何度も受け入れる事でヴィアレットは愛される喜びを知った。
 その事で自分でも驚く程ランスロットに優しくできたのだ。

 彼女はすぐに離縁はしなかった。
 どうせなら幸せの絶頂まで行ってから捨てたかったから。

 彼が望むなら子を三人設けよう。
 子どもたちを愛していると言った。

 ――自分の子ではなくても愛せるのか。
 ヴィアレットはマリウスの口付けを受けながら妖艶な笑みを浮かべた。

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