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それぞれの後日談【side 隣国の二人】

ありがとうを、君に【side 隣国の公爵】

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 俺は、泣きじゃくる彼女をずっと抱き締めていた。時折頭を撫でたり、背中をとんとんしてやる。

 彼女の婚約期間は約6年間。
 12で出逢い、18で解消されたらしい。
 解消されるまでずっと一筋に相手を想い続けていたんだ。
 彼女に片想い歴2年目の俺なんか、まだまだひよっこだ。

 初めて人を好きになり、受け入れられなかった12歳からの彼女たちが、「悲しい」と訴えてくるように感じた俺は、一人一人に「大丈夫だよ」「がんばったね」「辛かったね」と声をかけるように抱き締める。

 彼女はずっと自分が悪いと責めていた。
 でも、婚約は二人の努力だ。
 結婚するならば、どちらか一方の想いだけではいずれ破綻してしまうだろう。
 ──よほど相手を愛し、見返りを求めない限りは。

 俺も、彼女に出逢い、彼女の瞳に映りたいと願っていた時は身が引き裂かれそうに辛かった。
 だから彼女の気持ちが少しは分かる気がするんだ。

 今の彼女はまだ元婚約者を忘れられない。
  
 それでも、例え婚約期間中に彼女と想い合うまでいかなくても、結婚するから俺には時間は充分にある。
 俺にできるのは、いつかは彼女と向き合えるように努力するだけだ。

 なるべく早めに、が理想だが、最悪……。
 本当の最悪、万が一の最悪。
 どちらかの人生が終わるまでに愛してもらえたらそれでいい。

 無理強いはしたくない。
 それで向けられても虚しいだけだ。

 きれいごとでもいい。
 彼女には笑顔でいてほしいから。
 傷付いた分、苦しんだ分、これからは楽しいこと、嬉しい事で満たされてほしい。
 その為に自分ができる事をしたい。

 格好悪くても、ダサくても、誰かに滑稽だと笑われても。

 彼女がそばにいて、笑ってくれるならこんなに幸せな事は無いんだ。

「まだ、彼の事が好き?」

「…………」

 沈黙は肯定かな。
 でも、それでいいと、思うんだ。
 始まりは、彼を大好きな彼女を好きになったのだから。


「無理に忘れなくていいんじゃないかな」

「えっ」


 それは、強がりでも何でもない言葉。
 本当にそう思ったから出ただけで。
 言われた彼女は俺の胸から顔を上げ、驚いた顔をしていた。
 泣き腫らした目をまんまるく見開いて、何度も瞬きをしている姿が可愛い。
 自分を好きだと言う男が、将来結婚する予定のパートナーが、好きだった男を忘れなくていいと言ってるんだ。
 まあ、普通は驚くのかな?

「でも、それは……」

 戸惑いながら、ちょっと気まずそうにしている彼女。

「無理に押さえこもうとすると、かえって溢れて来る。
 それに無理に俺に向いても、気持ちを誤魔化さないといけないのは君が辛いだろう?」

「それは……」

「本音は勿論、なるべく早く俺を見てくれたら、とは思ってる。
 だけど、急ぐ必要は無いんだ。ずっと好きだった人をすぐに忘れるなんてできない事は分かってる。
 それに、彼を好きな気持ちは大事にしてほしい。君の初恋なんだろう?」

 彼女はこくんと頷いた。

「色んな人と出逢うけど、恋をするのはひと握りしかいない。
 そういう相手に出逢えた事はとても貴重で、忘れられないのは当たり前なんだ。
 だから、無理に忘れようと焦らなくていいよ。
 俺との時間はたっぷりある。
 君が彼の事を、もういいと思えるまで待つつもりでいるから」

 そう言うと、彼女の目尻から再び雫が滑り落ちた。
 ぽろぽろと、次から次へと零れていくそれを、指で拭う。

「どうして……、どうして、そんな……そんなに、私は……だって、」

 泣きじゃくる彼女をそっと、抱き締める。
 ゆっくりと背中を擦り、頭を撫でる。

 きっと、彼からされたかった事。
 本当は今でも望んでいる事。

 今は代わりにしかなれなくても、いつかは俺がいいと望んでくれたら嬉しい。

「君がまだ彼と婚約していた時、俺は無理にでも諦めようと思ったんだ。
 だけど、そう思えば思うほど君に会いたくなった。益々忘れられなくなったんだ。
 だから会いに行って、打ちのめされたんだけど」

 僅かな希望さえ砕かれたあの日を思い出すと、今でも胸が痛む。
 彼女の瞳に映るのはたった一人だけだった。
 俺の付け入る隙間なんて毛の先程も無かったんだ。

「それならば、もう、いつか忘れられるまで好きでいようって開き直った。
 俺は君が好きだ。好きでいるだけだ。邪魔はしない。幸せを願おう。いつの間にか自然にそう思えるようになってた」

 だから。

「いつか思い出に変わるまで、彼を好きでいていいよ」

 彼女の体を一度離して、瞼に口付けた。

「俺は君に好きになってもらえるよう、これからも口説かせてもらうけど」

 いたずらっぽく笑うと、彼女の涙は引っ込んで、途端に顔を真っ赤にした。

「そっ、それはっ、その、あなたはっ」

 しどろもどろになる彼女は本当に可愛い。
 こんなに狼狽えるのは慣れてない証拠でもあるから、初々しくて良からぬ事を考えてしまうのは俺も未熟な証拠かな。
 でも。

「そうやって少しずつ、彼より俺の事を考えるようになってくれたら嬉しい」

 そう言ったら、引っ込んでいた彼女の涙が再び零れる。

「……知らなかった。君って本当は泣き虫だったんだね」

 揶揄うようにして言うと、きっ、と睨んで来る。

「幻滅、しましたか?」

 そっぽ向いて、顔を赤らめる彼女は本当に可愛い。

「全く。むしろ君の新しい一面を見れて嬉しい限り」

「……一生、忘れなかったらどうするの」

「それは……難攻不落の砦を攻略するみたいで燃えるかな」

「諦めはしないんですか…」

 驚きながらも困惑する彼女はころころと表情が変わる。俺に対してそんなだから、明るい未来はそう遠くないんじゃないかな、って期待する。

「1回は諦めたけど、俺のとこに来たチャンスの女神に尻尾が付いてたからずっと掴んでる」

「女神様に、尻尾……」

「そう。だから、今この機会を無駄にするつもりはないんだ。君が幸せになるためにできる事は何でもしたい」

「あなたの幸せは?」

「君と一緒にいるだけで幸せだよ。
 君が幸せなら俺はもっと幸せになれる」

「責任重大です……」

「気にしなくていいよ。君がいるだけで勝手に幸せになれるから。

 ありがとう、俺を選んでくれて」

 
 どんな理由でも俺を選んでくれた事は素直に嬉しかったから。


 そう思って、顔を赤らめた彼女の手に口付けた。
 
 未だに赤い顔をした彼女の口元が微かに緩んだから、春はそう遠くない予感がした。
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