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それから。

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「で、お前はスオウの生まれ変わりになるのか?」

 温かいお茶を差し出し、ラクスは椅子に座った。

「はい。今の名前はシオンと言います。……僕の前世は竜人のスオウという男でした」

 シオンはカップの取っ手を持ち、口に運んだ。

「街を出たあと、リーゼの墓に行って……
 縁の魔女に会いました。
 そこで知った事実は受け入れ難いものでした。
 番だと思っていた女が縁の魔女に言って魂替えをし、自分……スオウの番になったというのです」

 ラクスはピクリと眉根を寄せる。

「それは……どういう…」

「スオウの本当の番はリーゼでした。
 ですが、魂替えで魂の情報をその女と交換された。だからリーゼが番だと感じなかったんです。
 ……ただ、その名残があったから番じゃなくても惹かれたのかもしれません」

 人族のラクスからすると想像できない内容だった。
 スオウの本当の番がリーゼで、リーゼからスオウを奪った女が勝手に魂の情報を交換した、などの荒唐無稽な話はにわかには信じ難い。
 だが目の前で話すシオンは、悲痛に顔を歪ませている。

 いわく、それを知ったからスオウは番と思っていた女性を惨殺した。
 竜人と番を引き裂こうとすれば無惨な最期を迎えるのは有名な話だ。
 ──リーゼが今際の際にスオウに知らせるなと言ったのは蜜月中の竜人に近寄ればラクスが無事ではないから止めた、と考えれば合点がいく。

「リーゼを殺したスオウは、罪の意識と番を失った苦しみで衰弱死しました。………リーゼの墓を抱いたまま。
 リーゼの墓の隣の小さな墓標は、スオウの物でしょう。……縁の魔女がせめてもの慰めにと建てたそうですが」

「そうだったのか…」

 ラクスには信じ難いものだったが、目の前の少年が嘘をついたり作り話をしているようには感じない。それにスオウはあんな事はあったが基本的には真面目だった。
 リーゼの件は別として、ラクスはスオウを気に入っていた。
 同僚の中で一番仲が良かったし、二人で組む事も多かった。

 リーゼとスオウが付き合いだして一番に報告したのがラクスだった。
 リーゼがスオウの番では無いというのは気がかりではあったが、気に入っている二人が幸せになるならと祝福した。

 一度ラクスは目を閉じて、シオンに問う。

「もし、リーゼの生まれ変わりに出逢ったらどうする?」

 シオンが生まれ変わっているならリーゼも、と考えるのは当然だった。
 人の縁を司る縁の魔女が関わっているから尚更だった。
 問われたシオンは俯き、膝をぎゅっと握った。

「できるなら……謝りたいです。だけど、僕みたいに記憶があるとも限らない。記憶が無いリーゼに謝ったところで…。
 正直どうしたらいいか分かりません」

「そうか。…リーゼが例え生まれ変わっていても、お前みたいに記憶があるとは限らないもんな…」

 二人は溜息をついた。

「けど」

 シオンは目の前のカップを握る。

「おそらく、リコリーが……そうだと思います」

 その言葉にラクスは目を見開いた。
 シオンは竜人では無い。だが魂レベルで結び付いているなら、何となく分かるのも頷ける。

 今の所リコリーにリーゼの時の記憶があるような気配は無い。
 まだ小さいからかもしれない。
 もし記憶があれば、リーゼの悲惨な最期を覚えているだろう。ラクスはリコリーの幸せを願うだけ複雑な気持ちになった。

 それとは別に懸念があった。

「……元竜人のお前には予め言っとくが」

 神妙な顔をしたラクスを、シオンはしっかり見据えた。

「リコリーの父親は、竜人だ」

 シオンはひゅっと息を呑む。
 それは即ち、半竜人という事。
 段々顔色を失うシオンを見てラクスは言葉を失った。

 獣人や竜人の番が人族である事は最近では珍しくない。世の中の半分以上が人族だからだ。
 人族には番の概念が無い為番探しは困難となっているが、それでも運良く見つかって結ばれると必然的に産まれる子どもは半獣人となる。

 リコリーの両親もそうして結ばれた二人だった。
 残念ながらラクスの姉でもあるリコリーの母親が事故で先に亡くなってしまった為、父親である竜人は番を失った者としての運命を辿ってしまった。

「………リコリーには番が現れるかもしれませんね…」

 今にも泣きそうな顔をしたシオンに、ラクスは言葉を失った。

 スオウは番を嫌って人族に転生したのに、リーゼは何の因果か番を持つ可能性のある半竜人に転生した。
 もし何らかで二人が恋をして結ばれたとしても、シオンはリコリーにいつか番が現れるかもしれない不安がつきまとう。
 それは前世の二人が逆転したに他ならなかった。

 シオンは目を固く瞑り拳をきつく握り締めた。

 おそらく、今世こそは、と思ったのだろう。


 再び結ばれた筈の二人の縁には、大きな壁があった。


 やがてシオンは大きく息を吐いた。

「………僕は、彼女を見守ります。
 例え番が僕でなくても、彼女の選択を尊重します」

 今にも泣きそうな顔をしたシオンに、ラクスは息を呑む。

「彼女が僕を選ばなくても、ずっと、彼女を守ります。それが、前世での過ちに対する償いになると信じます…」

 その真剣な表情に、ラクスは頷いた。

「まぁ、言ってもリコリーはまだ小さい。今すぐどうこうなる訳じゃねぇ。
 それにまだ恋だの愛だのは早ぇだろ。
 お前もいくつだよ?」

「今年10になりました。……確かにまだ早いですね」

「はー、て事はリコリーの2つ上だな。
 ……あれから10年以上経ってんだな…。俺も年取るワケだ」

 くたびれたようなラクスに、シオンはふふっと笑った。

「ま、難しく考えんな。どうこうなったらまたそん時考えればいい。とりあえずまた家に来いよ」

「ありがとうございます」

 今にも泣きそうな、悲しげな顔をしてシオンは言った。

 その日はもう遅くなったからとシオンはラクスの家に泊まった。
 翌日目覚めたリコリーと一緒に料理の手伝いをし、朝ごはんを食べる。

「と、俺は仕事行かなきゃならんからリコリーは教会に預けに行くがお前どうする?」

 ラクスが仕事中は教会でリコリーを見てもらっていた。
 教会には子ども達が集まっていて、修道女や修道士が面倒を見る。
 心ばかりのお礼を渡せば日中見てもらえるから働く親から重宝されていた。

「僕は1回家に帰ります。……また来てもいいですか?」
「おぅ、いつでも来い」
「お兄ちゃんもう行っちゃうの?」

 寂しそうにするリコリーの頭をそっと撫で、シオンは微笑んだ。

「また、ね。また来るね」

 優しく、愛おしむように。

「うん、また来てね。お兄ちゃん、何だかいいニオイがするからまた来てくれたら嬉しいな」

 その言葉にシオンの手が止まる。

 リコリーは、確実に番がいる。
 その事を、シオンは悟った。

 リコリーはシオンを見上げ、にこりと笑った。



「番が見つかるまで、よろしくね」
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