上 下
32 / 59
第二部〜オールディス公爵家〜

公爵家へ行ったのは

しおりを挟む
 
 ランゲ伯爵家当主、ディートリヒ・ランゲと、その妻カトリーナは成婚から10年近く経過しても新婚当初と変わらぬ仲の良さを発揮していた。

 リーデルシュタイン辺境伯領での事件が解決した後、ディートリヒは騎士副団長の座を後任のフランツ・ドーレスに譲って一線を退いてからは伯爵領の経営を奥方のサポートを得て専念していた。
 とはいえ救国の英雄の名は衰えず、相変わらず騎士団の訓練には駆り出されている。

 彼の弟がリーデルシュタイン辺境伯子女に婿入りし、そろそろ奥方の懐妊の便りが届く頃。

 ランゲ伯爵邸にカトリーナの父であるオールディス公爵が訪れた。


「お父様、いらっしゃいませ」

「カトリーナ、息災か」

 御年50になろうかというオールディス公爵の目尻には皺が寄り、年月の経過を思わせる。
 だが未だ宰相として、公爵家当主として精力的に活動する彼は若々しい限りだった。

 そんな彼の来訪の目的は、そろそろ公爵家へ養子を取ろうというものだった。

「お父様もお元気そうで何よりです。どうぞこちらへ」

 カトリーナは父を応接間へ促した。
 そこに待たせている人がいるのだ。


 オールディス公爵が応接間へ入ると、中にいた子どもたちと義息子が立ち上がり頭を垂れた。

「お祖父様、ようこそいらっしゃいました」

 代表して長男であるジークハルトが歓迎の言葉を述べる。

「ジークぅ!ランドにヴェルナー今日もお前たちはかわいいなぁ!」

「じいさま、ちょっとひげ痛い」

 先程の威厳はどこへやら。
 国王すら操ると噂されるオールディス公爵は、孫っかわいがりの祖父だった。

「お義父上、ご無沙汰しております。
 どうぞこちらへお座りください」

 少し緊張した様子のディートリヒがソファへ促す。するとオールディス公爵はこほんと咳払いし、「あとで玩具をあげるからな」と孫たちにウインクした。
 孫たちは目を輝かせ、特にまだ小さなヴェルナーは興奮気味になる所だったがカトリーナがたしなめ、公爵と対面するように三人を座らせた。


 全員が腰を落ち着けた所で侍女にお茶の手配を言い、話し合いの態勢になる。

「回りくどい話はよそう。今日来たのはそろそろ養子の話を本格的にしようと思ってな」

 父のその言葉にカトリーナはぴくりとした。
 長男のジークハルトの懐妊が分かった時に誰か一人養子にと言っていたのだ。
 現在ランゲ伯爵家に子どもは5人。
 長男ジークハルト、10歳。
 次男ランドルフ、8歳。
 三男ヴェルナー、5歳。
 それに加えて双子の男女エレオノーラとイザーク2歳。

 双子は小さ過ぎるので対象からは外しても、三人の男児が候補となる。
 公爵も高齢となってきたし、今から育てるにしても時間を要する。
 その為今がぎりぎりの決断の時であった。

 とはいえお腹を痛めて産み、慈しみ育てた我が子をやすやすと手放せる程カトリーナは情けが薄くもない。
 いつかは、と覚悟はしていてもやはりその時が来るのは複雑だった。

 そんな妻を見兼ねて、ディートリヒは子どもたちを見渡す。

 俯くジークハルト、無表情のランドルフ、未だに玩具に思い馳せるヴェルナー。
 カトリーナは言えないだろう。ならば自分が、と口を開きかけた時。


「僕が行きます」


 迷い無く告げたその息子の瞳は強く、オールディス公爵を捉えていた。

 だが他の兄弟は声を上げた者を戸惑うように見ている。


 その様子をオールディス公爵自体、じっと見つめていた。その真意を図るかのように。

「なぜ、と聞いても?」

 この時ばかりは孫を慈しむ祖父として、ではなく、公爵家に相応しいかを見極める公爵家当主としての顔だった。
 オールディス公爵家の歴史は浅くなく、興りは時の王弟が臣籍降下してからのものである。
 以来、幾度となく王族筋の降嫁もあった。
 決して狭くない領地もある。
 親戚筋の者と協力して治めてはいるが、舐められてもいけない為常に目を光らせてなければいけない。
 綺麗事では渡っていけないのだ。

 だが名乗りを上げた子は澄んだ瞳で答えた。

「やりたい事があります。その為に身分が欲しい」

「ほう、……それは何だ?」

「討伐と結婚です!」

 本人は瞳を輝かせ、自信を持って答える。
 だが周りは目を見開き絶句した。


 やがて。

「あっはははははっ、さすがだね!」

 お腹を抱えて笑い出したのは、ジークハルトだった。
 弟の決意を目の当たりにして、「らしい」と思ったのだ。
 ジークハルトは伯爵家長男という肩書きが少し怖かった。だから、それより身分が上となる公爵家に行く事は自分には無理だと分かっていたのだ。
 だが、自分の弟はやすやすと越えて行った。誇らしいと思うと同時に、少しの寂しさと羨ましさもあるのだ。

「僕が公爵家に行ったら兄上も守りますから」

 それはジークハルトの心を揺さぶる。
 おそらく弟は武芸に長けてはいない。
 いつも見かけた時は本を読んでいた。
 父が剣の稽古に誘ってもあまり反応が無かった。

 物事に興味の無さそうな弟が、家族以外で唯一興味を示したのが、いつか出会った女の子だった。
 結婚したいと思うのはおそらくその子だろう。
 兄としてジークハルトは弟をかわいいと思った。

「ありがとう。じゃあ、何かあったら君に頼むよ、ランドルフ」

「お任せください」

 そうして兄弟の間で固く握手が交わされる。
 大人たちの思惑を端にやって。


「では決まりかな。ランドルフ、公爵家に来るからには沢山勉強をしないといけないが、覚悟はあるか?」

「はい。頑張ります」

「分かった。……カトリーナたちも良いか?」

 聞かれたカトリーナは大粒の涙を溜め、息子に駆け寄り抱き締めた。

「ラン、ランド、ランドはお祖父様のっとこに……っく、行っても、うぅ、
 お母様とお父様の、んく、かわいい、子どもだからね!
 辛かったら、ひっく、いつでも、帰って来てね」

 号泣する母親を、ランドルフは優しく撫でる。

「お母様、僕はいつまでもお母様の息子です。
 時折は遊びに来てくださいね。
 ノーラとイザークも一緒に」

「勿論よ!うううランドおおお!!」

 おいおいと泣く娘を見て、公爵は思った。
 娘が貴族の仮面を脱げる場所があって良かったと。
 自身では与えられなかった安らぎの場がここにあって良かったと心の底から安堵した。


 ランドルフは話し合いの結果、諸々の手続きがある為三ヶ月後に公爵家へ行く事になった。

「ランド、公爵家のみんなによろしくね。あと、うちの使用人が珍しいくらいなんだからね。その辺り戸惑うかもしれないけれど、きっと良くしてくれるから」

「分かりました、母上」

「お手紙ちょうだいね。『元気です』って一言だけでも良いから」

「沢山書きます。母上も書いて下さいね」

「勿論書くわ!……うう、寂しいわ……」

 ぐすぐすと泣き出す母に苦笑しながら、ランドルフは馬車に乗り込んだ。

「父上、兄上。母上や弟たちをよろしくお願いします」

「ああ、たまには帰って来るんだぞ」

「任せてよ」


 そうして家族との別れをいつまでも惜しみ、ランドルフを乗せた馬車はオールディス公爵邸へと向かった。




 ちなみに馬車で30分程の距離である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】浮気者と婚約破棄をして幼馴染と白い結婚をしたはずなのに溺愛してくる

ユユ
恋愛
私の婚約者と幼馴染の婚約者が浮気をしていた。 私も幼馴染も婚約破棄をして、醜聞付きの売れ残り状態に。 浮気された者同士の婚姻が決まり直ぐに夫婦に。 白い結婚という条件だったのに幼馴染が変わっていく。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

赤いりんごは虫食いりんご 〜りんごが堕ちるのは木のすぐ下〜

くびのほきょう
恋愛
10歳になった伯爵令嬢のオリーブは、前世で飼っていた猫と同じ白猫を見かけて思わず追いかけた。白猫に導かれ迷い込んだ庭園の奥でオリーブが見たのは、母とオリーブを毒殺する計画を相談している父と侍女ジョナの二人。 オリーブは父の裏切りに傷つきながらも、3日前に倒れベッドから出れなくなっていた母を救うのだと決意する。 幼馴染ラルフの手を借りて母の実家へ助けを求めたことで両親は離婚し、母とオリーブは無事母の実家へ戻った。 15歳になりオリーブは学園へ入学する。学園には、父と再婚した元侍女ジョナの娘で異母妹にあたるマールム、久しぶりに再会したオリーブにだけ意地悪な幼馴染のラルフ、偶然がきっかけでよく話をするようになった王弟殿下のカイル、自身と同じ日本からの転生者で第一王子殿下の婚約者の公爵令嬢フレイアなどがいた。仲良くなったフレイアから「この世界は前世に遊んだ乙女ゲームとそっくりで、その乙女ゲーム上では庶子から伯爵令嬢となったマールムがヒロインで、カイルとラルフはマールムの攻略対象だった」と言われたオリーブは、密かに好意を持っていたカイルとマールムが仲良く笑い合っている姿を目撃した。 これは、本来なら乙女ゲーム開始前に死んでいたはずのヒロインの異母姉オリーブが、自身が死ななかったことで崩れてしまった乙女ゲームのシナリオ上を生きる物語です。 ※倫理観がなかったり、思いやりやモラルがない屑な登場人物が沢山います。

ちびっ子ボディのチート令嬢は辺境で幸せを掴む

紫楼
ファンタジー
 酔っ払って寝て起きたらなんか手が小さい。びっくりしてベットから落ちて今の自分の情報と前の自分の記憶が一気に脳内を巡ってそのまま気絶した。  私は放置された16歳の少女リーシャに転生?してた。自分の状況を理解してすぐになぜか王様の命令で辺境にお嫁に行くことになったよ!    辺境はイケメンマッチョパラダイス!!だったので天国でした!  食べ物が美味しくない国だったので好き放題食べたい物作らせて貰える環境を与えられて幸せです。  もふもふ?に出会ったけどなんか違う!?  もふじゃない爺と契約!?とかなんだかなーな仲間もできるよ。  両親のこととかリーシャの真実が明るみに出たり、思わぬ方向に物事が進んだり?    いつかは立派な辺境伯夫人になりたいリーシャの日常のお話。    主人公が結婚するんでR指定は保険です。外見とかストーリー的に身長とか容姿について表現があるので不快になりそうでしたらそっと閉じてください。完全な性表現は書くの苦手なのでほぼ無いとは思いますが。  倫理観論理感の強い人には向かないと思われますので、そっ閉じしてください。    小さい見た目のお転婆さんとか書きたかっただけのお話。ふんわり設定なので軽ーく受け流してください。  描写とか適当シーンも多いので軽く読み流す物としてお楽しみください。  タイトルのついた分は少し台詞回しいじったり誤字脱字の訂正が済みました。  多少表現が変わった程度でストーリーに触る改稿はしてません。  カクヨム様にも載せてます。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

不器用な初恋を純白に捧ぐ

イワキヒロチカ
BL
『お前は、何にでも「はい」っていうんだな』 完全会員制高級クラブ『SHAKE THE FAKE』の人気キャストである羽柴ましろは、子供の頃、そう言って離れていった人、天王寺千駿と勤務先で偶然の再会を果たす。 いつも自分を助けてくれた彼を怒らせてしまったことは、ましろの心に深く刻まれている。 客としてましろを指名してくれた天王寺から「仕事が終わったら少し話せないか」と誘われ、関係の修復を期待したが、 二人きりになるなり「いつもしていることだろう?金は払ってやる」と、突然ベッドに押し倒されて……。 ※『溺愛極道と逃げたがりのウサギ』地続き設定あり。読んでくださった方には面白い、程度のリンクです。かぶっているのは主に月華周辺の人々。

縦ロール悪女は黒髪ボブ令嬢になって愛される

瀬名 翠
恋愛
そこにいるだけで『悪女』と怖がられる公爵令嬢・エルフリーデ。 とある夜会で、婚約者たちが自分の容姿をバカにしているのを聞く。悲しみのあまり逃げたバルコニーで、「君は肩上くらいの髪の長さが似合うと思っていたんだ」と言ってくる不思議な青年と出会った。しかし、風が吹いた拍子にバルコニーから落ちてしまう。 死を覚悟したが、次に目が覚めるとその夜会の朝に戻っていた。彼女は思いきって髪を切ると、とんでもない美女になってしまう。 そんなエルフリーデが、いろんな人から愛されるようになるお話。

【完結】真実の愛とやらに負けて悪役にされてポイ捨てまでされましたので

Rohdea
恋愛
最近のこの国の社交界では、 叙爵されたばかりの男爵家の双子の姉弟が、珍しい髪色と整った容姿で有名となっていた。 そんな双子の姉弟は、何故かこの国の王子、王女とあっという間に身分差を超えて親しくなっていて、 その様子は社交界を震撼させていた。 そんなある日、とあるパーティーで公爵令嬢のシャルロッテは婚約者の王子から、 「真実の愛を見つけた」「貴様は悪役のような女だ」と言われて婚約破棄を告げられ捨てられてしまう。 一方、その場にはシャルロッテと同じ様に、 「真実の愛を見つけましたの」「貴方は悪役のような男性ね」と、 婚約者の王女に婚約破棄されている公爵令息、ディライトの姿があり、 そんな公衆の面前でまさかの婚約破棄をやらかした王子と王女の傍らには有名となっていた男爵家の双子の姉弟が…… “悪役令嬢”と“悪役令息”にされたシャルロッテとディライトの二人は、 この突然の婚約破棄に納得がいかず、 許せなくて手を組んで復讐する事を企んだ。 けれど───……あれ? ディライト様の様子がおかしい!?

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。 公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。 そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。 ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。 そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。 自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。 そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー? 口は悪いが、見た目は母親似の美少女!? ハイスペックな少年が世界を変えていく! 異世界改革ファンタジー! 息抜きに始めた作品です。 みなさんも息抜きにどうぞ◎ 肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!

処理中です...