22 / 59
第一部〜ランゲ伯爵家〜
怒らせてはいけない男〜オスヴァルト⑬〜
しおりを挟む「王都騎士のくせにやるねぇ」
辺境騎士とオスヴァルトは鍔迫り合いながら両者一歩も引く事が無い。
「救国の英雄に稽古つけて貰ってるんでね。王都の騎士でもナマクラじゃ、ない!!」
その実力は拮抗し、辺りに剣撃が響く。
互いに隙を伺いながらも剣戟を繰り広げる。
オスヴァルトたちを見つつ、テレーゼは自身の剣を拾い上げた。
「お嬢様も来るなんてね」
気配が無かった。
ザッと飛び退きその正体を確認する。
赤い髪がサラリと滑る。
赤いスリットの入ったドレスを着、妖艶な空気を纏った女性は、手にナイフを持って遊ばせていた。
「あなたは……」
「一応自己紹介した方がいいのかしら?
初めましてお嬢様。
盗賊団の頭をしております、カルラと申します」
胸に手をあて、お辞儀をする。
たゆん、と揺れたものを見て、テレーゼはぐっと女性を睨んだ。
「あちらのボウヤはお嬢様のいい人なの?」
囁くような声に、ばかにしたような言葉。
だが先程から隙が無い。
「あなたには関係ない事です」
「……そ?まあ、私、ボウヤには興味無いの」
「あなたこそ、トラウト卿と……」
「それこそあなたには関係ないわよねっ!!」
腰を落とし、カルラはテレーゼに向かって来る。
ナイフを逆手に持ち、間合いを詰める。
テレーゼも持っていた剣を構え、攻撃に備えた。
カルラがナイフを振りかざす。
それをテレーゼは剣で薙ぎ払った。
カルラのナイフが宙に舞う。スローモーションのようにニヤリと口元を笑ませると、太もも辺りに忍ばせていた小刀を素早く取り、テレーゼに投げ付けた。
だがテレーゼも瞬時に察知し再び剣で小刀を叩き落とした。
「やるじゃない。そうこなくちゃ」
言うなりカルラは腰に差さっていた扇を取ると、持ち手の紐を解いた。
それらは1つ1つが武器になる。
再びテレーゼに向かって投げるが、やはり剣で叩かれた。
「アーベルの言う通り、ただのお嬢様じゃないようね」
「これでも辺境騎士ですので」
「ねえ、あなたは知ってるの?」
カルラは不意に寂しげな顔をした。
「アーベルがあんな風になった理由」
その言葉にテレーゼは目を細めた。
知っている、と言えば知っている。
だが、当人同士では無い為詳細は知らない。
ただ、当事者から聞いただけ。
「……ただの逆恨みでしょう」
「かわいそうじゃない?」
「義務ですから」
「そっ」
言うなりカルラはビュッと何かを投げた。
テレーゼは避けようとしたが、後ろにいる気配に気付き、一瞬遅れた。
だが後ろにいた人物は、投げられた物を掴みそのまま投げ返す。
まさかカルラは自分の武器が戻って来るとは思いもせずに、ただ目を見開いた。
それはカルラの肩を掠める。
「……ッ…やだ、迂闊……」
カルラはその場にしゃがみ込み、肩を押さえた。
テレーゼが後ろを振り返ると、そこにいたのは。
辺境騎士と対峙していたオスヴァルトと、一階を殲滅し終えたディートリヒだった。
先程までオスヴァルトと戦っていた騎士は別の騎士が捕縛する。
「盗賊団首領カルラ、あなたを捕縛します」
顔を歪めたカルラは、さほど抵抗する事無くテレーゼに捕縛された。
ずっと顔を俯けていたが、ある人物に気付き驚きで目を見開いた。
「救国の英雄……?『天上の楽園』を盛らせたのになぜ?」
その言葉にディートリヒはぴくりと反応した。
ゆっくりと、声のした方へ顔を向ける。
「ああ、女を抱いたのね。私がお相手したかったわ」
何がおかしいのか、カルラはくすくすと笑う。
「素敵な薬でしたでしょう?
ふふふ、妻一筋の英雄が妻以外を抱き潰したってあなたの奥さんにお知らせしたら……」
「何を勘違いしているのか知らんが、俺は妻以外を抱いてないぞ」
「え……」
カルラは訝しみながらディートリヒを見る。
その顔は無表情で、辺りは威圧感に包まれた。
「何の奇跡か、妻が辺境伯邸に来てくれた。
だから裏切らずに済んだ。…そうか、お前の指示か」
言うなりディートリヒはカルラの首筋に剣を当てた。あまりの速さにその場にいたみな凍り付いたように動けなかったが、いち早く気付いたテレーゼがディートリヒを止める。
「ラ、……ランゲ卿、お待ちください!その者は今回の件の重要参考人です!」
「辺境伯令嬢殿、俺は妻を悲しませるような真似をさせる奴を許さん。例え女性であろうと」
無表情に、己の敵と見定めた者をディートリヒは容赦しない。
カルラの首筋に当てられた剣は首筋の薄皮を切り、そこからつぅ、と赤い雫が溢れる。
恐怖に慄いたカルラは顔色を悪くしくちびるを震わせた。
「ごめ……ごめ、なさ……」
「ランゲ卿!」
「兄上!」
「げ、解毒薬作るからぁ!!」
カルラの発した言葉に、その場にいた全員が目を見開く。
「作れるの?……あるの?」
カルラは言葉にコクコクと頷く。
「開発者は、私だから……」
その言葉にテレーゼとオスヴァルトは目を合わせ頷いた。
「全てが終わったら、父に進言します。
ランゲ卿、彼女は生きて返さねばなりません。どうか剣を納めてください」
がたがたと震えるカルラを睨みつけていたディートリヒは、やがてするりと剣を降ろした。
「すまん。妻の事になると理性が保たん」
カチャリと剣を鞘に収めると、ディートリヒはカルラを一瞥し壁をガン!と殴り付けた。
「二度目は無い」
壁にめり込んだ拳に、周りの騎士たちも、戦意喪失してしまった。
この時、この場にいた全員、彼の弱点を責めると報復が何倍にもなって返ってくると悟ったのだった。
1
お気に入りに追加
893
あなたにおすすめの小説
【完結】浮気者と婚約破棄をして幼馴染と白い結婚をしたはずなのに溺愛してくる
ユユ
恋愛
私の婚約者と幼馴染の婚約者が浮気をしていた。
私も幼馴染も婚約破棄をして、醜聞付きの売れ残り状態に。
浮気された者同士の婚姻が決まり直ぐに夫婦に。
白い結婚という条件だったのに幼馴染が変わっていく。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
赤いりんごは虫食いりんご 〜りんごが堕ちるのは木のすぐ下〜
くびのほきょう
恋愛
10歳になった伯爵令嬢のオリーブは、前世で飼っていた猫と同じ白猫を見かけて思わず追いかけた。白猫に導かれ迷い込んだ庭園の奥でオリーブが見たのは、母とオリーブを毒殺する計画を相談している父と侍女ジョナの二人。
オリーブは父の裏切りに傷つきながらも、3日前に倒れベッドから出れなくなっていた母を救うのだと決意する。
幼馴染ラルフの手を借りて母の実家へ助けを求めたことで両親は離婚し、母とオリーブは無事母の実家へ戻った。
15歳になりオリーブは学園へ入学する。学園には、父と再婚した元侍女ジョナの娘で異母妹にあたるマールム、久しぶりに再会したオリーブにだけ意地悪な幼馴染のラルフ、偶然がきっかけでよく話をするようになった王弟殿下のカイル、自身と同じ日本からの転生者で第一王子殿下の婚約者の公爵令嬢フレイアなどがいた。仲良くなったフレイアから「この世界は前世に遊んだ乙女ゲームとそっくりで、その乙女ゲーム上では庶子から伯爵令嬢となったマールムがヒロインで、カイルとラルフはマールムの攻略対象だった」と言われたオリーブは、密かに好意を持っていたカイルとマールムが仲良く笑い合っている姿を目撃した。
これは、本来なら乙女ゲーム開始前に死んでいたはずのヒロインの異母姉オリーブが、自身が死ななかったことで崩れてしまった乙女ゲームのシナリオ上を生きる物語です。
※倫理観がなかったり、思いやりやモラルがない屑な登場人物が沢山います。
ちびっ子ボディのチート令嬢は辺境で幸せを掴む
紫楼
ファンタジー
酔っ払って寝て起きたらなんか手が小さい。びっくりしてベットから落ちて今の自分の情報と前の自分の記憶が一気に脳内を巡ってそのまま気絶した。
私は放置された16歳の少女リーシャに転生?してた。自分の状況を理解してすぐになぜか王様の命令で辺境にお嫁に行くことになったよ!
辺境はイケメンマッチョパラダイス!!だったので天国でした!
食べ物が美味しくない国だったので好き放題食べたい物作らせて貰える環境を与えられて幸せです。
もふもふ?に出会ったけどなんか違う!?
もふじゃない爺と契約!?とかなんだかなーな仲間もできるよ。
両親のこととかリーシャの真実が明るみに出たり、思わぬ方向に物事が進んだり?
いつかは立派な辺境伯夫人になりたいリーシャの日常のお話。
主人公が結婚するんでR指定は保険です。外見とかストーリー的に身長とか容姿について表現があるので不快になりそうでしたらそっと閉じてください。完全な性表現は書くの苦手なのでほぼ無いとは思いますが。
倫理観論理感の強い人には向かないと思われますので、そっ閉じしてください。
小さい見た目のお転婆さんとか書きたかっただけのお話。ふんわり設定なので軽ーく受け流してください。
描写とか適当シーンも多いので軽く読み流す物としてお楽しみください。
タイトルのついた分は少し台詞回しいじったり誤字脱字の訂正が済みました。
多少表現が変わった程度でストーリーに触る改稿はしてません。
カクヨム様にも載せてます。
不器用な初恋を純白に捧ぐ
イワキヒロチカ
BL
『お前は、何にでも「はい」っていうんだな』
完全会員制高級クラブ『SHAKE THE FAKE』の人気キャストである羽柴ましろは、子供の頃、そう言って離れていった人、天王寺千駿と勤務先で偶然の再会を果たす。
いつも自分を助けてくれた彼を怒らせてしまったことは、ましろの心に深く刻まれている。
客としてましろを指名してくれた天王寺から「仕事が終わったら少し話せないか」と誘われ、関係の修復を期待したが、
二人きりになるなり「いつもしていることだろう?金は払ってやる」と、突然ベッドに押し倒されて……。
※『溺愛極道と逃げたがりのウサギ』地続き設定あり。読んでくださった方には面白い、程度のリンクです。かぶっているのは主に月華周辺の人々。
縦ロール悪女は黒髪ボブ令嬢になって愛される
瀬名 翠
恋愛
そこにいるだけで『悪女』と怖がられる公爵令嬢・エルフリーデ。
とある夜会で、婚約者たちが自分の容姿をバカにしているのを聞く。悲しみのあまり逃げたバルコニーで、「君は肩上くらいの髪の長さが似合うと思っていたんだ」と言ってくる不思議な青年と出会った。しかし、風が吹いた拍子にバルコニーから落ちてしまう。
死を覚悟したが、次に目が覚めるとその夜会の朝に戻っていた。彼女は思いきって髪を切ると、とんでもない美女になってしまう。
そんなエルフリーデが、いろんな人から愛されるようになるお話。
【完結】真実の愛とやらに負けて悪役にされてポイ捨てまでされましたので
Rohdea
恋愛
最近のこの国の社交界では、
叙爵されたばかりの男爵家の双子の姉弟が、珍しい髪色と整った容姿で有名となっていた。
そんな双子の姉弟は、何故かこの国の王子、王女とあっという間に身分差を超えて親しくなっていて、
その様子は社交界を震撼させていた。
そんなある日、とあるパーティーで公爵令嬢のシャルロッテは婚約者の王子から、
「真実の愛を見つけた」「貴様は悪役のような女だ」と言われて婚約破棄を告げられ捨てられてしまう。
一方、その場にはシャルロッテと同じ様に、
「真実の愛を見つけましたの」「貴方は悪役のような男性ね」と、
婚約者の王女に婚約破棄されている公爵令息、ディライトの姿があり、
そんな公衆の面前でまさかの婚約破棄をやらかした王子と王女の傍らには有名となっていた男爵家の双子の姉弟が……
“悪役令嬢”と“悪役令息”にされたシャルロッテとディライトの二人は、
この突然の婚約破棄に納得がいかず、
許せなくて手を組んで復讐する事を企んだ。
けれど───……あれ? ディライト様の様子がおかしい!?
趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです
紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。
公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。
そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。
ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。
そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。
自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。
そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー?
口は悪いが、見た目は母親似の美少女!?
ハイスペックな少年が世界を変えていく!
異世界改革ファンタジー!
息抜きに始めた作品です。
みなさんも息抜きにどうぞ◎
肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる