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Disc.2
間違ってるわ 食い違ってるわ あなた
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西日に照らされた小学校ほどノスタルジーを感じるものってこの世にどれほどあんだろ。
別に出身校じゃない、全く俺の人生に関係のない場所だけど。なんとも複雑な情感がある。
夕方に片足を突っ込んだ校庭にはまだ生徒が残っていて、ボールを投げ合い笑っている。グラウンドの端に集められた色とりどりのランドセルがまさに令和って感じだ。
今この子たちと同級生だったら、俺は何色を選んだんだろ。変わんないかな。別に。黒ってかっこいいじゃん。汚れ目立たないし、無難だし。何色にも染まらない癖に他の色と合わせやすいの、なんでだろうな。
そういえば燿はここら辺地元って言ってたっけ。ここ出身だったりして。ランドセル、どんなのを背負ってたんだろう。無難な色だったんじゃないかね。あいつも奇をてらうのは好きじゃなかったから。コミュニティの中心やや横ぐらいにいて、ニコって笑ってる奴だったもん。
物思いに耽って、スマホを掲げたのは数分後だった。これ以上いたら不審者になってしまう。昨今の世間はちっちゃい子と男のマッチングに敏感なのだから。
リスクはなければない程良い。
適当にピントを合わせながら目的のものを画面に映すが、シャッターボタンを押すことはできなかった。
バシ、と何かが二の腕に当たったからだ。
咄嗟に目を瞑ると、バサバサと乾いた音が地面に落ちる。
なに?!鳥?んなわけ、
追撃の気配がないので薄っすら瞼を押し上げてアスファルトを見る。紙束?違う、何かのポートレートのようなもの?
拾い上げてよく見てみると、色んな衣装のデザイン画だった。ドレスとか、ラグジュアリーなアイデアスケッチが散らばっている。
紙の端に素材のメモが添えられていた。シルクだのベルベットだの、ニュアンスでしかわからないけど。きっとお高い服に仕上がるんだろうな。
他のスケッチも気になって、全部拾い集めて堪能させてもらう。
描かれている人はどれも幸せそうに笑っている。まるで祝福を浴びているように。
堪らんね~。この笑顔。
不自然なシチュエーションを作り出した加害者が近くにいることはわかっていたけれど、どうだっていい。
今の俺にとってはこのスケッチの被写体の方が何億倍も重要だった。
だってさー、このモデル。
どう見ても燿でしょ。
重たい足音が砂利を引き摺って近づいてくる。俺の数歩前で止まった。
「君の前ではこんな顔してたの、あいつ」
加害者は俺の問いに応えない。
仕方なく目線を向けてやると、派手なツートンカラーの女の子が仁王立ちしていた。
そんな立ち方したら可愛い髪型も服も台無しよ。いや立ち方だけじゃなく顔も。親でも殺されたんか、俺に。
持ちにくそうなスマホケースが裏返り、俺の画像が顔面に突き付けられる。
「アンタ、“そうちゃん”でしょ」
「……だったら?」
バイト先の制服を着てタバコ吸ってる俺の写真を持ってる奴なんて、一人しかいない。
なんなの、この子。あいつの何。
「アンタのせいで燿は」
またそれかよ。あーあー、泣くな。ダルいから。
木戸さんに言われた時とはまた違う煩わしさが体内を満たし始める。
初対面で詰られてもなにコイツって話でしょ。はじめまして。俺のことなんも知らんお方。
「もういいから、そういうの。ごめんなさいね、俺がなんかしたせいで」
「そういうとこ、燿に聞いてた通りね」
「ウザいって。もういい?」
まともに受けても仕方ない。必要な情報が画角に入ってるかだけ確認してシャッターを切った。ピントがズレているけどこんくらいなら拡大したら見れるだろう。無造作にスマホをトランクに投げ入れる。
「逃げるんだ、また」
「はぁ、?」
え、マジでどういうこと?またとか、燿がそう言ってたのかよ。言うんかな、そんな陰湿なこと。
……言ったんかもなぁ。だって俺はあんなに幸せそうなあいつの笑顔、みたことないもん。
ほんの少しだけ、取り合ってあげてもいいかという気持ちが湧いてくる。俺の知らない燿のことをこの子は知っているのかもしれない。
「場所変えよっか」
通学路で男女が言い合ってるなんて、バツが悪い。
近くに寂れた公園があったはず。そこならいいでしょ。
拾い上げた笑顔の数々を渡すと彼女は素直に受け取り、いやひったくり?後をついてくる。
あぁでもこれだけは今訊いておきたいな。俺だけ素性バレてるの、気持ち悪いから。
「で?だれ、君」
コントロール不良の器官から出た声は存外冷たくて、それを聞いて初めて自分が本格的に苛立っていると気づいた。
もっと的確な表現があるけど認めたくないから強引に無知を装って、代わりに溜息をつく。
ずっとそうね、ほんと。
使い慣れていない俺の自意識は、何時だってワンテンポ遅い。
別に出身校じゃない、全く俺の人生に関係のない場所だけど。なんとも複雑な情感がある。
夕方に片足を突っ込んだ校庭にはまだ生徒が残っていて、ボールを投げ合い笑っている。グラウンドの端に集められた色とりどりのランドセルがまさに令和って感じだ。
今この子たちと同級生だったら、俺は何色を選んだんだろ。変わんないかな。別に。黒ってかっこいいじゃん。汚れ目立たないし、無難だし。何色にも染まらない癖に他の色と合わせやすいの、なんでだろうな。
そういえば燿はここら辺地元って言ってたっけ。ここ出身だったりして。ランドセル、どんなのを背負ってたんだろう。無難な色だったんじゃないかね。あいつも奇をてらうのは好きじゃなかったから。コミュニティの中心やや横ぐらいにいて、ニコって笑ってる奴だったもん。
物思いに耽って、スマホを掲げたのは数分後だった。これ以上いたら不審者になってしまう。昨今の世間はちっちゃい子と男のマッチングに敏感なのだから。
リスクはなければない程良い。
適当にピントを合わせながら目的のものを画面に映すが、シャッターボタンを押すことはできなかった。
バシ、と何かが二の腕に当たったからだ。
咄嗟に目を瞑ると、バサバサと乾いた音が地面に落ちる。
なに?!鳥?んなわけ、
追撃の気配がないので薄っすら瞼を押し上げてアスファルトを見る。紙束?違う、何かのポートレートのようなもの?
拾い上げてよく見てみると、色んな衣装のデザイン画だった。ドレスとか、ラグジュアリーなアイデアスケッチが散らばっている。
紙の端に素材のメモが添えられていた。シルクだのベルベットだの、ニュアンスでしかわからないけど。きっとお高い服に仕上がるんだろうな。
他のスケッチも気になって、全部拾い集めて堪能させてもらう。
描かれている人はどれも幸せそうに笑っている。まるで祝福を浴びているように。
堪らんね~。この笑顔。
不自然なシチュエーションを作り出した加害者が近くにいることはわかっていたけれど、どうだっていい。
今の俺にとってはこのスケッチの被写体の方が何億倍も重要だった。
だってさー、このモデル。
どう見ても燿でしょ。
重たい足音が砂利を引き摺って近づいてくる。俺の数歩前で止まった。
「君の前ではこんな顔してたの、あいつ」
加害者は俺の問いに応えない。
仕方なく目線を向けてやると、派手なツートンカラーの女の子が仁王立ちしていた。
そんな立ち方したら可愛い髪型も服も台無しよ。いや立ち方だけじゃなく顔も。親でも殺されたんか、俺に。
持ちにくそうなスマホケースが裏返り、俺の画像が顔面に突き付けられる。
「アンタ、“そうちゃん”でしょ」
「……だったら?」
バイト先の制服を着てタバコ吸ってる俺の写真を持ってる奴なんて、一人しかいない。
なんなの、この子。あいつの何。
「アンタのせいで燿は」
またそれかよ。あーあー、泣くな。ダルいから。
木戸さんに言われた時とはまた違う煩わしさが体内を満たし始める。
初対面で詰られてもなにコイツって話でしょ。はじめまして。俺のことなんも知らんお方。
「もういいから、そういうの。ごめんなさいね、俺がなんかしたせいで」
「そういうとこ、燿に聞いてた通りね」
「ウザいって。もういい?」
まともに受けても仕方ない。必要な情報が画角に入ってるかだけ確認してシャッターを切った。ピントがズレているけどこんくらいなら拡大したら見れるだろう。無造作にスマホをトランクに投げ入れる。
「逃げるんだ、また」
「はぁ、?」
え、マジでどういうこと?またとか、燿がそう言ってたのかよ。言うんかな、そんな陰湿なこと。
……言ったんかもなぁ。だって俺はあんなに幸せそうなあいつの笑顔、みたことないもん。
ほんの少しだけ、取り合ってあげてもいいかという気持ちが湧いてくる。俺の知らない燿のことをこの子は知っているのかもしれない。
「場所変えよっか」
通学路で男女が言い合ってるなんて、バツが悪い。
近くに寂れた公園があったはず。そこならいいでしょ。
拾い上げた笑顔の数々を渡すと彼女は素直に受け取り、いやひったくり?後をついてくる。
あぁでもこれだけは今訊いておきたいな。俺だけ素性バレてるの、気持ち悪いから。
「で?だれ、君」
コントロール不良の器官から出た声は存外冷たくて、それを聞いて初めて自分が本格的に苛立っていると気づいた。
もっと的確な表現があるけど認めたくないから強引に無知を装って、代わりに溜息をつく。
ずっとそうね、ほんと。
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