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Disc.1
カスケード
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耀は俺の髪を指で梳くのが好きだった。
「ぬいぐるみかなんかだと思ってんの、俺のこと」って訊いたことがある。そしたらあいつは……なんて言ってたっけ。否定されたような気がする。俺は本当に物覚えが悪いんだな。いや、外の世界に関心を持てないだけか。
風呂上がりに急いで出てきたから乾燥が足りなかった上、原付で学校に向かう途中で風を受けた髪が変に跳ねてしまっている。なんとかならんもんかと構内トイレの手洗い場で少しの間格闘したけど結果は完敗。
鏡の前で髪が不格好にうねる様を見て、ため息をつくしかなかった。
教室の後ろの方を陣取る。教授はいつも15分遅れでくるし、出席を取ることがない人だから、開始5分前の室内は学生がぱらぱら入ってくる程度。窓から移動する学生の群れを眺めていると、反対から「そーちゃん」と声をかけられる。振り向くと声の主は(恐らく、)同学科の女の子だった。
隣いい?と尋ねてくるものの、俺の許可はそこまで求められてないらしい。彼女は俺が返答する前からパイプ椅子に腰を下ろしている。
他愛もない話を聞きながら、なんて名前だったかなーこの子、とか我ながら失礼なことを考える。
不意に丸い瞳が俺の髪を捉えた。
「なーに」
「お風呂入ってきた?根元湿ってる。」
言いながら手を伸ばそうとしてくる。瞬時に俺は小さな声で
「触んない、で、」
と、彼女の指を拒んだ。
ニュアンスは柔らかいもので、彼女は「ごめんごめん」と笑って手を引っ込めるのみだったが、俺はそんなことに気をやれないくらい動揺していた。
ゾッとしているんだ、自分の挙動に。
拒むなんて何時振りだ?
だって俺は常に、なにかやだれかからの干渉をを許容することで全てを流しているはずだ。明確な拒否なんて数えるほどしかしたことがない。
拒否、拒否したことなんて、今と、あと、……。
ばつりと、想起しようとした脳をシャットダウンする。
思い出せなかったわけじゃない。強制的に蓋をして対処したような、作為的な忘却だった。脳裏に浮かびかけたその記憶は、どうしても思い出したくないものだったから。
教授が入ってきたのに気づいて、彼女は身体を捻るのをやめて前を向く。
助かった。他人に応じる余力がなくなってしまってる今、適当な相槌すら打てないと思うし。
仕切り直すように顔に手をやって視界を遮っても嫌なざわつきは消えてくれない。
なんか、変だ。
耀の死を聞いてから、薄らと、俺の中の何かが変わり始めているような気がする。胸骨あたりからじわじわと変化の萌芽が広がっていくような。
気持ち悪い!
なにも思いたくないし、できるだけ感じたくない。
だのに、見えない兆しは宿主のことなどお構いなしに、まるで生気を吸い取るかのように自身の存在感を強調していく。……あ、耐えらんないかも。
重圧をかけられたような、両腕ごと上半身を締め付けられるような圧迫感に逆らえず、机に突っ伏した。
……そんで、結局そのまま寝落ちてしまったってワケ。
講義終盤、教授に軽く頭を叩かれて現実に引き戻された。大きくない教室の静けさと、せんせーの冷たい視線が痛い。
有り難いお小言をいただき、尚気まずいがヒャクゼロで俺が悪いのでどうすることもできず。
とりあえず曖昧に頷くことに終始する俺、最近で一番情けないな。とか、思考を宙にやっても現実は変わらない。
非常に居心地の悪い空気の中俺は只管、チャイムの音が鳴るのを待つしかなかった。
「ぬいぐるみかなんかだと思ってんの、俺のこと」って訊いたことがある。そしたらあいつは……なんて言ってたっけ。否定されたような気がする。俺は本当に物覚えが悪いんだな。いや、外の世界に関心を持てないだけか。
風呂上がりに急いで出てきたから乾燥が足りなかった上、原付で学校に向かう途中で風を受けた髪が変に跳ねてしまっている。なんとかならんもんかと構内トイレの手洗い場で少しの間格闘したけど結果は完敗。
鏡の前で髪が不格好にうねる様を見て、ため息をつくしかなかった。
教室の後ろの方を陣取る。教授はいつも15分遅れでくるし、出席を取ることがない人だから、開始5分前の室内は学生がぱらぱら入ってくる程度。窓から移動する学生の群れを眺めていると、反対から「そーちゃん」と声をかけられる。振り向くと声の主は(恐らく、)同学科の女の子だった。
隣いい?と尋ねてくるものの、俺の許可はそこまで求められてないらしい。彼女は俺が返答する前からパイプ椅子に腰を下ろしている。
他愛もない話を聞きながら、なんて名前だったかなーこの子、とか我ながら失礼なことを考える。
不意に丸い瞳が俺の髪を捉えた。
「なーに」
「お風呂入ってきた?根元湿ってる。」
言いながら手を伸ばそうとしてくる。瞬時に俺は小さな声で
「触んない、で、」
と、彼女の指を拒んだ。
ニュアンスは柔らかいもので、彼女は「ごめんごめん」と笑って手を引っ込めるのみだったが、俺はそんなことに気をやれないくらい動揺していた。
ゾッとしているんだ、自分の挙動に。
拒むなんて何時振りだ?
だって俺は常に、なにかやだれかからの干渉をを許容することで全てを流しているはずだ。明確な拒否なんて数えるほどしかしたことがない。
拒否、拒否したことなんて、今と、あと、……。
ばつりと、想起しようとした脳をシャットダウンする。
思い出せなかったわけじゃない。強制的に蓋をして対処したような、作為的な忘却だった。脳裏に浮かびかけたその記憶は、どうしても思い出したくないものだったから。
教授が入ってきたのに気づいて、彼女は身体を捻るのをやめて前を向く。
助かった。他人に応じる余力がなくなってしまってる今、適当な相槌すら打てないと思うし。
仕切り直すように顔に手をやって視界を遮っても嫌なざわつきは消えてくれない。
なんか、変だ。
耀の死を聞いてから、薄らと、俺の中の何かが変わり始めているような気がする。胸骨あたりからじわじわと変化の萌芽が広がっていくような。
気持ち悪い!
なにも思いたくないし、できるだけ感じたくない。
だのに、見えない兆しは宿主のことなどお構いなしに、まるで生気を吸い取るかのように自身の存在感を強調していく。……あ、耐えらんないかも。
重圧をかけられたような、両腕ごと上半身を締め付けられるような圧迫感に逆らえず、机に突っ伏した。
……そんで、結局そのまま寝落ちてしまったってワケ。
講義終盤、教授に軽く頭を叩かれて現実に引き戻された。大きくない教室の静けさと、せんせーの冷たい視線が痛い。
有り難いお小言をいただき、尚気まずいがヒャクゼロで俺が悪いのでどうすることもできず。
とりあえず曖昧に頷くことに終始する俺、最近で一番情けないな。とか、思考を宙にやっても現実は変わらない。
非常に居心地の悪い空気の中俺は只管、チャイムの音が鳴るのを待つしかなかった。
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