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Disc.1
凪が降りる
しおりを挟む原付を走らせ、帰路につく。
冷たい夜風が頬に触れ、身震いしながらも暗い夜の道を進んでいく。
アクセルをふかす程冷めていく身体とは裏腹に、思考のエンジンはうまくかかってくれない。泥が詰まったみたいに、さっきの事が頭の中で堂々巡りしている。
---「耀の遺体が……」---
死という事実に驚きはあったものの、飲み込めない訳では…ない。
記憶の中の耀は、騒がしくて眩しくて、もう会えないというのが疑わしい程だ。
これからの俺の人生で、あいつとの思い出が更新される事はない。それを受け入れて、思い出を振り返る事が、人を弔うという事なのだろう。
それだけじゃない。
俺の頭で堂々巡りしているのは、耀との楽しかった思い出だけじゃない。
木戸さんに腹が立っている?
いや、言い方や態度に不満がある訳でもない。
本当に死んだのか?
死んでないと“遺体”なんて言わないよな。木戸さんはなんで俺にそのことを?何故だろうか……。
もやもやと考えを巡らすうちに、手のひらはハンドルではなく自宅のドアノブを握っていた。
「ただいま…。」
暗く静かな部屋に響く、気だるげな声。誰もいないと分かってるのに、何故か口をついて出てしまった。
上着を雑に脱ぎ、そのままベッドに倒れ込む。飯は食べる気になれない。シャワーも今日はいいか。
明日の自分に全てを託し、目を閉じる。意識を手放す中で、あの言葉が俺の頭にずぶりと突き刺さって抜けないままでいた。
---「お前が殺したんじゃないのか」---
朝、目が覚める。
寝覚めは悪い。どうやら昨日の自分は布団も被らずに寝たようで、風呂も食事もとっていないとみた。今日の自分に向けてキラーパスを寄越したようだ。
軽く伸びをしながら、バキバキと身体を鳴らしつつシャワーの準備を始める。
「今日は二限からか…もっと寝れたな。」
なんてぶつぶつと文句を垂れつつ、温かいシャワーに当たる。
俺こと、鐘代 草詩は大学生だ。
文学部地理学科、将来の職業にどう役立つかなんて見通しも持たないまま、好きなことを勉強して日銭を稼いで、気ままに一人暮らしをしている。
どこにでもあるようなプロフィールだ。1人で暮らしてみて余計にそう思う。俺個人を客観的に評価するならばまさしく“平凡”という言葉はついて回るのではないだろうか。
日々だらだらと過ごしている訳ではないのだが、3回生にもなるとどうにも時間が有り余って仕方ない。今だってシャンプーを泡立てながら5分ほど自分を見つめ直していたくらいだ。
今日何をするか。日々のタスクをどれだけこなすかだけを考えて生きていた俺に、ふとのしかかる、昨日の呪いの言葉。
---「殺したんじゃ……」---
俺は今まで“人の死”に今まで真っ当に向き合った事はない。
生まれて20年の俺にとって耀の死は初めての体験で、、、
髪をシャワーで洗い流し、前髪からポタポタと水滴が落ちるのを見送る。
いや待て。俺は耀が死んだことにそこまでの驚きなんてなかった。それよりもだ。
俺が、人を殺した。
そう疑われたこと、俺自身が死を与えたと思われたことに驚いたのだ。
昨日の自分の動揺に少し合点がいった。
耀の心配なんてしていない。俺はずっと自分の心配をしていた。
突然知らされた耀の死。
静かで平坦だった俺の心にざわざわと波を立てていく。
「俺が殺した、かぁ……。」
ぽつりと呟きつつ、浴室を出る。身体から湯気がたつ中でも、未だに冷めない頭を抱えて。
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