忘れられない死を貴方に

文字の大きさ
上 下
1 / 3

しおりを挟む



とある王国の王宮で、2人の青年がそれはそれは美しく、幸せそうに死にました。

1人はその国の王で、もう1人はその伴侶となったはずの踊り子であった。




 


  ─震える手で最愛の人の手紙を読んでいた。

かつて美丈夫と謳われたその容姿はひどく窶れ、吹けばたちまち崩れてしまいそうだ。


──俺はあの日、貴方に出会えたことを後悔はしていません。例えその後、あのような事があると分かっていても。
貴方と出会った日とロジェが生まれた日は世界で一番幸せでした。──






数年前


ノリッチは海岸沿いの小さな国だ。
小さな国ではあったが、土地と美しい海に囲まれた豊かな国だった。
陸路と海路の賑わう交易、観光、伝統。
ノリッチには何でもあった。

そんな王国が廃れるだなんて誰も思わなかっただろう。


運命の日は、ノリッチの若き王の為に盛大な祝いの席が設けられていた。

各地から使節団、雑技団が集まり、それはそれは賑やかだった。
そんな中、一際目立つ雑技団の1人に王の目は釘付けになった。



「…お呼び立てとお聞き致しました、何か失礼なことをしましたでしょうか」

宴の後、1人部屋に呼ばれた踊り子のジャックは緊張した面持ちで床にひれ伏せていた。

「顔を上げろ。…そんなことじゃない、ただお前に心を奪われただけだ」

恐る恐る顔をあげたジャックの目が丸くなる。
そんなことを言われるとは思わなかったのだろう。しかしジャックも幼い頃から数々の国を回ってきた、王族や貴族の中には気に入った奴らに軽々手を出す者もいると知っていた。

「有り難き幸せでございます。…して、貴方様は俺に何をお命じになられますか?」

一晩相手をしろとか、そういのには慣れっ子、王族と過ごせるなんて良い思い出と軽い気持ちで首を傾げる。

ジャックのいる雑技団は全員がΩだ。皆幼い頃に手のかかるΩという理由で棄てられてはここに拾われている。
Ωにとって貧しさは半分死を表す。

Ωは普通男性よりも華奢に、柔らかく育つ。子孫を残すためだろうか、容姿にも恵まれるものが多い。
それを利用しての雑技団だ。

「ここで、私だけの為に舞って欲しい」

「…かしこまりました。殿下の為だけに、舞わせて頂きます」

坊ちゃんめ、なんて内心少し残念に思いながらも個人の舞を舞ってみせる。
舞が終わってもなお、こちらを食い入るように見つめる王の足元にそっとかしづく。

「殿下、俺はこちらですよ?」

「す、すまない…見蕩れてしまった。お前は美しいな…どうしても惹かれてしまう」

若い。
口説きなれていないのだろう、目を泳がせてはこちらをチラチラ見る赤く色付いたご尊顔。

戯れのつもりで王の足に腕と頭を擦り寄せ、熱っぽく殿下を見上げる。

「もっと…近くでよく見てくださいますか?」










朝、殿下が目を覚ます前にベッドを出ようとすると後ろから抱き抱えられる。

「行くな…ここにいろ」

「…仲間の所に戻らなくてはなりませんから」

まるで大きな子供だな、と王の金髪を撫でる。裸だからこの体制は寒い。
諦めてもう一度ベッドに戻ると今度はしっかりと抱き抱えられる。

「いつ国を出るのか」

「1週間程でしょうか」

「お前と離れるのは嫌だな」

「…俺には勿体ないお言葉です」

この王は俺がΩということを知らないのだろうか。αのくせに、なんて腹が立つ程に心地よさそうな寝顔にかかった髪の毛を避けてやる。

他の踊り子達も今日はゆっくり休んだり観光したり、思い思いに過ごしているだろう。




そうして5日間、ジャックは王の元でずるずると強請られるがままに過ごしていた。
最初こそ王の熱心なアプローチに少し戸惑ってはいたものの、王の素直さや優しさに触れ思いの外絆されてしまったらしい。

仲間の後押しもあり、ジャックのいた雑技団の拠点をノリッチにして身元保証を受けることを引き換えにジャックは王宮に残ることになった。
表向きは王お抱えの踊り子として。

まだたどたどしくも、幸せそうな王と笑顔を見せる踊り子。

そんな2人をよく思わない連中がいた。
伝統を厳格に守ると称して自己中心的な貴族達だ。

彼らは代々、王族に自分達の身内を嫁がせたり結婚させたりして自分達の地位を確立してきた。

それならば、将来身内を送り込もうと思っていた王の隣に踊り子風情がいたらどう思うだろうか。
邪魔と思うに違いない。





ジャックが王の元に来てから約1年、2人の間に可愛らしい赤ん坊が生まれた。
正真正銘の、王の第1子である。

王はこの事を大変喜び、ロジェと名付けてはそれはそれは可愛がった。同時に、ジャックを寵愛する度合いも日に日に増してきて、ジャックを正式に后にする旨を進めていた。

周りの者たちも王の幸せと、第1子の誕生を喜び、祝福していた。
が、あまりそうでは無いものもいた。

一部の有力貴族たちである。彼らは伝統やしきたりの話を出してジャックを后にすることを何とか邪魔していた。
結局、すぐにはジャックを后に、ロジェを世継ぎと認めるのは子息が3歳を迎えた時、という形になった。
男のΩの産む子供は弱く、母子ともに特に不安定な状態である。安易に世継ぎとして世間に知ら示せば良くないことが起こるだろう、と。


王や他の貴族達は渋々ながらその案を受諾した。しかし、王にとって立場などどうでも良かったのかもしれない。
城の庭園では、よくロジェをあやすジャックとその肩を抱いて幸せそうに笑う王の姿が見られた。
彼らは幸せの絶頂にいた。




あの日までは









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

conceive love

ゆきまる。
BL
運命の番を失い、政略結婚で結ばれた二人。 不満なんて一つもないしお互いに愛し合っている。 けど……………。 ※オメガバース設定作品となります。

愛孫と婚約破棄して性奴隷にするだと?!

克全
BL
婚約者だった王女に愛孫がオメガ性奴隷とされると言われた公爵が、王国をぶっ壊して愛孫を救う物語

嫌われものと爽やか君

黒猫鈴
BL
みんなに好かれた転校生をいじめたら、自分が嫌われていた。 よくある王道学園の親衛隊長のお話です。 別サイトから移動してきてます。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

処理中です...