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Ⅰ
しおりを挟むとある王国の王宮で、2人の青年がそれはそれは美しく、幸せそうに死にました。
1人はその国の王で、もう1人はその伴侶となったはずの踊り子であった。
─震える手で最愛の人の手紙を読んでいた。
かつて美丈夫と謳われたその容姿はひどく窶れ、吹けばたちまち崩れてしまいそうだ。
──俺はあの日、貴方に出会えたことを後悔はしていません。例えその後、あのような事があると分かっていても。
貴方と出会った日とロジェが生まれた日は世界で一番幸せでした。──
数年前
ノリッチは海岸沿いの小さな国だ。
小さな国ではあったが、土地と美しい海に囲まれた豊かな国だった。
陸路と海路の賑わう交易、観光、伝統。
ノリッチには何でもあった。
そんな王国が廃れるだなんて誰も思わなかっただろう。
運命の日は、ノリッチの若き王の為に盛大な祝いの席が設けられていた。
各地から使節団、雑技団が集まり、それはそれは賑やかだった。
そんな中、一際目立つ雑技団の1人に王の目は釘付けになった。
「…お呼び立てとお聞き致しました、何か失礼なことをしましたでしょうか」
宴の後、1人部屋に呼ばれた踊り子のジャックは緊張した面持ちで床にひれ伏せていた。
「顔を上げろ。…そんなことじゃない、ただお前に心を奪われただけだ」
恐る恐る顔をあげたジャックの目が丸くなる。
そんなことを言われるとは思わなかったのだろう。しかしジャックも幼い頃から数々の国を回ってきた、王族や貴族の中には気に入った奴らに軽々手を出す者もいると知っていた。
「有り難き幸せでございます。…して、貴方様は俺に何をお命じになられますか?」
一晩相手をしろとか、そういのには慣れっ子、王族と過ごせるなんて良い思い出と軽い気持ちで首を傾げる。
ジャックのいる雑技団は全員がΩだ。皆幼い頃に手のかかるΩという理由で棄てられてはここに拾われている。
Ωにとって貧しさは半分死を表す。
Ωは普通男性よりも華奢に、柔らかく育つ。子孫を残すためだろうか、容姿にも恵まれるものが多い。
それを利用しての雑技団だ。
「ここで、私だけの為に舞って欲しい」
「…かしこまりました。殿下の為だけに、舞わせて頂きます」
坊ちゃんめ、なんて内心少し残念に思いながらも個人の舞を舞ってみせる。
舞が終わってもなお、こちらを食い入るように見つめる王の足元にそっとかしづく。
「殿下、俺はこちらですよ?」
「す、すまない…見蕩れてしまった。お前は美しいな…どうしても惹かれてしまう」
若い。
口説きなれていないのだろう、目を泳がせてはこちらをチラチラ見る赤く色付いたご尊顔。
戯れのつもりで王の足に腕と頭を擦り寄せ、熱っぽく殿下を見上げる。
「もっと…近くでよく見てくださいますか?」
朝、殿下が目を覚ます前にベッドを出ようとすると後ろから抱き抱えられる。
「行くな…ここにいろ」
「…仲間の所に戻らなくてはなりませんから」
まるで大きな子供だな、と王の金髪を撫でる。裸だからこの体制は寒い。
諦めてもう一度ベッドに戻ると今度はしっかりと抱き抱えられる。
「いつ国を出るのか」
「1週間程でしょうか」
「お前と離れるのは嫌だな」
「…俺には勿体ないお言葉です」
この王は俺がΩということを知らないのだろうか。αのくせに、なんて腹が立つ程に心地よさそうな寝顔にかかった髪の毛を避けてやる。
他の踊り子達も今日はゆっくり休んだり観光したり、思い思いに過ごしているだろう。
そうして5日間、ジャックは王の元でずるずると強請られるがままに過ごしていた。
最初こそ王の熱心なアプローチに少し戸惑ってはいたものの、王の素直さや優しさに触れ思いの外絆されてしまったらしい。
仲間の後押しもあり、ジャックのいた雑技団の拠点をノリッチにして身元保証を受けることを引き換えにジャックは王宮に残ることになった。
表向きは王お抱えの踊り子として。
まだたどたどしくも、幸せそうな王と笑顔を見せる踊り子。
そんな2人をよく思わない連中がいた。
伝統を厳格に守ると称して自己中心的な貴族達だ。
彼らは代々、王族に自分達の身内を嫁がせたり結婚させたりして自分達の地位を確立してきた。
それならば、将来身内を送り込もうと思っていた王の隣に踊り子風情がいたらどう思うだろうか。
邪魔と思うに違いない。
ジャックが王の元に来てから約1年、2人の間に可愛らしい赤ん坊が生まれた。
正真正銘の、王の第1子である。
王はこの事を大変喜び、ロジェと名付けてはそれはそれは可愛がった。同時に、ジャックを寵愛する度合いも日に日に増してきて、ジャックを正式に后にする旨を進めていた。
周りの者たちも王の幸せと、第1子の誕生を喜び、祝福していた。
が、あまりそうでは無いものもいた。
一部の有力貴族たちである。彼らは伝統やしきたりの話を出してジャックを后にすることを何とか邪魔していた。
結局、すぐにはジャックを后に、ロジェを世継ぎと認めるのは子息が3歳を迎えた時、という形になった。
男のΩの産む子供は弱く、母子ともに特に不安定な状態である。安易に世継ぎとして世間に知ら示せば良くないことが起こるだろう、と。
王や他の貴族達は渋々ながらその案を受諾した。しかし、王にとって立場などどうでも良かったのかもしれない。
城の庭園では、よくロジェをあやすジャックとその肩を抱いて幸せそうに笑う王の姿が見られた。
彼らは幸せの絶頂にいた。
あの日までは
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