上 下
37 / 40

停滞

しおりを挟む
 マスターが、今日はお店休みだけど、せっかくだからジバティーさん達に動画を見せてあげたいし、丁度いいからあっちで食事しましょうか、と言うので食材を持ってぱんどらへ向かうことになった。

 見込み通り麻婆豆腐の準備を始めたので、内心で名探偵気分を味わえた私は、ニコニコと泉谷さん達に話しかけた。

「今日の動画は相談して決めて下さい。今回は特別サービスですよ」
『それは有り難いんやけども……ほんま体は大丈夫なんか小春?』

 泉谷さん達が心配そうな顔でやって来た。周囲の人達に認識されてはいないが、ぱんどらのジバティーさん達はステルス状態で諸事情を全部見聞きしており、当事者以外には一番状況を把握している人達である。
 彼らは私達のプライバシーを侵害してはいけないと、事件の話もこちらから切り出さなければ話して来なかったし、マスターの家も行動出来る範囲内ではあるのだが、決して立ち入らない。

『私達だって、マスターが唯一安心してくつろげる場所に、勝手に訪問して着替えや風呂覗き見たり、眠ってる姿見たりなんてデリカシーのない真似はしないわよ』
『ワシらもやられたら嫌やもんなあ』
『そうですそうです』

 大変マナーのいいジバティーさんである。

『……あのー、何か、マスターが刑事さんとここで話していたの聞きましたが、犯人が行方不明だとか』

 だがそろそろ我慢も限界のようで、マークさんが恐る恐るといった感じで質問して来た。

「そうらしいですね」
『小春のケガの後、ワシらも気になって周辺をパトロールしとるけど、今んとこ不審者はおらんようや。まあ見逃してるかも知らんけど』
『小春さんは今マスターのとこいるし、外にもほぼ出ないじゃん。あそこは簡単に出入りは出来ないから諦めたのかもよ?』
『いや、真理子さんがケガをしたじゃないですか。あちらにアタックしてたなら、同時にこちらも、は無理じゃないですか?』
『いや、せやけどな──』
『でも小春さんが……』

 動画を見るどころではなく、最近の身近な事件の方がよほど気になるらしい。だけど心配してくれているのは分かり、とても嬉しかった。

「出来たわよー」

 麻婆豆腐丼とかきたまスープをトレイに載せてマスターが四人テーブルに並べた。何故か三人分用意してある。

「あれ? いつもカウンターじゃないですか? それに三人分って」
「ああ、実はそろそろ正延さんがここに来るのよ。報告あるんですって。どうせ聞き込みとかで食事もまともにしてないだろうからね。捜査してくれてるお礼よ。二人分も三人分も大した違いはないし」
「そうなんですか。……あ、さっき真理子さんがぬぼーっとした刑事さんによろしく、って言っててちょっと笑っちゃいました」
「ああ、確かにちょっとそんな感じしちゃうわね。正延さんには失礼だけど。でも、仕事熱心だし信頼は出来る感じよね」

 そんな話をしていると、店の扉を控えめにノックする音がした。

「あら、ロールカーテン下げたままだったわ」

 マスターが慌てて正延さんをドアを開けて招き入れる。

「やあ円谷さん、お体の調子はいかがですか?」
「はい、まだ痛みはありますが順調に治って来てます」
「そりゃあ良かった。……おや、これからお食事ですか?」
「ちゃあんと正延さんの分もご用意してるんですよ。どうぞどうぞ。あ、別に賄賂代わりじゃないのでご遠慮なく。まあ賄賂にもなりませんけどね食事なんかじゃ」

 マスターに案内されるままテーブル席に案内され、「毎回食事をご馳走になる訳にも」とか「公僕ですので」と遠慮していたが、押し切られるようにして座らされた。

「……すみません。それではご馳走になります」
「食事して下さらないとこちらも食べにくいですもの。ねえ小春ちゃん?」
「そうですよ。せめて美味しいご飯でも食べて気分転換しましょう。私も居候みたいなものですし、偉そうに言える身分じゃないんですけど」
「私は一人で食べるより作り甲斐あって嬉しいですし、お互いにWINWINってことで、ね?」
「ははは。実は私、麻婆豆腐好きなんですよね。有り難く頂戴します」

 食事中は滅入るような話はしたくない、とお互いの考えが一致したようで、世間話をしながら食べ終え、食後、マスターがアイスラテを作って運んで来てから、正延さんが報告を始めた。

「実はですね、署の方でも坂本真理子さんの接触事故、というか轢き逃げですが、その事故現場近辺の監視カメラから、撮られた原付バイクの画像解析をして、隠していたナンバーが分かり被疑者を特定していたんですよ。それで、参考人聴取をしようと動いていたら、坂東君にも事前に軽く伝えていたんですが、仕事も退職済みで、実家に住んでおられたみたいなんですが、そちらからも出て行ったきりで、一カ月ほどご両親も全く連絡が取れないみたいですね。捜索願も出ていました」
「……となると、ネットカフェとかウィークリーマンションなんかにいるのかしらね、その人?」
「だと思うんですがね。近場から調べている最中ですが、何しろ数が多いので、まだ場所までは分からない次第で」
「じゃあやっぱりその方が、真理子さんや私の方の嫌がらせとか転落事件の犯人なんでしょうか?」

 私は正延さんに疑問を投げかけた。

「現在、証拠が出ていてはっきりしているのはバイクの件だけですね。円谷さんの方は目撃者もおられないですから。嫌がらせの手紙なども含めて、まあ口は悪いですが、客観的に見ると自作自演という可能性もゼロではないですからね」
「……ああ、まあそうですよね」
「やだちょっと正延さんひどいわ! 小春ちゃんを疑うんですか?」

 マスターが怒って正延さんに食ってかかるが、私が止めた。

「マスターや話をさせて頂いている正延さんには、多少なりとも私の人となりは把握して頂いていると思いますが、赤の他人が聞いたらどうですか? 心配して欲しがりの構ってちゃんだと思われてもしょうがないですよ。私のケガだって、真理子さんが口裏合わせればいいだけじゃないですか。現にアパートの庭に埋葬したハムスター達だって、自分がやったんじゃないかと言われても何の証拠もないですし、手すりも郵便入れも掃除しちゃってますからね。手紙も控えの意味で一つしか残してないですから。これも自作と言われても反論できる証拠も出せませんし」
「あのねえ小春ちゃん、何であなたはそういつも冷静なのよ! もう少し正延さんに怒ってもいいんじゃない?」
「いえ、真実はともかく事実はそうなりますから、そこを足掻いてみたところでどうしようもありません。写真も撮っておかなかった私の落ち度でもありますし」

 はああ、とため息をつくマスターは放置して、正延さんに話を続ける。

「ですが、真理子さんの一件も、私の転落も実際に起きたことで、下手すれば障害が残ったり、死んでいたかも知れないことも事実です。その方が何の目的でそんなことをしているのかも分からないし、もしマスターに好意を持ったことが起因だとすれば、一方的に周囲に危害を加えられて、マスターだって迷惑を受けてしまっていますよね? せっかくマスターがオネエの振りまでして社会復帰しようと頑張ってるのに、これでまた小康状態を保てていた女性恐怖症が悪化したら、買い物や接客なんてとても出来ませんよ。マスターの顔がこんななのはマスターのせいじゃないですし、簡単に取り外し出来るお面じゃないんですから。だからお願いします。もしその犯人の方が見つかったら、せめて私にも文句の一つぐらいは言わせて欲しいです」

 ああ、怒りに任せて余りに長いセンテンスを一気に喋ったら、どっと疲れが出てしまった。大分溶けてしまった氷をかき混ぜながらアイスラテをストローで流し込む。

「お気持ちは分かりますけどね。実際は難しいかも知れません。あ、勿論、円谷さんが嘘をついているとは私は思ってませんからね、一応お伝えしときますが」

 とりあえずは居場所を見つけませんと、と言うとまた仕事に戻ります、と頭を下げて正延さんは店を出て行った。

「……正延さんもこんな遅くまで大変よね」
「お休みとかも大きな事件があれば潰れそうですもんね」

 食器を流しに持って行きながら、マスターはところで、と私を振り返る。

「小春ちゃん、私の顔をこんななのって言うのひどくない?」
「え? ホープダイヤとか魔性の美貌とか刑事さんの前で言いにくいじゃないですか? そっちの方が良かったですか?」
「いや、その表現もアレだけど、そういう話じゃなくてね、もっとこう、良い表現が出来ないのかって話よ」
「簡単に美形と言ってしまうと、単にそこらの少し見てくれのいい人みたいになるじゃないですか。マスターは別格、ディザスターレベルの美貌なんですよ? ご自身で身をもって体験なさってるじゃないですか」
「いえそれは実際そうなんだけれども、流石に目の前で自分のことをそう言われるのって、ちょっと居たたまれないじゃないのよ」
「私がそこらのモブ顔であることを自覚しているように、まず己を知る、というのは大切なことですよ。過小評価は危険です」
「? ……私は小春ちゃん可愛いと思うけど。ほら、おかっぱも良く似合ってるし、たまに笑うとえくぼが出来て尚更可愛いわよ?」
「現代日本ではおかっぱではなく、ボブと言わないとダサいそうです。真理子さんから怒られました」
「あらそうなの? やだわー二十代で既に時代から取り残されてるのね私。引きこもってるせいかしらねえ」
「引きこもっていない私も取り残されてます。田舎では普通に使ってましたが、イマドキの女子というのは難しいですね。未だにボブって言うのも、ジョンとかデビッドみたいな外国の名前みたいで違和感がありますし」
「本当よねえ」

 最後はそんな呑気な話になり、その後ジバティーさん達とおまぬけな動物シリーズなどを見て大笑いして終わったのだったが、事態が動いたのは数日後の真理子さんの電話からだった。



しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

山蛭様といっしょ。

ちづ
キャラ文芸
ダーク和風ファンタジー異類婚姻譚です。 和風吸血鬼(ヒル)と虐げられた村娘の話。短編ですので、もしよかったら。 不気味な恋を目指しております。 気持ちは少女漫画ですが、 残酷描写、ヒル等の虫の描写がありますので、苦手な方又は15歳未満の方はご注意ください。 表紙はかんたん表紙メーカーさんで作らせて頂きました。https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html

貧乏神の嫁入り

石田空
キャラ文芸
先祖が貧乏神のせいで、どれだけ事業を起こしても失敗ばかりしている中村家。 この年もめでたく御店を売りに出すことになり、長屋生活が終わらないと嘆いているいろりの元に、一発逆転の縁談の話が舞い込んだ。 風水師として名を馳せる鎮目家に、ぜひともと呼ばれたのだ。 貧乏神の末裔だけど受け入れてもらえるかしらと思いながらウキウキで嫁入りしたら……鎮目家の虚弱体質な跡取りのもとに嫁入りしろという。 貧乏神なのに、虚弱体質な旦那様の元に嫁いで大丈夫? いろりと桃矢のおかしなおかしな夫婦愛。 *カクヨム、エブリスタにも掲載中。

イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい

どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。 記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。 ◆登場人物 ・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。 ・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。 ・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

お犬様のお世話係りになったはずなんだけど………

ブラックベリィ
キャラ文芸
俺、神咲 和輝(かんざき かずき)は不幸のどん底に突き落とされました。 父親を失い、バイトもクビになって、早晩双子の妹、真奈と優奈を抱えてあわや路頭に………。そんな暗い未来陥る寸前に出会った少女の名は桜………。 そして、俺の新しいバイト先は決まったんだが………。

処理中です...