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どう転ぶのやら

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「──ほう、なるほど。このテーブルに地縛霊さん達が、ねえ」

 正延さんは、ニュートラルな顔のまま、いつも彼らがいるテーブルを眺めている。信じてないんだろうなあ多分。……余談ですが、今は皆さんテーブルではなく、正延さんのそばを取り囲むように立っております。

 私は、ここで働くようになったきっかけから、彼らから聞き取った情報、国会図書館で事件について調べたものの、結局何も分からなかったことを全て話した。当然だ、刑事さんに情報を取捨選択して話すなんて、大学出たばかりの小娘が出来ようはずもない。
 勿論、ユタの家系についても説明した。そして、李さんの名前が書かれた手帳を泉谷さんが見たことで、もしかしたら刑事さんなら分かるのではないかと考えたこと、他の人達の事件も素人では見つけられなかったが、刑事さんなら調べられるのでは、と思ったことも全部打ち明けた。

「いや、別にね、円谷さんの話が全部嘘だ、と思っている訳ではないんですよ? ただ、私は人の嘘を見抜くような仕事を生業にしてるもんでね、何でもまずは疑ってかかるんですよ。それに簡単に、はいそうですか、と言える内容でもないですしね。誠に申し訳ないんですが」
「いえ、ごもっともです」

 マスターはカウンター席の隅に座り、自分で淹れたコーヒーを飲みながら、私達を気にしてチラチラ視線を投げている。
 マスター自身は、これまでの経緯で信じてはいるのだが、実際自分には見えていないので、むやみに味方側につくのもサクラのようで嘘くさくなるのでは、と思い口出しをしなかったのだ、と後で教えてくれたが、私の心細さといったらなかった。
 親のような世代の、それも真っ当に生きていれば、本来なら一生関わることもなさそうな刑事さんである。本当のことを言っているにも関わらず、探るような目を向けられると威圧感を感じてしまい、挙動不審だと思われてもおかしくないほどつっかえつっかえになったりする。私は顔には出にくいだけで、国家権力には小心な田舎者なのだ。
 正延さんは、手帳に何か書き込みつつ私に質問をする。

「えーと、強盗で亡くなった李浩宇さんと、工事現場で足を踏み外して亡くなった泉谷公雄さんに、恐らく轢き逃げで亡くなったのであろう森尾杏さん、それと最近仲間入りされた交通事故死のマーク・ボンドさん、ええと、この方は浮遊霊、と……以上の四名の方が、こちらにおられると」
「はい。泉谷さんが大体十八年ほど前からこちらに。それで十五年位前に李さんが来て、十一年ほど前に杏さんがいらしたそうです。まあ二人については、泉谷さんが近くにいたのを連れて来たそうなんですが。──それで、マークさんはつい先日、私が国会図書館の近くの公園で休んでいたら、ついうっかりと」
「ははっ、ついうっかり、ですか」

 ぱたん、と手帳を閉じると、正延さんは真顔になった。

「うん……円谷さんも、とても嘘をつくような人には思えないし、地縛霊だという人達の情報も適当に準備したものとも思えない。金銭を要求する訳でもなく、そんな嘘をついて何かメリットがあるのかどうかも分からない。……ただね、だからこそ私は真実でない可能性も探らないといけない。裏を読まねばならない。そういう仕事ですからね。私の担当した事件で、人の良さそうな、周囲に好感を持たれていた女性の連続殺人犯もいましたし、真面目を絵にかいたような実直そうなサラリーマンが、家に二年間も少女を監禁していたケースもありました。だから私は、絶対に見た目だけでは信用しないと決めています」
「はい、分かります」
「──ただ、少々興味深いことは事実です。ですから、少し調べてみます。この方達の事件が本当に存在するのかどうか。ただ、それを円谷さんに教えるかどうかは別問題ですけどね」
「そうですね……」

 正直、教えて貰わないと彼らの成仏スケジュールの調整が出来ないのだが、実際に彼らの言っていることを信じて貰えたなら、もしかしたら差し支えない範囲で教えてくれるかも知れない、という可能性は僅かに残っている。どちらにせよ、現在私達には他に手立てがないのだ。

「どうぞよろしくお願いいたします」

 私は深く頭を下げた。

「おっと、私も大分長い間お邪魔してしまいましたね。それではまた。ご馳走様でした……あ、坂東君、悪いが連絡先を伺えますかね」

 千円札をマスターに渡し、ついでに私の連絡先も聞き手帳に控えると、コートを抱えて、ではでは、と出て行った。

「……ふうう。緊張したわねえ」

 マスターがカップを片付けながら大きく息を吐いた。

「何を言ってるんですか。私はもっとですよ」
『悪かったな小春、ワシがいらんことしたせいで』

 泉谷さんが申し訳なさそうに頭を掻いて謝って来た。

『泉谷さん世話好きが過ぎるよ。……でもさ小春さん、今回は泉谷さんのお陰で李さんの情報が得られるかもだし、怒らないであげて』

 杏さんが両手を合わせる。

「いえ、元から怒る気はないですよ。──ただちょっと、いやどーっと疲れただけで。ですが、李さんの件もですが、泉谷さんや杏さん、マークさんのことも、何か分かるかも知れない希望が湧いただけ、今回は良かったと思うしかないですね」

 ふと時計を見ると、もう夜の十時前である。

「小春ちゃん、こんな時間じゃ流石に一人で帰すのは公園通らなくても危ないわ。今夜は本当にお疲れ様だったわね」

 マスターが洗い物を終えてタオルで手を拭きながら、また変態三点セットを身に着けている。変態もどきの怖がりな人に付き添われて帰るのも、一人で十分も掛からないアパートまでの道を戻るのも、考えると大して変わらないような気がしなくもなかったが、私は一言「……お世話になります」と返事をするのだった。



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