33 / 43
【33】
しおりを挟む
バッカス王国の『勇敢な聖女と勇者たち(仮)』の精鋭たちは、このマイロンド王国の険しい山を登りながらも、何とはなしに納得行かないものを胸に抱えていた。
『……あ、そこね、ちょっと岩が多くて凸凹してるから気をつけて下さいよ。足でも挫いたら降りる時に大変だからね』
「ううう、うるさいっ!そんなことは分かってる!!」
『それならいいんですけどね。──あ、あとそこ整地が間に合わなくてツルが大分伸びちまってますから、余所見してると……あー、ほら兄さんが2人すっ転んだ』
山に入る道が馬車など使えないほど狭かったのが判明し、仕方なく馬車の手綱を山の入口近くの木にくくりつけ、聖女も王子たちも含めて重たい装備と分散した食料や武器を背負い、えっちらおっちら己の足で登っているのだが、明らかに魔族とおぼしき皆の頭に直接語りかけてくる声は、やたらと優しいのである。
こっちは魔王を討伐に来たんだぞ、聖女だっているんだぞ、と言っているのだが、
『あーそうですか。魔王さま強いから多分無理だと思いますけど、まあやってみるのは自由ですし』
『それとウチにも聖女がいらっしゃいますけど、今は魔王さまとラブラブですし、普通の人間の女性なので、無茶な攻撃とかしないで下さいね。
どっちにしろ聖女なので攻撃とか無意味だと思いますし、ちょっとでも怪我させたら、聖女より魔王さまの方が激おこだと思いますから、皆さんの身の安全の為にもくれぐれもご用心下さい』
などとこちらの安全を配慮した語りかけまでしてくる始末だ。
好戦的な悪の権化というよりは、世話好きの気のいいオイチャンとオバチャンみたいなもので、
「うおおお、やったるでぇぇぇ!」
というアグレッシヴな気持ちが萎えるのである。
その上、マイロンド王国にも聖女が降臨していたという【果たして悪い奴らの所にも聖女が来るのか?】【マイロンド王国って本当に悪者なのか?】という疑問と【聖女があちらにもいるのなら、そもそもウチらのメリット無くない?】というザワワな不安が勇者たち(仮)の心を揺さぶったりして、モチベーションが上がらない事この上ない。
気合い充分なのは聖女ビアンカただ1人。
「ふん、どうせ偽物よ。私が本物の聖女。こんな声なんか無視してとっとと先を急ぎましょう!」
とウエイトレス仕事で鍛えた健脚でグイグイと山を登っている。
といっても聖女の荷物は自分がメイク道具や着替えを入れたリュックサック1つのみなので、他の人間よりは当然ながらかなり楽なのだ。
「……ふぅ、ビアンカちゃんぶれないねぇ」
息を切らしながらも、王族特権で荷物を部下に持たせ身軽なオルセーが兄のシルバに話しかけた。
「兄上はどう思う?聖女の話」
「──分からんな。だが、魔族といちゃつくようではどうせろくな聖女ではあるまい」
だからといってビアンカが素晴らしい聖女かというとそれもまた疑問ではあるのだが。
「しかし、勇者たちのやる気がどんどん下がっているのが気になるな。……アーノルド、お前はどう思う?」
背後から重たい荷物をものともせず力強い足取りで上がって来る騎士団隊長は、シルバの問いかけに少し考える様子を見せてから、
「……魔王と対面しないと何とも言えないですね。他の魔族が好戦的でなくても、魔王が戦が好きなタイプであれば、国民は流されざるを得ませんし」
と返した。
「ですが、本物の聖女があちらにもいるのなら、ウチの聖女のホーリー魔法は発動しませんし、したとしても相手も異世界の人間なら中和されてしまいます。
正直、我々だけの力勝負だと少々分が悪いかと」
「えー、困るよ負け戦なんて。カッコ悪いじゃん」
オルセーが慌てたようにアーノルドを見た。
「カッコいい悪いというより、生きて帰れるか帰れないかという問題かと思いますが」
「本物の聖女ならアウトかも知れんな……」
眉間に皺を寄せたシルバは、あんな金のかかるワガママな聖女を大事に扱っていたのは、全て無駄な事だったという事になるのかと思うと気が遠くなりそうだった。
「聖女が本物でなければいい。
万が一本物の聖女でも、どうせ魔王の女だ。居なくなったところで我が国は困らん。なあアーノルド、戦いには犠牲が付き物だろう?」
「……結構えげつないお考えですね。勝利の方向性として間違ってはおりませんが、女性に手をかけるのは騎士団の人間として些か──」
「何が騎士団だよ!分かってんだろうな?生きて帰れなきゃ騎士団もクソもないんだよ!お前が一番腕が立つんだから、本物だったら隙を見て殺れよ!!」
「……御意」
明らかに悪くなりつつある空気感を見ない振りをして、シルバは山頂へ向かってひたすら足を運ぶのだった。
『……あ、そこね、ちょっと岩が多くて凸凹してるから気をつけて下さいよ。足でも挫いたら降りる時に大変だからね』
「ううう、うるさいっ!そんなことは分かってる!!」
『それならいいんですけどね。──あ、あとそこ整地が間に合わなくてツルが大分伸びちまってますから、余所見してると……あー、ほら兄さんが2人すっ転んだ』
山に入る道が馬車など使えないほど狭かったのが判明し、仕方なく馬車の手綱を山の入口近くの木にくくりつけ、聖女も王子たちも含めて重たい装備と分散した食料や武器を背負い、えっちらおっちら己の足で登っているのだが、明らかに魔族とおぼしき皆の頭に直接語りかけてくる声は、やたらと優しいのである。
こっちは魔王を討伐に来たんだぞ、聖女だっているんだぞ、と言っているのだが、
『あーそうですか。魔王さま強いから多分無理だと思いますけど、まあやってみるのは自由ですし』
『それとウチにも聖女がいらっしゃいますけど、今は魔王さまとラブラブですし、普通の人間の女性なので、無茶な攻撃とかしないで下さいね。
どっちにしろ聖女なので攻撃とか無意味だと思いますし、ちょっとでも怪我させたら、聖女より魔王さまの方が激おこだと思いますから、皆さんの身の安全の為にもくれぐれもご用心下さい』
などとこちらの安全を配慮した語りかけまでしてくる始末だ。
好戦的な悪の権化というよりは、世話好きの気のいいオイチャンとオバチャンみたいなもので、
「うおおお、やったるでぇぇぇ!」
というアグレッシヴな気持ちが萎えるのである。
その上、マイロンド王国にも聖女が降臨していたという【果たして悪い奴らの所にも聖女が来るのか?】【マイロンド王国って本当に悪者なのか?】という疑問と【聖女があちらにもいるのなら、そもそもウチらのメリット無くない?】というザワワな不安が勇者たち(仮)の心を揺さぶったりして、モチベーションが上がらない事この上ない。
気合い充分なのは聖女ビアンカただ1人。
「ふん、どうせ偽物よ。私が本物の聖女。こんな声なんか無視してとっとと先を急ぎましょう!」
とウエイトレス仕事で鍛えた健脚でグイグイと山を登っている。
といっても聖女の荷物は自分がメイク道具や着替えを入れたリュックサック1つのみなので、他の人間よりは当然ながらかなり楽なのだ。
「……ふぅ、ビアンカちゃんぶれないねぇ」
息を切らしながらも、王族特権で荷物を部下に持たせ身軽なオルセーが兄のシルバに話しかけた。
「兄上はどう思う?聖女の話」
「──分からんな。だが、魔族といちゃつくようではどうせろくな聖女ではあるまい」
だからといってビアンカが素晴らしい聖女かというとそれもまた疑問ではあるのだが。
「しかし、勇者たちのやる気がどんどん下がっているのが気になるな。……アーノルド、お前はどう思う?」
背後から重たい荷物をものともせず力強い足取りで上がって来る騎士団隊長は、シルバの問いかけに少し考える様子を見せてから、
「……魔王と対面しないと何とも言えないですね。他の魔族が好戦的でなくても、魔王が戦が好きなタイプであれば、国民は流されざるを得ませんし」
と返した。
「ですが、本物の聖女があちらにもいるのなら、ウチの聖女のホーリー魔法は発動しませんし、したとしても相手も異世界の人間なら中和されてしまいます。
正直、我々だけの力勝負だと少々分が悪いかと」
「えー、困るよ負け戦なんて。カッコ悪いじゃん」
オルセーが慌てたようにアーノルドを見た。
「カッコいい悪いというより、生きて帰れるか帰れないかという問題かと思いますが」
「本物の聖女ならアウトかも知れんな……」
眉間に皺を寄せたシルバは、あんな金のかかるワガママな聖女を大事に扱っていたのは、全て無駄な事だったという事になるのかと思うと気が遠くなりそうだった。
「聖女が本物でなければいい。
万が一本物の聖女でも、どうせ魔王の女だ。居なくなったところで我が国は困らん。なあアーノルド、戦いには犠牲が付き物だろう?」
「……結構えげつないお考えですね。勝利の方向性として間違ってはおりませんが、女性に手をかけるのは騎士団の人間として些か──」
「何が騎士団だよ!分かってんだろうな?生きて帰れなきゃ騎士団もクソもないんだよ!お前が一番腕が立つんだから、本物だったら隙を見て殺れよ!!」
「……御意」
明らかに悪くなりつつある空気感を見ない振りをして、シルバは山頂へ向かってひたすら足を運ぶのだった。
0
お気に入りに追加
168
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる