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パルパルチロロ。

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 遠い遠い別の世界のお話。
 
 
 
 昔あるところに、長いこと争い事もなく、おっとりのんびり暮らしている国がありました。
 
 その国のそこそこ大きな町の商店街の一角に、『パルパルチロロ』という名の、バルザックという独り者の男がやっているスイーツの店がありました。 
 
 ちなみにパルパルチロロというのはこの国によく咲いている黄色の小さな花の名前です。
 
 様々なクッキーや、フルーツとクリームたっぷりのケーキ、大人向けのビターな甘さのコーヒームースなどが並べられ、子供からお年寄りまでがよく買いに来るかなり繁盛しているお店です。
 
「何食べてもみんな美味しいんだけどさぁ、あそこは店主が愛想が良ければもっと良いんだけどねえ。嫁さんだって来るだろうにさ」
 
 というのが町の人たちのもっぱらの評判でした。
 
 
 バルザックは33歳になりましたが、皆が言うように結婚もしてなければ付き合ってる女性もいませんでした。
 
 別に、顔が悪いわけでも困った性癖がある訳でもありません。むしろ精悍な顔立ち、意外に重労働なため自然とついた筋肉、180センチを越える身長は申し分のないモテ要素なのですが、口下手で緊張するので異性と話すのが苦手、饒舌になるのはケーキ作りの話や新作菓子の構想だけ、とあっては最初はよくても興味が薄ければ退屈この上ありません。
 アタックしてくる女性もお手上げでした。
 
 寂しくないと言えば嘘になりますが、お客さんが美味しいと喜んでくれる顔を見るだけで結構幸せなので、一生独り者でもまあいいか、などと考えておりました。
 
 
 
 ある日のことです。
 お客さんから、裏手の森で若い女の子が保護されたという話を聞きました。
 
「なんだかねぇ、自分の住んでいた国はここじゃないけど見覚えがあるんだとか、まさか本当に推しメンが実在するのかしらとかよく分からない事を言ってるらしくて。
 拐われたショックとかで記憶が混乱してるのかも、と自警団にいるウチの旦那も病院に連れていこうとしたらしいんだけどね。『パルパルチロロというスイーツの店はありますか!!』とか急に言い出したそうなのよ」
 
「……ウチ、ですか?」
 
 よく子供のためと言いながら自分用のお菓子も買って行く馴染みのおばさんが頷いた。
 
「この町でパルパルチロロって名前のついてるスイーツの店なんて他にないじゃない?
 だから、旦那が後で店に連れてくると思うから、知り合いの娘とか、友達の姉妹とか、とにかく顔見知りじゃないかバルザックにも確認して欲しいのよ」
 
 親も既にいない一人っ子で親族は皆無、友達の男も数人しかいない人間に何を言ってるのかと耳を疑いましたが、たまに旅行で来たよその国の人がお菓子を買って行く事もありましたので、見たことがあるかも知れない、とも考えました。
 迷子なら可哀想だし、拐われたなら早く親元へ帰してあげたいとも思いました。
 
「分かりました」
 
「ありがとう!旦那に伝えとくわね」
 
 おばさんが帰って1時間ほどすると、自警団のおじさんが1人の女の子を連れてやってきました。
 
 バルザックはもっと小さな子供を想像していましたが、20歳前後に見えるダークグレーのワンピースを着た小柄でぽっちゃりした可愛い女性でした。
 
 肩のちょっと下ぐらいまでの癖のない黒髪に黒真珠のような目の色は、この国ではかなり珍しいモノです。やはり別の国の人かな、と思いながら観察しましたが、全く見覚えがありません。
 
「バルザック、知り合いか?」
 
 軽く左右に首を振ると、その女の子に、
 
「あの、お客さん、でしたか?」
 
 と声をかけた。
 女の子はぷるぷると震えると、
 
「……CVに負けず劣らずのイケボ……。リアルで見るバルザック様セクシーダイナマイツ!破壊力マキシマム!
 このままだと死ぬ、いやまだ死ねない!
 お布施、お布施もせずにこんな至福を味わう訳には。でもここではクレカも使えない、ガチャもない。どうすれば貢げるの?どうすればこの感謝を形に出来るのかしら……」
 
 謎のような呪文をブツブツ唱えているのですが、早口過ぎてよく聞き取れません。
 
「あの、」
 
 もう一度ゆっくり、と言いかけたところで、女の子はハッと目を見開きいきなり座り込むと、バルザックにそれはそれは美しい土下座をしました。
 
「失礼しました。記憶が蘇って参りました。
 私はこの国から遠く離れた国に住んでいる者でチハルと申します。
 このお店には親と以前来たことがありまして、余りに美味しかったので覚えていたようです。
 1人旅の途中で強盗に遭って、お金も荷物も全て盗られてしまいました。
 国に戻るには旅費を稼がねばなりません。
 不躾ではございますが、それまでこちらでアルバイトをさせては頂けませんでしょうか?出来れば店のすみの床ででも眠らせて頂ければ幸いですが、なんなら野宿でも致しますし、身綺麗に保つために給料天引きでお風呂でも使わせて頂ければ助かります。決して怪しいモノではございませんどうかどうかこの通りです!」
 
「ちょっ、待って下さい!」
 
 ゴンゴンと床に頭を打ち付けて来るチハルという女性を慌てて止めました。
 
「それは、大変だと思いますが、ここは俺が1人でやってる店だし……」
 
 確かにお客さんも多くなって人手が足りないと思っていましたが、いくらなんでも若い女性を店の床で眠らせるような店主にはなりたくありません。
 ですが独身男1人の住む店兼住居に住み込みさせる訳にもいきません。
 
 助けを求めるように自警団のおじさんにすがるような眼差しを向けました。
 
「……まあ状況は分かった。
 バルザック、ほらお前の親が住んでた家があるだろ?今は誰も住んでねえし、野宿は可哀想だから、掃除して貰いがてら、あそこ貸してやれば良いじゃねえか?」
 
 
 確かに15分ほど歩いた所に両親の住んでいた家はありました。親も亡くなるとワザワザ帰る理由もなくなって、仕事場を増築して自分用の住まいを店の2階に作っていましたので、空いてると言えば空いてるのです。
 

「掃除ですか?喜んでさせて頂きます!雨露しのげるなら屋根さえあれば御の字です!床で寝ますのでベッドも決して汚さないように致します!推しのベッドなんて寝たら鼻血止まらないか心臓止まりますしむしろ床最高ですもうご褒美です」
 
 後半は何を言ってるのか早口でよく分かりませんでしたが、まあそれなら確かに問題はないよな、とバルザックは思いました。
 
「そんなに高いお給料は出せないけど……」
 
「出して頂けるだけで御の字です。馬車馬のように使って下さい!」
 
「え、と、じゃあ、案内しますから」
 
 殆ど商品も売り切っていたので、早めに店を閉める事にして、バルザックはチハルを伴って自宅に向かって歩き出すのでした。
 
 
 ◇  ◇  ◇
 
 
「ありがとうございました。またお越し下さいませ」
 
 子供の誕生日ケーキを持ち店を出ていく客を見送ったチハルは、今日はこれでおしまいかな、と首をぐるぐると回しました。
 
 日本で普通のOLをしていたチハルは、24歳です。
 気づいたらお気に入りの恋愛ゲームアプリである『ようこそミッシェル学園へ』の世界へ来てしまっていました。
 
 主人公が卒業までのラスト1年の間に隣国のお忍びで留学している王子やクラスメイト、後輩や学園の教師など総勢11人の誰かと恋人になるのが目的のゲームでしたが、チハルが惚れ込んでいたのは、11人全てを落とすとようやく恋愛対象になる『パルパルチロロ』の店主であるバルザックでした。
 
 基本は落としたい相手への貢ぎ物としてお菓子を買いに行くだけで、聴ける台詞は
 
「やあ、いらっしゃい」
「新作だよ」
「ありがとう、また来てね」
 
 の3つだけでしたが、声優の声がキャラクターにドンピシャで、キャラがオールクリアで解放されると、
 
「君が来てくれないと1日が長くて……」
「君の為に一生スイーツを作りたいな」
「俺だけを見て」
 
 とまあ、好みのどストライクな見た目でどストライクな声が聴けるのです。
 
 ボイスガチャもお着替えガチャもフルコンプに何万も貢いで、辛い仕事の憂さ晴らしになっていました。
 
 ゲームの世界に来てしまった理由はさっぱり分かりませんし、戻り方も謎ですが、人間なんていつどうなるかなど分からないのです。戻れなきゃ戻れないで仕方がないと達観していました。
 
 とりあえず今はバルザック様に会えた事を神に感謝をするのみです。
 
 毎日寝泊まりさせて頂いている家と店をせっせと掃除して、売り子として働き、毎晩家に戻ってスープを作りパンを食べ、風呂に入った後は、バルザック様の部屋の扉を少しだけ開けて、【聖地】の空気を味わったり、ご両親の部屋の扉の前でバルザック様を誕生させてくれたアダムとイヴのご冥福を祈ったりと忙しい日々です。
 
 働いているバルザック様を間近で眺めるなどお布施をいくらしても出来るものではありません。
 
 チハルには毎日がパラダイスでした。
 
 
 ◇  ◇  ◇
 
 
 バルザックは悩んでいました。

  
 チハルは本当に働き者で、店も綺麗に掃除をしてくれるし、接客も任せておけるので厨房でケーキ作りや新作の試作作りなどを集中して出来るので助かります。
 
 そして、新作のケーキを試食して欲しいと言うと、
 
「まだ売られてないバルザック様の世界初のオリジナル!これでっ、これで足りますか?」
 
 と給料を全部差し出そうとするほどのお菓子好きなので、どういう工夫をして作ったのか、レモンピールを隠し味にして、などという話をとても嬉しそうに聞いてくれます。チハルの笑顔を見ていると癒されます。
 
 彼女の国の風習なのか、時々バルザックを見て拝んだり早口で聞き取れない呪文のようなものを唱えたりしますが、とても良い子でした。
 
 つまりはまあ、すっかり惚れてしまった訳です。
 
 
 ですが、チハルはいずれ国に帰るためにと一生懸命働いてお金を貯めています。
 
 遠い小さな国とは言っていたのでかなり旅費を貯めるのに時間はかかると思いますが、それでも数ヶ月もすれば居なくなるでしょう。
 
(……引き留めたい……でも家族のいない国にずっと居てくれと言うのも……)
 
 バルザックは悶々としながら毎日を過ごしていました。
 
 
 その上、最近では近所の若者が可愛いチハル目当てに店に頻繁に訪れます。
 
「チハル、新しいカフェが出来たんだよ!良かったら一緒に行かないか?」
 
「はあ。いえ仕事がありますので結構です」
 
「でも休みはあるんだろう?」
 
「ありますが、休みは休みで掃除したり洗濯したりやることもありますし、私は家にいるのが好きなのです」
 
 懲りずに何度もアタックしてくる男をかなりの塩対応で捌いているのを見ると、心穏やかに新作の構想など練ってはいられません。
 

 とうとう耐えられなくなったバルザックは、チハルにプロポーズするべく彼女をさりげなく夕食に誘いました。
 
「……チハル、シチューを作りすぎたので良ければ、えーと、一緒に食べてってくれないか?」 
 
 店を閉め、棚をせっせと水拭きしていたチハルは、 
 
「……あの、よろしいんでしょうか食事までご一緒させて頂いても?」

 と振り向いてバルザックを見ました。
 くりくりした目を見開いてる姿が愛らしく、正視してると心臓がバクバクしてしまうので困ります。
 
「都合が良ければ、でいいんだが」
 
 それでもなんとか言葉を絞り出すと、
 
「喜んで!
 ──ああ推しと推しの手作りディナーで食事なんてプラチナガチャでもそんなスチルなかったのに生でっ生でバルザック様とテーブルを囲めるとかもう来世までの運を使いきったわ私!給料全部貢いでもこの栄誉に報える訳がないじゃないどうするどうすればいいの?いっそ2階の部屋の掃除もやらせてもら……駄目だわそれじゃもっとご褒美じゃないのバカ私のバカとりあえず全力で神様に感謝を!!」
 
 喜んで、以降がまた早口過ぎて聞き取れませんでしたが、とりあえず呪文を唱えて拝んでいるチハルに、
 
「じゃあ先にシチュー温めておくから、片付け済んだら上がって来てくれ」
 
 バルザックはそう言うと、内心のドキドキを悟られないよう階段を上っていきました。
  
 
 
 
 
「……ご馳走さまでした!とても美味しかったです」
 
 せめて片付けはさせて欲しいとチハルが言うのでバルザックは食器を洗って貰いました。
 
「実は、いいワインを貰ったんだが、多くて飲みきれない。明日は休みだし、せっかくだからついでに付き合ってくれないか」
 
「……ご褒美のミルフィーユ状態で脳が思考停止に陥っておりますが、ついでですものね。冷静になれ私。はい、ついでにいくらでもお付き合い致します」
 
 ソファーに座り大人しく待っているチハルにワイングラスを持たせて、気合いを入れて隣に座りました。
 チハルが一瞬固まったような気がしましたが、
 
「乾杯」
 
 とグラスを合わせると、一気に半分位までグラスを空けました。とても素面ではいられないからです。
 
 チハルを見ると、遠くを見ているような目をしていましたが、ワインに焦点を合わせると、ゴクゴクと喉を鳴らしてグラスを空にしていました。
 
「チハルは強いんだな」
 
「……いえ、お酒は、初めて飲みました……美味しいれすね」
 
 え、とチハルを見ると、顔が真っ赤です。
 
「おい、無理しなくて良かったのに!」
 
「無理はしてまへんよ。バルザック様に勧めて頂くものは全部美味しいれす」
 
 テーブルにおいたボトルからワインのお代わりを注ぐと、またゴクゴク飲んでいました。バルザックにもとぽとぽとお代わりを注ぎます。
 
「おい、初めてでそんなに勢いよく飲むものじゃ──」
 
「バルザック様……私は何かそそうをしてしまいましたれしょうか?」
 
「は?」
 
 チハルを覗き込むと涙目です。
 
「なんでそう思う?」
 
「だってれすね、バイトに高級感溢れるビーフシチューまれご馳走してくれて、その上ワインまれ……明らかに『最後の晩餐』れはありませんか」
 
 ガバッ、とチハルがワインをテーブルに置いてバルザックに向き直ると、シャツを掴んで揺さぶりました。
 
「どんな失敗したんれすか!私もっと頑張って働きますからクビにしないれ下さいバルザック様!」
 
 距離が近すぎてバルザックの心臓がもうばっくんばっくんです。
 
「……別に、何も失敗してない」
 
「れしたらどうしてこんなっ」
 
「チハルがす、す、す、」
 
「すすす?」
 
「好きなんだ!だからずっとここにいて欲しい。国に帰って欲しくない」
 
「いやもう私なんかとんでもなく大好きれすが……ん……じゃ、ずっと働かせて頂けるのれすか?」
 
「働く、のは構わないが、出来れば、俺と結婚してくれないか?」
 
「…………」
 
「……チハル?」
 
 黙ったままのチハルを見ると、既に夢の中でした。
 
 
 仕切り直しか。
 
 
 バルザックは溜め息をつくと、チハルを抱き上げて自分のベッドに寝かせました。
 
 
 
 翌朝。
 
 
「んぎゃっ!」
 
 というチハルの声に驚いてソファーから立ち上がったバルザックが慌てて寝室の扉を叩くと、チハルが口元を押さえて出てきました。
 
「チハル血が出てるぞ!どこかぶつけたのか?」
 
「いえ単なる鼻血ですので!ところで私は何でバルザック様のベッドで寝てたのですか」
 
 ワインを飲んだら眠ってしまったとバルザックが説明すると、
 
「なんという失態を……申し訳ありません!」
 
 昨日より顔を赤くして頭を下げるチハルが可愛くて、思わず抱き締めてしまいました。
 
「ちょ、バルザック様っ」
 
「どこまで覚えてる?」
 
「は?いえ、シチューを食べて、ワインを飲んだらいい気持ちになって、でも最後の晩餐みた、いだなーと……バルザック様にクビにしないでくれと…………えーと……いや、アレは夢だからちがくて、……」
 
「わかった。いちからやり直そう」
 
 バルザックはその場で膝をつきました。
 
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 

 『パルパルチロロ』というスイーツのお店には、美味しいけど無愛想な店主が玉にキズ、というお店でした。
 
 
 しかし、小柄で可愛らしい奥さんがお店に立つようになって、更に数年経ち娘が生まれる頃には、無愛想だったはずの店主は笑みを絶やさない愛妻家になっており、出る新作のケーキも「幸せな味がする」と益々人の溢れる評判のお店になったそうです。
 


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