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ナイトのお願い

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『なあトウコ、ちょっとお願いがあんだけど』
「んー?」

 私はスモークチキンを裂きながらナイトの話を聞いていた。
 国王にはその後、今はジュリアン王子のメンタルヘルスが大事だし、ニーナ姫も留学から戻って来たばかりで仲良しの兄との共同作業が楽しくて仕方がないのかも知れないから、大らかに捉えて欲しいとお願いした。

「そうか……そうよのう」
「別に社交の場でやっている訳ではありませんし、国王様だって、自分のお子様方のお手製の燻製などを食べる機会なんて滅多にないことではありませんか。ニーナ様もいずれは嫁入りするんでしょうし、ジュリアン様も国王になれば執務などでそんな暇はなくなると思うのです。ですからここ二、三年……と言うか私が仕事を辞めるまでの間は、なるべく自由にさせて頂きたいんです」
「……分かった。私からトウコに頼んだことだしな。口出しすまなかった」

 と思いのほか簡単に受け入れてくれたので、ジュリアン王子とニーナ姫の燻製作りについては放置である。先日また様子を見に行ったら、ニーナ姫は釣りまで始めたようで、私が挨拶に行くと自慢げに報告してくれた。

「ふふふっ、トウコ聞いてくれる? 昨日は兄様より大物を釣り上げたのよ。いい感じに燻製してナイトたちに食べてもらうから待っててちょうだい!」
「──あれはまぐれだからな。いつもなら勝ってた」

 兄妹仲も相変わらず良く、ジュリアン王子も最近では王宮内ならば気軽に動くようになった。
 彼の引きこもり状態を陰ながら心配していたメイドたちは文官たちも、いきなりの燻製作りには驚いたようだが、現在は微笑ましく見守っているという状況である。

「なあに、お願いって?」
『いやさあ、ケヴィンいるじゃん? お母さんがもうすぐ誕生日なんだってさ』
「そうなんだ」
『だけど、母親が喜びそうなプレゼントを考えるの毎年悩んでて、良かったら休みの日にでもトウコに買い物に付き合って欲しいんだって。ご飯ぐらいはご馳走するからって』
「ケヴィンさんが? そっかあ、お母さんの誕生日か」

 私の母はクリスマスイブが誕生日だったのでいつもクリスマスのお祝いと一緒だったが、「まとめてお祝いされるのって何だか損した気分よねえ」と毎年笑いながら文句を言っていた。じゃあと父と相談してクリスマスとクリスマスイブとで分けてやろうと提案をしたら、やあねそんなの勿体ないでしょう、とまた文句を言われた。両親はあちらで元気でいるだろうか。元気だといいな。

「力になれるか分からないけど、私で良ければいつでも付き合いますよって伝えておいて」
『分かった! 具体的な日程までは俺聞いてないからさ、トウコの休みの日を手紙を書いてくれよ。ケヴィンに渡しておくから』

 詰め所にはナイトがタッチ出来るボードの種類が増えたようで、YES/NOとか武器の有無など以外にも、数字や?、OK/NGなども出来たみたいで、騎士団の人たちとの交流もよりスムーズになっているらしい。ベルハンのお爺さんも、「書いてある数字や言葉まで理解出来るのか」と驚いていたのだが、私がこちらの国の言葉が理解出来たり話したり読み書き出来るように、ナイトもその言葉の持つ意味が書かれた言語が自分に理解出来るものとして伝わるのだそうだ。

『上手く伝えられねえんだけど、トウコや他の人が話している言葉も今は普通に分かるじゃん? あっちの世界で暮らしていた時には、人が怒ってるとか優しくしてくれてるぐらいしか理解出来なかったんだけどさ。こっちに来て少しは頭が良くなったのかな俺。えへへへ』

 最初は戸惑ったものの、今では人間とも意思疎通が出来るのが嬉しいと感じているようだ。私もナイトと話が出来るのも、ナイトの友だちが言いたいことも通訳してくれるのでとても嬉しい。

「じゃ、この作業が終わったら手紙書くからケヴィンさんに渡しておいて」
『おっけー。……ちなみに一つ二つソレくれてもいいんだけど。床に落としてくれてもいいぜ』
「ダメだよ。夜ご飯食べたばっかでしょう?」
『トウコのケチ』

 ぶうぶう言いながら毛づくろいをしたナイトは、そのまま枕元で丸まって眠ってしまった。
 私は苦笑しながらチキンを細かくする作業を終わらせ、瓶に詰めた。それにしても、もう大きな瓶丸々二つに魚と鳥の燻製がパンパンである。燻しまくってるわねあの人たち。
 ジュリアン王子とニーナ姫には、しばらくは人様向けの燻製だけを作ってもらわねば。
 手を洗ってレターセットを取り出すと、挨拶文とケヴィンさんに今月の休みの日程を書き込む。

(……あれ? ケヴィンさんと二人で買い物に行くの? それって何だかデートみたい)

 日本では男友だちもいなかったので、父親以外の二人きりの外出なんてない。イケメンのしかも騎士団長とのお出掛けなんて少し緊張するなあ。……いや自意識過剰だわ。彼は確か二七歳って言ってたし、私なんて十歳近く年下の小娘だ。妹みたいな感覚だろう。
 まあせっかくのお出掛けだし、妹なら妹として、美味しいご飯やスイーツでもおねだりするか。
 思えばこちらに来てからと言うもの、町へはほぼナイトと自分に関わるような買い物に行くぐらいだし、たまには違うところも行ってみるのも楽しそうだ。
 私はケヴィンとお出掛けするのが楽しみになって来た。



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