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路線変更

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 町のパトロールのアルバイト(?)を始めたナイトは、毎日朝から夕方まで歩き回っている。だが数日経っても迷子を一人見つけただけらしい。

『やっぱよ、そんなに簡単に犯罪の現場は見つからないもんだよなあ。やっぱ夜遅くとかじゃねえといないもんなのかねえ? 何か爺さんに悪くてよ』

 夕食の乾燥小魚をぽりぽり食べながらそんなことをぼやくナイトに私は笑った。

「仕事熱心なのは良いけど、本当に悪い人って刃物振り回したり、生き物とか平気で蹴り飛ばしたりする人もいるんだから、お手柄のために絶対に危ないことはしないでよ。ナイトがケガするんじゃないかと思うと、気になっておちおち仕事もしてられないんだから」
『分かってるって。家族だからな俺たちは!』

 まあ本人もやる気満々だし、町の野良猫数匹とも知り合いになったと嬉しそうにしているので必要以上に心配はしたくないのだが、何しろ私には今の家族はナイトしかいないのである。
 俺の素早さを見ろ! と床の上をジャンプしたり反復横飛びみたいなことをして敏捷さをアピールしてくるのだが、いくら身軽でも優しい人間ばかりではないので油断して欲しくはないのだ。

『──そういやあ、王子様と仲良くなるって話はどうなったんだ?』

 少し疲れたのか足を止めたナイトは、ベッドの上にぽん、と飛び乗って尋ねて来た。

「……うーん、それがどうにもねえ」

 私は思わずため息がこぼし、ナイトに今日の話を打ち明けた。


 一応私のメインの仕事は王子の身の回りの世話、家庭教師のような立場なのだが、ジュリアン王子は基本引きこもりのような生活をしているため、なかなか接点を持てない。
 呼ばれない限りは王宮の居住エリアの窓ふきとか掃除とかの軽めの仕事をしているが、朝食と昼食、そして午後のお茶の時間の時は必ず副メイド長のミシェルと傍につくようにしている。
 国王からもなるべく話をしてやって欲しいと言われているので、自分でも頑張ってジュリアン王子に話し掛けるようにはしているのだが、

「今日は良い天気ですねえ。乗馬とかお出掛け日和ではないですか?」

 無言。

「私の国では夏の天気が良い日には海水浴と言って、海に遊びに行って貝を獲ったり、ボールで遊んだりするイベントがあるのですが、こちらにはそういう風習はないんですか?」

 少し考え、首を横に振る。無言。

「ジュリアン様はあまり体を動かしたりすることは好きではないのですか?」

 首を横に振る。全く話を聞いていない訳ではないようだ。
 ミシェルが私に補足した。

「ジュリアン様は、剣術の鍛錬を熱心にされているので、運動はお嫌いではないのよ」
「ああそうなんですね。家で読書されてばかりで外出する姿をお見掛けしないのに姿勢も良いし、鍛えた感じの筋肉がついてらっしゃるので不思議だったんですが、やはり鍛錬されてるんですね!」

 無言で私を見つめ、少し頬を赤くして顔を背ける。
 ……私がまるでセクハラ行為をしてるみたいだから、せめて意思表示をしてくれないだろうか。会話が出来るかと話題に全力で乗っかったのに、これじゃ単なる美形の王子を追い詰めてる変態じゃないか。私は慌てて頭を下げて詫びる。

「あ、すみません! 別にその、ジュリアン様のお体だけをジロジロ観察していたとかではなく、単に歩いているところとか、食事をしているところを見ていたので、あのっ」

 いかんダメだ。弁解すればするほど私の変態度が爆上がりして行くような気がする。
 ジュリアン王子はストップという感じで私の前に開いた手を出すと立ち上がり、そのまま自室に戻って行った。

「ミシェルさん……私、とても失礼な発言をしちゃいましたでしょうか?」
「いいえ。私たちはほぼ毎日お会いしてるから当たり前みたいになっていて、改めて鍛えられた体を褒めるなんてことはしないし、恐らくご本人も意識してはなかったと思うの。それが急にトウコに褒められたものだから、すごく恥ずかしくなったんじゃないかしら。……でも普段の無表情以外の顔、久しぶりに見たわー私。トウコは陛下からも好きにやって良いと言われているのでしょう? この調子でどんどんジュリアン様から感情を引き出してちょうだいね」

「もうミシェルさんてば、他人事だと思って……」

 私は泣きたいような情けない気持ちになった。


『……ふーん』
「ふーん、て何よ。心配が雑ねナイトは。私が変態扱いされそうだっていうのに」
『だってあの王子様の感情表現をもう少し豊かにしたいとか国王が言ってたじゃん? そんなら結果的には良かったんじゃねえの?』
「そりゃそうなんだけど、私も必死で話を振ろうとしてもまともに返事もしないくせに、体のこと言われて感情が出るのって何か嫌じゃないの」

 ナイトはベッドの上で毛づくろいをしていたが、尻尾をピクリと揺らした。

『あ! そういや王子様って顔が良いんだよな?』
「見りゃ分かるでしょうよ。美術館に飾っても問題ないレベルじゃない」
『俺は猫なんだって。人間の判断基準なんて分かんねえよ。若いか年食ってるか、男か女かぐらいしか。いやまあそれは良いんだけどよ。体を褒められて恥ずかしがるんだ、顔も褒めたらもっと恥ずかしがるんじゃないか?』
「顔……?」
『だからさー、普通に話し掛けても無視されるか最低限の顔を振るぐらいなんだろ? だったらチャンスじゃねえか。天気の話をするみたいにしれっとあちこち褒めればいいじゃん。恥ずかしいって感情だけでも引き出すようになれば、次は笑わせるとか楽しませるとか、まあ何でも良いけど、別の表情も出やすくなるんじゃないかと思うんだけど』
「──なるほど」

 そうだ。いくら綺麗だろうと人形みたいな無表情でつまらなそうに毎日を過ごすジュリアンを、私は少し可哀想に思っていた。世の中には楽しいことばかりじゃないけれど、何にも変化がない平坦な道よりは、少しでも楽しかったり面白かったりすることだってあるから、辛いことも乗り越えられるものだと私は思う。
 今の彼は不快なことも起こらない代わりに心に残るような楽しい、面白い出来事も多分ほとんどないだろう。この先、国王になった場合、何かあった際に簡単に心が折れたり諦めてしまうような人になりかねない、ということだ。今後この国で暮らして行く私には、ろくな王様にならないのでは、という予測は不安でしかない。

「……私が奇人変人になったところで、別に三年後は別の仕事してるだろうから困らないわよね?」
『まあトウコが良いならいいんじゃね? 多分今の調子で話すのにも始終気にしてたら、多分王子様はずっと変わんないと思うぞ? 国王が求めてるのはそういうことじゃねえだろうし。ばーんと思い切ってみるのもいいんじゃねえか? 猫も人間も思い切りが大事ってもんよ』
「そうよね! よーし、やってみるか」

 私はナイトの背中を撫でながら、決意を固めていた。



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