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高貴なお人形
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「──ジュリアン、この子が迷い人のトウコじゃ。今まで付けていたメイドに代わってお前の身の回りの世話や、こことは違う世界の知識などの話を教えてくれるぞ。あと、貴族の社会というのが彼女の国ではないようでな、礼儀に欠ける部分もあるかも知れん。国が違えば仕方のないことじゃ。トウコには気を遣わずに普段通りの態度や話し方で構わんと伝えてあるから、多少無礼なことがあっても許してやってくれ」
「ジュリアン様、トウコと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします!」
普段通りと言われても失礼のないよう一応ですます調は固持しよう、と決め私は頭を下げた。
つまりは、そう思わせるぐらいにはジュリアン王子は美形で、高貴とか品格が服を着て歩いているような本当に現実味のない存在だった。
紫を帯びた青い瞳に癖のあるふわふわした金髪、目鼻立ちの整った綺麗な顔。物音も立てずテーブルでお茶を飲む姿もただ優雅の一言だ。座っている足の長さからいって一八十センチは越えているだろう。日本で見たことがある雑誌の海外モデルとは土台から異なっている気がする。ノーブルってこんな感じなんだなあ、と感心した。育ちの違いというのはやはり大きいものである。
ただ、メアリーが言っていたように、本当に反応が薄い。表情も変化しない。
父親である国王から今みたいに語り掛けても、軽く頷くか首を振るかの最小限の動きしかしない。
(人形みたい、というのが分かる気がするわ)
私の挨拶に対しても、少し眠そうな顔でこちらを見て、頷いただけだ。
多分興味がないんだろうなあ。いや、私は彼みたいな高級フルーツ詰め合わせみたいなゴージャスな見た目もしてない、たまたまこの国に現れただけの一般庶民である。だから別に特別扱いして欲しいとかそういう気持ちは一切ないんだけど、
(何だか、人生つまらなそうだなあ)
という風に見えてしまった。内面では本人なりに楽しくやっているのかも知れないが、喜怒哀楽が表に出ないと分からないし、ついそう感じちゃうのよね。
四年勤めているメアリーも殆ど話をした記憶がないというぐらいだ。私が勤めている間に会話らしいものが交わせるのかも甚だ疑問だが、三年勤めれば別の職場も紹介してくれるらしいし、ナイトと私の生活のためにもここは誠意を持って勤め上げるしかない。他に選択肢もないし。
執務に戻るという国王を見送り、私は近くに立っているミシェルに話し掛けた。
「……あの、それで私はこれからどういうお仕事をすれば良いのでしょうか?」
ミシェルという三十代後半ぐらいの彼女は副メイド長である。ご主人が亡くなり、ツテで王宮の仕事に就いてからもう十年ほどになるという癒し系の美人さんである。
現在ジュリアン王子のお世話をほぼ一手に引き受けているそうなので、私は週五日、彼女のサポートをしつつジュリアン王子の話し相手、休みの日には学者のお爺さんのところにナイトと訪問して、二時間だけ調査に協力するのが今の暫定的なお仕事である。
一日は二十四時間、一週間は七日、大体三六五日という日本で暮らしていた時と同様の概念なので個人的には助かった。もしかすると神様が転生した際に混乱しにくいようにベースが似通った異世界に運んでくれたのかも知れない。まあそれでも心を病んでしまう人はいるようだけれど、私はこれからナイトとおまけの人生を楽しむと決めているのだ。助け合える家族、分かり合える相手がいる状態の転生というのはかなり幸運なのだろう。まあ猫だけども会話は出来るし、彼が出来る限り長生きしてくれれば文句はない。
「そうねえ。執事さんからも、トウコは王子のお世話を優先的に回すように言われているんだけれど……ジュリアン様、昼食まで少々お時間がございますが、何かトウコに申し付けることはございますか?」
私の方を少し見て、首を横に振るジュリアン王子。
「それでは食事のお時間まではお部屋に戻られますか?」
軽く頷くジュリアン王子。
そして、すっと立ち上がると、滑らかな動きで居間を出て行った。
「……それじゃ、トウコはこの国でのメイドの仕事など簡単に説明しておくわね」
「はい。──それにしても、ジュリアン王子は前からあんな感じでしょうか?」
「私が働き始めた頃からさほど変わらないかしらね」
「なかなか、その……意思の疎通が取りづらい御方ですよね」
ミシェルは少し笑った。
「──そうね。でも、お優しい方なのよああ見えて。私がつまずいて転び掛けた時も抱き留めてくれたし、新入りのメイドが粗相をして服を汚された時もお叱りにならなかったし、無茶な仕事の量を押し付けることもないのよ」
そもそも人に興味がないのではとも思ったけれど、日本でも単に怒る理由を探しているだけのような人はいる。飲食店で働いていた時も、上司やお客さん側になると急に立場が上になると勘違いして傲慢な振る舞いをするような人もいたので、雇用者側が些細なことで怒らない、理不尽な要求をしないというのは、実は働きやすさの点ではかなり重要なのである。
(どう対応すれば良いのかまだ不安はあるけど、多少の失敗なら許してもらえそうだし、無口な上司と思えば何とかなるわよね)
上司が王族、というのも大学生になったばっかりの女子だった自分には大概だが、上司が王族だろうが一般人だろうが働いてお金を稼ぐのは一緒だ。
とりあえず今は野良だったせいで少し痩せすぎのナイトを、家猫ばりにふっくらグラマラスボディーにするのを当面の目標にしよう。
朝っぱらから『俺は周辺の探索に行ってくるぜええっ』と元気よく窓から飛び出していったが、どうせばっちくなってるだろうから、戻って来たらたらいのお風呂で洗ってやる。
支度金という名目でまとまったお金ももらえたので、休みになったら首輪も買いに行かないと。野良猫と間違われて酷い目に遭わされたら大変だ。
全く気苦労の絶えない同居人である。
「ジュリアン様、トウコと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします!」
普段通りと言われても失礼のないよう一応ですます調は固持しよう、と決め私は頭を下げた。
つまりは、そう思わせるぐらいにはジュリアン王子は美形で、高貴とか品格が服を着て歩いているような本当に現実味のない存在だった。
紫を帯びた青い瞳に癖のあるふわふわした金髪、目鼻立ちの整った綺麗な顔。物音も立てずテーブルでお茶を飲む姿もただ優雅の一言だ。座っている足の長さからいって一八十センチは越えているだろう。日本で見たことがある雑誌の海外モデルとは土台から異なっている気がする。ノーブルってこんな感じなんだなあ、と感心した。育ちの違いというのはやはり大きいものである。
ただ、メアリーが言っていたように、本当に反応が薄い。表情も変化しない。
父親である国王から今みたいに語り掛けても、軽く頷くか首を振るかの最小限の動きしかしない。
(人形みたい、というのが分かる気がするわ)
私の挨拶に対しても、少し眠そうな顔でこちらを見て、頷いただけだ。
多分興味がないんだろうなあ。いや、私は彼みたいな高級フルーツ詰め合わせみたいなゴージャスな見た目もしてない、たまたまこの国に現れただけの一般庶民である。だから別に特別扱いして欲しいとかそういう気持ちは一切ないんだけど、
(何だか、人生つまらなそうだなあ)
という風に見えてしまった。内面では本人なりに楽しくやっているのかも知れないが、喜怒哀楽が表に出ないと分からないし、ついそう感じちゃうのよね。
四年勤めているメアリーも殆ど話をした記憶がないというぐらいだ。私が勤めている間に会話らしいものが交わせるのかも甚だ疑問だが、三年勤めれば別の職場も紹介してくれるらしいし、ナイトと私の生活のためにもここは誠意を持って勤め上げるしかない。他に選択肢もないし。
執務に戻るという国王を見送り、私は近くに立っているミシェルに話し掛けた。
「……あの、それで私はこれからどういうお仕事をすれば良いのでしょうか?」
ミシェルという三十代後半ぐらいの彼女は副メイド長である。ご主人が亡くなり、ツテで王宮の仕事に就いてからもう十年ほどになるという癒し系の美人さんである。
現在ジュリアン王子のお世話をほぼ一手に引き受けているそうなので、私は週五日、彼女のサポートをしつつジュリアン王子の話し相手、休みの日には学者のお爺さんのところにナイトと訪問して、二時間だけ調査に協力するのが今の暫定的なお仕事である。
一日は二十四時間、一週間は七日、大体三六五日という日本で暮らしていた時と同様の概念なので個人的には助かった。もしかすると神様が転生した際に混乱しにくいようにベースが似通った異世界に運んでくれたのかも知れない。まあそれでも心を病んでしまう人はいるようだけれど、私はこれからナイトとおまけの人生を楽しむと決めているのだ。助け合える家族、分かり合える相手がいる状態の転生というのはかなり幸運なのだろう。まあ猫だけども会話は出来るし、彼が出来る限り長生きしてくれれば文句はない。
「そうねえ。執事さんからも、トウコは王子のお世話を優先的に回すように言われているんだけれど……ジュリアン様、昼食まで少々お時間がございますが、何かトウコに申し付けることはございますか?」
私の方を少し見て、首を横に振るジュリアン王子。
「それでは食事のお時間まではお部屋に戻られますか?」
軽く頷くジュリアン王子。
そして、すっと立ち上がると、滑らかな動きで居間を出て行った。
「……それじゃ、トウコはこの国でのメイドの仕事など簡単に説明しておくわね」
「はい。──それにしても、ジュリアン王子は前からあんな感じでしょうか?」
「私が働き始めた頃からさほど変わらないかしらね」
「なかなか、その……意思の疎通が取りづらい御方ですよね」
ミシェルは少し笑った。
「──そうね。でも、お優しい方なのよああ見えて。私がつまずいて転び掛けた時も抱き留めてくれたし、新入りのメイドが粗相をして服を汚された時もお叱りにならなかったし、無茶な仕事の量を押し付けることもないのよ」
そもそも人に興味がないのではとも思ったけれど、日本でも単に怒る理由を探しているだけのような人はいる。飲食店で働いていた時も、上司やお客さん側になると急に立場が上になると勘違いして傲慢な振る舞いをするような人もいたので、雇用者側が些細なことで怒らない、理不尽な要求をしないというのは、実は働きやすさの点ではかなり重要なのである。
(どう対応すれば良いのかまだ不安はあるけど、多少の失敗なら許してもらえそうだし、無口な上司と思えば何とかなるわよね)
上司が王族、というのも大学生になったばっかりの女子だった自分には大概だが、上司が王族だろうが一般人だろうが働いてお金を稼ぐのは一緒だ。
とりあえず今は野良だったせいで少し痩せすぎのナイトを、家猫ばりにふっくらグラマラスボディーにするのを当面の目標にしよう。
朝っぱらから『俺は周辺の探索に行ってくるぜええっ』と元気よく窓から飛び出していったが、どうせばっちくなってるだろうから、戻って来たらたらいのお風呂で洗ってやる。
支度金という名目でまとまったお金ももらえたので、休みになったら首輪も買いに行かないと。野良猫と間違われて酷い目に遭わされたら大変だ。
全く気苦労の絶えない同居人である。
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