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大金を使う庶民
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私がこの東ホーウェンの町で一人暮らしを始めて三カ月弱。
「城下町で暮らしている他の作家さんと違って近いんで、原稿を取りに行くのがすっごい楽です!」と新人編集者モリスさんが本音をぶちまけ、デンゼル社長にグーで頭を叩かれていたのは苦笑したが、食事も決まった時間に食べるということもなくなり、自分の仕事の都合で夜中に軽食を作ったり、昼に朝ご飯を食べたりということも出来るようになった。面倒な時は近くの食堂に行ったり、近所ならお願いして持って来て貰ったりとなかなか融通が利くようにもなったし。
コック長のルゴールさんには申し訳ないが、仕事に集中している時は定時に食事を摂るということすら面倒になることもあるので、「区切りがついた時や食べたい時に食べる」というのは自分にとっては結構重要なことだったと実感した。
食材を買いに近所に買い物へ出ることも増え、飲食店にも入るようになったし、顔なじみの人や話をする人も増えた。これからこの世界で生きて行くためには、薄くともご近所付き合いというのが大切になるだろう。
この世界で生きて行くしか私にはすべがないのだから、少しずつ地盤は作らねば。
クレイドも私同様ますます仕事が忙しくなったようで、月に一冊は必ず彼の本が出版されている。厚みこそ少し長めの一話分程度の冊子だが、きちんと締め切りを守れ、定期的に本が出せるのはマンガ家としての信頼も高い。ホール出版社でも「毎回絵のグレードも落ちないし、話も面白い。読者の人気が落ちないのは当然ですな」とデンゼル社長がベタ褒めしていたのを、私は少し面映ゆい気持ちで聞いたりしていた。
これは、「ワシが育てた」と思っていいんだろうか。いや思わせて欲しい。そんな繋がりでも大切なのだ私にとっては。
私の家の本棚は、資料以外に毎月出るクレイドの本で圧迫されつつあるが、本屋で彼の本を買うのは楽しみなので止めるつもりはない。
彼を通じて弟のトールにも引っ越してから手紙を出した。
こちらでもマンガ家生活をすることになったと伝えたら、「ふざけんな俺にも読ませろ絶対読ませろ」と叱られたので、クレイドが新しいマンガを仕入れに行く時に持って行って貰うことにしている。
クレイドとの関係も、程よい距離感になったように思える。
彼が今まで城に原稿を取りに来て貰っていたのを、城からホール出版社に届けに来るようになり、そのたびに私と食事やお茶をしながら仕事についての相談を受けたり愚痴をこぼしたり、たわいもない世間話や新たに日本から買ってきたマンガの話、弟の話などを交わす。買い物なども一緒に行ったりもする。月に一、二度程度だが、その数時間が私には宝石のような輝きを持つ時間であり、貴重でもあった。
あのMからの不気味なファンレターが現在も続いており、私の心を削っていたのもあったせいで、余計にそう感じるのかも知れない。
最近では、マンガの感想以外に、結婚したらどの辺に住みたい、子供は三人は欲しいとか、ある程度大きくなったらピクニックしたり、家族旅行で北ホーウェンや南ホーウェンに行くのも良いねとか、犬を飼いたい、仕事はもちろんそのまま続けて欲しい、家事は得意だから全面的にサポートする、だけど生涯離婚も浮気も許さない、などと具体的な話を書くようになっていた。
正直読むのすらしんどかったのだが、逆に何を考えているか分からないので少しでも情報を得ておきたい気持ちもあったので、他のファンレターとは別にして保管し、必ず真っ先に目を通すようにしている。何故実際に付き合ったこともないのにこんなに執着されるのか。サイン会に来ていたとして、一言二言会話ぐらいはしているかも知れないが、その程度で恋愛に発展していたら、近所の八百屋のおっちゃんなんて絶賛熱愛中レベルである。
私の仕事の方も幸い順調で、一人作業なので二カ月に一度ぐらいしか出版出来ないにも関わらず、毎回出れば各地方でもかなりの数が売れるようで、印税も日本にいた頃とは比べ物にならないほどのお金が入って来た。
かと言って贅沢に興じたがる性格でもないし、実際に町で売っている実用的な洋服や生活用品などは安価で、税金も町の整備費用として年に一度、金貨数枚程度だ。家賃を入れても月に金貨十枚も掛からない。
そんな私に月に金貨百枚だの二百枚だのと印税を持って来られても使いようがないのだ。貯金は相変わらず貯まる一方で、このままでは数年もしたら一生無職でいられる位貯金が出来てしまいそうだ。だからといって仕事を辞めるつもりはないけどね。私が出来ることはこれぐらいしかないから。
そんな一部の不安はありつつも、仕事と日常生活はそこそこ充実していたある日のこと。買い物ついでに原稿を届けに行ったところ、デンゼル社長が感謝の宴を開催したいのだ、と言い出した。
「感謝の宴ですか?」
「さよう! 我が社もマンガ、最近では小説も出版するようになってこの数年で著しく成長しました。いまや誰が聞いても分かる知名度のある立派な会社です。それもひとえにマーブル先生やポテチ先生、その他沢山の人気作家の皆さまあってこそですよ! ですからね、そんな皆さまに少しでも感謝の気持ちを表したくて、【サザーランド】を貸し切ってパーティーを開こうと思いましてな」
「サザーランドですか……」
サザーランドはこの町でも一番有名で、個室などもある二階建てのレストランだ。見た目も華やかで料理も美味しいが、お値段もそれなりにお高い店である。一度だけデンゼル社長に大増刷記念で連れて行って頂いたが、メニューを見て値段で血の気が引いた記憶がある。
だって、肉料理のコースで金貨四枚とかよ? うちの家賃が金貨六枚なのよ? 金額おかしくない? 何よワインで金貨二枚とか。
確かに料理は美味しかったが、そんなにお金をかけなくても美味しいものは沢山あるし、正直食べた気がしなかった。
多分何かの記念日で奮発するとか、成功したセレブぐらいしか利用しないのだろうと思っていたあの店を貸し切るとは。儲かったんですね社長。
「マーブル先生も愛弟子さんたちに会えますし、マンガ家先生たちは普段あまり外にも出ないほどお仕事されてますので、美味しいものでも食べて元気つけて頂こうかと。是非先生も参加をお願いしますぞ」
「もちろん喜んで」
ただ飯なら有り難く頂戴しよう。一期生は直接教えていたので思い入れもあるし、クレイドも来るなら尚更嬉しいし。
私は楽しみにしつつ出版社を出たが、ふと、今の洋服では流石によろしくないのでは? と思った。前回はいきなりで不可抗力だったとは言え、完全にアウェー状態の格好だった。引け目を感じる状態だと美味しく食べられないし、高級感が売りのレストランに対して失礼でもある。
(先々付き合いも増えたら冠婚葬祭とかで着る機会もあるかも知れないし、二、三着ぐらいは良いワンピースとか、礼装になるようなものを買うべき頃合いかな……)
現在持っている服は、仕事で汚れてもいいような安いシャツと動きやすいパンツやロングスカートぐらい。大した見た目でもない自分のために余りお金を使うのは罪悪感が湧くが、多少高くても、礼儀として最低限必要なものは用意した方がいいよね、と気持ちを改めた。
銀行で五十枚ほどの金貨を下ろし、高級ブティックという生まれてこの方入ったこともない店のあるエリアにやって来ると、メンタルをセレブレディーに切り替える。いつもの自分では金額に臆して何も買わない羽目になるのは分かり切っている。
(あてくし少しよそ行きの服を見たいんですの。ワンピース見せて下さる? あら結構お安いのね。こちらとそちら頂くわ。──よし完璧だ!)
しかし、頼もう頼もうー、と荒ぶる思いで気合を入れて入った店で、金貨三枚のブラウスだの金貨五枚のワンピースなどを平気な顔で眺めるのは、かなりの体力を消耗するのだと初めて知った。
最終的にワンピース二着にパンツスーツ一着、シャツ二着、少しヒールのある靴とフラットに近い革靴、小ぶりなバッグまで買って約三十枚の金貨が飛んだ時には、既に魂は抜け殻状態であった。
もうやけくそな気持ちになり、隣の化粧品屋も入って、ファンデーションやら大人しめな口紅やら、ピンクがかったネイルやら目についたものを一通り買った。更に金貨五枚飛んだ。セレブマインドにしていなければ「ひいいい」と恐れおののく行為である。
家に戻ると、仕事でも感じたことのない疲れがドッと肩に来て、荷物を片付けて早々にソファーに沈んだ。
必要経費、必要経費なんだ、と自分に言い聞かせながらも、一日で金貨が数十枚乱れ飛ぶ生活はやはり心臓に悪い、と改めて感じるのだった。
「城下町で暮らしている他の作家さんと違って近いんで、原稿を取りに行くのがすっごい楽です!」と新人編集者モリスさんが本音をぶちまけ、デンゼル社長にグーで頭を叩かれていたのは苦笑したが、食事も決まった時間に食べるということもなくなり、自分の仕事の都合で夜中に軽食を作ったり、昼に朝ご飯を食べたりということも出来るようになった。面倒な時は近くの食堂に行ったり、近所ならお願いして持って来て貰ったりとなかなか融通が利くようにもなったし。
コック長のルゴールさんには申し訳ないが、仕事に集中している時は定時に食事を摂るということすら面倒になることもあるので、「区切りがついた時や食べたい時に食べる」というのは自分にとっては結構重要なことだったと実感した。
食材を買いに近所に買い物へ出ることも増え、飲食店にも入るようになったし、顔なじみの人や話をする人も増えた。これからこの世界で生きて行くためには、薄くともご近所付き合いというのが大切になるだろう。
この世界で生きて行くしか私にはすべがないのだから、少しずつ地盤は作らねば。
クレイドも私同様ますます仕事が忙しくなったようで、月に一冊は必ず彼の本が出版されている。厚みこそ少し長めの一話分程度の冊子だが、きちんと締め切りを守れ、定期的に本が出せるのはマンガ家としての信頼も高い。ホール出版社でも「毎回絵のグレードも落ちないし、話も面白い。読者の人気が落ちないのは当然ですな」とデンゼル社長がベタ褒めしていたのを、私は少し面映ゆい気持ちで聞いたりしていた。
これは、「ワシが育てた」と思っていいんだろうか。いや思わせて欲しい。そんな繋がりでも大切なのだ私にとっては。
私の家の本棚は、資料以外に毎月出るクレイドの本で圧迫されつつあるが、本屋で彼の本を買うのは楽しみなので止めるつもりはない。
彼を通じて弟のトールにも引っ越してから手紙を出した。
こちらでもマンガ家生活をすることになったと伝えたら、「ふざけんな俺にも読ませろ絶対読ませろ」と叱られたので、クレイドが新しいマンガを仕入れに行く時に持って行って貰うことにしている。
クレイドとの関係も、程よい距離感になったように思える。
彼が今まで城に原稿を取りに来て貰っていたのを、城からホール出版社に届けに来るようになり、そのたびに私と食事やお茶をしながら仕事についての相談を受けたり愚痴をこぼしたり、たわいもない世間話や新たに日本から買ってきたマンガの話、弟の話などを交わす。買い物なども一緒に行ったりもする。月に一、二度程度だが、その数時間が私には宝石のような輝きを持つ時間であり、貴重でもあった。
あのMからの不気味なファンレターが現在も続いており、私の心を削っていたのもあったせいで、余計にそう感じるのかも知れない。
最近では、マンガの感想以外に、結婚したらどの辺に住みたい、子供は三人は欲しいとか、ある程度大きくなったらピクニックしたり、家族旅行で北ホーウェンや南ホーウェンに行くのも良いねとか、犬を飼いたい、仕事はもちろんそのまま続けて欲しい、家事は得意だから全面的にサポートする、だけど生涯離婚も浮気も許さない、などと具体的な話を書くようになっていた。
正直読むのすらしんどかったのだが、逆に何を考えているか分からないので少しでも情報を得ておきたい気持ちもあったので、他のファンレターとは別にして保管し、必ず真っ先に目を通すようにしている。何故実際に付き合ったこともないのにこんなに執着されるのか。サイン会に来ていたとして、一言二言会話ぐらいはしているかも知れないが、その程度で恋愛に発展していたら、近所の八百屋のおっちゃんなんて絶賛熱愛中レベルである。
私の仕事の方も幸い順調で、一人作業なので二カ月に一度ぐらいしか出版出来ないにも関わらず、毎回出れば各地方でもかなりの数が売れるようで、印税も日本にいた頃とは比べ物にならないほどのお金が入って来た。
かと言って贅沢に興じたがる性格でもないし、実際に町で売っている実用的な洋服や生活用品などは安価で、税金も町の整備費用として年に一度、金貨数枚程度だ。家賃を入れても月に金貨十枚も掛からない。
そんな私に月に金貨百枚だの二百枚だのと印税を持って来られても使いようがないのだ。貯金は相変わらず貯まる一方で、このままでは数年もしたら一生無職でいられる位貯金が出来てしまいそうだ。だからといって仕事を辞めるつもりはないけどね。私が出来ることはこれぐらいしかないから。
そんな一部の不安はありつつも、仕事と日常生活はそこそこ充実していたある日のこと。買い物ついでに原稿を届けに行ったところ、デンゼル社長が感謝の宴を開催したいのだ、と言い出した。
「感謝の宴ですか?」
「さよう! 我が社もマンガ、最近では小説も出版するようになってこの数年で著しく成長しました。いまや誰が聞いても分かる知名度のある立派な会社です。それもひとえにマーブル先生やポテチ先生、その他沢山の人気作家の皆さまあってこそですよ! ですからね、そんな皆さまに少しでも感謝の気持ちを表したくて、【サザーランド】を貸し切ってパーティーを開こうと思いましてな」
「サザーランドですか……」
サザーランドはこの町でも一番有名で、個室などもある二階建てのレストランだ。見た目も華やかで料理も美味しいが、お値段もそれなりにお高い店である。一度だけデンゼル社長に大増刷記念で連れて行って頂いたが、メニューを見て値段で血の気が引いた記憶がある。
だって、肉料理のコースで金貨四枚とかよ? うちの家賃が金貨六枚なのよ? 金額おかしくない? 何よワインで金貨二枚とか。
確かに料理は美味しかったが、そんなにお金をかけなくても美味しいものは沢山あるし、正直食べた気がしなかった。
多分何かの記念日で奮発するとか、成功したセレブぐらいしか利用しないのだろうと思っていたあの店を貸し切るとは。儲かったんですね社長。
「マーブル先生も愛弟子さんたちに会えますし、マンガ家先生たちは普段あまり外にも出ないほどお仕事されてますので、美味しいものでも食べて元気つけて頂こうかと。是非先生も参加をお願いしますぞ」
「もちろん喜んで」
ただ飯なら有り難く頂戴しよう。一期生は直接教えていたので思い入れもあるし、クレイドも来るなら尚更嬉しいし。
私は楽しみにしつつ出版社を出たが、ふと、今の洋服では流石によろしくないのでは? と思った。前回はいきなりで不可抗力だったとは言え、完全にアウェー状態の格好だった。引け目を感じる状態だと美味しく食べられないし、高級感が売りのレストランに対して失礼でもある。
(先々付き合いも増えたら冠婚葬祭とかで着る機会もあるかも知れないし、二、三着ぐらいは良いワンピースとか、礼装になるようなものを買うべき頃合いかな……)
現在持っている服は、仕事で汚れてもいいような安いシャツと動きやすいパンツやロングスカートぐらい。大した見た目でもない自分のために余りお金を使うのは罪悪感が湧くが、多少高くても、礼儀として最低限必要なものは用意した方がいいよね、と気持ちを改めた。
銀行で五十枚ほどの金貨を下ろし、高級ブティックという生まれてこの方入ったこともない店のあるエリアにやって来ると、メンタルをセレブレディーに切り替える。いつもの自分では金額に臆して何も買わない羽目になるのは分かり切っている。
(あてくし少しよそ行きの服を見たいんですの。ワンピース見せて下さる? あら結構お安いのね。こちらとそちら頂くわ。──よし完璧だ!)
しかし、頼もう頼もうー、と荒ぶる思いで気合を入れて入った店で、金貨三枚のブラウスだの金貨五枚のワンピースなどを平気な顔で眺めるのは、かなりの体力を消耗するのだと初めて知った。
最終的にワンピース二着にパンツスーツ一着、シャツ二着、少しヒールのある靴とフラットに近い革靴、小ぶりなバッグまで買って約三十枚の金貨が飛んだ時には、既に魂は抜け殻状態であった。
もうやけくそな気持ちになり、隣の化粧品屋も入って、ファンデーションやら大人しめな口紅やら、ピンクがかったネイルやら目についたものを一通り買った。更に金貨五枚飛んだ。セレブマインドにしていなければ「ひいいい」と恐れおののく行為である。
家に戻ると、仕事でも感じたことのない疲れがドッと肩に来て、荷物を片付けて早々にソファーに沈んだ。
必要経費、必要経費なんだ、と自分に言い聞かせながらも、一日で金貨が数十枚乱れ飛ぶ生活はやはり心臓に悪い、と改めて感じるのだった。
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