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マンガ布教計画
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クレイドがペン入れするため必死で一ページまるまるの模写を始めるようにたため、また長時間の空きが出来た私は、これ幸いと読書室にマンガを借りに来る人とコミュニケーションを取ったり、情報収集を今まで以上にするようになった。
日本で暮らして来た時は、基本的に外に出るのもさほど好きではなかったし、忙しくて遊ぶ暇もなかったので少ない友人もますます疎遠になったりしていた。こちらでは時間に追われてマンガを描くこともなくなったのでゆとりがある。というかありすぎるので、必然的にあちこち歩き回ったり話し掛けたりすることが増えた。
お陰で普通の人間(普通でもないのだけど)であり魔王の知人として、何となく遠巻きにしていた他の魔族の人たちとも会話をすることが増えて、親しい人も少しずつ増えている。
「ほら人間て、違う種族と余り仲良くしたいって奴いないからさあ。リリコもそういうもんだと思ってたんだよ」
バトルマンガがお気に入りの狼族の門番さんが、話をするようになってそっと打ち明けてくれた。彼らの見た目はまんま体の大きな狼だ。獣人でもナーバのような人型に耳や尻尾がついているタイプと、純血種というか血が濃い獣人とで様々らしい。彼らは顔立ちと体格がほぼ一緒なので名前がちっとも覚えられない。ちなみに胡坐もかけるし、マンガを読む際には器用に爪を指代わりにちまちまとページをめくって読んでたりする器用な人たちだ。
まあ魔族を人、といっていいのか分からないが、私の中では話が出来て意思疎通が出来れば人なのである。
「ああ、人によってはそういう方もいるかも知れませんねえ。でもほら、獣人さんとか魔族の方々だって、私たち人間のこと苦手な人だっているでしょう?」
「うん、まあ何考えているか良く分からないからね」
「私たち人間も同じですよ。同じ人間同士なら理解出来ることも、他の種族だと生活の仕方や考えてることも良く分からないもんですし。別に無理して仲良くする必要はないです。同胞同士だってそりが合う合わないがあるんでしょうから、分かり合える人とは分かり合えばいいですし、合わなければ距離を置いていれば問題なしじゃないですか?」
「あー、そっか。そういうもんか」
「そういうもんですよ」
「頭いいなあリリコは。あんな沢山のマンガがある国の人だもんな。それにマンガも描いてる人だし」
「いや、別に頭は良くないですよ。描いていたのも以前の話です」
クレイドからは、城で働く人に対して広く周知があり、私はマンガという素晴らしい文化で交易発展した、かなり遠方の島国から自分が招いた人間で、我が国でも学び広めるために招致したのだと説明されていると言う。
全てが間違いではないが、マンガへの妄想力と創造力が突出して高い国民性と思われても何だか微妙である。まあ日本にこの人たちが訪れることはないだろうから敢えて否定はしない。私が異分子なだけだ。
(……おお)
読書室の返却受付と貸出作業も片付き、庭を散歩していると、地面に枝で書かれたような落書きを発見した。誰が描いたか分からないが、猫が丸まっている姿だ。なかなかに可愛らしい。
そうか。私はふと気づいた。クレイドが描きたくなったと言い出したように、城で働く人たちの中にも描きたい人もいるのかも知れない。いやいてもおかしくない。
私は一度自室に戻り、メモを手に考えていた。
ホーウェン国は大変大きな島国という話だった。東西南北に大きな町が存在し、そこに住むのは人間だ。商品の取引で獣人が出入りしたりすることもあるが、あくまでも外の人という扱いで、粗雑ではないが一線を引いた付き合いと聞く。
そして中心側には東の町を管理している魔王クレイド、他に南の魔王パーシモン、西の魔王アルドラ、北の魔王ローゼンがそれぞれの地域を管理しているそうだ。本当に町長さんみたいな感じなんだねここの魔王様たちは。
クレイドは「私がマンガを描けるようになったら国に少しずつ広めて、魔族と人間との交流も徐々に増やしたい」みたいなことを言っていたが、正直言ってクレイド一人ではろくに広まりはしない。
何故マンガがこれだけ日本で一般に周知されているのかと言えば、出る作品が多様で選択肢も多いから、つまり色んなジャンルとそれを描けるマンガ家が多いからに他ならない。
クレイド一人が描けるスピードや量には限界があり、当然ながら彼が好む物語を描けば万人受けするとは限らない。女性向け、男性向け、少女向け少年向けに社会人向け。冒険、ホラー、恋愛、アクション、歴史エトセトラ。要はタマ数が圧倒的に足りないのだ。
「これは……新人育成も必須なのか……」
私は頭を抱えた。
何で売れっ子でもなかった元中堅マンガ家が偉そうに新人育成をせなばならんのだ。いや、マンガをプロとして描いていたのだから、技術的な指導は出来る。出来るのだが、少々、いやかなりの労力が必要だ。
そしてもっと別のところにも大きな心配がある。
画材だ。鉛筆は木炭を加工することで何とかなるかも知れない。ただ一番は紙かも知れない。
もちろんこの国にだって紙はある。が、マンガを描けるようなサラサラした表面の紙ではなく、ざらついた和紙のような感じのものだし、あれではインクが滲みまくるわペン先が引っ掛かるわでまともに描けない。ペンだって羽根ペンだ。鉄を加工すれば作れるだろうが時間がかかるだろう。
一番の問題は印刷技術がないことだ。何千何万ものマンガを同じように全て手描きなど出来る訳もないし、他の作品も描けなくなる。そもそも同じ作品を作り続けるなど時間の無駄だ。
マンガを木版にするなど気が遠くなる。
だからといって一冊作ったものを国民が回し読みするなど現実的ではない。最初から最後の人に辿り着くまで一体何十年かかると言うのだ。そんな国宝レベルのお宝みたいな扱いではなく、もっと気軽に読めるものでなければ意味がないし、読者が広がりようもない。
しかし、クレイドの意思には共感できるし手助けはしたいと思う。
「……いやー、問題山積みだなあ」
私は思いつくままに必要なものを箇条書きにしたメモを眺めて、余りの多さに目眩がした。
クレイドのやる気を削ぐつもりは毛頭ないが、彼も分からないからこそ見通しが甘い部分が多々あるのだ。こればかりはしょうがない。
ただ一つ言えるのは、おまけのような人生を過ごすマンガ家をしていた私がここにおり、私が解決策を何とか模索しなければどうにもならないという事実である。
しかし、私はしぶとい。両親が亡くなってから、事故の賠償金や生命保険も多くはなく、葬儀や墓を買ったり、主に弟の大学の学費や二人の生活費数年で無くなる程度だったのを、仕事を掛け持ちしてでも何とかやりくりして来た。私も弟も貯金にこだわるのは、いつ自分に何があっても慌てないようにする、という前例からの学びである。
困難があれば限界まで何とかする努力をする、あがく、というのは既に体に染みついている自己本能のようなものである。
私はここでもその負けん気が沸き上がるのを感じた。
「……ふふふ……私がこの程度の苦境、跳ね返せぬと思うか」
やってやる、やってやろうじゃないかマンガ布教計画。
死んだつもりになれば何でも出来るという言葉があるが、私なんて既に日本では死んでいるのだ、怖いものなどあるものか。
「目覚めよ私の中の中二病っ! 我はマンガの大先生ぞ!」
がばっと立ち上がり、拳を突き上げようとして壁のランプに手の甲を強打し痛みにうずくまった。昔から過剰に自分を鼓舞しようとしてやらかしてしまうのもマンガの影響なのだろうか。
……まあいい。涙目になりながら手の甲をさすり、私は改めて布教計画に向けて、自分がやるべきことをまたちまちまとメモし始めるのだった。
日本で暮らして来た時は、基本的に外に出るのもさほど好きではなかったし、忙しくて遊ぶ暇もなかったので少ない友人もますます疎遠になったりしていた。こちらでは時間に追われてマンガを描くこともなくなったのでゆとりがある。というかありすぎるので、必然的にあちこち歩き回ったり話し掛けたりすることが増えた。
お陰で普通の人間(普通でもないのだけど)であり魔王の知人として、何となく遠巻きにしていた他の魔族の人たちとも会話をすることが増えて、親しい人も少しずつ増えている。
「ほら人間て、違う種族と余り仲良くしたいって奴いないからさあ。リリコもそういうもんだと思ってたんだよ」
バトルマンガがお気に入りの狼族の門番さんが、話をするようになってそっと打ち明けてくれた。彼らの見た目はまんま体の大きな狼だ。獣人でもナーバのような人型に耳や尻尾がついているタイプと、純血種というか血が濃い獣人とで様々らしい。彼らは顔立ちと体格がほぼ一緒なので名前がちっとも覚えられない。ちなみに胡坐もかけるし、マンガを読む際には器用に爪を指代わりにちまちまとページをめくって読んでたりする器用な人たちだ。
まあ魔族を人、といっていいのか分からないが、私の中では話が出来て意思疎通が出来れば人なのである。
「ああ、人によってはそういう方もいるかも知れませんねえ。でもほら、獣人さんとか魔族の方々だって、私たち人間のこと苦手な人だっているでしょう?」
「うん、まあ何考えているか良く分からないからね」
「私たち人間も同じですよ。同じ人間同士なら理解出来ることも、他の種族だと生活の仕方や考えてることも良く分からないもんですし。別に無理して仲良くする必要はないです。同胞同士だってそりが合う合わないがあるんでしょうから、分かり合える人とは分かり合えばいいですし、合わなければ距離を置いていれば問題なしじゃないですか?」
「あー、そっか。そういうもんか」
「そういうもんですよ」
「頭いいなあリリコは。あんな沢山のマンガがある国の人だもんな。それにマンガも描いてる人だし」
「いや、別に頭は良くないですよ。描いていたのも以前の話です」
クレイドからは、城で働く人に対して広く周知があり、私はマンガという素晴らしい文化で交易発展した、かなり遠方の島国から自分が招いた人間で、我が国でも学び広めるために招致したのだと説明されていると言う。
全てが間違いではないが、マンガへの妄想力と創造力が突出して高い国民性と思われても何だか微妙である。まあ日本にこの人たちが訪れることはないだろうから敢えて否定はしない。私が異分子なだけだ。
(……おお)
読書室の返却受付と貸出作業も片付き、庭を散歩していると、地面に枝で書かれたような落書きを発見した。誰が描いたか分からないが、猫が丸まっている姿だ。なかなかに可愛らしい。
そうか。私はふと気づいた。クレイドが描きたくなったと言い出したように、城で働く人たちの中にも描きたい人もいるのかも知れない。いやいてもおかしくない。
私は一度自室に戻り、メモを手に考えていた。
ホーウェン国は大変大きな島国という話だった。東西南北に大きな町が存在し、そこに住むのは人間だ。商品の取引で獣人が出入りしたりすることもあるが、あくまでも外の人という扱いで、粗雑ではないが一線を引いた付き合いと聞く。
そして中心側には東の町を管理している魔王クレイド、他に南の魔王パーシモン、西の魔王アルドラ、北の魔王ローゼンがそれぞれの地域を管理しているそうだ。本当に町長さんみたいな感じなんだねここの魔王様たちは。
クレイドは「私がマンガを描けるようになったら国に少しずつ広めて、魔族と人間との交流も徐々に増やしたい」みたいなことを言っていたが、正直言ってクレイド一人ではろくに広まりはしない。
何故マンガがこれだけ日本で一般に周知されているのかと言えば、出る作品が多様で選択肢も多いから、つまり色んなジャンルとそれを描けるマンガ家が多いからに他ならない。
クレイド一人が描けるスピードや量には限界があり、当然ながら彼が好む物語を描けば万人受けするとは限らない。女性向け、男性向け、少女向け少年向けに社会人向け。冒険、ホラー、恋愛、アクション、歴史エトセトラ。要はタマ数が圧倒的に足りないのだ。
「これは……新人育成も必須なのか……」
私は頭を抱えた。
何で売れっ子でもなかった元中堅マンガ家が偉そうに新人育成をせなばならんのだ。いや、マンガをプロとして描いていたのだから、技術的な指導は出来る。出来るのだが、少々、いやかなりの労力が必要だ。
そしてもっと別のところにも大きな心配がある。
画材だ。鉛筆は木炭を加工することで何とかなるかも知れない。ただ一番は紙かも知れない。
もちろんこの国にだって紙はある。が、マンガを描けるようなサラサラした表面の紙ではなく、ざらついた和紙のような感じのものだし、あれではインクが滲みまくるわペン先が引っ掛かるわでまともに描けない。ペンだって羽根ペンだ。鉄を加工すれば作れるだろうが時間がかかるだろう。
一番の問題は印刷技術がないことだ。何千何万ものマンガを同じように全て手描きなど出来る訳もないし、他の作品も描けなくなる。そもそも同じ作品を作り続けるなど時間の無駄だ。
マンガを木版にするなど気が遠くなる。
だからといって一冊作ったものを国民が回し読みするなど現実的ではない。最初から最後の人に辿り着くまで一体何十年かかると言うのだ。そんな国宝レベルのお宝みたいな扱いではなく、もっと気軽に読めるものでなければ意味がないし、読者が広がりようもない。
しかし、クレイドの意思には共感できるし手助けはしたいと思う。
「……いやー、問題山積みだなあ」
私は思いつくままに必要なものを箇条書きにしたメモを眺めて、余りの多さに目眩がした。
クレイドのやる気を削ぐつもりは毛頭ないが、彼も分からないからこそ見通しが甘い部分が多々あるのだ。こればかりはしょうがない。
ただ一つ言えるのは、おまけのような人生を過ごすマンガ家をしていた私がここにおり、私が解決策を何とか模索しなければどうにもならないという事実である。
しかし、私はしぶとい。両親が亡くなってから、事故の賠償金や生命保険も多くはなく、葬儀や墓を買ったり、主に弟の大学の学費や二人の生活費数年で無くなる程度だったのを、仕事を掛け持ちしてでも何とかやりくりして来た。私も弟も貯金にこだわるのは、いつ自分に何があっても慌てないようにする、という前例からの学びである。
困難があれば限界まで何とかする努力をする、あがく、というのは既に体に染みついている自己本能のようなものである。
私はここでもその負けん気が沸き上がるのを感じた。
「……ふふふ……私がこの程度の苦境、跳ね返せぬと思うか」
やってやる、やってやろうじゃないかマンガ布教計画。
死んだつもりになれば何でも出来るという言葉があるが、私なんて既に日本では死んでいるのだ、怖いものなどあるものか。
「目覚めよ私の中の中二病っ! 我はマンガの大先生ぞ!」
がばっと立ち上がり、拳を突き上げようとして壁のランプに手の甲を強打し痛みにうずくまった。昔から過剰に自分を鼓舞しようとしてやらかしてしまうのもマンガの影響なのだろうか。
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