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薄いマンガ本発売日。
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「………とうとう出てしまうのね………」
「感慨無量でございますね」
「微力なりともお力添え出来て、私も嬉しい限りでございます、リーシャ様」
マンガを描き出してから1ヶ月。
とうとう書店に私のマンガが並ぶ日がやって来た。
最初の作品を少々手直ししたものと、新作を一本、そして昔よく描いていたデフォキャラ四コマを何ページか。総枚数90ページ程度の薄いマンガ本である。
いや、薄くても大変だった。
ルーシーにベタ入れと点描入れだの網掛けだのを手伝ってもらってるだけでは到底時間が足りない。
締め切りは近づくしライラからは『早く作品を読ませて欲しいんです!はよ!』と矢の催促が来る。
少々泣きが入った辺りで、ルーシーが目を爛々と輝かせ(キラキラとするには多分体力を消耗し過ぎていたのだろう)、
「リーシャ様、打開策が見つかりました!」
と図書室に飛び込んできた。
「………何打開策って。それ美味しいのかしら………味噌味でお願い」
ほぼこの数日まともな睡眠時間が確保できてない私も朦朧とした意識で答えた。
あと二週間もないのに30ページほどが手付かずで下書きも途中段階である。
何だこれ夏コミ合わせの修羅場か。
「サリーさんを書店で見掛けました」
「そうなの、まあ本ぐらい読むでしょサリーも」
「『ヨーデル』の新刊を予約してました。さりげなく偶然のふりしてお茶して聞き出したところ、イザベラ=ハンコックの大ファンでした。更にはルージュのイラストが心の癒しだそうで」
「何それすぐ呼んでちょうだい今すぐ」
図書室にやって来たサリーは、相変わらず出来る秘書といった隙のない感じで、でも何故呼ばれたのか分からないといった風情で戸惑っていた。
「リーシャ様、あの、ご用と伺いましたが………」
「そうなの。ひとまずこれにサインお願い出来る?」
「『これから聞く事は他言無用であり誰にも告げてはならない。仕事を辞めても死ぬまで秘密を墓に持って行くこと………』誓約書でございますか?」
「私は貴女に協力を仰ぎたいのだけど、立場上あまり大っぴらに出来ない事なの。
あ、別に悪事を働いてるとかじゃないわよ?でも秘密厳守でお願いしたいのよ」
「………このような書面がなくとも、いつも良くして頂いているリーシャ様や旦那様のお立場が悪くなるような発言は致しませんが、ご希望であれば幾らでも」
サラサラっとサインをしてくれたサリーに頭を下げる。
「ありがとう、本当にありがとう」
そして修羅場へようこそ。
「それで、お話と言うのは………ああっ」
ルーシーにいきなりソファーに座らされたサリーは、目の前に置かれた私のマンガに瞠目した。
「実はね、作家イザベラ=ハンコックとイラストレーターのルージュは同一人物なの。つまり私ね」
「そんな、誠でございますかっ!
まぁ、なんてこと………、私実は大ファンでございまして………」
うん、知ってる。
「それで、マンガという新しいジャンルを開拓しようとしてるのだけど、出版までの日が近くて手が足りないのよ。
お願い、手伝ってくれないかしら?
勿論時間外手当ては出すわ」
「いえ、時間外手当てなど結構です!今でもメイド頭として充分に頂いておりますので。大好きな作家様の力になれるというご褒美、これ以上の至福がどこにありましょうか!!」
「解ります、とてもよく解りますよサリーさん!」
腐女子というのは、世代を問わず魂で結びつくものらしい。
ガッシリと強い握手を交わす二人を見ながら、とりあえず人手が1.5倍になった事を
しぱしぱする目元を揉みながら天に感謝した。
1.5倍どころではなかった。
なんと、サリーの父親は建築家だった。
子供の頃から手伝いをしていたサリーは、建物の絵が描けるのだ。パースも取れる。
趣味は風景画を描く事だと言う。
ブラボー!ブラボーよサリー!!
貴女はチーフアシに大抜擢よ!
素晴らしい人材を手に入れたお陰で、背景はほぼお任せで人物に注力すれば良くなった私のスピードは格段に上がった。
たまにキャラのポーズで困った時にはダークが手助けを買って出てくれた。
私の太陽はどこまでも優しい。
神々しい美貌が眩しい。
でも、一度お礼にかこつけて、ちょっとムラムラしてしまったモノを発散させて頂いたのだが、それに味をしめてしまったのか、協力してもらうと最後に潤んだ眼差しで、
「………リーシャ、お礼は?」
などと囁くたちの悪いイケメンになってしまった。
ダークのおねだり攻撃には最弱で、終生名誉最弱王の称号を欲しいままにしている私にとって、とても危険な進化である。
まぁそれでもダークに愛されてると思うと嬉しいのではあるが、体力的にはかなりハードなのでほどほどを希望したい。
◇ ◇ ◇
【今人気沸騰中!ルージュ先生が放つ新しい形の恋愛叙事詩!原作はイザベラ=ハンコック書き下ろし新作!
貴方はこの感動を抑えられますか?
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などとこそばゆくなるような内容の書かれた店頭のポスターに、開店前の店に並ぶ長蛇の列。
「たまにはリーシャ様もご一緒しませんか?わたくし達が購入を終えるまで、前のカフェでゆっくりお茶でも飲んでお待ち頂ければ。
ほら愛読者の熱気を直に感じるのもモチベーションが高まりませんか?」
などと唆してくるルーシーに、それもそうねと久しぶりに町に出ると、自分が思った以上に人気作家だったと感じさせられる恐ろしい光景が広がっていた。
「何だか、驚いたわ………売れっ子っぽくて」
どこの人気サークルだ、と心で突っ込みを入れながら、私はどうにも居心地が悪い思いをしていた。
そこまでのもんじゃないと自分で冷静に判断できる。幾らでも上には上がいるのだ。私は単にこの世界での先駆者なだけである。
早く私の萌えを満たす作家さん沢山出てきて下さい。
私の願いはそれだけである。
「ですから、売れっ子だとわたくし何度も申し上げましたよね?いつもいつも自己評価が低いんですから………そろそろ並ばないと店頭特典がなくなりますので、一旦失礼してまた後ほど。サリーさんもほら」
「はい、ではリーシャ様また後で参ります」
「行ってらっしゃい」
慌てて早足で列の最後尾に向かって行く二人を見送りながら、私は向かいのカフェのオープンテラスに腰かけて、ミルクティーとミルフィーユを頼んだ。
しかし、暫くは待ちそうだ。
何か本でも持ってくれば良かった。
何だか朝から忙しいのか、顔を紅潮させた若い店員の男の子が「お待たせしました」とケーキセットを運んできた。
カタカタとティーカップが震えるほど緊張しているようだが、きっとまだ新人なのだろう。若干ミルクティーが下の皿に溢れて慌てているが、その程度で怒るほど私は神経が細やかではないので、交換しようとする店員の腕を軽く掴み、
「ありがとう。このままで大丈夫よ」
クレーマーにはならないから安心してね、という気持ちを込めて微笑む。
「す、すみませんでした!」
顔を真っ赤にした店員は深くお辞儀をして下がっていった。
ミルクティーが少し冷めるまで、見るとはなしに向かいの行列を眺めながら、ミルフィーユをフォークでカットして頬張る。
美味しいわー、やっぱり疲れてる時には甘いものよねぇ。
などと呑気に思いながら、思ったより男性の読者さんもいるのねえ、と少し驚いた。
前世を思うと99%位は腐女子が購入してるもんだと思ってたけど、考えてみたら男同士の夫婦や女同士の夫婦もいる世界だものね。普通なのかな。
「リーシャ!」
ん?何故ダークの声が?
キョロキョロと辺りを見回すが見当たらない。
なんか今日はかなり早めに仕事へ出ていった筈なのだけど。
いた。
ちょっと待てやオッサン。
何で並んどるんや。
危うくミルクティー吹き出すところでしたよ旦那様。
列から出てこちらに駆け寄ってくるダークに驚き思わず立ち上がってしまった。
「どうして並んでるのよダーク」
小声で咎めるように聞いてしまう。
「店頭特典がな、100人までなんだ。で、ヒューイの彼女がファンだそうで、俺も買ってプレゼントするって言うから一緒にな。買ってからそのまま仕事に向かうつもりだ」
「わざわざ並ばなくても言えば貰って来たわよ作者特権で」
「それはダメだ。夫として妻の活躍を陰ながら支えたい。………俺に出来ることはこのぐらいしかないからな」
照れ臭そうに満面の笑みでキラキラフラッシュを放つダークが身震いするほど愛しい。
何ですかねこの奇跡の生命体は。
「ダーク」
「………ん?」
「今夜も、感想聞かせてくれるのよね?」
「勿論だ」
「悪いけど、今夜は押し倒した後でお願い出来るかしら?」
「………おう」
「じゃ、また夜にね」
投げキッスを送ると益々照れたように手を振り列へ戻っていくダークを、周りの人が唖然としたように見ており、側にいたヒューイさんはぶんぶん手を振っていた。
ふふん、私の旦那様ですからね。
あげないわよ誰にも。
ダークの優しさに頬を緩めてニマニマしていたら、書店がオープンしたようで続々と人が流れて行く。
その行列の中ににやにやしながら通りすぎるフランとアレックまで見つけた時には、私の周りは何だか地雷だらけだわと冷や汗が流れたのは内緒である。
「感慨無量でございますね」
「微力なりともお力添え出来て、私も嬉しい限りでございます、リーシャ様」
マンガを描き出してから1ヶ月。
とうとう書店に私のマンガが並ぶ日がやって来た。
最初の作品を少々手直ししたものと、新作を一本、そして昔よく描いていたデフォキャラ四コマを何ページか。総枚数90ページ程度の薄いマンガ本である。
いや、薄くても大変だった。
ルーシーにベタ入れと点描入れだの網掛けだのを手伝ってもらってるだけでは到底時間が足りない。
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「リーシャ様、あの、ご用と伺いましたが………」
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「………このような書面がなくとも、いつも良くして頂いているリーシャ様や旦那様のお立場が悪くなるような発言は致しませんが、ご希望であれば幾らでも」
サラサラっとサインをしてくれたサリーに頭を下げる。
「ありがとう、本当にありがとう」
そして修羅場へようこそ。
「それで、お話と言うのは………ああっ」
ルーシーにいきなりソファーに座らされたサリーは、目の前に置かれた私のマンガに瞠目した。
「実はね、作家イザベラ=ハンコックとイラストレーターのルージュは同一人物なの。つまり私ね」
「そんな、誠でございますかっ!
まぁ、なんてこと………、私実は大ファンでございまして………」
うん、知ってる。
「それで、マンガという新しいジャンルを開拓しようとしてるのだけど、出版までの日が近くて手が足りないのよ。
お願い、手伝ってくれないかしら?
勿論時間外手当ては出すわ」
「いえ、時間外手当てなど結構です!今でもメイド頭として充分に頂いておりますので。大好きな作家様の力になれるというご褒美、これ以上の至福がどこにありましょうか!!」
「解ります、とてもよく解りますよサリーさん!」
腐女子というのは、世代を問わず魂で結びつくものらしい。
ガッシリと強い握手を交わす二人を見ながら、とりあえず人手が1.5倍になった事を
しぱしぱする目元を揉みながら天に感謝した。
1.5倍どころではなかった。
なんと、サリーの父親は建築家だった。
子供の頃から手伝いをしていたサリーは、建物の絵が描けるのだ。パースも取れる。
趣味は風景画を描く事だと言う。
ブラボー!ブラボーよサリー!!
貴女はチーフアシに大抜擢よ!
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ダークのおねだり攻撃には最弱で、終生名誉最弱王の称号を欲しいままにしている私にとって、とても危険な進化である。
まぁそれでもダークに愛されてると思うと嬉しいのではあるが、体力的にはかなりハードなのでほどほどを希望したい。
◇ ◇ ◇
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「はい、ではリーシャ様また後で参ります」
「行ってらっしゃい」
慌てて早足で列の最後尾に向かって行く二人を見送りながら、私は向かいのカフェのオープンテラスに腰かけて、ミルクティーとミルフィーユを頼んだ。
しかし、暫くは待ちそうだ。
何か本でも持ってくれば良かった。
何だか朝から忙しいのか、顔を紅潮させた若い店員の男の子が「お待たせしました」とケーキセットを運んできた。
カタカタとティーカップが震えるほど緊張しているようだが、きっとまだ新人なのだろう。若干ミルクティーが下の皿に溢れて慌てているが、その程度で怒るほど私は神経が細やかではないので、交換しようとする店員の腕を軽く掴み、
「ありがとう。このままで大丈夫よ」
クレーマーにはならないから安心してね、という気持ちを込めて微笑む。
「す、すみませんでした!」
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ミルクティーが少し冷めるまで、見るとはなしに向かいの行列を眺めながら、ミルフィーユをフォークでカットして頬張る。
美味しいわー、やっぱり疲れてる時には甘いものよねぇ。
などと呑気に思いながら、思ったより男性の読者さんもいるのねえ、と少し驚いた。
前世を思うと99%位は腐女子が購入してるもんだと思ってたけど、考えてみたら男同士の夫婦や女同士の夫婦もいる世界だものね。普通なのかな。
「リーシャ!」
ん?何故ダークの声が?
キョロキョロと辺りを見回すが見当たらない。
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いた。
ちょっと待てやオッサン。
何で並んどるんや。
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列から出てこちらに駆け寄ってくるダークに驚き思わず立ち上がってしまった。
「どうして並んでるのよダーク」
小声で咎めるように聞いてしまう。
「店頭特典がな、100人までなんだ。で、ヒューイの彼女がファンだそうで、俺も買ってプレゼントするって言うから一緒にな。買ってからそのまま仕事に向かうつもりだ」
「わざわざ並ばなくても言えば貰って来たわよ作者特権で」
「それはダメだ。夫として妻の活躍を陰ながら支えたい。………俺に出来ることはこのぐらいしかないからな」
照れ臭そうに満面の笑みでキラキラフラッシュを放つダークが身震いするほど愛しい。
何ですかねこの奇跡の生命体は。
「ダーク」
「………ん?」
「今夜も、感想聞かせてくれるのよね?」
「勿論だ」
「悪いけど、今夜は押し倒した後でお願い出来るかしら?」
「………おう」
「じゃ、また夜にね」
投げキッスを送ると益々照れたように手を振り列へ戻っていくダークを、周りの人が唖然としたように見ており、側にいたヒューイさんはぶんぶん手を振っていた。
ふふん、私の旦那様ですからね。
あげないわよ誰にも。
ダークの優しさに頬を緩めてニマニマしていたら、書店がオープンしたようで続々と人が流れて行く。
その行列の中ににやにやしながら通りすぎるフランとアレックまで見つけた時には、私の周りは何だか地雷だらけだわと冷や汗が流れたのは内緒である。
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