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こけし、ほふく前進中。

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 父様と母様が2週間ぶりに領地視察から戻ってきた。


 連日の雨で地盤が緩み、土砂崩れが起きたとかで、隣街へ抜ける道が一部塞がってしまっていたそうだ。

 どうやら自警団の活躍で怪我人も出ず、埋まった道自体も近隣住民含めた協力体制のもと掘削作業の甲斐あって、十日ほどで元通り………とは言えないまでも概ね土砂は取り除き、行き来は出来るまでになったので、後は信頼できる部下に任せて来たそうだ。


「リーシャ!父様はお前に会えなくて寂しかったよ」

「私もよリーシャ。あー可愛い!相変わらず目の保養になるわあー」


 パパンとママンのぎゅうぎゅう攻撃は防御の仕方によってはとても拗ねる。本当に大人げないほど拗ねるので後処理が面倒で、私は無抵抗主義を貫くことにしている。

 ちなみに兄様は、王宮で文官の仕事をしていて、毎日朝早く出ていき帰りも遅いので、両親不在の間はかなり自由な暮らしを満喫していたのだが、また暫くはお嬢様モードである。


「父様、母様、お帰りなさいませ。大事に至らなくて良かったですわね本当に」

 開放的な気分がなくなるのは少し残念だが、それでもやはり両親の元気な姿を見るとホッとする。

「いや、本当はね、もう少しゆっくりしてから帰る予定だったんだが、どうもそうも言っていられない感じでねぇ」

「そうよねぇ」

「………?何か緊急の用件でもございましたか?」

 私は首を傾げた。

「いや、わざわざ領地のセカンドハウスまでご丁寧な手紙が届いてな。
 リーシャを騎士団の部隊合同訓練で見初めたとかで、ルイ・ボーゲン公爵のご子息から縁談の話が来たのだよ。
 ご本人と直接話もしたそうだな。リーシャも騎士団とかに興味が湧く年頃になったんだな。
 いやあ、釣りばっかりしてるから、そういうのはとんと疎いのかと思っていたよ。
 いや、今まで縁談の話とかは全部断ってたけど、あんな男前だし、未来は公爵夫人なんて滅多にない良い話だしな。
 そりゃ寂しいけど、父様はお前が幸せならそれでいいんだ」

「リーシャ、貴女ったらああいう正統派の美青年には興味ないとずっと言ってたのに、やっぱり年頃になると変わるのね!一体どんな馴れ初めなのかしら。母様気になるわぁ~」


 正統派の美青年とはどなたの事ですか。
 あのコケシですか。

 話というのは鳥肌立てながら聞かされていたナルシー発言の事ですかパパン。

 いや美青年かどうかはともかく、私は人間がいいです。

 地球外生命体との馴れ初め?

 全面戦争勃発の理由など、敵を倒したい、倒さねば殺られる以外に何があるのでしょうか。

 世界平和などは望んでません、自己平和だけを望んだだけです。

 それともこれから起きるであろう最終戦争の事なのでしょうかママン。


 頭の混乱が収まって来ると、沸き上がるのは、強い怒りである。


 ………ナルシストのコケシ野郎が、何を勝手に仕掛けて来やがる。


 縁談だぁ?人外が何をほざく。


 機械の身体を手に入れる為の鉄道があんだから、人間の身体を手に入れる鉄道だってあんだろがどっかによ。何処だ?知らねえよテメエで探せや。

 無期限パス作ってくれてやるからそれ乗ってまずは人の身体になってから出直せや。
 永遠に旅しててもいいぞ。いっそどっかの星で永住してくれてもいいからよ。

 手書き?偽造?ちげーよハンドメイドって言えよ。
 今はな、ハンドメイドは超人気でお高いんだよ。世界に同じものは一つもねえんだよ感謝しろよ匠の技なんだよ。

 乗れるかどうかなんて、そんな些末な事その時考えりゃいいだろうが。

 最悪、発車のベルが鳴り響いてから走り込めよ。運が良きゃロン毛の金髪美女が手を差しのべてくれんだろ。

 人間になってからなら話は聞いてやるさ。
 聞いてやるだけだけどな。



 ………いけない。淑女なのに心に荒ぶる魂を降臨させようとしてしまった。


 考えてみれば、コケシとして生まれたのは彼のせいではない。
 彼の両親のDNAのせいである。
 彼を一方的に責めるのは間違っている。そんなことは百も承知だ。
 だがもし彼の親兄弟がマトリョーシカのように同じ顔をして並んでいたら、私はガチ泣きしてしまうだろう。

 そうだ。コケシと愛を育むとか、コケシと家庭を築く前提でこれまで生きて来なかったのだから、私にも責任はない。
 あくまでも個人の価値観の相違である。


 しかし、どこの世界に自分の名前を連呼しながらナイフ振り回して人を襲う男の子の人形や、金曜日にしか現れないホッケーマスクつけた無駄に頑丈な男みたいなのを旦那に望む女がいるんだ。少なくとも私は嫌だ。

 家庭に愛は求めても、ホラーやミステリー、バイオレンスなんか求めてないのだ。


 いや、コケシはルーシーも驚くほどのイケメンだと言っていたじゃないか。

 そうだそうだ。よそ様が引き取ってくれればいいじゃないか。需要と供給。マイナスとプラス。惹かれ合う者同士、幸せになればいい。


 あんな恐ろしい存在と結婚する位なら死ぬ。修道院に入ってもいい。

 いやダメだ。私にはダーク様を幸せにする使命があったのだ。
 あんなナルシーコケシに割く時間など一秒すら惜しい。


 とても淑女とは思えない汚ない言葉が濁流のように流れ出し、ヤジの飛び交う株主総会の様相を呈した脳内会議は、パパンの、

「まずは直接会って話もしないとね。二日後に来られるからそのつもりで」

 の一言で動作を停止した。


 二日後、ってダーク様とのデートなんですけど!


 ルーシーを涙目で見ると、『後で話し合い。とりあえず頷け』というサインが来たので、

「………かしこまりました」

 とだけ呟くと、自室に下がる旨を伝えて居間から逃げ出した。


◆   ◆   ◆


「ねえルーシー。どうしてあんなに非友好的な会話しかしてないのに縁談の話になるのかしら。………あのコケ………ルイルイ様だっけ?」

 自室に戻ると、私は早速ルーシーに泣きついた。

「お嬢様、仮にも公爵子息様ですから名前くらい覚えて下さいませ。ルイ・ボーゲン様でございます。
 いや、まあどなたでも綺麗な花には弱いでしょう。ましてやリーシャお嬢様は月の淡い光のよう、とまで称される神秘的な美しさと星空のような煌めく黒い瞳。まあそんじょそこらの令嬢では足元にも及ばない、美術品のような存在ですからね」

「とうとう人外扱いどころか生き物ですらない存在にされたのね。私そろそろ泣いてもいいんじゃないかしら。いいわよね」

「あ、そうでした。泣くと言えば、先日発行された『こんな愛し方しか僕らは知らない』ですが、なんと初のハードカバーでの出版になりました。
 薄い本業界としては、勿論初めての試みでございます。わたくし出版元にて思わず感動でハンカチを涙で濡らしてしまいました」

「まあ本当に?………あの出版元、こないだのこすい予約特典販売で稼いだのねきっと」

「あそこの社長がいきなり家のリフォームを始めたとか、編集部の全員に金一封が出たとか聞きましたが、まさかあの予約特典販売で?
 打ち合わせの時、編集がコーヒーにショートケーキまで振る舞ってくれた上に、帰りがけに『クララ』のココナッツクッキーまで持たせたのはそう言う事でしたか。原稿料の値上げを要求すべきでございましたね」

「私の影武者とは言え、かなりいい思いしてるじゃないの。私もココナッツクッキー食べたいわ」

「もちろんご用意してありますとも」

 紅茶以外にもノンシュガーでミルクだけ少々入れたコーヒーも私は好きである。

 やはりクララのココナッツクッキーは自分が作るものとは全く違う。カリカリとして口当たりがよく、甘さ控えめでココナッツの香りがささくれた心を癒してくれるような優しい美味しさである。

「薄い本愛好家の方々の評判も概ね好評で、『ハードカバーになると、市民権をえたような誇らしい気持ちになる。歴史書に隠してこそこそ読む時代は終わった』『カフェでも堂々と薄い本を読める』と出版元にも喜びの声が届いているそうでございます」

「薄い本は誰にも見られずに一人でコソコソ読んでこそ面白いんじゃないの。あの背徳感が分からないのはまだまだね」

「左様でございますね。太陽の光が降り注ぐ戸外で読むのはわたくしも邪道かと。
 あの、幼馴染みのハロルドから婚約者を紹介された時に、初めて自分の気持ちが友情ではなかったと気づくグレイが、ハロルドに睡眠薬を盛り無理矢理コトに及ぼうと画策したのをハロルドに勘づかれ、実はハロルドも愛するグレイを諦めようとして愛のない婚約をした、と告白し、『薬なんか使ったら、君の想いが僕に伝わらないだろう?』とキスをかましてからの濃厚かつ淫靡さ溢れるベッドシーンは、自室のベッド一択、尚且つ明かりはカーテンを締め切りロウソク又は月明かりのみ。
 ここまでしませんと作者の意図した思いまでは辿り着けません。
 お嬢様の才能を遺憾なく発揮された作品でございますね。
 それでダーク様とのデートの件ですが、今回は延期された方が良いかと思います。一応公爵子息、加えて親から攻め落とすほどの用意周到さ。ぶっちゃけ、お見合いすっぽかした時点で婚約者に内定させられててもおかしくはございませんよ」

「作者の意図した思いと言うのが作者本人に分からないのはさておいて、やっぱりそう思う?私もルーシーと同じ考えなのよ。
 ………悪いけど、ダーク様に手紙を書くから持っていって貰えるかしら?
 ああ、なんでダーク様のせっかくのお休みにあんなのと顔を合わせないといけないのかしら。地獄よ地獄」

 ペンを掴み、私はダーク様に約束を別の日に変更してもらいたいこと、外せない用事が出来てしまった事の御詫びを綴った。

「国でも有数のイケメンをあんなの呼ばわりも酷いですが、お嬢様の好みは残念ながらダーク様ですしね。
 では、少々お側を離れます。お返事頂いてすぐに戻りますので」

 ルーシーは一礼すると、手紙を持って出ていった。


 とりあえず、コケシとの結婚だけは何がなんでも阻止して見せる。


 私はダーク様と結婚するのだ。


 気分が落ち着いたところで、コーヒーを飲みながらココナッツクッキーをつまんでのんびりしていると、執事のルパートが部屋をノックした。

「リーシャお嬢様。お客様が参られました。お通し致しますか?現在は客間でお待たせしておりますが」

「あら、どなたかしら?」

「フランシーヌ・パームス侯爵令嬢でございます」


 いや誰だよ。


 お茶会やパーティで会った令嬢の中には居なかったはず。
 私は首をひねる。

 まー聞き覚えもないけれど、侯爵令嬢ならば、失礼になってはいけないわよね。

「分かりました。お通しして。それと紅茶を二人分お願いね」

「かしこまりました」

 ルパートが出ていくと、慌てて身なりを確認した。
 うん。執筆の前に精神的な疲れが出たので着替えて一眠りするつもりだったけど、まあ今はそれほど失礼になるようなラフな格好ではない。


 最近、身辺が慌ただしくて、釣りにも行けてない。

「全部すっきりさせたら、ダーク様と大物でも狙いに行こうかしらね」

 私は最近入手したマイ竿をチラリと眺め、楽しいデートに思いを馳せるのだった。





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