上 下
23 / 30

ブレナンの場合。【1】

しおりを挟む
「ブレナン、こないだのレイモンド殿下と妹さんの記事良く書けてたぞ! 写真もすごく綺麗だった。まあ素材が素材だもんな。独占インタビューもあったおかげで、部数がかなり伸びたよ。流石に噂のフォアローゼズだ。ハハハッ」
「あ、どうもありがとうございまーす」

 編集長が満面の笑みで僕の肩を叩いて自席に戻って行く。
 先々週アナが結婚したことで、とうとうシャインベック家では独り者は自分だけになってしまった。まだ二十年しか生きてないのだが、貴族は跡取りの問題もあるのか男女とも十代で結婚する人が割と多く、僕もいい相手はいないのか、釣り書きは届いてないのかと始終からかわれる。そのたびに、いやーまだ仕事に集中したいので、とか可愛い女性が多くて目移りしちゃいましてー、などと適当に流している。

 昔は貴族の男女は、地位的な関係なのか自営や国の以外の民間の仕事に就くことはなかったと言うが、今はそんな堅苦しいこともなく、貴族であろうと平民であろうと普通に職に就いている人間も多く、自分もそのうちの一人だ。当然ながら、貴族だからという贔屓は一切なく、権力なども使えない。あくまでも実力主義である。使えなければ当然クビにもなる。それに貴族だってピンキリであり、名目だけの貧乏貴族もいると皆が大体理解していることもあるのだろう。

 まあ我が家は元々男爵でのちに子爵、王族と姻戚関係になる都合上、現在は伯爵位を戴いてはいるものの、父も昔から騎士団で働いているし、シャインベック家の領地の方は祖父が元気に切り盛りしている。お前はやりたいことをすればいいと両親に言われたので、これ幸いと学校を卒業してから雑用で入り、今は挿絵画家兼ライターとしてもう三年以上ガーランド新聞社で働いている。やはりイラストや文章を書く仕事が好きなのだ。これは子供の頃からで、おそらく母の影響をもろに受けている。

 母は、伯爵家に生まれ、十代の頃から主に男性同士の恋愛小説を趣味で書いていた。それをルーシーに見つかって、貴族の娘がそんな真似は出来ないからと固辞しても、その才能を埋もれさせるのは惜しい、自分が作家のふりをするからと懇願されて薄い本作家としてデビューし、その後マンガ家としても活躍するようになった。周囲でイザベラ・ハンコックの名前を知らない人間はいないし、マンガ家でありイラストレーターのルージュの名前もかなり著名である。もしうちの出版社にばれたら、確実に雑誌に新連載を頼まれるので一生言うつもりはない。「多分ねー、もう人生三回ぐらいやり直しても楽しく暮らしていけるほどのお金を稼いでいるみたいよ。怖くてルーシーに資産運用は任せっきりだけど」と母は笑っていたが、母自身は最初内職代わり、家族や結婚してからは特に子供たちが先々お金で苦労しないようにと始めたものらしい。ルーシーが上手いことそう言いくるめたんじゃないかと確信している。母を崇拝しているルーシーの部屋には、母の本を三冊ずつ買って保管しているのを僕自身が見ていた。なんで三冊もあるのか聞いたら、一冊は保管用、一冊は熟読用、一冊は万が一の保険だとか言っていた。どんだけ母の作品が好きなんだ。どれほどすごいのかと僕もコッソリ読んでみたが、確かに話そのものは面白いけれど、僕自身は女性の方が好きなので共感はあまり出来なかった。
 そういえば、ヒッキーだから友達が少ないと自負する母の貴重な友人、フランシーヌ侯爵夫人も母のファンである。フランおば様も母やルーシーと同じ『腐女子』らしいが、最初はずっと婦女子だと勘違いしていた。薄い本が好きな女子を腐女子というらしい。フランおば様の娘である友人・リアーナも母の書く話が好きで、こそこそ本屋に買いに行って母にサインをして貰い喜んでいた。彼女は薄い本が好きというより読書家で何でも良く読んでいた。暇さえあれば図書館に入り浸りだった。

 そしてリアーナは裕福な侯爵令嬢であるにも関わらず、本好きが高じて出版社に勤めたいと言い出して、去年学校を卒業してガーランド新聞社の文芸部に入社した。

「母様も父様も、本当は見合いでもさせて早く婿取りさせたかったんでしょうね。正直、私は母様やリーシャおば様、アナやクロエたちと違って容姿がアレだから、持参金でも持たせて若いうちに結婚させたがったんだと思うの。まああんなキレイどころと比べられても困るんだけどね。だけど、好きでもない相手に持参金目当てで結婚してもらう位なら、一生独身でいいから好きな仕事して、好きな本に囲まれて暮らすとずっと決めていたのよ。まあヒースが生まれたから跡継ぎも問題ないしね、唯一の我が儘ぐらい通させてもらうわ」

 リアーナが就職の報告で屋敷にやってきた時、相変わらずの陽気さでコロコロ笑いながらそう僕らに告げた時、母は力強く力説した。

「リアーナ、私はね、お世辞ではなく本当に貴方が美人だと思っているのよ。周りの男性たちは見る目がないのよね。サラサラした金髪、一重なのに羨ましいぱっちりな目、長いまつ毛、きめ細かい白い肌。スタイルだって手足長くて抜群よ。お人形のように完成しているわ。性格だって優しくて頭もいいし。──あのね、私みたいなただ童顔で眠そうな顔が、傾国の美貌とかびいせんの乙女とか訳の分からない二つ名がつけられてるぐらい勘違いの多い国だから、この国の男たちがポンコツなのは分かっているのよ。でも、私は美しいものは美しいと言いたいのよ。貴女のお父様もイケメンだし、ダークなんて神々しいまでに中身も外身も男前。リアーナを不細工だのなんだの言う人たちは歪んだ鏡を目に内蔵しているだけだと思いなさい。これは絶対よ!」
「リーシャおば様みたいないつまでもお綺麗な方に言われましても。ふふふ、でも、私はいじめられたり陰口叩かれることもありましたけど、負けず嫌いなので 勉強も運動も頑張ってクラスで一番を取ったりもして見返してやりましたの。それに、見た目とかに関係なく仲良く遊んでくれるフォアローゼズや他の友人もいましたから、変に引け目を感じたりせずいられましたわ。むしろ羨ましがられていたんじゃないかしら。私にカイルやブレナンを紹介してくれとか手紙渡してくれとか言われたりしてましたし。ぜーんぶ断りましたけどねーほっほっほ。性格悪いですわねこういうと」
「フランに似てたくましいメンタルをしているわね。流石に親子だわ……でも、可愛いのは本当なのよう」
「はいはい、リーシャ様、個人の価値観は人それぞれでございますよ」
「でもルーシー、私はコレが美の基準だと思って欲しくないのよぅ」
「ご自身のことをコレというのはやめて頂けますでしょうか。それに私の価値観ではリーシャ様は五歳の頃から私の理想でございます」
「止めてえー体が痒くなるわー」

 我が家では日常の風景である。母は昔から自分が美形と言われることがどうにも気に入らないようで、ヤマト民族がどうとか価値観がおかしいと良く言っている。ヤマト民族というのがよく分からなくて図書館で調べたが、どこにもそんな民族の記述はなかった。もしかすると童話か何かの影響なのかも知れない。リアーナがこそっと僕の耳元で囁いた。

「ねえ、もしかしてリーシャおば様は本気で自分が美人じゃないとか思っているの? フォアローゼズなんてつけられる子供たちまでいるのに?」
「そうみたいだね。我が家では父が一番の美形になっているよ」
「ダークおじ様? ……へえ、うちの母様も父様がこんなに素敵なのに周りが分かってくれないとぼやいているけど、同じ価値観なのかしらね」
「母はフランおば様を【同士】と言っているねえ」
「なるほどね。だからリーシャおば様って、何かこう、行き過ぎた美貌の女性が持つ独特の傲慢さみたいなものが皆無なのね」
「傲慢っていう言葉の意味も良く分かってないと思うよ」
「ふふふ。でもそんなリーシャおば様、私は大好きだわ」

 僕はといえば、正直、顔の良し悪しというのが子供の頃から良く分からない。僕にとって好きな人、というのは面白い人であったり、趣味が合ったり、知的好奇心を満たしてくれる人であり、少なくとも自分が何かしら興味を持てる人のことであって、相手がどんな顔をしているかなどは一切関係ない。異性に関しても、いくら周囲が美人と言おうが、中身に価値を見出せなければ僕には何の価値もないのだ。だから、メイクの話やゴシップ話位しかすることがない【美人】などは、僕には時間を使いたくなる対象ではないのだ。一度友人に話したことがあるが「見てるだけで目の保養じゃんか」と笑われた。どうせ衰えるものではないか。僕だって今はイケメンだのなんだの言われてるが、四十年五十年経てばただのジー様である。どんなに好きな女性であってもいつまでも若くはいられない。最後に残るのは人間性しかない。
 まあ、そんな考え方のせいで、いわゆるチヤホヤされているタイプの女性のお誘いも食事などに付き合うこともあるが、大抵一度限り。結局興味を持てず面倒になって、現在もフリーなのである。もしかすると、自分は一生独身なのではないかと少し心配になってきたところではある。
 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ
恋愛
ルティエラ・エヴァートン公爵令嬢は王太子アルヴァロの婚約者であったが、王太子が聖女クラリッサと真実の愛をみつけたために、婚約破棄されてしまう。 ルティエラの取り巻きたちがクラリッサにした嫌がらせは全てルティエラの指示とれさた。 懲罰のために懲罰局に所属し、五年間無給で城の雑用係をすることを言い渡される。 半年後、休暇をもらったルティエラは、初めて酒場で酒を飲んだ。 翌朝目覚めると、見知らぬ部屋で知らない男と全裸で寝ていた。 仕事があるため部屋から抜け出したルティエラは、二度とその男には会わないだろうと思っていた。 それから数日後、ルティエラに命令がくだる。 常に仮面をつけて生活している謎多き騎士団長レオンハルト・ユースティスの、専属秘書になれという──。 とある理由から仮面をつけている女が苦手な騎士団長と、冤罪によって懲罰中だけれど割と元気に働いている公爵令嬢の話です。

R18、アブナイ異世界ライフ

くるくる
恋愛
 気が付けば異世界。しかもそこはハードな18禁乙女ゲームソックリなのだ。獣人と魔人ばかりの異世界にハーフとして転生した主人公。覚悟を決め、ここで幸せになってやる!と意気込む。そんな彼女の異世界ライフ。  主人公ご都合主義。主人公は誰にでも優しいイイ子ちゃんではありません。前向きだが少々気が強く、ドライな所もある女です。  もう1つの作品にちょいと行き詰まり、気の向くまま書いているのでおかしな箇所があるかと思いますがご容赦ください。  ※複数プレイ、過激な性描写あり、注意されたし。

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

モブ令嬢としてエロゲ転生したら幼馴染の年上隠れS王子に溺愛調教されて困ってます

あらら
恋愛
アラサー喪女が女性向けエロゲの世界にモブとして転生した!

快楽のエチュード〜父娘〜

狭山雪菜
恋愛
眞下未映子は、実家で暮らす社会人だ。週に一度、ストレスがピークになると、夜中にヘッドフォンをつけて、AV鑑賞をしていたが、ある時誰かに見られているのに気がついてしまい…… 父娘の禁断の関係を描いてますので、苦手な方はご注意ください。 月に一度の更新頻度です。基本的にはエッチしかしてないです。 こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。

(R18)あらすじしか知らない18禁乙女ゲーム異世界転生。

三月べに
恋愛
魔法溢れる異世界転生だと思っていたのに、入学した途端に生前に見かけただけの18禁乙女ゲームの世界だと気付いたヒロイン。まぁ、ストーリーを知らないんだから、フラグも何もないよねー! がフラグとなった。 「キスって……こんな気持ちええんな?」 攻略対象であろう訛りのあるイケメン同級生のうっとりした表情にズキュン。

傾国の聖女

恋愛
気がつくと、金髪碧眼の美形に押し倒されていた。 異世界トリップ、エロがメインの逆ハーレムです。直接的な性描写あるので苦手な方はご遠慮下さい(改題しました2023.08.15)

処理中です...