上 下
12 / 30

クロエの場合。【5】

しおりを挟む
【ジークライン視点】
 
 
 取引相手のアーデル国でも大手の服飾会社のジイ様が、税率が高いだの店舗の場所が良くないだのと鬱陶しい事を言って輸入品の課税の話がまとまらず、3日後に改めて話し合いをする事になった。
 
 ガーランド国の方が人口も多いし、お洒落にもかなり敏感なレディーが多いので、輸出した方がメリットがあるのは分かっているはずなのに、無駄な粘りで私とクロエのデートの時間を奪うとは許しがたい。
 
 今度またごねるようなら税率上げてやる。
 
 
 
 さっさとジイ様を執務室から追い出すと、コートを掴み急いで待ち合わせのカフェへ急いだ。
 
 
 
 もう、初めてクロエと出会ってから15年が経とうとしている。リーシャさんの血を引いてるぐらいだから、3歳の頃からそれはもう天使のような可愛らしい美貌ではあったが、まさか私を「クロエの王子様」と呼んで慕ってくれるとは想像すらしていなかった。
 
 何故なら、私は地位こそ第2王子ではあったが、兄と違ってそれはもう不細工だったからだ。
 
 今は、この国で流行っている薄い本のお陰で、顔の良し悪しも前ほど嫌な顔もされないし、買い物だって普通に出来るようになったが、当時はもう陰口どころか無意識なのだろうが眉間にシワを寄せられたり婦女子には避けられるのが当たり前だった。
 
 これで王族じゃなかったらもっとあからさまに侮蔑の目を向けられていたと思う。
 
 シャインベック家の人々は、メイドや使用人たちに至るまで態度を変える事なく、いつもフレンドリーに接してくれたが、それが私を暗闇しかない日々から救いだしてくれたのだとはきっと気づいてはいないのだろう。
 
 
 こんな中途半端な茶色い髪も彫りの深い顔立ちにはっきり二重のまぶたも、グリーンなんていう誉められる要素のない目の色も、リーシャさんは綺麗だと誉めてくれたし、クロエは「ジークさまの目はほうせきみたいねー」と頬をポポポポっと染めて手をニギニギしてくれたのだ。幼いながらも私に舞い降りた天使だった。
 
 半分冗談で、
 
「大きくなったらお嫁に来るかい?」
 
 と聞いたら、
 
「あい!」
 
 と答えたので奇跡はあるものだと神に感謝した。
 まあ半分冗談で、半分は本気だったから。
 
 きっと、ここまで不細工だと政略結婚でも相手が嫌だろうし、一生結婚なんて縁がないと思っていたのに、微かな希望が湧いてしまったのだ。
 
 私を綺麗だと勘違いしている(多分リーシャさんの価値観や育て方なのだろう)。
 私を王子様みたいで格好いいと言っている(王子なのは事実だが)。
 
 これは、繋ぎ止めるしかないではないか。
 
 
 ──ただし、幼女である。
 
 まだ3歳ではいかんともし難い。私はいくらモテない人間であってもロリコンではないのだ。
 
 しかし、あと15年待てばクロエは18。適齢期というお年頃である。
 リーシャさんは、
 
「18まで結婚は認めないが、それまでクロエがジーク様の事を好きでいたなら、考えてやって下さい。
 でも、ジーク様も結婚の話など恐らく出るでしょうし、その時にはクロエの事はお気になさらずどうぞさくっと結婚して下さいませ」
 
 と気遣うような発言をしていたが、むしろ私がさっさと誰かと結婚してくれれば、クロエは淡い初恋として諦めるだろうと期待していた気配を感じた。
 
 勿論、リーシャさんは私を嫌っているのではなく、王族という面倒な立ち位置を嫌っていたのは日頃の言動から理解していた。
 子爵位で王族と繋がるのは畏れ多いとか言ってたし。
 
 
 ただ、自由にのんびりと暮らしたいと公言するシャインベック家には、リーシャさんという傾国の美貌を持つ女性がいて、どう転んでも美女と美男子にしかなりようがないフォアローゼズと呼ばれる子供たちが居たせいで、ささやかな夢は結局は夢のままなのである。
 シャインベック指揮官は、
 
「俺に似なくて本当に良かったですが、似てなきゃ似てないで別の苦労があるものですね」
 
 と溜め息をついていた。
 
 彼も私と似たり寄ったりな顔で、正直リーシャさんが彼と結婚していたのは衝撃だった。
 
 だが今までの付き合いで、彼がここまで不細工ならば起きても仕方ないだろう心の歪みがなかったのと、惚れ惚れするほどフェアで思いやりがあり気配りも忘れない、人としての出来が私とは比べ物にならない事を知っているので、リーシャさんの目は確かだったと感じずにはいられなかった。
 
 
 
 【王族ホイホイ】と呼ばれた子供たちは、私がクロエを嫁にすると決めた後、カイルはミヌーエ王国のマデリーン王女と出合い、次期王配として婿養子になったし、アナはガーランド国のレイモンド王子と既に婚約している。私たちの結婚式の1ヶ月後には挙式である。
 
 恐ろしいほどの王族関与率だが、ここまで完成度の高い美貌を持つと、それも避けられないのかも知れない。
 
 
 ブレナンは今のところ結婚に興味がないようで、ダンスのコーチをしたり、水彩画を描いていたりしているが、リーシャさんが言うには、
 
「兄妹がどんどん王族と結婚していくし、本人もまあ顔立ちもアレだから、超売り手市場なのよね。
 だもので釣書がわっさわっさ来るんだけれど、恋愛結婚したいから、その気になるまで放っておいて欲しいって言われたわ。
 ウチは別に家を残したいとかないから好きにすればいいと思うのだけど、皆が出ていく形になってるから気にしてるのかしらねえ」
 
 だそうだ。
 
 ま、ブレナンはしっかりしてるから、時期が来ればちゃんといい人を見つけそうだし、私は心配していない。
 
 
 
 
 約束より30分近くも遅れてカフェに着くと、可愛いクロエは文庫本を読みながら待っており、周囲の客やボーイから熱い眼差しを注がれていた。
 
「ジーク!」
 
「クロエ、ゴメンね遅れてしまって」
 
 待ち合わせの人間がオッサンで、しかもこの見目麗しい美女と釣り合いの取れない不細工だと周りが思っているのは確実だ。
 
 これでクロエが嬉しそうな顔をしてなければ、金にモノを言わせて美女を囲ってるスケベオヤジ扱いになろうことは容易に想像できる。
 
 何せ15年同じような眼差しを注がれていたのだから。ロリコン枠が外れただけ御の字である。
 
 しかし、クロエが15年、全く他に好きな人が現れる事もなく、ずっと自分だけを見ていてくれたのが一番の奇跡である。
 
 小さな頃は天使で、成長したら眩しい程の美貌は冴え渡るばかり。よく私なんかを今まで思っていてくれたものである。
 
 ここまで来たら早く結婚式を済ませて妻になって欲しいと願うような気持ちである。
 
 早く来い来い結婚式。
 
 
 現在はクロエが笑いかけてくれるだけで幸せな日々だが、流石に女性経験もないままここまで来たので、実際に使い物になるのだろうかという不安もある。
 
 一人で致す事も男だからありはするが、童貞が結婚した後に、いざとなると出来なかったという話もゴシップ記事で読んだので尚更である。
 
 
 芝居に向かうために手を繋いで会場へ歩きながら、クロエはまさか一緒に歩いている男が煩悩の塊になっており、拗らせすぎたせいか、最近では手を繋いでるだけでついエッチな妄想をしてしまうとか、たがが外れないよう唇へのキスは自粛しているとか、デートの後は必ず息子をナニしてしまうように堕落してしまっているが、嫌われたくないので賢者モードで大人の対応をしてるとは思ってないんだろうなあ、と苦く笑った。
 
 
 あと一息、結婚するまでは落ち着いた大人の男でいなくては。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ女子と笑わない王子様

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
 目立たず静かに生きていきたいのに何故かトラブルに巻き込まれやすい古川瞳子(ふるかわとうこ)(十八歳)。巻き込まれたくなければ逃げればいいのだが、本来のお人好しの性格ゆえかつい断りそびれて協力する羽目になる。だがそのトラブルキャッチャーな自分の命運は、大学に入った夏に遊びに来た海で、溺れていた野良猫を助けようとしてあえなく尽きてしまう。  気がつけば助けたその黒猫と一緒に知らない山の中。  しかも猫はこちらにやって来たことが原因なのか、私とだけ思念で会話まで出来るようになっていた。まさか小説なんかで死んだら転生したり転移するって噂の異世界ですか?  トウコは死に損じゃねえかと助けた猫に同情されつつも、どんな世界か不明だけどどちらにせよ暮らして行かねばならないと気を取り直す。どうせ一緒に転生したのだから一緒に生きていこう、と黒猫に【ナイト】という名前をつけ、山を下りることに。  この国の人に出会うことで、ここはあの世ではなく異世界だと知り、自分が異世界からの『迷い人』と呼ばれていることを知る。  王宮に呼ばれ出向くと、国王直々にこの国の同い年の王子が、幼い頃から感情表現をしない子になってしまったので、よその国の人間でも誰でも、彼を変化させられないかどんな僅かな可能性でも良いから試しているので協力して欲しいとのこと。  私にも協力しろと言われても王族との接し方なんて分からない。  王族に関わるとろくなことにならないと小説でも書いてあったのにいきなりですか。  異世界でもトラブルに巻き込まれるなんて涙が出そうだが、衣食住は提供され、ナイトも一緒に暮らしていいと言う好条件だ。給料もちゃんと出すし、三年働いてくれたら辞める時にはまとまったお金も出してくれると言うので渋々受けることにした。本来なら日本で死んだまま、どこかで転生するまで彷徨っていたかも知れないのだし、ここでの人生はおまけのようなものである。  もし王子に変化がなくても責任を押し付けないと念書を取って、トウコは日常生活の家庭教師兼話し相手として王宮で働くことになる。  大抵の人が想像するような金髪に青い瞳の気が遠くなるほどの美形、ジュリアン王子だったが、確かに何を言っても無表情、言われたことは出来るし頭も良いのだが、何かをしたいとかこれが食べたいなどの己の欲もないらしい。 (これはいけない。彼に世の中は楽しいや美味しいが沢山あると教えなければ!)  かくしてジュリアンの表情筋を復活させるトウコの戦いが幕を上げる。  フェードイン・フェードアウトがチートな転生女子と、全く笑みを見せない考えの読めない王子とのじれじれするラブコメ。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

高級娼婦×騎士

歌龍吟伶
恋愛
娼婦と騎士の、体から始まるお話。 全3話の短編です。 全話に性的な表現、性描写あり。 他所で知人限定公開していましたが、サービス終了との事でこちらに移しました。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

森でオッサンに拾って貰いました。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。 ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。

処理中です...