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カイルの場合。【2】

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「あ! マデリーンだ! わーい久しぶり~♪」
 
 
 数日後、アナにいつものように屋敷の庭で剣の鍛練と護身術の訓練をしていると、やって来た馬車が屋敷に止まり、中から可愛いマデリーンが降りてきた。
 
 燃えるような赤毛をポニーテールにしたマデリーンは、俺とアナを見て笑顔になった。
 笑顔もクソ可愛い。
 
「カイル! アナ! 元気だった?」
 
「元気よ~。あら、マデリーン痩せた?」
 
「少しね」
 
 アナと抱き合ったマデリーンは、2ヶ月前よりまた少し引き締まった体つきになったようだ。
 
 子供の頃はもっとぷにぷにしていたのだが、成長するにつれ鍛えているのもあってか自然とスリムになってきた。
 
 過剰なダイエットをしてる訳ではないようだが、気持ち控えめにしてはいるらしい。
 俺は正直もっとぷにぷにしている方が好きなのだが、
 
「結婚式のラストでカイルにお姫様抱っこをして貰いたいの。
 でもそれで腰を痛められたら死にたくなるし」
 
 とアナとクロエに言っていたらしい。
 
 父ほど逞しくはないが俺も180センチ78キロの騎士団で鍛えた体である。
 165センチ推定60キロ前後の女性の1人や2人抱き上げるのはどうという事もないのだが、女性というのはそういう些細な事が心配になるらしい。
 
 個人的にはよく育った胸とお尻は減らさないで欲しいと願うばかりである。
 まあ肥えても減ってもマデリーンであればいいのだけれども。
 
 週に1、2回は手紙をやりとりし、1、2ヶ月に1度はお互いの家を行き来しているのだが、今回はマデリーンがこちらに用事があるとかでわざわざ来てくれたのだ。
 
「マデリーン、疲れただろう。
 部屋は用意してあるから少し休むか?」
 
 本数も増えたエクスプレス号を使っても国をまたぐので片道3、4時間かかる。
 
「平気よ。リーシャおば様にもご挨拶しないと」
 
 アナの鍛練はアレックに任せて俺はマデリーンと屋敷に戻る。
 
 
 ウチの屋敷にはここ何年も次期ミヌーエの女王やら次期ガーランド国王やらアーデル国で国の要職に就いている第2王子だのがろくに護衛も連れず始終出入りしているせいで(護衛は近くの宿泊施設に泊めている)、最初は「生きた心地がしない」とビクビクしていた使用人たちも、そのやんごとなき御方が特別扱いを嫌い、
 
「ここでは普通に接して欲しい」
 
 と口を揃えて言うので、段々と慣れて来て今では何の動揺もない。まあ毎回緊張の糸を張り詰めてたら具合が悪くなりそうだし、本人たちが良いって言ってるのだから構わないと俺は思う。
 
 ミルバが出迎えに現れ、
 
「マデリーン様ようこそいらっしゃいました!
 今夜のメニューはバターチキンカレーなのですが、お好きでしたよね? リーシャ様の力作でございます。
 それとエビフライのタルタルソース添えもございますが召し上がりますか?」
 
 とにこやかに聞いた。
 
「どちらも大好きよ! 楽しみにしてるわ」
 
 
 
 マデリーンは俺の母の作る食事がたいそうお気に入りで、いつもこちらに数日来ると食べ過ぎてしまい、帰る時には1、2キロ太るから落とすのが大変とこぼしていたが、断るという選択肢はハナからないらしい。
 
 確かにウチの母の料理は美味しい。
 
「リーシャの作るご飯もお菓子も世界一美味しい」
 
 と父がいつも言っているが、町の店にあるような味つけとはちょっと違っていて、俺たち兄妹もすっかり食いしん坊になってしまった。
 
 マデリーンのトランクをミルバに預け、部屋に運んでおいて貰うよう頼むと、
 
「ところで母様は?」
 
 と確認した。
 いつもならこの時間はお茶を飲みながら居間でアズキと遊んでたりするのだが、ソファーに平べったくなって眠っているのはアズキだけである。
 
「それが、今修羅場だそうで……」
 
 先日締切を勘違いして徹夜をしていたが、それまでのんびりしていた分今度は小説の締切に追われているようだ。
 
「じゃあ書斎だね。行ってみるよ」
 
 マデリーンを連れて書斎に向かう。
 
 
 
「……【永遠かと思われるような口づけの後、マルコを抱き締めたクレインは、『今夜は記念すべき夜にしたい。私にも君にもね』と微笑むと、そっとマルコのシャツのボタンを1つ1つ外していった……】まる、と。
 よし終わったわーーっ!
 ──ねえルーシー、次回の事なんだけどね、ここはマルコの受けと見せかけて攻めに転じさせたいんだけど、クーデレなクレインの攻めを期待していた読者には物足りないかしら?」
 
「……いえ、アリですわ。マルコが流されるようにクレインの愛を受け入れたのではなく、実はこうしたかったという激しい感情が垣間見えて悶えます。
 リーシャ様さすが。神に与えられし才能ですわ!」
 
 
 おいおい何て話をしてんだ。まったく扉の外までだだ漏れだぞ。
 マデリーンを見ると顔が少し赤くなっている。
 
「──母様、カイルです。マデリーンが来たので挨拶をと。入っても宜しいでしょうか?」
 
 俺がノックをして告げると中の声がピタリと止んだ。
 今さら遅いのだが、ヒルダ女王陛下にもバレているのでマデリーンにも母の仕事については知らせてある。
 
「まあマデリーン! また綺麗になったわね!」
 
 中に入ると原稿は急いで片付けたのか、テーブルは綺麗な状態でルーシーはお茶の用意をと消えていった。
 
「いつまでも若くて驚くほど綺麗なリーシャおば様に言われてもお世辞にしか聞こえませんわよ」
 
 笑いながら母を抱き締めたマデリーンは、
 
「私みたいな顔がたまたまこの国ではうけがいいだけよ。若く見えるのは有り難いけれど」
 
 と苦笑する母にマデリーンは不思議そうな顔をする。
 
 
 ウチの母は、いつも自分の顔は平凡で、父の方が魔性の美貌だの神の奇跡なのと本気で言っている。
 
 だが、客観的に見て『傾国の美貌』と呼ばれるだけの美しさは今も全く衰えていないし、正直40歳近いと言っても誰も信用しないほど若いのだ。
 
 ミヌーエに行っても知らない人からは、
 
「君のお姉さん恐ろしく綺麗だねえ」
 
 と言われ母だと言ったら腰を抜かした人もいた。
 明らかに夫婦と分かるだろうに父が並んで歩いていても果敢にアタックしてくる無謀な人もいた。
 
 一生好きなだけ贅沢させてやるから結婚してくれと叫んだ金持ちそうなオッサンもいたが、母は父にベタぼれだし贅沢するのも食事位だし、多分あのオッサンより確実にお金持ちだと思う。
 
 
 
 
 以前ルーシーが「出版社の社屋がどんどん大きくなっていく……」と言いながら、いい加減心臓に悪いから一生を2回ぐらい楽勝で余生まで送れるようなお金を1メイドに管理させるのは止めて下さいと母を叱っている姿も見た事がある。
 
「父様と母様にヒッキーな腐女子を育ててくれたお礼に使えばいいじゃないの」
 
「ルーベンブルグ家には毎年家の修繕費の足しにだのリフォーム費用だの海産物の定期購入だの出来る限り使わせて頂いておりますが、作家だと明かしてないので余り高額な金銭は使えませんし、既に充分だからもう必要ないと断られておりますわ」
 
「えーと、あ、ダークの雨の日用の鍛練用のトレーニングルームを敷地内に作るとか」
 
「旦那様も大金を自分のために使わせるのを嫌がりますので却下です。それに既に屋敷内にトレーニングルームは作ったじゃございませんか」
 
「……じゃあ子供たちの結婚費用に」
 
「お子さまたちにはそれぞれ結構な金額を別途積み立てておりますし、正直本人たちだけ来てくれればそれでいいという雲上人ばかりでございますので」
 
「──じゃあそろそろ引退かしらね?」
 
「それだけはご勘弁願います。私の老後の楽しみはリーシャ様にかかっております。
 どうしてそこで【じゃあお洒落な外出着や旦那様の喜ぶエロい下着でもばーんと購入しようかしら!】とならないんですか」
 
「えー、だって殆ど出掛けないしー、家にいる時は楽なお安い格好でないとインクこぼしたりするじゃない。
 それにダークの喜びそうな下着なんてまだ新品のが腐るほどあるもの。勿体ないじゃないの」
 
 などと浪費癖の欠片もない母に何とか散財をさせようと苦心して、最終的にマンガを描く時のちょっと板が斜めになっている大きな机と腰が痛みにくいという椅子、360色の注文製作のワール堂のカラーペンを購入することまでは何とか了承させていた。
 
 母は使いすぎじゃないのかしら? と怯えていたが、届いてみたら幸せそうにいつまでも眺めていた。
 ルーシーも色々と苦労しているが、母も自分が稼いだお金なのだから、もっと好きなように使えばいいと俺も思う。
 
 
 
 
 プロポーズされた時には案の定父がものすごーく不機嫌になって『人妻なので』と速攻で断ったが、母が眉間のシワをせっせと伸ばして、
 
「ほらヤマト民族の血って昔から若く見えるのよ。でも妻が若く見える方が良いでしょう? ダークも見た目詐欺でアラフィフには見えないんだからおあいこよ」
 
 とよく分からない事を言っていた。
 ヤマト民族って何だろうか。
 まあ夫婦仲が良くて何よりである。
 
 
 
「マデリーン、今回は何日居られるの?」
 
「3日です。母の代理でワインの輸入税の調整を」
 
「ああ、そろそろヒルダ女王陛下の仕事の代行もされてるのね。1人っ子は大変よねー。4人居たら4人でまた大変なのだけど……もう諦めたわ」
 
 ちょっと遠い目をした母が、気を取り直して、
 
「色々美味しいもの作るから、沢山食べて帰ってね」
 
 と微笑んだ。
 
「はい。でもリーシャおば様のところに来るといつも食べ過ぎちゃうから困るんです」
 
「大丈夫よ。カイルはふくよかな子大好きだし、ちょっと位お肉ついても鍛えてるんだもの、問題ないわよ。
 羨ましいわーおっぱい大きくて触り心地良さそう。
 私は食べても胸にちっとも付かないのよねお肉……」
 
 と最後は残念そうに呟いた。
 なぜ俺の好みを把握してるんだ。
 
「ちょっ、俺がいるのにおっぱいとかいうワードは止めて欲しいんだけど」
 
 触り心地とか想像しちゃうし!
 下半身がヤバくなるし!
 
「あ、ごめんなさいね。つい女子トーク感覚で。
 子供たちは男の子って感覚がないのよねえ」
 
 とコロコロと笑った。
 
「今日はいつもみたいに一緒にお風呂に入りましょうね! 食後はルーシーと私とで女子トークをしないマデリーン?」
 
「喜んで!」
 
 ウチの母が大好きなマデリーンは即答していた。
 
 母親が婚約者より先に素っ裸を見られるのは、何となく納得がいかないが、姑になる人と仲良しなのは良いことなのだろう。

 母に姑感は全くないのだが。
 
 
 
 

 
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