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招かれざる客①
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王都からの攻撃によってラング邸の三分の一程が崩壊し、私たちは建物の無事だった部分に避難民を受け入れ、身を寄せ合い、夜を過ごした。
命のあるかぎり、朝は来る。
朝が来れば、現実がやってくる。私達は一夜にして荒れ果てたラング領と魔の森を目の当たりにしても、それでも尚、生きなければならなかった。
一夜明けて、被害の全貌が見えて来た。どちらかと言うと衝撃で壊れてしまったものが多く、被害としては、魔の森の方が甚大な損害を被っているように見えた。
「改めて見ても、ひどい事をするわね」
「国土ではないから構いはしない、と言うことだな」
エディアス様はまだ焦げ臭い森を眺めて、ため息をついた。
森は私達人間の領域ではないけれど、そこにも多くの生き物が居る。
彼らだって、人間に居住地を奪われた結果瘴気の濃い魔の森に住まなければいけなくなったのだ。湖に綺麗な水を求めてやって来ていた魔獣達の事を思い出す。彼らは魔の森に適応し、森の恵みを享受していた。けれど、森が無くなればそれも叶わない。
森を焼いたのは、王国軍か、それとも……。
「アリア」
エディアス様に肩を軽く叩かれ、我に返る。
「あぁ……ごめんなさい、ぼーっとしていて。片付けを進めましょうか」
「いや。顔色が悪い。休むといい」
「大丈夫です。……少し、疲れてるだけですから」
「無理はしないでくれ」
「ありがとうございます。向こうの様子を見てきますね」
何か仕事を探しに行こうとエディアス様に背を向けたその瞬間、異変に気付いた。肌がざわざわとする。まるで、昨日攻撃を受けた時と同じように、何か大きな力のある存在が近づいてきているような──。
「アリア、どうかしたかい?」
「今、何か……」
辺りを見渡したけれど、特に悪寒の原因となるようなものは見当たらなかった。不安な気持ちが、感覚を過敏にさせているのだろうか──。
「……大変です!」
首をひねっていると、ティモシーが転がるように駆け込んできた。改めて見ると、アルフォンスと動きがそっくりだ。
「どうした、ティモシー?」
「ふぇ……」
「笛?」
「フェ……フェンリルが農場に出たんです」
「何だって!?」
フェンリル。巨大な体躯と高い知能を持つ、狼から変異した魔獣。かつて、聖女との戦いに敗れ、魔の森に追いやられた、と言う伝承がある。
人前に滅多に姿を見せる事はないが、鋭い爪と牙で攻撃されては人間はひとたまりもないだろう。
しかも目撃されたのは特に凶暴な、魔の森奥深くに棲むと言うダークフェンリルなのだという。
「僕たちも様子を確認にゆこう」
「ええ」
畑の方に向かってみると、人は集まっていたが、特に大きな被害がある様子ではなかった。怪我人もいなく、畑を荒らされたわけでもないらしく、フェンリルどころか獣の気配もなかった。
「野犬と見間違えたのでは?」
ティモシーが絶対に見た、と言い張ったため、エディアス様は難しい顔をした。彼が適当な事を言わない性格だと言うのは、育ての父であるエディアス様が一番理解しているのだから。
「若い子達は知らないが、昔は随分フェンリルに農地を荒らされたものだ。いつからか姿をあまり見かけなくなったので、森の奥深くに移動したのだと思っていたが」
エディアス様は、フェンリルが人間の領域に姿を現さ無くなって久しい、と言った。
「やはり住み処を失って、迷い込んできたのかしら……」
「と言うよりは……」
「よりは?」
ティモシーはゆっくりと、けれど確信めいた様子で口を開く。
「もっとこう、落ち着いて居ると表現すべきか。こちらの様子を窺っている……と思います」
「それは……」
「はい。まるで、人間が普段どんな生活をしているのか観察しているような感じがして」
ダークフェンリルは驚いて大声を上げたティモシーに怯えるでもなく、かと言って飛びかかるわけでもなく、悠々と踵を返して森の方角へ引き返して言ったのだと言う。
「フェンリルは基本的には夜行性と考えられています。目撃されたのは斥候役の個体で、夜に改めてやってくる可能性があります」
夜に再び襲撃してくる危険がある。そのため、今夜は夜通し監視を付けると決まった。
「見張りなら私にも……」
最近、眠れない事が増えた。どうせ寝ないのだから私がうってつけだ。
「……ところで、アリア様は本日はまだ昼食を召し上がってはいないようですね」
唐突に話に割り込んできたのはカイルだ。彼は最近、自分ばかりが森に狩りに行ってカーレンがいつも私のそばにいるのは不公平だと思い至ったらしく、今日はカイルが私の近くに詰めていたのだった。
「……それは今言うべきことかぁ?」
呆れたようなティモシーのつぶやきも、妖精はまったく意に介さない。
「お言葉ですが。これはアリア様が悪いのです」
「……えっ?」
「朝食をわざわざ部屋に持ってこなくても良い、食堂で皆と食べると言ったのにアリア様はいらっしゃらなかった──お前がアリア様を隠したんだろうと、子供が俺に詰め寄ってきたのです」
「あ……ごめんなさい」
部屋に食事を運ばれることにどうにも慣れなくて、運んでもらうのを止めてもらったのはいいものの、食事を摂る事を、すっかり忘れていたのだ。
「神官どもはアリア様をこき使いすぎだ。そのため、俺がお助けに上がったという訳だ」
「皆を待たせてしまって、ごめんなさいね」
「そういう事でしたか。食事はきちんと摂っていただきませんと」
「あんまりお腹がすいていなかったのよ……エディアス様だってあまり食堂にいらっしゃらないし……」
「その……長年の習慣で、ね。つい忘れてしまって。けれど、アリアはそうじゃないだろう」
眠りが浅くなったのと同時に、食欲が湧かない事が多くなった。精神に負荷がかかっているから食欲がないのだと思っていたが、栄養が足りなくてふらつく事がないので、食べなくても平気だと思い始めてしまったのだ。
「ええ、まあ」
余計な事を言って、さらに心配をかけたくはなかった。
命のあるかぎり、朝は来る。
朝が来れば、現実がやってくる。私達は一夜にして荒れ果てたラング領と魔の森を目の当たりにしても、それでも尚、生きなければならなかった。
一夜明けて、被害の全貌が見えて来た。どちらかと言うと衝撃で壊れてしまったものが多く、被害としては、魔の森の方が甚大な損害を被っているように見えた。
「改めて見ても、ひどい事をするわね」
「国土ではないから構いはしない、と言うことだな」
エディアス様はまだ焦げ臭い森を眺めて、ため息をついた。
森は私達人間の領域ではないけれど、そこにも多くの生き物が居る。
彼らだって、人間に居住地を奪われた結果瘴気の濃い魔の森に住まなければいけなくなったのだ。湖に綺麗な水を求めてやって来ていた魔獣達の事を思い出す。彼らは魔の森に適応し、森の恵みを享受していた。けれど、森が無くなればそれも叶わない。
森を焼いたのは、王国軍か、それとも……。
「アリア」
エディアス様に肩を軽く叩かれ、我に返る。
「あぁ……ごめんなさい、ぼーっとしていて。片付けを進めましょうか」
「いや。顔色が悪い。休むといい」
「大丈夫です。……少し、疲れてるだけですから」
「無理はしないでくれ」
「ありがとうございます。向こうの様子を見てきますね」
何か仕事を探しに行こうとエディアス様に背を向けたその瞬間、異変に気付いた。肌がざわざわとする。まるで、昨日攻撃を受けた時と同じように、何か大きな力のある存在が近づいてきているような──。
「アリア、どうかしたかい?」
「今、何か……」
辺りを見渡したけれど、特に悪寒の原因となるようなものは見当たらなかった。不安な気持ちが、感覚を過敏にさせているのだろうか──。
「……大変です!」
首をひねっていると、ティモシーが転がるように駆け込んできた。改めて見ると、アルフォンスと動きがそっくりだ。
「どうした、ティモシー?」
「ふぇ……」
「笛?」
「フェ……フェンリルが農場に出たんです」
「何だって!?」
フェンリル。巨大な体躯と高い知能を持つ、狼から変異した魔獣。かつて、聖女との戦いに敗れ、魔の森に追いやられた、と言う伝承がある。
人前に滅多に姿を見せる事はないが、鋭い爪と牙で攻撃されては人間はひとたまりもないだろう。
しかも目撃されたのは特に凶暴な、魔の森奥深くに棲むと言うダークフェンリルなのだという。
「僕たちも様子を確認にゆこう」
「ええ」
畑の方に向かってみると、人は集まっていたが、特に大きな被害がある様子ではなかった。怪我人もいなく、畑を荒らされたわけでもないらしく、フェンリルどころか獣の気配もなかった。
「野犬と見間違えたのでは?」
ティモシーが絶対に見た、と言い張ったため、エディアス様は難しい顔をした。彼が適当な事を言わない性格だと言うのは、育ての父であるエディアス様が一番理解しているのだから。
「若い子達は知らないが、昔は随分フェンリルに農地を荒らされたものだ。いつからか姿をあまり見かけなくなったので、森の奥深くに移動したのだと思っていたが」
エディアス様は、フェンリルが人間の領域に姿を現さ無くなって久しい、と言った。
「やはり住み処を失って、迷い込んできたのかしら……」
「と言うよりは……」
「よりは?」
ティモシーはゆっくりと、けれど確信めいた様子で口を開く。
「もっとこう、落ち着いて居ると表現すべきか。こちらの様子を窺っている……と思います」
「それは……」
「はい。まるで、人間が普段どんな生活をしているのか観察しているような感じがして」
ダークフェンリルは驚いて大声を上げたティモシーに怯えるでもなく、かと言って飛びかかるわけでもなく、悠々と踵を返して森の方角へ引き返して言ったのだと言う。
「フェンリルは基本的には夜行性と考えられています。目撃されたのは斥候役の個体で、夜に改めてやってくる可能性があります」
夜に再び襲撃してくる危険がある。そのため、今夜は夜通し監視を付けると決まった。
「見張りなら私にも……」
最近、眠れない事が増えた。どうせ寝ないのだから私がうってつけだ。
「……ところで、アリア様は本日はまだ昼食を召し上がってはいないようですね」
唐突に話に割り込んできたのはカイルだ。彼は最近、自分ばかりが森に狩りに行ってカーレンがいつも私のそばにいるのは不公平だと思い至ったらしく、今日はカイルが私の近くに詰めていたのだった。
「……それは今言うべきことかぁ?」
呆れたようなティモシーのつぶやきも、妖精はまったく意に介さない。
「お言葉ですが。これはアリア様が悪いのです」
「……えっ?」
「朝食をわざわざ部屋に持ってこなくても良い、食堂で皆と食べると言ったのにアリア様はいらっしゃらなかった──お前がアリア様を隠したんだろうと、子供が俺に詰め寄ってきたのです」
「あ……ごめんなさい」
部屋に食事を運ばれることにどうにも慣れなくて、運んでもらうのを止めてもらったのはいいものの、食事を摂る事を、すっかり忘れていたのだ。
「神官どもはアリア様をこき使いすぎだ。そのため、俺がお助けに上がったという訳だ」
「皆を待たせてしまって、ごめんなさいね」
「そういう事でしたか。食事はきちんと摂っていただきませんと」
「あんまりお腹がすいていなかったのよ……エディアス様だってあまり食堂にいらっしゃらないし……」
「その……長年の習慣で、ね。つい忘れてしまって。けれど、アリアはそうじゃないだろう」
眠りが浅くなったのと同時に、食欲が湧かない事が多くなった。精神に負荷がかかっているから食欲がないのだと思っていたが、栄養が足りなくてふらつく事がないので、食べなくても平気だと思い始めてしまったのだ。
「ええ、まあ」
余計な事を言って、さらに心配をかけたくはなかった。
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