上 下
5 / 77

×××は嫌だ(前)

しおりを挟む
 五十年ぶりに足を踏み入れた王宮は古びてはいるけれど、構造は変わっていない様だった。

 すれ違う人々は皆、私を見て驚いた顔をする。時代遅れだろう白いワンピースに、高濃度のマナに長年浸かっていた影響からか銀色になってしまった髪の毛は足首まで伸びている。客観的に見て、私の容姿は異様に違いない。

 しばらく進むと、石造りの床は赤い絨毯が敷き詰められた、やや幅が狭いものに変わる。この辺りは私の記憶が正しければ、王族やそれに準ずる人々の私室があるあたりだ。

 アルフォンスはそのうちの一つの前で足を止めた。扉の上には、獅子と剣が組み合わさった紋様が描かれている。

「指示されたのはこの部屋です。しかし、ここは王太子の私室に繋がる部分なのですが……」

 と、アルフォンスは首をひねった。

「公爵ではなく、王子が呼び出したって事かしら?」
「妙ですね。やはり、一旦戻りましょう。第一、呼びつけられてほいほい出向くと言うのも、侮られるのが加速しそうです」

 アルフォンスは警戒心を隠さない。それは同感なのだけれど、へたに断ると私どころか彼の立場も悪くなりかねない。ここまで来てしまった事だし。

「なんでも後回しにせずに先にやってしまうに限るわ」
「……父上にもいつも同じ事を言われて育ちました」

 アルフォンスはわずかに唇を尖らせた。そうすると、エディアス様が小さな男の子に口を酸っぱくして言い聞かせるさまがありありと目に浮かんで、何だか切なくなった。

 私の感傷をよそに、アルフォンスは気を取り直したのかコンコンと二回扉をノックする。

「失礼いたします」

 中から返事があり、私たちは部屋の中に足を踏み入れた。応接室だろうか、広い部屋の中には品のいい調度品が置かれている。部屋の中心には、立派な椅子に座っている一人の男性がいた。

 彼はこちらを見るなり立ち上がり、優雅な仕草で礼をした。すらりとした長身で、年の頃は三十過ぎたばかりといったところだろうか。亜麻色の髪はきれいに整えられ、目立った欠点のない容姿は人好きのするもので、さぞ女性にもてるだろう。

「やあ、はじめまして、アリア・アーバレスト。君のことはよく知っている。私は貴女の甥にあたるアーサー・アーバレストだ」

 柔和そうな表情は好感が持てるけれど……なんだか胡散臭い感じが否めない人だと言うのが正直なところ。

「はじめまして」

 差し出された手を軽く握ると、アーサーは柔らかく微笑んだ。

「どうして、私をここに呼び出したのですか?」

 殆ど間を置かずに問い詰めると、アーサーの頬はますます緩んで、だらしないほどになった。

「婚約の話は聞いただろう? すぐにでも、君と王太子を引き合わせるべきだと思ってね。君はアーバレスト公爵家に連なる者だから、この私が仲介役を務めないことにははじまらない」
「婚約について、王太子殿下は了承を?」
「ああ、それはもちろん。アリア、君の目覚めによって我がアーバレスト家がかつてない栄光を極めるであろう事は……」

『ゼアキス様、おやめください!』

 アーサーのもったいぶった言葉は応接室のさらに奥の扉から発生した、ガシャンガシャンと陶器が割れる音と、女性の痛々しい叫びにかき消された。

「……っ、……だっ!」

 それに続いて、くぐもった男性の声が聞こえて来たかと思えば、メイドが奥の部屋から飛び出してきた。

「な、何事?」

 私は思わず、アーサーの横顔を凝視した。その視線の先にある部屋の入り口からは、更にもう一人、メイドが飛び出してくる。

 彼女は私たちを見ると一瞬ビクッとしたが、すぐにアーサーの元へ駆け寄り耳打ちをする。アーサーは一瞬苦い顔をした後、私に向き直った。その顔は、どこか気まずそうだ。

 今度は金属のぶつかり合う音──例えるなら、燭台をひっくり返したかのような音が響く。部屋の構造上、奥の豪奢な扉は王太子の私室に繋がっているはずだ。何か事件かもしれないと慌てて駆け寄ろうとすると、行く手をアーサーが遮った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

謝罪のあと

基本二度寝
恋愛
王太子の婚約破棄騒動は、男爵令嬢の魅了魔法の発覚で終わりを告げた。 王族は揃いも揃って魅了魔法に操られていた。 公にできる話ではない。 下手をすれば、国が乗っ取られていたかもしれない。 男爵令嬢が執着したのが、王族の地位でも、金でもなく王太子個人だったからまだよかった。 愚かな王太子の姿を目の当たりにしていた自国の貴族には、口外せぬように箝口令を敷いた。 他国には、魅了にかかった事実は知られていない。 大きな被害はなかった。 いや、大きな被害を受けた令嬢はいた。 王太子の元婚約者だった、公爵令嬢だ。

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

【完結】何も知らなかった馬鹿な私でしたが、私を溺愛するお父様とお兄様が激怒し制裁してくれました!

山葵
恋愛
お茶会に出れば、噂の的になっていた。 居心地が悪い雰囲気の中、噂話が本当なのか聞いてきたコスナ伯爵夫人。 その噂話とは!?

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

完璧な姉とその親友より劣る私は、出来損ないだと蔑まれた世界に長居し過ぎたようです。運命の人との幸せは、来世に持ち越します

珠宮さくら
恋愛
エウフェシア・メルクーリは誰もが羨む世界で、もっとも人々が羨む国で公爵令嬢として生きていた。そこにいるのは完璧な令嬢と言われる姉とその親友と見知った人たちばかり。 そこでエウフェシアは、ずっと出来損ないと蔑まれながら生きていた。心優しい完璧な姉だけが、唯一の味方だと思っていたが、それも違っていたようだ。 それどころか。その世界が、そもそも現実とは違うことをエウフェシアはすっかり忘れてしまったまま、何度もやり直し続けることになった。 さらに人の歪んだ想いに巻き込まれて、疲れ切ってしまって、運命の人との幸せな人生を満喫するなんて考えられなくなってしまい、先送りにすることを選択する日が来るとは思いもしなかった。

【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る

恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。 父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。 5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。 基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

処理中です...