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再会②
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「俺の話はそれだけです。多少真実と違ったからと言っても、今までの不義理をなかった事にはできない」
離れてしまう前に、別れてしまう前に、苦しくて、寂しくて、でも、もっとちゃんと言葉にすればよかったと、後悔が押し寄せる。
『まだ、まにあうよ』
頭の中にノエルの声が響いた。まだ間に合う。本当に──?
「……私も、あなたを幸せにしてあげたかった。カシウスが一人で泣いていることも知っていた。でも、自分より年下の女の子に弱みを見せたくないのが男の子なんだわって、私もあなたの心に触れるのを一旦あきらめた。その時は正しい判断だと思っていた。それが間違いだと気が付いたのは、ノエルがやってきてから」
私の言葉に、今度はカシウスがそっと耳をかたむけた。
「あなたに他の女の人がいたんだわ、って思った時。ノエルには罪はないけれど、私、本当にショックだったの。それこそ心臓が止まってしまいそうなぐらい」
──きっと、あの時すでに、ノエルは私を助けてくれていたのだ。
「他の女の人には笑いかけたり、愛を注いだりしたんだわ、って思うと苦しくて、悔しくて……。私が一番カシウスの事を分かっているはずなのに、そうしてあげたいのに、あげるべきなのに。どうして、私はこんな体なんだろう、どうして私は必要とされないんだろう、って悔しかったの」
「悔しいのは……王女としてのプライドではなくて。うまく愛されなかったことについて。何でもいいからカシウスに必要とされたかった。認めてもらいたかった。私が大人になって、聞き分けのいい伯爵夫人として振る舞えば、今度こそって」
エメレットで幸せに暮らしてはいた。けれどいつも、私をまっすぐ見つめていたカシウスの寂しそうな顔が、いつも脳裏にちらついてはいた。
「俺は馬鹿だ。アリエノール……あなたも」
「ええ、本当に……」
お互いに手を伸ばしたけれど、頬に触れることは出来なかった。さっきも同じことをしたのにね、とカシウスと二人、笑いあう。
「アリエノール……王女でも巫女でもなく、あなたの人生はあなたのものだ。俺はそれを受け入れるし、選んだ道を応援したい。離縁したかったわけじゃない。あなたが自分の幸福を自分で決められること。それが俺の望みだった。その上で……もし、再びエメレットを選んでもらえるのなら。最大限の努力をします。十年分の、謝罪を込めて」
望みなんて、最初から決まっている。
「カシウス……私、エメレットに戻りたいの。私、十年もエメレットにいたのに、まだ皆がよくピクニックに行く滝にも、湖にも行ったことがないし、馬で遠駆けもしてみたい。レイナルトとエレノアの結婚式だって見届けたいし、秋に生まれる料理長のお孫さんの名付けだって約束したし、ノエルとアイスクリームだって食べてない」
仕事だってたくさん残っている。エメレットを良くするために、自分なりに精一杯がんばったつもりだ。
「大丈夫。全て、叶えられる。皆……あなたの事を待っている」
「本当? 病弱でも、世間知らずでも、王女ではなくても?」
「俺はあなたを愛している。エメレットの地を守っていくのが逃れられぬ運命だと言うのなら、それはあなたと共にありたい。離縁を申し出た身で情けないことだが、受け入れてもらえるのなら……俺は、今度は自分の意思であなたに求婚したい」
「ありがとう……」
言葉も行動も足りなくて、すれ違いばかりだったけれど、ようやく私達は元の、始まりの場所に立てたような気がする。
「泣かないで、アリエノール……」
カシウスはハンカチを取り出したけれど、やっぱり私の涙を拭くことができない。そのぐらい、自分でやらなければ。
「仲直り、した?」
ハンカチを取り出そうとした時、草むらの向こうからがさがさと音がして、ひょこっとノエルが顔を出した。
離れてしまう前に、別れてしまう前に、苦しくて、寂しくて、でも、もっとちゃんと言葉にすればよかったと、後悔が押し寄せる。
『まだ、まにあうよ』
頭の中にノエルの声が響いた。まだ間に合う。本当に──?
「……私も、あなたを幸せにしてあげたかった。カシウスが一人で泣いていることも知っていた。でも、自分より年下の女の子に弱みを見せたくないのが男の子なんだわって、私もあなたの心に触れるのを一旦あきらめた。その時は正しい判断だと思っていた。それが間違いだと気が付いたのは、ノエルがやってきてから」
私の言葉に、今度はカシウスがそっと耳をかたむけた。
「あなたに他の女の人がいたんだわ、って思った時。ノエルには罪はないけれど、私、本当にショックだったの。それこそ心臓が止まってしまいそうなぐらい」
──きっと、あの時すでに、ノエルは私を助けてくれていたのだ。
「他の女の人には笑いかけたり、愛を注いだりしたんだわ、って思うと苦しくて、悔しくて……。私が一番カシウスの事を分かっているはずなのに、そうしてあげたいのに、あげるべきなのに。どうして、私はこんな体なんだろう、どうして私は必要とされないんだろう、って悔しかったの」
「悔しいのは……王女としてのプライドではなくて。うまく愛されなかったことについて。何でもいいからカシウスに必要とされたかった。認めてもらいたかった。私が大人になって、聞き分けのいい伯爵夫人として振る舞えば、今度こそって」
エメレットで幸せに暮らしてはいた。けれどいつも、私をまっすぐ見つめていたカシウスの寂しそうな顔が、いつも脳裏にちらついてはいた。
「俺は馬鹿だ。アリエノール……あなたも」
「ええ、本当に……」
お互いに手を伸ばしたけれど、頬に触れることは出来なかった。さっきも同じことをしたのにね、とカシウスと二人、笑いあう。
「アリエノール……王女でも巫女でもなく、あなたの人生はあなたのものだ。俺はそれを受け入れるし、選んだ道を応援したい。離縁したかったわけじゃない。あなたが自分の幸福を自分で決められること。それが俺の望みだった。その上で……もし、再びエメレットを選んでもらえるのなら。最大限の努力をします。十年分の、謝罪を込めて」
望みなんて、最初から決まっている。
「カシウス……私、エメレットに戻りたいの。私、十年もエメレットにいたのに、まだ皆がよくピクニックに行く滝にも、湖にも行ったことがないし、馬で遠駆けもしてみたい。レイナルトとエレノアの結婚式だって見届けたいし、秋に生まれる料理長のお孫さんの名付けだって約束したし、ノエルとアイスクリームだって食べてない」
仕事だってたくさん残っている。エメレットを良くするために、自分なりに精一杯がんばったつもりだ。
「大丈夫。全て、叶えられる。皆……あなたの事を待っている」
「本当? 病弱でも、世間知らずでも、王女ではなくても?」
「俺はあなたを愛している。エメレットの地を守っていくのが逃れられぬ運命だと言うのなら、それはあなたと共にありたい。離縁を申し出た身で情けないことだが、受け入れてもらえるのなら……俺は、今度は自分の意思であなたに求婚したい」
「ありがとう……」
言葉も行動も足りなくて、すれ違いばかりだったけれど、ようやく私達は元の、始まりの場所に立てたような気がする。
「泣かないで、アリエノール……」
カシウスはハンカチを取り出したけれど、やっぱり私の涙を拭くことができない。そのぐらい、自分でやらなければ。
「仲直り、した?」
ハンカチを取り出そうとした時、草むらの向こうからがさがさと音がして、ひょこっとノエルが顔を出した。
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