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「諏訪部さん、銀行員との合コンって興味あります?」
「いやあ、ないね」

 あたしの返答に、後輩は焦りもがっかりもせずに「そうですよね」とだけ告げて去って行った。

 なんとなくの決めつけではあるが、合コン好きな層と会社に弁当持参する層はかみ合わないのではないだろうか、と思う。メガバンで三年経っても生き残っており、その上合コンにまで参戦する人種というのは、相当自信と活力に満ちあふれているのだろう。どう考えても話が合うわけがない。

 という訳で、代打のご提案は謹んでご辞退させていただく。

 今日のお弁当には照り焼きチキンが入っていた。そのほか卵焼き、ブロッコリー、ミニトマト。定番であるが、老若男女すべてに対応可能な万能メニューである。あたしは交換したお弁当に、レンコンの挟み焼き──冷凍のパラパラ挽き肉に、細かく刻んだニンジンとシメジを混ぜ、レンコンでサンドイッチ状態にしたもの──を入れた。ぱっと見手が込んでいる風に見えるので、喜んでいてくれると良いのだが。

  食べる前に写真を撮ろうとスマートフォンを持ち上げると、メッセージが入った。


『今日の晩ご飯はオムライスにしようと思います。内容は相談の上決定します』
  
 思う、と書いてはあるものの、非常に意志の強さを感じさせる文章である。とても「天津飯がいいな♪」とは言えない雰囲気だ。
  
 とはいえ、あたしもオムライスは好きな部類である。

「いいね」と返すと『という訳なので、京子さんのフライパンを貸してください』と返事が来た。あたしのフライパンはアウトレットで購入したちょこっと高級品なのである。

『いいよ』
『では、くれぐれもよろしくお願いします……』

 その『……』は何なんだ。意味深なメッセージを最後に、昼休みは終わったのだろう、百合からの連絡は途切れた。

 
 当初は「晩ご飯は交互に作る」と言う話だったのだが、なんだかんだ自分の方が帰りが遅いのでずるずると百合の担当みたいになってしまっている。

「いろいろご馳走してもらったり、保護者として着いてきて貰っているので!」と百合は言うけれど……うーん、本人がいいならいいか。ありがたい話である。

 帰宅すると、隣室のキッチンからリズミカルな包丁の音が聞こえてきた。

「こーんばんわ」

 もし、世の中の人がいきなり隣室のキッチンをのぞきこみ、話かけるあたしを目撃したならば「なんてあぶないヤツだ」と考えるだろう。

「入ってきてください」
「え、鍵開いてるの?」
「ベランダからお願いします」

 一旦部屋に戻り、部屋着に着替え、水切りラックにひっくり返してあるフライパンを手に取り、ベランダを通して百合の部屋に入る。重ね重ね、通行人がこの場を目撃していたら通報されても文句は言えない。

 なんだかんだ、鍵をかける必要が無いのでベランダから出入りしてしまうあたしが悪いのだが、三階ではあるとはいえ、若干無防備すぎるだろうか。というか、便利すぎてベランダ工事の人が来なければいいのに……とすら思ってしまう。

 百合はいつもの様にエプロンをして、玉葱を刻んでいた。

「オムライス、好きですか?」
「めっちゃ好きだよ」

 改めて返したその言葉に嘘はない。あたしはオムライスが好きである。具体的に言うと、「オムライス」と言う名前であれば大体の事は受け入れてしまうぐらいには。ただ、チキンライスを炒めてから卵を焼く、という過程が面倒くさいから家ではやらないだけである。

「チキンライスには具をいっぱい入れる派ですか?」
「もちろん。その方が栄養バランスもいいし」

「卵は薄焼き派ですか? それともとろとろ派?」
「卵二個のとろとろ。そもそも薄焼きでうまく巻けないし」

 そう。あたしは器用ではないし、凝り性でもない。大体はチャーハンのごとく皿にざっと持ったチキンライスの上にスクランブルエッグ一歩手前の卵をのっけて、はい、完成。とても人に見せられる代物ではない。
 
「フライパンありがとうございます。任せてください」
「でも、二人分も大変じゃない?」

 何度でも言うが、卵とチキンライスを分けて作るのは面倒だし、人数が増えても作業工程は増えるばかりで楽にはならない。

「そのためのフライパン二個体制ですから。異端なのはわかっているんですけど、どうしても京子さんにうちのオムライスを食べて欲しいんです」

 百合はグッと胸の前で握り拳を作った。そこまで言われては、あたしは全てを受け入れるしかないと、フライパンを託した。
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