異世界行き最終列車

辺野夏子

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 舞踏会の日がやってきた。今日は列車には乗らないそうだ。

 転移魔法でマダムの店に行き、仕上がったばかりのドレスを着せてもらう。仮縫いの時より太っていなくてほっとする。

「この世界にコルセットがなくてよかった……」

「昔はありましたよ。魔王との戦争の際『女性も動きやすい服装を』との流れになって廃れました」

「そうだったんですね」
 胸元は透けているけれど、全体的にそんなに露出のないドレスで助かった。水色の艶のある生地にオーガンジーが重ねられ、細かく銀糸で刺繍がしてある。頭に萎れないよう加工を施した生花を飾ってもらって、ダイヤモンドの指輪をはめる。

「うっ……やっぱり、歩きづらい」

 床につきそうな長さのスカートなので、階段を上り下りしたら裾を踏んでしまうかもしれない。トコトコと室内で歩く練習をしていると、ノックの音がする。

「終わったか?」

 師匠は金の縁取りのついた立派なローブに着替えていた。胸元にキラキラ光る勲章が沢山ついている。

「わっ、師匠! なんか、すごい……強そうです!」

 私の語彙力では、その感想が精いっぱいであった。

「そりゃ良かった」

 立派な馬車が店の前に留まっている。これに乗ってお城まで行くのだそうだ。

「歩けるか?」
「なんとか」

 本当は、多少の時間ならヒールぐらいへっちゃらなのだ。でも、私は師匠の指に触ってみたかったので、ありがたくエスコートを受けることにした。恐る恐る触れた手は、想像よりずっと骨ばっていて、熱かった。

 移動中に窓から外を覗く。道端に大量の見物人らしき人々が集まっているのがわかり、慌ててカーテンを閉める。

「な、なんかめちゃくちゃ人がいたんですけど……」
「王家の馬車だと一目でわかるからな。珍しいんだろう」

「そんなもんですか……」

 やがて馬車が停まり、少し経ってからドアが開いた。外の明かりが一気に目に飛び込んでくる。階段には赤い絨毯が敷いてあり、ふちを飾る様にオレンジ色の丸い明かりがふよふよと浮いている。

 おそるおそる、ドレスの裾をたくし上げて登る。てっぺんまで登ると、さらに大きな城門がある。後ろを振り向くと階段は結構な高さだった。これはシンデレラも靴を落として当然だ。

『大賢者オスカー様、ご到着~』
 ドアが開くと同時に、トランペットが鳴り響いて、若干びびってしまう。しかも、賢者通り越して大賢者になっている。

「師匠、進化してますよ。大賢者ですって」
 こっそりと耳打ちする。

「俺のことは名前で呼べと言っただろう」

「はい、オスカー様。かしこまりましてよ」
「言葉使いがおかしいぞ。……説明の内容は覚えているか?」

「ええと、勇者が王様になって、王女が聖女で今は王妃様」
「その通り」

「他はどこに気を付ければいいんですか?」

 正直、何の指示も受けていないのだ。差し出された腕に、自分の腕をからめる。

「別に。普通にしていればいい」

 そうすれば、「らしく」見えるはず。師匠はそう言ったきり、前を向いて押し黙ってしまった。

 王宮の廊下を歩く。左右にずらっと並んだ人たちは、ぴったりと同じ角度で礼をしている。

「ははは、どうも~、こんばんは~……」

 顔が引きつってきて、額から変な汗が噴き出すし、なぜだか笑いがこみあげてくる。


 金ぴかの扉の前にたどり着く。中から軽快な音楽が聞こえてくる。もう、舞踏会の会場までたどり着いてしまったのだ。

「おい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないれす……」

 とうとう口も回らなくなってきた。普通って、なんだっけ……。


「俺はお前を選んだ」

「だから、不安に思うことは何もない。さっきも言ったが、そのままでいい」

 師匠改めオスカーさん、さすがにそれは卑怯ですよ。そんな事を言われたら、ときめいて仕方がなくなってしまうじゃないですか。

「そのままでいい」と言われて、これこそ魔法なんじゃないかと思うほどにすーっと気持ちが落ち着く。

「返事は?」
「は、はい」

 話し終わるのを待っていたかの様に、きい、と扉が開かれる。

 音楽が鳴っているはずなのに、驚くほど静かだ。ほとんどの人が、私たちに注目しているのだ。
 視線の向こう側に、玉座が見える。国王夫妻だろう。そこまで挨拶に向かうのかと思ったら、なんとお二人がこちらに向かってきた。人だかりがさーっとはけていく。

「オスカー! 本当に来たのか。誤報かと思ったぞ」
「久しぶりねぇ」

「陛下、ご無沙汰しておりました」

 師匠はしれっと他人行儀な挨拶をした。……このくらいの距離感なのかな?

「なんだよ、おめー、澄ましちまってよ」

 王様?は師匠の首に腕をかけてがっはっはと笑った。やっぱり違うっぽい。

「人がせっかく真面目に敬おうとしているのに……」
「ははは。今更だろ」

 視線を感じて横を見ると、王妃様が私をじーっと見つめていた。

 えっと、なんだっけ。身分の低い方から話しかけちゃいけないってラノベで読んだ気がする。とりあえず笑いかけてみる。

「ちょっと! オスカーじゃなくて、こっちを見て頂戴。女の子を連れているわ」
「なんだって。本物か? 場をごまかすための偽物じゃないのか?」

 王と王妃の二人は、私達の周りをぐるぐる周り始めた。師匠に指示を仰ぐために目配せすると『とりあえず黙ってろ』と言っている様に思える。軽く頷いたので合っているのだろう。

「おっ、目配せで意思疎通できるらしいぞ。どうやら本物のようだ」
「そうね」

「彼女はリコです。先日の「列車」に乗ってこちらの世界に迷い込んだ所を保護しました」

 一瞬のざわめきの後、会場が沈黙した。視線が痛い。

「え、えへへ……」
 この場合、どうするか指示をもらっていなかったので、とりあえず愛想笑いをする。

「すぐ森の生活に適応しましたし、話も合いますので一緒に暮らす事になりました。縁談の話がある状態でこのような発表をするのは心苦しいのですが、これも神の計らいかと」

 ギリギリ……ギリギリ嘘は言っていないよね。

「ほんとかぁ?」

 国王様が私の顔を覗き込んだ。
「は、はいっ。そうでしゅ」

 やべ、ちょっと噛んでしまった。

「あなた、オスカーに脅されて婚約者のふりをしているのではなくて?」

「そ、そそそそそそそそんな事ないですよ !はいっ!」

 王妃様、鋭い。かくなる上は、必死に師匠の良いところをアピールするしかない。

「ぶっきらぼうだけど、優しいんですよ、責任感あるし!」

「犬も可愛いし、森は自然がいっぱいだし! 何が食べたいか聞いてくれるし、丈夫な服も貸してくれるし、それに、ほら! 指輪を貰いました。見てくださいっ」

 私は二人の目の前で左手をひらひらと振って見せた。シャンデリアの光を受けて、指輪の形が分からなくなるほどギラギラと輝く。

「やり過ぎだこの馬鹿者!」

 とうとう師匠からお叱りが入ったが、国王夫妻、つまりは勇者と聖女はすっかり信じてくれたようだった。

 少しの会話の後、師匠は用事があると言ってその場を離れた。御馳走があるから食べて待っていろ、と言われる。

 この状況で置いていくって偽装工作するつもりが無いのでは……と思わないでもないが、話しかけてくる人達によると『放置されても平然としているなんて、見た目より肝が座っている』になったらしい。……嫌味……ではないと信じたい。

 師匠はいろんな人に囲まれて、動物園のパンダみたいになっている。確かに、あそこで難しい話を聞いているよりは、お城の舞踏会を楽しんだ方が良さそうだ。

 広場でダンスが始まったので、私は邪魔にならない様、横の食事スペースに移動する。師匠はまだ身分の高そうなおじさんたちと話している。食べ物を物色していると、師匠が近寄ってきた。

「おい、大丈夫か?人見知りをしたり、疎外感を感じていないだろうな」

 疎外感なんて、この10年ぐらいずっと感じているから大丈夫ですよ。と、言わなくていい事は脳内で返事をする。

「大丈夫ですよ。若いのに理解があってしっかりしているお嬢さんだと言われました。お仕事は終わったんですか?」

「まだだ。後で迎えにくる」

 ダンスの申し込みではなかった。この国では、婚約者がいる人はそれ以外の人と踊ってはいけないのだそうだ。まあ、練習はしていないので、踊ると言われても困るのだけれど。

 ホールの中央で踊っている人たちを眺める。それ以外の人は、端っこで談笑している。今のうちに、家で出てこなさそうな珍しいものから食べていかなくては……

「少しよろしいかしら」
「はい?」

 声をかけられて振り向くと、金髪縦ロールのいかにもお嬢様風の女性が立っていた。
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