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「す……すいません、私」
「良い。健康的なのは、いい事じゃ」
かつてのタケモト少年は、異世界に転移したショックでほとんど何も食べられず、なんとか話を聞いて再現できたのが、うどんであったのだと言う。
「今思い返せば、もっと他にあるだろって自分でも思うんだけどね」
タケモトは苦笑し、そのあと真面目な顔になった。
「まだ以前の婚約の後処理が終わっていない状態で、このようなことを申し上げるのは迷惑だとわかっているのですが……」
リリアローズの父は、潤んだ目でタケモトを見つめた。
「お嬢さんと、婚約させてください」
その言葉に驚いたのは、リリアローズだけであった。
両親はそれを期待していたらしく、椅子から飛び上がらんばかりに喜んだのだった。
「い……いいの? 私……ライスにシチューをかけて食べる派なの」
「俺もだよ」
「卵焼きに砂糖を入れる派なの……」
「俺もだよ」
「タケモト君……」
「マコト、と呼んでくれ」
タケモトはリリアローズの手を握った。彼女もまた、その手を握り返した。
食い意地が張りすぎて婚約破棄されたリリアローズが、学園一の資産家、「彼方からの貴公子」を射止めたと言うニュースは、数日も経たないうちに広まった。
やっかむものもいたが、同級生たちは「結婚相手には家格より相性の方が重要なのかもな」と口々に言い合った。
なにせ、マコト・タケモトは変わり者である。彼は学生の身であるが資産家で、実業家で、スポーツマンで、その上食べ物に異常なまでの執着があり、次から次へと新しいものを考案してくるのだ。
その苛烈さについて行くのは、ひ弱かつ保守的な令嬢ではとても無理である。その点リリアローズはとても健康で頑丈そうで、柔軟であった。
二人は学院内の食堂で、卒業パーティーの打ち合わせをしている。ビュッフェのメニューを決める作業があるのだ。大体の話がまとまり、リリアローズは伸びをする。
「今日の晩ご飯は何にしようかしらね?」
二人のデートはやはり、食べ歩きであった。
「リリアローズ、今日はとっておきの見せたいものがある」
「えっ、何かしら?」
「新しい店だよ。「回転寿司」って言うんだ」
「何それ? 寿司が……回転?」
リリアローズは首をひねった。背後で彼らの会話を耳に入れた生徒たちもまた、首をひねった。
マコトには、彼女が喜んでくれる確信があった。リリアローズは大体、なんでも喜ぶのである。
野外でカレー作りも、船の上で釣った魚を捌くのも、馬刺しも、南国のよくわからない味の果実も。
マコトが異文化を伝えようと思っても、保守的な貴族には敬遠されがちなものを全て、リリアローズは受け入れた。
一般的な日本人の感性を持って異世界へやってきたマコトにとって、彼女の物怖じしないその様子が、とても好ましいのであった。
「なんだかわからないけど、すごく楽しそうね、それ」
リリアローズはそう答え、ふと外を見た。ガラスの向こうに、元婚約者のエディと件の伯爵令嬢が見えた。
彼女は別に二人に不幸になって欲しいとは思っていない。こっそり聞いた話によると、令嬢の家は歴史はあるが、あまり経済状況が芳しくないのだと言う。
ムカつく事はムカついたが、なんだかんだ、エディには感謝しなければいけない。あんなことがなければ、マコトと会話をすることもなかったのだから。
リリアローズは自分を眺めていた婚約者に微笑み返し、席を立つ。
「夕食前にちょっと腹ごなしに100球ぐらい打っていかない?」
「ちょうど、俺もそう思っていた」
二人はどちらともなく手を繋ぎ、ゴルフ場へ向かって歩き出した。
「良い。健康的なのは、いい事じゃ」
かつてのタケモト少年は、異世界に転移したショックでほとんど何も食べられず、なんとか話を聞いて再現できたのが、うどんであったのだと言う。
「今思い返せば、もっと他にあるだろって自分でも思うんだけどね」
タケモトは苦笑し、そのあと真面目な顔になった。
「まだ以前の婚約の後処理が終わっていない状態で、このようなことを申し上げるのは迷惑だとわかっているのですが……」
リリアローズの父は、潤んだ目でタケモトを見つめた。
「お嬢さんと、婚約させてください」
その言葉に驚いたのは、リリアローズだけであった。
両親はそれを期待していたらしく、椅子から飛び上がらんばかりに喜んだのだった。
「い……いいの? 私……ライスにシチューをかけて食べる派なの」
「俺もだよ」
「卵焼きに砂糖を入れる派なの……」
「俺もだよ」
「タケモト君……」
「マコト、と呼んでくれ」
タケモトはリリアローズの手を握った。彼女もまた、その手を握り返した。
食い意地が張りすぎて婚約破棄されたリリアローズが、学園一の資産家、「彼方からの貴公子」を射止めたと言うニュースは、数日も経たないうちに広まった。
やっかむものもいたが、同級生たちは「結婚相手には家格より相性の方が重要なのかもな」と口々に言い合った。
なにせ、マコト・タケモトは変わり者である。彼は学生の身であるが資産家で、実業家で、スポーツマンで、その上食べ物に異常なまでの執着があり、次から次へと新しいものを考案してくるのだ。
その苛烈さについて行くのは、ひ弱かつ保守的な令嬢ではとても無理である。その点リリアローズはとても健康で頑丈そうで、柔軟であった。
二人は学院内の食堂で、卒業パーティーの打ち合わせをしている。ビュッフェのメニューを決める作業があるのだ。大体の話がまとまり、リリアローズは伸びをする。
「今日の晩ご飯は何にしようかしらね?」
二人のデートはやはり、食べ歩きであった。
「リリアローズ、今日はとっておきの見せたいものがある」
「えっ、何かしら?」
「新しい店だよ。「回転寿司」って言うんだ」
「何それ? 寿司が……回転?」
リリアローズは首をひねった。背後で彼らの会話を耳に入れた生徒たちもまた、首をひねった。
マコトには、彼女が喜んでくれる確信があった。リリアローズは大体、なんでも喜ぶのである。
野外でカレー作りも、船の上で釣った魚を捌くのも、馬刺しも、南国のよくわからない味の果実も。
マコトが異文化を伝えようと思っても、保守的な貴族には敬遠されがちなものを全て、リリアローズは受け入れた。
一般的な日本人の感性を持って異世界へやってきたマコトにとって、彼女の物怖じしないその様子が、とても好ましいのであった。
「なんだかわからないけど、すごく楽しそうね、それ」
リリアローズはそう答え、ふと外を見た。ガラスの向こうに、元婚約者のエディと件の伯爵令嬢が見えた。
彼女は別に二人に不幸になって欲しいとは思っていない。こっそり聞いた話によると、令嬢の家は歴史はあるが、あまり経済状況が芳しくないのだと言う。
ムカつく事はムカついたが、なんだかんだ、エディには感謝しなければいけない。あんなことがなければ、マコトと会話をすることもなかったのだから。
リリアローズは自分を眺めていた婚約者に微笑み返し、席を立つ。
「夕食前にちょっと腹ごなしに100球ぐらい打っていかない?」
「ちょうど、俺もそう思っていた」
二人はどちらともなく手を繋ぎ、ゴルフ場へ向かって歩き出した。
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