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第1章

第159話《鷲に睨まれたひな》

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ひなに対する、瞳孔を絞った猛禽類のような視線がゆっくりとこちらに向くと、俺を慰めようとしてくれているのか、ふわ、と急に優しい顔に戻る。

流石俳優ともいうべきか、瞳孔の大きさまで一瞬で変わる表情の幅の広さがすごい。


「すずめ、大丈夫ですか?こら…あまり目を擦ったら、折角の美しいベビーブルーの瞳が傷んで真っ赤になってしまいますよ?」


まるで壊れ物を扱うかのように、上質な生地のハンカチでフェザータッチで涙を吸いとるように拭いてくる巧斗さんに、俺はついくすぐったいような嬉しいような気持ちになりながらも、されるがままになっていた。
つい先日総一郎にも似たような事をされたが、相手が違うだけでこんなにも心地良いとは…もはや魔法だ。

(ふあ…気持ちい…、………って、そんな事してる場合じゃない!一刻も早くひなと距離を取って、相田君と巧斗さんに今のは嘘泣きだった事を伝えないと、二人をひなとの確執に巻き込んでしまうかも…。)

もし巧斗さん達がひなに目をつけられてしまったら…まぁこの二人にとっては全然脅威にはなりえないんだろうけど、なんせ超絶ねちっこい奴なので、面倒臭い思いをさせてしまうかもしれない。

そこまで考えて少し焦った俺は、巧斗さんの袖を引いて、控室の奥に誘導しようとするも、まるで石像のようにびくともしなかった。

(うおお…!ふんぬぬぬ…。あっ全然動かない…。体幹どうなってるんだこの人…。)


それから数十秒後、涙を拭い終えてハンカチをしまって、またひなに向き直った巧斗さんは、再び瞳孔がぎゅっと絞ったような瞳でひなを射殺す。

一方ひなはプライドが高いので、なんとか表情を持ち直して平気そうな素振りで立ち向かうも、腰が抜けて立てず、床に謎の水たまりが徐々に広がっていく。



「__それで??そこの君は一体すずめに《何を》したのですか?正直に答えなさい。」

巧斗さんにしてはかなり冷たい強めの語尾で、ひなを問い詰めた。


「は、は、は~?突然現れて何なのアンタ!ふ、不審者ですかぁ?!ぼ、ぼ、ぼぼ僕は全然関係ないし…!ちょっと世間話しただけで何も言ってないもん!!そこのぶりっ子が突然嘘泣きでもしたんでしょ!」

巧斗さんに鋭い視線を向けられたままのひなは、生まれたての小鹿のようにぷるぷると立ち上がろうとして、また失敗するという過程を繰り返したあと、近くの椅子を支えにしてようやっと立ちあがる。


「た、巧斗さんっ。俺本当に目にゴミが入っただけでなんともないし、大した事言われてないから、早くお着替えにいこ?」

決してひなを庇う訳ではないが、本当にぶりっ子の嘘泣きだったのでなんともバツが悪く、顔をひくひくと引き攣らせながらこの場を去る事を提案すると、巧斗さんは何故か余計に眉を下げて痛ましげな表情を浮かべて俺の頭を「よしよし」と撫でてくる。


「すずめは本当に優しい子ですね…。……ちなみに長介君は今のやり取りを見ていましたか?できれば君視点での話を聞かせてほしいです。」


「え!あっ俺っすか?!いやぁ…あまりよくは分からないっすけど…俺視点で簡単にまとめると…




まず最初に愛野さんが、おそらく義兄さんの事を『アバズレ』だの『潰してやる』だのと悪意のある独り言を言っている所から始まって…。
それから、すずめ義兄さんの恋人である鷹崎さんが買ったドレスを、愛野さんがこれでもかという位嫌味を吐きながら横取りしたんす。
…そして更に、悲嘆に暮れて号泣する義兄さんに追い打ちをかけるかのように暴言を撒き散らしながら、今度は義兄さんがつけているチョーカーにも目をつけて…盗賊の如く乱暴に無理やり奪い取ろうとした…っていう感じっすかね…。


あの、俺…実は鳥頭で何でもすぐに忘れちまうっすから、あまり詳しく経緯を伝えられなくて申し訳ねぇっす…。」




(_____いやいやいや、どの口が記憶力無いって言ってるんだよ…?!たった数分の出来事に対してこんな詳しい経緯説明があってたまるか!)


自分が鳥頭な事を打ち明けて申し訳なさそうにしながら、これでもかという位に理路整然と詳細を話す相田君に俺は心の中で猛烈にツッコミを入れる。

というか、なんなら相田君、俺より断然記憶力がよさそうなんだけど…要するに俺が鳥頭ってことか…?



そして、相田君が経緯を話している間にも巧斗さんの機嫌は目に見えて急降下していって、ひなだけじゃなくて俺まで冷や冷やする。


「……そうですか…。そんな事が…。長介君、詳しく教えてくれてありがとうございます。………との事ですが、何か反論はありますか?愛野ひなさん??」


相田君が経緯を話しているうちに、こっそりこの場を逃げようとしたひなを視界に捕らえ、冷たい圧を放つ巧斗さんに、ひなはまた腰を抜かしそうになりながらも控室の出口を必死に目指す。

すると、丁度その時入ってきた誰かにどんっとぶつかり、ひなが顔をあげると、そこには総一郎が呆然とした顔で紙袋を持って突っ立っていた。
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