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26話 思い立ったが吉日
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私は自分がいかに我慢弱いか、しっかり把握できていなかったらしい。
いきなり告白しても失敗する可能性の方が高いことは分かっている。
真剣に言っても冗談だと思われるかもしれないし、きちんと伝わったところでいまの関係が壊れてしまうかもしれない。
だけど、好意を自覚した瞬間から日に日に強まる焦りと期待をごちゃ混ぜにしたような感情は、早くも抑えられないほどにまで大きくなっている。
物の弾みで、うっかり口を滑らせてしまうぐらいなら――
***
当初の方針から二転三転し、私は今日、彩愛先輩を自室に招いて想いを告げることにした。
土曜日の昼前、家にいるのは私たちだけ。
ベッドの脇にクッションを敷き、飲み物とお菓子を置いたローテーブルを挟んで向かい合う。
彩愛先輩は持参したハバネロ味のスナックを口に放り込み、満足気な表情を浮かべた。
「彩愛先輩、今日は大事なお話があります」
「な、なによ、急に改まって……」
私がいきなり真面目な態度を取ったことにより、彩愛先輩が軽く動揺する。
土壇場になって尋常じゃないほど緊張してきたけど、ここで退いてしまえば、今後も同じように逃げてしまうに違いない。
思い立ったが吉日。勇気を振り絞って、私の正直な気持ちを打ち明けよう。
「わっ、私と、つっ、付き合ってください!」
「突っつき合う? フェンシングしたいってこと?」
「違いますよバカ! こんな時にベタすぎる勘違いしないでください、このドアホ!」
思わず口が悪くなってしまった。ケンカになる前に仕切り直そう。
「すみません、言いすぎました。いきなりすぎて驚くと思いますけど、私は彩愛先輩と付き合いたいんです。買い物に付き合ってとか、そういう意味じゃなく、恋人になりたいんです」
極度の緊張で指先が凍るように冷たいのに、顔はいまにも発火しそうなほどに熱い。
初めての体験に戸惑いながらも、正面に座る彩愛先輩から視線を逸らさず、本音を伝える。
すると、彩愛先輩は驚きのあまり目を見開き、なにを言うべきか自分でも分からないのか、口をパクパクさせた。
いまならまだ冗談だと笑って引き返せるかもしれないけど、私は黙って返事を待つ。
長い沈黙の後、彩愛先輩は一度天井を仰いでから再び目線を戻し、私の目を見据えて口を開いた。
「歌恋の気持ちは嬉しいわ。でも、悪いけどいまのまま付き合うのは無理よ」
「い、いまのままって、どういうことですか?」
否定の言葉に心が砕けそうになり、かろうじて残された希望に縋るように質問をぶつける。
「あたしは、ずっとあんたに隠してたことがあるの。それを黙ったまま、恋人になるわけにはいかないわ」
「教えてください。それがどんなことであっても、私の気持ちは揺るぎませんから」
いつになく覇気のない彩愛先輩の言葉に、私は静かながらも力のこもった声で返す。
「……分かった、全部話す。途中で嫌になったり、ムカついたりしたら、遠慮なくあたしを殴りなさい」
弱々しい雰囲気から一転、普段以上に力強い眼差しに、相当な覚悟を感じる。
私がコクリとうなずくと、彩愛先輩は大きく息を吸い、ゆっくりと話し始めた。
「歌恋がいつ頃からあたしのことを好きになってくれたのかは知らないけど、少なくともあたしは、ケンカばっかりするようになる前から、あんたのことが好きだったわ」
「……っ!」
衝撃の事実に、なにも言葉が出てこない。
ただただ驚くことしかできない私を見て、それが当然の反応だと納得するかのように、彩愛先輩は話を続ける。
「あたしはあんたほどの勇気がなかったから、結局いまに至るまで言えなかったわ。それどころか、恋愛に興味がないフリをしてた」
「それは……でも、そんなの、私にとってはむしろ嬉しいですよっ」
嫌になったりムカついたりなんて、とんでもない。
要は両想いだということなのだから、歓喜のあまり飛び跳ねてしまいそうだ。
「問題は、この後よ。あたしって自分のアラームで起きないのに、あんたがノックするとすぐに起きるでしょ?」
「確かに。私が起こすと不思議なぐらいあっさり目を覚ましますね」
「それにも理由があるのよ。もちろん毎日ってわけじゃないんだけど、実は……歌恋が部屋の電気を消したのを確認してから、その、えっと……あんたのことを考えて、一人で、その……お、オナニー、してたの。そのまま寝落ちするわけだから、アラームなんかより、あんたの声の方がビックリするというか、反射的に目が覚めるのよ」
「な、なるほど……」
知識としては頭にあるけど、彩愛先輩の口からあんな単語が飛び出るとは思わなかった。
意外ではあるものの、好きな人――彩愛先輩にそういう目で見られるというのは、私としてはこの上なく嬉しい。
もし『裸なんて見慣れてるからなにも感じない』なんて言われたら、あまりのつらさに心を病んでいたかもしれない。
「最後まで聞いてくれてありがとう。軽蔑、したわよね。せっかく好きになってくれたのに、こんな変態でごめんね」
彩愛先輩は眦に涙をにじませながら、取り繕ったような、自分自身を貶すような笑みを浮かべる。
そんな彼女には心底申し訳ないけど、私は――
「へ? い、いまので終わりですか?」
拍子抜けとさえ言える暴露話に、キョトンとした表情を浮かべてしまう。
意味ありげな前置きの後だったから戦々恐々としていたのに、終わってみればなんのことはない、かわいげのあるちょっと恥ずかしいエピソードだ。
「そ、そうだけど、なによその反応、もっと驚いたり罵倒したりしなさいよ」
「罵倒はしませんけど、充分すぎるほどに驚いてますよ。告白しておいてなんですけど、彩愛先輩って性的なこととは無縁だと思ってましたから」
「う、うっさいわね! 見た目は子供でもれっきとした高校生なのよ! 三大欲求の一つだし、性欲は人並み程度かそれ以上にはあるわ!」
「お、怒らないでくださいよ。イメージと違っただけで、彩愛先輩が年上だってことはちゃんと分かってますから。小学生みたいな体型だとは思いますけど、子供扱いはしてませんよ。だからほら、落ち着いてください」
「スイカがすっぽり収まりそうな爆乳を見せ付けられながら言われても、嫌味にしか聞こえないんだけど!?」
「それは彩愛先輩がひねくれてるだけです! というか、全然違う方向に話が逸れてるじゃないですか! 告白の返事を聞かせてくださいよ!」
「あたしの秘密を知った上でも気持ちが変わらないなら、大喜びで付き合ってあげるわよ!」
「だったら、付き合ってください! 自覚したのは最近ですけど、彩愛先輩を好きだって気持ちはスイーツへの情熱より遥かに強いんです!」
「あたしだって、あんたのことが大好きよ!」
「それじゃあ……」
「改まって言うと照れ臭いけど、きょ、今日からは、恋人として、よろしくお願いするわ」
「はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします!」
初恋の成就に心が躍り、自然と声が弾む。
私はローテーブルに身を乗り出し、頬を赤く染める彩愛先輩に顔を近付ける。
付き合い始めてその場でキスというのは性急かもしれないけど、もう自分ではどうにもできない。
「彩愛先ぱ――」
「ストップ!」
「んぶっ!?」
二人の間に勢いよく彩愛先輩の右手が割り込み、唇ではなく手のひらに口付けしてしまう。
「なっ、なにするんですか! キスが嫌なら言ってください! こんな風に止められたらさすがに傷付きますよ!」
「うっさいバカ! あたしだってキスしたいに決まってるじゃない! だからって、いまこの場でするわけにはいかないのよ!」
「なんでですか? またなにか別の秘密でもあるんですか?」
「違うわよ、秘密はもうないわ」
「心の準備的なことですか?」
「それも違う。歌恋、冷静に状況を考えなさい。あんたは、恋人としての初キスがハバネロ味でいいの?」
「あ……」
言われてみれば、私が話を切り出す前、この人はハバネロ味のスナック菓子をおいしそうに食べていた。
「なんで食べちゃったんですか!?」
「告白されるなんて思ってなかったからよ!」
二人を包み込むように思われた甘い雰囲気は、あっという間に消え失せた。
怒声が部屋に響き、いまにも取っ組み合いに発展しそうな気配が漂う。
恋仲になったところで、ケンカばかりの日々は終わらないらしい。
むしろ恋人同士だからこそ、ケンカのタネが増えたりするのかも……。
彩愛先輩が相手なら、それはそれで楽しいかもしれない。
なんてことを思ってしまうのは、私だけだろうか。
いきなり告白しても失敗する可能性の方が高いことは分かっている。
真剣に言っても冗談だと思われるかもしれないし、きちんと伝わったところでいまの関係が壊れてしまうかもしれない。
だけど、好意を自覚した瞬間から日に日に強まる焦りと期待をごちゃ混ぜにしたような感情は、早くも抑えられないほどにまで大きくなっている。
物の弾みで、うっかり口を滑らせてしまうぐらいなら――
***
当初の方針から二転三転し、私は今日、彩愛先輩を自室に招いて想いを告げることにした。
土曜日の昼前、家にいるのは私たちだけ。
ベッドの脇にクッションを敷き、飲み物とお菓子を置いたローテーブルを挟んで向かい合う。
彩愛先輩は持参したハバネロ味のスナックを口に放り込み、満足気な表情を浮かべた。
「彩愛先輩、今日は大事なお話があります」
「な、なによ、急に改まって……」
私がいきなり真面目な態度を取ったことにより、彩愛先輩が軽く動揺する。
土壇場になって尋常じゃないほど緊張してきたけど、ここで退いてしまえば、今後も同じように逃げてしまうに違いない。
思い立ったが吉日。勇気を振り絞って、私の正直な気持ちを打ち明けよう。
「わっ、私と、つっ、付き合ってください!」
「突っつき合う? フェンシングしたいってこと?」
「違いますよバカ! こんな時にベタすぎる勘違いしないでください、このドアホ!」
思わず口が悪くなってしまった。ケンカになる前に仕切り直そう。
「すみません、言いすぎました。いきなりすぎて驚くと思いますけど、私は彩愛先輩と付き合いたいんです。買い物に付き合ってとか、そういう意味じゃなく、恋人になりたいんです」
極度の緊張で指先が凍るように冷たいのに、顔はいまにも発火しそうなほどに熱い。
初めての体験に戸惑いながらも、正面に座る彩愛先輩から視線を逸らさず、本音を伝える。
すると、彩愛先輩は驚きのあまり目を見開き、なにを言うべきか自分でも分からないのか、口をパクパクさせた。
いまならまだ冗談だと笑って引き返せるかもしれないけど、私は黙って返事を待つ。
長い沈黙の後、彩愛先輩は一度天井を仰いでから再び目線を戻し、私の目を見据えて口を開いた。
「歌恋の気持ちは嬉しいわ。でも、悪いけどいまのまま付き合うのは無理よ」
「い、いまのままって、どういうことですか?」
否定の言葉に心が砕けそうになり、かろうじて残された希望に縋るように質問をぶつける。
「あたしは、ずっとあんたに隠してたことがあるの。それを黙ったまま、恋人になるわけにはいかないわ」
「教えてください。それがどんなことであっても、私の気持ちは揺るぎませんから」
いつになく覇気のない彩愛先輩の言葉に、私は静かながらも力のこもった声で返す。
「……分かった、全部話す。途中で嫌になったり、ムカついたりしたら、遠慮なくあたしを殴りなさい」
弱々しい雰囲気から一転、普段以上に力強い眼差しに、相当な覚悟を感じる。
私がコクリとうなずくと、彩愛先輩は大きく息を吸い、ゆっくりと話し始めた。
「歌恋がいつ頃からあたしのことを好きになってくれたのかは知らないけど、少なくともあたしは、ケンカばっかりするようになる前から、あんたのことが好きだったわ」
「……っ!」
衝撃の事実に、なにも言葉が出てこない。
ただただ驚くことしかできない私を見て、それが当然の反応だと納得するかのように、彩愛先輩は話を続ける。
「あたしはあんたほどの勇気がなかったから、結局いまに至るまで言えなかったわ。それどころか、恋愛に興味がないフリをしてた」
「それは……でも、そんなの、私にとってはむしろ嬉しいですよっ」
嫌になったりムカついたりなんて、とんでもない。
要は両想いだということなのだから、歓喜のあまり飛び跳ねてしまいそうだ。
「問題は、この後よ。あたしって自分のアラームで起きないのに、あんたがノックするとすぐに起きるでしょ?」
「確かに。私が起こすと不思議なぐらいあっさり目を覚ましますね」
「それにも理由があるのよ。もちろん毎日ってわけじゃないんだけど、実は……歌恋が部屋の電気を消したのを確認してから、その、えっと……あんたのことを考えて、一人で、その……お、オナニー、してたの。そのまま寝落ちするわけだから、アラームなんかより、あんたの声の方がビックリするというか、反射的に目が覚めるのよ」
「な、なるほど……」
知識としては頭にあるけど、彩愛先輩の口からあんな単語が飛び出るとは思わなかった。
意外ではあるものの、好きな人――彩愛先輩にそういう目で見られるというのは、私としてはこの上なく嬉しい。
もし『裸なんて見慣れてるからなにも感じない』なんて言われたら、あまりのつらさに心を病んでいたかもしれない。
「最後まで聞いてくれてありがとう。軽蔑、したわよね。せっかく好きになってくれたのに、こんな変態でごめんね」
彩愛先輩は眦に涙をにじませながら、取り繕ったような、自分自身を貶すような笑みを浮かべる。
そんな彼女には心底申し訳ないけど、私は――
「へ? い、いまので終わりですか?」
拍子抜けとさえ言える暴露話に、キョトンとした表情を浮かべてしまう。
意味ありげな前置きの後だったから戦々恐々としていたのに、終わってみればなんのことはない、かわいげのあるちょっと恥ずかしいエピソードだ。
「そ、そうだけど、なによその反応、もっと驚いたり罵倒したりしなさいよ」
「罵倒はしませんけど、充分すぎるほどに驚いてますよ。告白しておいてなんですけど、彩愛先輩って性的なこととは無縁だと思ってましたから」
「う、うっさいわね! 見た目は子供でもれっきとした高校生なのよ! 三大欲求の一つだし、性欲は人並み程度かそれ以上にはあるわ!」
「お、怒らないでくださいよ。イメージと違っただけで、彩愛先輩が年上だってことはちゃんと分かってますから。小学生みたいな体型だとは思いますけど、子供扱いはしてませんよ。だからほら、落ち着いてください」
「スイカがすっぽり収まりそうな爆乳を見せ付けられながら言われても、嫌味にしか聞こえないんだけど!?」
「それは彩愛先輩がひねくれてるだけです! というか、全然違う方向に話が逸れてるじゃないですか! 告白の返事を聞かせてくださいよ!」
「あたしの秘密を知った上でも気持ちが変わらないなら、大喜びで付き合ってあげるわよ!」
「だったら、付き合ってください! 自覚したのは最近ですけど、彩愛先輩を好きだって気持ちはスイーツへの情熱より遥かに強いんです!」
「あたしだって、あんたのことが大好きよ!」
「それじゃあ……」
「改まって言うと照れ臭いけど、きょ、今日からは、恋人として、よろしくお願いするわ」
「はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします!」
初恋の成就に心が躍り、自然と声が弾む。
私はローテーブルに身を乗り出し、頬を赤く染める彩愛先輩に顔を近付ける。
付き合い始めてその場でキスというのは性急かもしれないけど、もう自分ではどうにもできない。
「彩愛先ぱ――」
「ストップ!」
「んぶっ!?」
二人の間に勢いよく彩愛先輩の右手が割り込み、唇ではなく手のひらに口付けしてしまう。
「なっ、なにするんですか! キスが嫌なら言ってください! こんな風に止められたらさすがに傷付きますよ!」
「うっさいバカ! あたしだってキスしたいに決まってるじゃない! だからって、いまこの場でするわけにはいかないのよ!」
「なんでですか? またなにか別の秘密でもあるんですか?」
「違うわよ、秘密はもうないわ」
「心の準備的なことですか?」
「それも違う。歌恋、冷静に状況を考えなさい。あんたは、恋人としての初キスがハバネロ味でいいの?」
「あ……」
言われてみれば、私が話を切り出す前、この人はハバネロ味のスナック菓子をおいしそうに食べていた。
「なんで食べちゃったんですか!?」
「告白されるなんて思ってなかったからよ!」
二人を包み込むように思われた甘い雰囲気は、あっという間に消え失せた。
怒声が部屋に響き、いまにも取っ組み合いに発展しそうな気配が漂う。
恋仲になったところで、ケンカばかりの日々は終わらないらしい。
むしろ恋人同士だからこそ、ケンカのタネが増えたりするのかも……。
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