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会議の後は……1

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午前十一時五〇分。



「浮田課長。会議が無事に終わって良かったですね」



 瑠璃子は会議室の片付けをしながら浮田課長に話しかける。彼は「西浦さんのパワーポイント良かったよ」と笑顔だ。浮田課長は女性の前では緊張するみたいだが、男性相手では結構強気で敏腕課長。今日の会議で一課の課長がネチネチと、重箱の隅を突くように質問してきていたが、彼は完璧に受け答えをて無事に乗り越えていた。



 新しく取り入れたいシステムを、いまいち意味の分かっていない上層部のジジ様達にも分かり易く説明し、経費削減の過程も表していた。その自信満々なプレゼンを、瑠璃子は全て目に焼き付けようと、カッと目を見開いて見ていたのだ。



「うぅぅぅ、ちょと目が痛いかも……。少しトイレに行ってきます」



 瑠璃子が会議室から出ようとしたら、浮田課長が「待ってくれないか!」とこちらに向かって声を掛けてくる。いつもの慎重そうな雰囲気とは違うその必死さに、瑠璃子は少し驚いた。



「今日はお弁当を作りすぎてしまって。良かったら一緒に食べないか?」



 ――え、浮田課長! 何ですかその乙女チックな誘い文句。っていうか顔! 乙女かってくらいに可愛く上目遣いなのですけれど。あ、浮田課長の方が背が高いから下目遣いか……。しかも推しの「武田くん」はドラマでお弁当を作って「同僚の木下くん」に渡していたよな。



 瑠璃子はその可愛い浮田課長の顔を見て、悶絶しそうになるのを必死に押さえ、震えながら答える。



「……お弁当ですか。それでは有り難く頂きます。……お茶、入れてきますね」

「ありがとう。俺はお弁当を取ってくるよ」



 笑顔の浮田課長は会議室を出て課のある方に歩いていった。瑠璃子は急いでトイレに行きその後に給湯室に向かう。早く戻ってあの可愛い浮田課長を堪能したいし、彼の手料理を食べたいじゃないか! と、踊る気持ちを抑えてお茶を持って会議室に戻ると、招かざる客が浮田課長の前に陣取っていた。



「課長ぅ、お昼はどうされるのですか? 良かったら一緒に食べません?」



 総務課の入社三年目の新藤さんだった。彼女はは寿退社を狙っていると有名で、この社に入社したのも高収入高学歴の自慢できる結婚相手を見つける為らしい。



 きっと独身で男前な浮田課長はターゲットなのだろう。すっかりとハンターの目になっている新藤さんは、舌舐めずりするように浮田課長に迫っていっていた。



「新藤さん! 第一会議室で午後からの会議があるでしょう? あの部屋のプロジェクターの調子が悪いから、会議の前に直してほしいって部長が言っていたわよ。聞いていたでしょ?」



 慌てた為か、少し声が裏返っている瑠璃子の声を聞いた新藤さんは、「チッ」と舌打ちしながら会議室から出て行った。



 すっかりと怯えた顔の浮田課長は「助かったよ」と、少し青い顔で瑠璃子に告げる。瑠璃子は咄嗟に後ろ手でカチャリと会議室の鍵を掛けた。そしてそのままズンズンと浮田課長の前に進んでいき、机の上に持っていたお茶を置く。



 気を取り直した浮田課長は、持って来た大きめな紙袋からお弁当を取り出している。しかしそれは想像を超えた大きさだ。



 ――ん? え? 浮田課長、それって重箱ですか?



「運動会? 会社なのに何だか行楽に来たみたいですね……」



 瑠璃子は思わず口にし、咄嗟に浮田課長を見る。失言だったかと思ったが、本人は気にしていないようで嬉しそうだ。



「西浦さんと行楽か……、フフフ」



 浮田課長は重箱を平置きにし、用意していた紙皿と割り箸をテーブルに並べる。予想外の大きなお弁当に若干驚いた瑠璃子は、中身を見て更に驚く。目の前に置かれた重箱の中身は、デパ地下で買ったのかと思うような完璧な料理の数々だったのだ。しかも可愛いキャラクターのピックが唐揚げに刺されていた。それはウサギと狼。ウサギは浮田課長で狼は……誰だろう?



「君の口に合うか分からないが、結構料理は好きな方なんだ」

「浮田課長の女子力が自分より上で泣きそうです。私は御飯を炊くことしかできないのだから。男性でここまで作れるって……。驚きました」

「え、そうなんだ。それなら料理ができるパートナーを見つければ良いんだよ。女性が作らないといけない決まりはないのだから」



 浮田課長はニッコリと微笑んでいた。その笑顔にキュンっとときめく瑠璃子は、少し顔を赤らめて下を向く。



 すると鍵を閉めたドアからガチャガチャと音が聞こえ出す。



「あれ? 何で開かないんだ? 浮田課長いるんですか? 鍵掛かってますよ!」



 同じ課で同期の田中君の声がする。ここで騒がれては不味いので、瑠璃子は立ち上がってドアを開けに向かった。一瞬、浮田課長の方を見たら「チッ」と舌打ちしているではないか! え? どうした課長! ダークモード課長を初めて見た瑠璃子は少しゾクリとした。そんな浮田課長もイイ! と。



「田中君、ゴメン! 鍵が掛かっているの知らなかったの」



 瑠璃子はとぼけてドアを開ける。田中君は室内をジロジロ覗いていた。



「あれ? 西浦さんもいたんだ? ん? もしかして二人でいやらしいことでもしていたのじゃない?」



 ニヤニヤ笑う田中君に「いや、ないから!」と瑠璃子は彼の肩を叩く。そして田中君は瑠璃子の身体越しに会議室の中を見て、浮田課長の前に並んでいる重箱のお弁当を指さすのだった。



「うわー! ずるい! 西浦さんだけ浮田課長の手料理を食べてる! あ、そうか! 独り占めしたいからドアに鍵を掛けたな!」

「んなわけない!」



 二人のやり取りを黙って見ていた浮田課長は、ゆっくりと口を開いていく。



「……田中はどうしてこの弁当を俺が作ったって思ったんだ?」



 その浮田課長の問いかけに、プププと噴き出すように笑う田中君が「いや~、聞いてくださいよ」と声を出す。瑠璃子は嫌な予感しかしなかった。



「西浦さんの家って汚部屋なんですよ。料理もできないらしく、調理器具も見当たらない! デリバリーかコンビニの弁当の空き容器が所狭しと――」

「た、田中は西浦さんの家に行ったことがあるのか……?」

「へ? はい、まあ同期ですので。コイツってば酔うと前後見境なくなるんで、俺が家まで送ったことが何回かあって。なあ? あのコレクションを見つけたときは――」



 ハッとした顔の田中君は咄嗟に口を押えていた。やっぱりコイツはいつかはアレをバラしそうだと、瑠璃子は眼鏡の奥から睨み付ける。



 すると浮田課長は「コイツ? コイツって言った」と小声でブツブツ呟いていた。



 瑠璃子は思わず「送ってもらっただけで、何もないんですよ! コレには彼女もいまして、ほら、秘書課の!」と、何だか浮気がバレてシドロモドロの人物みたいにペラペラしゃべり出す。田中君は瑠璃子のそんな様子をギョッとした顔をしているようだ。浮田課長も瑠璃子を見て固まっている。



「ほら、折角の浮田課長が作ったお弁当なんで、三人で食べましょうか!」

「そ、そうだよな……。折角だから田中も食べてくれないか。ちょっと作りすぎて……」



 田中君は「え、はい……」と少し戸惑い気味に返事をしたが、浮田課長の作った重箱弁当の豪華さに驚き、大喜びで食べたのだった。
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