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49 何かがおかしい

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「……なんだ、あの叫びは? 本当にAランクの魔物か?」

 パブロは眉間に皺を寄せていた。ディアマンテに至っては、完全に戦闘態勢に入っており、雄叫びがした方向を凝視している。ルーチェはまだ聞こえてくる魔物の雄叫びに、身体をガクガクと震わせて地面にヘタリと座り込むほどだ。

「Aランクって依頼書には書いてあったけれど、まあ、人間なんだし、間違うこともあるでしょ」

 警戒する三人とは正反対に落ち着いた様子のカルロスは、背中に背負っている荷物を漁っている。それをルーチェが見ていると、彼は緑に光るロープをリュックサックから取り出す。そのロープは何だか不思議な形状で、薔薇にあるとげのような物が全体に付いていた。

「そのロープで魔獣を拘束するの……? 痛そうなロープ」
「え? ああ、そうだね……。まあ、魔獣というか魔物を拘束することになるかな? あれ? 魔人かな……?」

 含みのある言い方をしたカルロスだが、ルーチェにはいまいち意味が解らなかった。カルロスがそのロープを腰のホックに引っ掛けて、直ぐに使えるように装備している。それを見て「戦闘が近いってことよね」と、ルーチェも心の準備をしていく。

 そんなカルロスを意味ありげに睨むパブロは、腰の緑のロープに視線を移して表情を曇らせているようだ。

「……取り敢えず、あの声がする場所にはまだ距離があるはずだよ。注意して進んでいこう」

 警戒する三人を先導するようにカルロスが先に歩き出すのだった。

 ****

 魔獣の雄叫びが近づくほどに、ディアマンテの警戒心が高くなる。いつもは虹色に光る瞳は、何だか赤が強くなっているようだ。

「マスター、俺から絶対に離れないでくれ」
「うん、絶対に離れない……」
「この洞窟にはAランクの魔物がいる筈だが、この気配はただ者ではない。様子を見るために高台へ移動しよう」

 パブロは直接泉に出る道ではなく、ちょっとした岩を登っていくことにしたようだ。岩を登れないルーチェは、ディアマンテが抱き上げて軽々と岩を登る。その様子をパブロは「俺だってできる。疲れたら交代してやるぞ」とディアマンテに告げるが、ディアマンテは「お前にマスターを触らせない!」と睨み返すのだった。

 そんな二人のやり取りにウンザリした顔のルーチェは、「……どちらでもいいよ」とつい言ってしまい、ディアマンテが少し拗ねたような顔をしたのを見てしまう。

「俺にとっては……、よくない」
「だ、だから、私は捨てられた子犬系に弱いんだって……」

 ディアマンテの腕の中から手を伸ばし、優しく頭を撫でるルーチェは「私をいつも守ってくれるのはディアマンテよ。ありがとうね」と伝える。すると彼の表情が明るくなったような気がする。

「ディアマンテってさあ、ルーチェが絡むと本当に人間っぽくなるよね――」
「え? 何て?」

 カルロスが発した言葉は少し小さく、ガラガラと落ちる小石の音でハッキリと聞こえない。ルーチェが再度聞き返そうとしたときに、一行は目的の位置に到着する。

 四人は目的地の泉が見渡せる上部の横穴にいた。泉は緑色にキラキラと光っており、そこの少し奥まった所に大きな赤い生き物が見える。それはキラキラと光る鱗を身に纏い、鋭い牙を持った龍。

「あ、あれはSSSランクの火龍……!」

 驚いて目を見開くパブロは、その視線をカルロスに向ける。カルロスは無表情で何も言わない。いきなりのSSSランク登場だというのに、驚いた様子もなかった。

「お前、正か……」

 火龍は寝ているようだ。あの雄叫びはどうやら寝言。寝言でさえもルーチェ達を警戒させる迫力で、起きていたらどうなるかと想像するだけで身震いがする。

「寝ているなら、好都合だ。今のうちに撤退だ! SSSランクなんて一国の全軍隊でも倒せるかどうか」

 パブロはカルロスを睨みながら一同にそう伝えるが、カルロスは素知らぬ顔をしていた。ルーチェはパブロの言うことがきっと正しいのを理解する。そしてディアマンテに「そうだね、お宝は諦めて帰ろう」と告げる。

「俺はどちらでもいい。マスターが選ぶ方で」

 多数決で退却となった一行は、後退するように泉から離れていく。何も言わないで立ったまま動かないカルロスの横を、ルーチェが通り過ぎようとしたときに低い声がカルロスから聞こえてきた。

「じゃあ、ルーチェには生贄になってもらおうか」
「え?」
「マスター!」

 ルーチェの身体はカルロスによって宙に投げ飛ばされていた。身体は真っ逆さまに横穴から泉に落ちていく。ドボンという大きな音とともに水中に沈むルーチェは、水中まで響き渡る火龍の雄叫びを聞くことになった。
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