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31 パンダの使い道

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「マスターの口づけは俺のモノだろう……?」
「はい? 何を言っているのよ! 相手は木、植物です!」

 急ぎ足で歩く二人は追っ手を撒くために、補整された道ではなく道なき道の獣道を進んでいく。ジオンの持っていた地図を持ち出してきたルーチェは、北西に進めば大きな街があることを発見した。

 しかし歩きで行けば数週間は掛かる道のり。途中の小さい宿場町で馬を調達しようと、ルーチェは持ち合わせているコインを頭の中で計算する。

「うーん、ギリギリ足りるかな? まあ、旅の途中で薬や魔道具を売っていけば――」

 いきなりルーチェの視界が遮られ、ディアマンテの顔が近づき唇が重ねられる。乱暴に唇をこじ開けて侵入してくる舌は、ルーチェの舌に絡みついてきた。そしてディアマンテのダイヤモンドのように光る瞳がジッと見つめてくる。

「たとえ植物だろうと許さない! マスターの唇は俺のモノだ……」

 ようやく離れた二人の唇は、糸を引きながら別れを惜しむよう繋がったまま。キスの余韻にウットリとしていたルーチェは、ハッと顔を赤らめて下を向く。自分にこんなにも執着するディアマンテを見ていると、キュッと心が音を出して縮こまる気がしてくるからだ。

 少し速く波打つ脈を誤魔化すように「は、早く逃げなくては……」と、ディアマンテの手を握って道を進んでいくのだった。

****

「一晩、銀貨一枚だ!」

 夜遅くに辿り着いた宿場町の外れにある、かなり古びた宿屋に二人はいた。時間が遅かった為に何処も満室で、唯一空きがあったのがこの宿屋。

「えー! この古さで銀貨一枚は高い!」
「イヤなら他を当たれ!」

 無愛想な宿屋の主人にそう言われ、他に行く当てのないルーチェは「う……、古いと言ってごめんなさい。一泊で」と宿帳に名前を書く。そこには念の為にホシカとこの世界の言葉で書くことにした。

 投げるように部屋の鍵を渡され「205号室」とだけ告げられた二人は、ギシギシと音がする階段を上がって二階へ向かう。

「マスター、ホシカとは何だ?」
「ああ、それはね。私の両親から付けられた本当の名前なの……」

 少し寂しそうに話すルーチェを見つめるディアマンテは、ソッと耳元で囁く。

「素敵な名前だ」

 フフフと優しく笑って笑顔になったルーチェは、「ありがとう」と言いながら少し下を向く。自然とディアマンテの手を握り、そのままゆっくりと部屋に向かって歩いていった。

 鍵を開けて室内に入り、一番初めに二人の目に飛び込んできたのは一台のベッド。そう、この部屋にはベッドが一台しかない。しかもサイズはセミダブルぐらいで、大きなディアマンテと一緒に使うなら抱き合って寝ないといけないようだ。

 睡眠が必要ないというディアマンテだが、身体を休ませることを最初は知らなかっただけで、最近は目を瞑るいわゆる「省エネモード」的なことを夜の燃料補給後はしている。

「このベッド一台でどうすれば……」
「問題ない。俺がマスターを抱きしめ――」
「えっと~、お風呂は付いているのかな~」

 ディアマンテの言葉を遮るようにしたルーチェは、部屋の中にあるもう一つの扉を開ける。

「な、何これ……!」

 その部屋には便器と水浴び用の大きな丸桶があり、その横に水汲み用の桶が二個置いてあるだけだった。もちろんシャワーなんて気の利いた物はない。今まで自分がどれだけ恵まれていて、ちゃんと衛生管理のされた環境にいたのかを痛感したルーチェは、「ジオンありがとう」と手を合わせて礼を言う。

「俺が外で水を汲んでくる」

 ルーチェが水浴びを所望していることを察したディアマンテは、桶をヒョイッと持って部屋から出て行く。ものの数分で戻ったディアマンテは、桶の水を大きな桶に移す。それを数回繰り返し、中を十分満たしていった。

「深夜に水の中に入る勇気はないから、これを適温に変える必要があるわ……」

 風呂場らしき所から部屋に戻ったルーチェは、光る石の箱を袋から取り出す。その中で赤く光る石を手にし、他に使える物はないかと自分の鞄を開けてみる。

「瞬間湯沸かし器的なものを作りたいのよね……。コレなんか良いのではない?」

 それはルーチェが現代から持って来ていた学生鞄に付いていたキーチェーン。プラスチック製マスコットで、当時流行っていた「だらけているパンダ」だ。

「これを水に浸けたらお湯に変わるようにしよう」

 ジオンから貰った魔方陣の本を開き赤い石のページを探す。水の温度を高く変える魔方陣を見つけたルーチェは、床にチョークでそのままを描き写す。そして中央にパンダを置き、赤い石を載せて呪文を唱えた。

「フエゴラエスよ! その灼熱の力をここへ……、我に力を!」

 魔方陣が目映く光り、赤い石がパンダに吸い込まれていく。全ての光が鎮まったときに、ルーチェはパンダを手に持って風呂場へと戻る。

「マスター、何をしていたんだ?」
「へへへ、今から快適なお風呂に入るのよ」

 意味が分からないディアマンテは、キョトンとしている。この世界の風呂は調理場の大きな釜で湯を沸かし、それを桶で汲んで湯涌に注ぎ、冷めるのを待って入るか蒸し風呂が多かった。それを本から学んでいたディアマンテは、ルーチェの言う風呂が理解できないようだ。

 通常、湯を作る一階の食堂は深夜のために閉まっている。ルーチェが何をするのかと、いつもよりマシマシでダイヤモンドの目を光らせるディアマンテ。そんな彼を見て「へへへ、大発明だよ!」と悪戯っぽくルーチェは笑うのだった。
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