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29 初老の執事

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 額から流れる血を袖で拭きながら、ダンバルドは持っていた鉄の板を支えにするようにして立つ。

「人型ゴーレムは貴重で、貴族からは性奴隷として闇で取り引きされているのですよ……。知らなかったのですか? ゴーレムは命令すれば一晩中でも腰を振りますからねえ」
「私は、ディアマンテをそんなことに使うために作ったのじゃありません!」
「……そうですか? その割には二人は日中から淫らに絡まり合っていたのでは?」

 ダンバルドの指摘はもっともだが、それは燃料の為であり、ルーチェとしては性的な意味はなかった。しかしその情景を思い出して赤面するルーチェを見て、「ほ う ら」とニヤニヤ笑うダンバルドは、ゆっくりと歩き出すが直ぐに壁に吹き飛ばされるように押さえつけられた。

「俺のマスターに近づくな!」
「おっと、流石にゴーレムだけあって頑丈だ……」

 ディアマンテはダンバルドの身体を大きく持ち上げて床に投げつける。

「キャー! や、止めて……。彼は人間よ! 死んでしまうわ……」

 目の前で見せられた暴力に驚くルーチェは、声を上げて止める。するとディアマンテは「マスターがそう言うなら」と、更に掴んで投げようとしていた手を止めた。

 ダンバルドは口から血を吐くが、これといって焦っている様子もない。フラフラしながら立ち上がり、胸元のポケットに入れていた小瓶を取り出し、ゴクリと一気に飲み干した。するとみるみる傷が回復していく。

「それはジオンの高級ポーション……」
「んー、これは……私が常にこの部屋で使用する為に用意しているのです。この部屋はねえ、説教部屋といいまして、まあハッキリ言って拷問部屋です。メイドを毎晩この部屋に呼び、有りと有らゆる行為で瀕死の状態にし、このポーションで回復させるのです。んー、最高の遊び!」

 顔を紅潮させながら、その残虐な行為の説明をするダンバルドを見て、ルーチェは「ウッ」吐きそうになる。そしてその残虐な行為を、ダンバルドは自分にするつもりだったことも理解した。

「……マスター、コイツはクズだ! 今ここで殺しておいた方が世のためだ」
「おっと、ゴーレムのくせに生意気なことを言いますねえ~。んー、お前は後で貴族に売ろうと思っていたが、破棄だな! その忌ま忌ましい光る目は、くり抜いて指輪にしてやろう!」

 圧倒的な体格差があるのに強気な言動のダンバルドに、違和感を覚えるルーチェだが、直ぐにその謎が解ける。いつもダンバルドの側に常にいた初老の執事が、いつの間にか室内にいたのだから。

「彼はね、先の大戦の英雄に剣術を習った凄腕の剣士だったんです。表面上は執事ですが、本当の役割は私の護衛。あの大男の護衛はタダの見せかけです。んー、すばらしいでしょ?」

 初老の執事は剣を鞘から抜き構える。その構えは美しく、片手で剣を横一直線に顔の横に構え、もう一方の手は剣先に添えるように置かれていた。

 その構えを、驚いたように目を見開いて見ているディアマンテは、何かを言いたげに口を数回パクパクと開けている。すると執事の剣が素早く動き、突きの要領で剣先がディアマンテに向かってきた。寸前で剣をかわしたディアマンテは素早く動き執事の背後に立ち、瞬時に腕を首に回す。

「俺はお前のその動きを知っている……」

 執事は力いっぱい腕を動かしてディアマンテに肘打ちをし、少し緩まった拘束からすり抜けて距離をとった。

「喋っている暇があるなら構えろ!」

 それを聞いたディアマンテはニヤリと冷たく笑い、持っていた剣を颯と抜いた。たった少し剣技を見ただけで、構え方を習得したのか、執事と同じように剣を横向き一直線にして構える。

「ああ、先ほどの門番の構えより、こちらの方がしっくりくる」

 涼しげな表情のディアマンテは、首をクルッとストレッチするように動かし執事をギロリと睨む。するとダンっと一歩を先に踏み込んだ執事が、「遅い!」と声を上げて一撃を見舞った。

 しかし難なくその一撃を剣でブロックしたディアマンテは、では今度はこちらからと、執事がやったのと同じ一撃を見舞うのだ。そんな二人のやり取りは何度も続く。

 その二人のやり取りに少し疑問を持ったルーチェは、何かを小声で呟く執事を注意深く見る。すると執事はディアマンテと戦いながらも、「遅い」「半歩遅い」「右がガラ空きだ」等と稽古を付けているようだ。ディアマンテも何だか楽しそうに「ではこれはどうだ?」と新たな動きを見せていた。

 ――え、何? これって戦っているの? それとも指導?

 ルーチェが気が付くようなら、洞察力が優れた商人のダンバルドは既に理解しているだろう。執事とディアマンテのやり取りに苛立ちだし、「何をやっているのだ!」と怒鳴り声を上げた。

「ダンバルド様、申し訳ありません。この者は意外と腕が立ちまして、なかなか仕留めるの難しいのです」

 明らかな口先だけの言葉に、ダンバルドは「黙れ!」と更に声を張り上げたのだった。

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