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歌える場所

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 タカによる殺傷事件から暫く経ち、時貞の傷も良くなってきた。松医師の許可が出たので、時貞は外出する日が増える。時貞の脚はまだ完全に元通りにはなっておらず、少し脚を引きずる事もあるが、一人で歩けるようになっていた。


 最近は一人で外出する事を許されているヒロトは、何処かで歌を歌える所はないか探して夜の街を徘徊していた。


  所属するバンドを無くしたヒロトは、歌う場所が無くなり途方にくれていたのだ。再度、バンドのメンバー募集をしようか悩んだが、どうやらヒロトと関わるなとの噂が飛び交っており、誰も相手にしてくれなかった。ライブハウスに顔を出して馴染みのバンドに挨拶をしようとしても、皆怯えて目も合わせないのだ。


 時貞の前で毎日歌ってはいたが、一度ステージに立つ興奮を知ってしまっているヒロトは、もう一度歓声の中で歌いたいと思っていたのだ。


 歌うことを止めたくなかったヒロトは、何軒かのピアノバーに訪れて歌わせてもらえないか尋ねてまわる。しかしこのご時世、何処も良い返事はくれなかったが、時貞と以前に行ったバーのマスターが、「うちは駄目だけど、ここなら大丈夫かも」と一件紹介してくれていた。


 そこのオーナーはヒロトの外見を見て少し渋っていたが、ヒロトは頼み込んでオーディションを開いてもらう事になったのだ。ビジュアル系バンドマンの見かけでは、ピアノバーでは不釣り合いだと思われたのだろう。


「最初は給料は出ないけど、本当に良いの? もちろん、評判が良かったら給料を払うけど……」

「大丈夫っす! 俺、一応住むとこあるし。本当にありがとうございます!」


 ピアノの生演奏に合わせてポップスを歌うというのは、ヒロトにとっては未開の世界。いくら時貞の為に家で歌っていようとも、生演奏で歌うのはあのピアノバーでのセッション以来無いのだから。


「じゃあ、ちょっと歌ってみようか」


 オーナーの合図でピアノの演奏が始まった。ヒロトは「あ、コレ知ってます!」と笑顔を見せて歌い出す。


 ヒロトの歌声を聞いたオーナーは瞬時に目を大きく見開く。ピアノの伴奏者と何度も目線を交わしている。1曲目が終わると、続けて2曲目が始まり、それも時貞のお陰で知っていた曲だったので、ヒロトは難なく歌い終わった。


「ひ、ヒロト君……。君って前はビジュアル系バンドマンだったんだよね? そうか、ステージ馴れしてるわけか……。うん、良いよ! 次の週末から来てくれる? お給料もこれなら出すよ!」

「あ、ありがとうございます! 俺、メチャメチャ頑張ります!」


 ヒロトは満面の笑顔でピアノバーを後にするのだった。


****


「時貞! 俺、ピアノバーで歌えることになったぞ」


 夜遅くに外から戻った時貞の側に駆け寄るヒロトは、子犬の様に時貞の回りを嬉しそうにクルクル回っている。そんなヒロトを嬉しそうに目を細めて見ている時貞は、「良かったなあ」とヒロトの頭をポンポンと叩く。


 するとフワッと時貞から女物の香水の匂いがし、ヒロトは少し顔色を曇らせて時貞を寂しそうに見つめる。最近は全く女の影が見えなかった時貞だったので、ヒロトは時貞には自分だけだと勝手に信じていたのだ。それを裏切られた風に思ったヒロトは、スッと横を向いて時貞の側から離れていく。


「ん? 何だ? お前、何か怒ってるのか?」


 ヒロトの態度の意味が分からない時貞は、離れて行くヒロトの腕を掴み側に強引に引き戻す。


「お、怒ってねえよ……。女の匂いしてる……から。俺が側に寄るのも悪いかと思って」


 自分でも意味の分からない事を言っている自覚はあったヒロトだが、何か理由を付けて時貞の側から離れたかったのだ。そんなヒロトの様子をジッと見つめる時貞は、何かに気が付いた様にクククと喉の奥で笑い出す。


「女の匂いを気にしてるとは、なんだ嫉妬か?」


 ヒロトの臀部を両手で鷲掴みする時貞は、ヒロトの尻タブを左右にグイッと引っ張る。ヒロトが室内着として使っているトレーニングウエアに包まれた臀部は、伸縮素材のお陰で簡単に時貞の手の中で形を変えた。時貞に揉みしだかれる臀部を意識するヒロトは、「ん……」と甘く小さな吐息を漏らすのだ。


「ち、ちげえよ……。だって、女を抱いた余韻に浸っている所に、野郎が近づいてきたら萎えるだろう……?」


 時貞は更に笑い出し、ヒロトのズボンのウエスト部分からスルリと指を滑り込ませ、指の一本が尻の合わせ目に触れる。ビクッと身体を少し弓形にしたヒロトは、その指がその次に何をするのかを想像して期待を膨らませた。


「これはなあ……、本家の姐さんの匂いだ。ちょっと年増の美人だぜ。けどなあ、俺も本家の組長おやじの嫁に手を出す程馬鹿じゃねえよ」


 時貞の言葉を聞いてホッとした顔をするヒロトに、時貞は満更でもない顔をして唇を重ねてくる。そのキスは始まりこそ優しいものだったが、直ぐに熱を帯びた情熱的でいやらしいキスに変わっていった。


 散々貪りあった互いの唇が離れた時、ヒロトの口から「……抱いてくれ」と漏れる。それを聞いてニヤリと妖しく笑う時貞は、「ああ、朝まで抱き潰してやるよ……」と答えるのだった。 
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