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男の名前は時貞
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「なあ、アンタの名前はなんていうんだ……?」
高級外車の後部座席に座るヒロトの横で、男は脚を組んで黙って座っている。男の長い足は少しヒロトの脚に当たっているが、男はそのまま脚を動かそうとせずにいた。ヒロトの方が遠慮して脚をスッと動かすのだが、男がまたヒロトの脚に触れてくる。その度に、ヒロトのチェーン付きウォレットがカチャカチャと音を立てていた。
ヒロトは一端、自分のアパートに連れていかれ、数日分の着替えを用意した。服も着替えてもう全裸ではない。ビジュアル系バンドマン御用達の服は、無意味に穴が空いたデザインで、男から「汚え恰好だ」と笑われたのだった。
「ん? 俺か……、俺の名前は時貞だ」
「……時貞? 苗字か? 変わった名前だな……」
すると時貞がスッとヒロトの髪に触れる。一瞬ビクッと驚くヒロトだったが、時貞が優しく自分の髪に触れ、クルッと指に絡ませて遊んでいるのをジッと見つめてしまう。
時貞の指は身体に見合って太く大きい。ヒロトの指は華奢で女のようだとよく揶揄われるので、男らしいゴツゴツとした手に憧れがあった。その時貞の指をジッと意味も無くヒロトは見つめていたのだ。すると時貞が「なあ……」と静かに話し出す。
「この髪はお前の自慢なのか? 手入れしてあって肌触りが良い。金髪にブリーチしているわりに艶がある」
「……ああ、金髪のロングは俺のトレードマークでもある。王子ってあだ名で呼んでくる奴もいるんだ」
それを聞いて「……王子ね」とクククと笑い出す時貞は、パッとヒロトの髪から手を離して前を向き、運転手に「……行き先変更だ。俺のマンションに行け」と告げる。ヒロトは「……マンション?」と呟くが、いきなり蛸部屋に掘り込まれて働けと言われるよりはマシかと思ったのだった。
暫く高速道路を運転した後に、車は高層マンションの地下駐車場へと入って行く。ヒロトは東京に住んでいるが、この辺りには殆ど来る事もない高級マンション街だったのだ。ヒロトに貢ぐ女達の誰一人として住んでいないこの界隈は、成功者の土地としてヒロトの中で憧れがあった。
「……時貞はこんな所に住んでいるのか?」
「まあな。別に何も特別なことはない……。あ、東京タワーが部屋から見えるぞ」
それを聞いてパーッと顔を明るくしたヒロトは「スゲー!」と興奮気味に声を上げた。すると車は静かに地下エレベーター入り口前に停車し、助手席にいた男が時貞の車のドアを開ける。
時貞は車から出て直ぐに「用があったら連絡するからそれまで邪魔するな」と男に告げた。それを聞いた男は「……はい」と静かに答えたが、ヒロトを少し哀れんだ目で見ているのだ。それを少し変に思ったヒロトだったが、憧れの高級マンションに入れることの方が重大で、特に気にもしなかったのだった。
(何だよアイツ……。気分わりーな)
ヒロトは興奮を必死に抑えながら、高級マンションのエレベータに向かって歩く。既にエレベーターの中に入っている時貞は、「早く来い」とヒロトを急かした。ヒロトは「分かってるよ」と中に入り、ドアが閉まるのを意味も無く見ていると、頭を下げて礼をしていた男がニタリと笑ってヒロトを見る。
「なあ、アイツ……。なんで笑ってるんだ?」
エレベーターのドアが閉まり、ヒロトは時貞に尋ねる。時貞は「そりゃ、お前が羨ましいんじゃねえか? 天国にイケるお前が……」と答えるが、ヒロトには天国の意味が分からず、「高層階の夜景を見たいのか? 子供みたいなヤツだなあ!」と、自分の事を棚に上げて笑い出すのだった。
高級外車の後部座席に座るヒロトの横で、男は脚を組んで黙って座っている。男の長い足は少しヒロトの脚に当たっているが、男はそのまま脚を動かそうとせずにいた。ヒロトの方が遠慮して脚をスッと動かすのだが、男がまたヒロトの脚に触れてくる。その度に、ヒロトのチェーン付きウォレットがカチャカチャと音を立てていた。
ヒロトは一端、自分のアパートに連れていかれ、数日分の着替えを用意した。服も着替えてもう全裸ではない。ビジュアル系バンドマン御用達の服は、無意味に穴が空いたデザインで、男から「汚え恰好だ」と笑われたのだった。
「ん? 俺か……、俺の名前は時貞だ」
「……時貞? 苗字か? 変わった名前だな……」
すると時貞がスッとヒロトの髪に触れる。一瞬ビクッと驚くヒロトだったが、時貞が優しく自分の髪に触れ、クルッと指に絡ませて遊んでいるのをジッと見つめてしまう。
時貞の指は身体に見合って太く大きい。ヒロトの指は華奢で女のようだとよく揶揄われるので、男らしいゴツゴツとした手に憧れがあった。その時貞の指をジッと意味も無くヒロトは見つめていたのだ。すると時貞が「なあ……」と静かに話し出す。
「この髪はお前の自慢なのか? 手入れしてあって肌触りが良い。金髪にブリーチしているわりに艶がある」
「……ああ、金髪のロングは俺のトレードマークでもある。王子ってあだ名で呼んでくる奴もいるんだ」
それを聞いて「……王子ね」とクククと笑い出す時貞は、パッとヒロトの髪から手を離して前を向き、運転手に「……行き先変更だ。俺のマンションに行け」と告げる。ヒロトは「……マンション?」と呟くが、いきなり蛸部屋に掘り込まれて働けと言われるよりはマシかと思ったのだった。
暫く高速道路を運転した後に、車は高層マンションの地下駐車場へと入って行く。ヒロトは東京に住んでいるが、この辺りには殆ど来る事もない高級マンション街だったのだ。ヒロトに貢ぐ女達の誰一人として住んでいないこの界隈は、成功者の土地としてヒロトの中で憧れがあった。
「……時貞はこんな所に住んでいるのか?」
「まあな。別に何も特別なことはない……。あ、東京タワーが部屋から見えるぞ」
それを聞いてパーッと顔を明るくしたヒロトは「スゲー!」と興奮気味に声を上げた。すると車は静かに地下エレベーター入り口前に停車し、助手席にいた男が時貞の車のドアを開ける。
時貞は車から出て直ぐに「用があったら連絡するからそれまで邪魔するな」と男に告げた。それを聞いた男は「……はい」と静かに答えたが、ヒロトを少し哀れんだ目で見ているのだ。それを少し変に思ったヒロトだったが、憧れの高級マンションに入れることの方が重大で、特に気にもしなかったのだった。
(何だよアイツ……。気分わりーな)
ヒロトは興奮を必死に抑えながら、高級マンションのエレベータに向かって歩く。既にエレベーターの中に入っている時貞は、「早く来い」とヒロトを急かした。ヒロトは「分かってるよ」と中に入り、ドアが閉まるのを意味も無く見ていると、頭を下げて礼をしていた男がニタリと笑ってヒロトを見る。
「なあ、アイツ……。なんで笑ってるんだ?」
エレベーターのドアが閉まり、ヒロトは時貞に尋ねる。時貞は「そりゃ、お前が羨ましいんじゃねえか? 天国にイケるお前が……」と答えるが、ヒロトには天国の意味が分からず、「高層階の夜景を見たいのか? 子供みたいなヤツだなあ!」と、自分の事を棚に上げて笑い出すのだった。
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