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第11章

第110話 発表会のあと

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「やあ、リナーリア君、お疲れ様。芸術発表会の後片付けは大変だっただろう」
「ありがとうございます。生徒会の皆様と協力して、なんとか無事に終わりました」

 テーブルの向かいで爽やかに笑うスフェン先輩に、私は微笑み返した。
 今日はまた先輩とそのファンの方々との昼食だ。
 エレクトラム様やシリンダ様もいる。私もずいぶんこのメンバーに馴染んだ気がするな。

「先輩も、最優秀演者選出おめでとうございます」
「ありがとう。頑張って練習をした甲斐があったよ」

 先輩のクラスは一番最後の発表で内容は歌とダンスだったのだが、メインとして最前列で演技をしていた先輩はダイナミックなダンスで観客を釘付けにし、見事女子の最優秀演者の座に輝いていた。
 もちろんいつも通りの男装だったのだが、ファンの方々はちゃんと女子の方に投票するという事で統一していたらしい。
 私も発表を見ていたが、やはり先輩って華があるんだよな。選ばれたのも納得だ。

 なお、男子の最優秀演者では殿下がかなりの票を獲得していた。残念ながら僅差で三年生の生徒が上回り2位に終わってしまったが。
 芸術発表会の投票は発表内容が凝っている三年生に集中しがちだからなあ。女子の投票は三年生複数名で票が割れたために先輩に1位が転がり込んだ形だ。
 殿下は本当に惜しかったが、生徒の間で殿下の人気が上がってきているようでとても嬉しい。


「発表会と言えば」と、私は先輩の隣に座るエレクトラム様に話しかける。

「歌の先生をご紹介いただき本当にありがとうございました。エレクトラムお姉さま」

 すると、エレクトラム様は「良くってよ!」と得意げに頬を上気させた。
 実は今日先輩たちの昼食会に参加させてもらったのも、エレクトラム様にお礼が言いたかったからだ。
 かなり個性的な先生だったが、腕は確かでとても分かりやすく教えてくれた。おかげでちゃんと独唱も歌えたし、女子の最優秀演者には私への投票も多少あったらしい。
 両親やラズライトお兄様夫婦も、とても喜んで私の発表を見てくれたようだ。

 さらにクラス別の投票ではティロライトお兄様のクラスの発表が1位になって、発表会翌日に屋敷へ呼ばれた私とお兄様は皆に物凄く褒めちぎられた。
 ちょっと照れくさかったが、どうも近頃は家族に心配をかける事が多かったので、このように平和な行事で認めてもらえてほっとした。少しは胸を張れたように思う。

 ラズライトお兄様が「帰りにスミソニアンが荒ぶって大変だった」とちらりと言っていたのが気になったが、コーネルが「お嬢様は知らなくて良い事です」と冷たく言っていたのであまり深く考えない事にした。
 コーネルにとってスミソニアンは上司であり紅茶の師匠でもあるはずなのだが、何故か昔から妙に辛辣なのだ。
 何か彼女に嫌われるような事でもやったのかもしれない。有能な執事長なんだけどな…。

 それはそうと、先輩は私のクラスの発表に感銘を受けたようだ。

「リナーリア君や王子殿下の歌はとても素晴らしかったね!ウサギや獣たちの衣装も可愛らしかった。特に、あのつけ耳だね。僕も一度着けてみたいな」
「そうですね、多分近々販売されるんじゃないでしょうか。先輩なら猫などお似合いかと思いますよ」

 あの動物のつけ耳カチューシャは芸術発表会後、すぐに貴族の間で評判になったらしい。
 どこで手に入るのかという問い合わせが既にいくつも学園に来ていて、生徒会役員でもある私がこれに対応する事に決まってしまった。

 発案者の殿下は「好きにしてくれ…」と投げやりな様子だったので、製作者であるアフラ様の方に打診したら非常に乗り気だった。多分丸投げしても大丈夫だろう。
 彼女の実家は服飾関係の産業が有名だったはずなので、これで一発儲ける気なのではないだろうか。
 同じく衣装作成を担当した女子数名の家と提携して販売していきたいというような事を言っていた。

 後で揉めたりしないよう念のため、殿下が発案であることを明示するように釘を刺しておいたが、その方が箔がつくからか喜んで了承してくれた。
 皆殿下に感謝していたし、また殿下の支持者が増えて私としても嬉しい限りだ。

「…それに最後、旅人がウサギを抱いて去っていく演出はドラマチックで良かったよ。君が花を持っていたからてっきり旅人を見送る結末だと思っていたんだけど、良い意味で予想を裏切られたね」

 感心したように先輩は言うが、私としては恥ずかしくて仕方ない。

「実はあれ、クラスの皆が私を驚かせようとやった事だったんですよ…。私もあの演出をするとは知らなかったんです。いきなりあんな風に抱き上げられて、すごくびっくりしました…」

 今思い出しても頬が熱くなる。いたたまれず下を向くと、先輩は少し目を丸くしたようだった。
「へえ…」と言いつつ私の顔を見る。

「そう言えば武芸大会の時、僕も君を抱きかかえて歩いたことがあったよね?」
「えっ?…あ、そうでしたね。あの時はご迷惑をおかけしました」

 魔術干渉に抗おうとして、四重魔術を使ってひどく消耗した時だ。あの後も色々あったからすっかり忘れていた。
 先輩にはちゃんと感謝しなければ…と思ったのだが、先輩は何やらじっと私を見つめている。

「どうかしましたか?」
「いいや、何でもないよ」

 そう言って、先輩は優しく笑った。



 その日の放課後。

「もう、リナーリア様ったら、本当に体力がないわ!」
「す、すみ、すみません…」

 私はゼーハー言いながら闘技場の床にへたり込んでいた。

 武芸大会後カーネリア様からは「どうしても一度剣で手合わせして欲しい」と言われていた。
 芸術発表会も終わり暇ができたので、一度くらいならと了承したのだが、案の定この結果である。
 身体強化を使えばいい勝負にはなるのだが、体力に差があるので2本3本と続けていけばすぐに負けが混んでしまった。
 近頃はランニングなどもしているが、やはり長年鍛えている人には全く及ばない。剣を握る手も痛いし。

「これでお兄様に勝っちゃったんだものねえ」
「あれは作戦勝ちですので…」

 物凄く複雑そうなカーネリア様に、何とか立ち上がった私は苦笑する。
 私の剣筋はスフェン先輩に比べて明らかに鈍かったはずだが、それがスピネルからは何かを誘う罠のように見えたのだと思う。
 そこでさらに幻術を解除し、驚かせて不意を突いたから勝てたのだ。

「最初からまともに斬り合っていたら、数合も保たなかったと思いますよ」

 そう言うと、カーネリア様は思いきり顔をしかめた。

「だからますますお兄様が情けないのよ!全くもう!」

 まあそれはその通りだ。
 しかしカーネリア様は未だに憤懣やるかたない様子だな。もう1ヶ月は経つというのに。
 ちなみにスピネルはあれ以来、レグランドに呼ばれたりブーランジェ公爵に呼ばれたりしてしごかれているらしい。
 たまにげっそりした顔で学校を出て行くのを見かけるので、少しだけ同情していたりする。

 スピネルも大変だよなあ…と思っていると、カーネリア様はぽつりと「本当に情けないんだから…」と呟いた。
 なんだかカーネリア様らしくない少し寂しそうな言い方だ。

「…そのくせ、私が同級生から告白されたとか、ユークに手紙を出したとか、そんな事はよく知っているのよ!本当に腹が立つったらないわ!!」
「あはは…」

 あいつも結構な事情通だからな。
 貴族間の噂に詳しいのは従者として必要なスキルなのだが、それでしっかり妹の身辺にも目を光らせているというのは笑える。
 いや、カーネリア様からすると冗談ではないのだろうが。

「カーネリア様の事を心配しているんですよ」
「大きなお世話だわ…」

 カーネリア様は心底嫌そうだ。
 そういえば殿下が「カーネリアも思春期になったとスピネルがぼやいていた」と言っていたが…なるほど。心配すれば恨まれるのだから、兄というのも複雑なものだ。
 でもちょっと羨ましい。私にも妹か弟がいればなあ。


 そんな話をしている間に、闘技場に次の使用者がやって来たようだ。
 カーネリア様と二人で闘技場を降りる。

「ね、食堂でお茶をしていきましょ!最近新しく増えた黒スグリのパイが美味しいのよ」
「それは良いですね」
「あとね、私ペタラ様の好きな人が誰なのか分かったかもしれないわ」
「まあ、本当ですか?」

 楽しげに話すカーネリア様はいつも通りで、少し安心する。
 彼女にはやはり元気な笑顔が似合うと思いながら、その後ろへと続いた。
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