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第10章
第105話 武芸大会・13
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それからしばしの休憩を挟み、騎士部門の決勝戦が行われた。
「東、騎士課程1年、エスメラルド・ファイ・ヘリオドール!西、騎士課程3年、ウルツ・ランメルスベルグ!」
殿下の相手はタッグ部門でも殿下と戦ったランメルスベルグ兄弟の兄の方だ。
タッグ部門では盾も使っていたが、こちらでは普通に剣だけを持っている。
《エスメラルド選手は先程、タッグ部門で準優勝を決めたばかり!対するウルツ選手は、タッグ部門1回戦でエスメラルド選手の組と戦い敗れています!果たしてリベンジはなるのか!》
両手を握りしめながら、私は闘技場の上の殿下の姿を見つめた。
両隣にはスピネルと先輩がいて、同じように闘技場を見守っている。
選手用の観戦席に入れるのは当日試合に出る者だけなので、今日はここはかなりがらんとしているのだが、せっかくなので一緒に試合を見る事にしたのだ。
審判の号令と同時にウルツが斬りかかり、殿下がそれを避けた。
ウルツは攻守ともに優れた、ごく正統派の剣士だ。タッグ部門とは違い、正攻法で正面から殿下と戦う気らしい。
殿下もそれを受けて立つつもりのようで、純粋に剣の腕で勝負する試合になりそうだ。
お互いまずは様子見するつもりらしく、牽制し合いながら軽く剣を合わせている。
殿下にタッグ部門での疲れは見受けられず安心した。殿下は守りを固め粘りながらの持久戦が得意なだけあり、元々かなり体力があるのだ。
緩急をつけて繰り出された剣を、ウルツがぎりぎりで避ける。
「殿下の動き、以前と少し変わりましたよね。時々スピネルに似てるように思います」
そう呟くと、「あー。それな」とどこかぼやくような口調でスピネルが答えた。
「おかげで最近やり辛くてしょうがねえ」
いかにも面倒くさそうな顔をしているが、これは内心ちょっと嬉しがってるな。
面倒なのはお前の性格だと言いたい。言わないでおいてやるが。
「真似しようと思ってできるものとは思えないけど…」
先輩が少し眉を寄せる。
確かにスピネルの動きは天性のものがあると思う。要するに才能というやつだ。
あの柔らかい膝の使い方とか、流れるような体重移動とか、どの動作も非常に滑らかで淀みがないから動きが読みにくい。しかもそこに多彩なフェイントまで入れてくるのだ。
あとこれは前世の殿下が言っていたのだが、視線誘導が抜群に上手い。さすがの殿下もそれまでは真似できていないようだが。
「そりゃ、殿下とは10年以上一緒に剣振ってるからな。俺の動きをよく知ってる」
「なるほど…いや、それならむしろもっと似ていても良いんじゃないのかい?兄弟弟子なんだろう?」
「そこは教えた師匠に聞いてくれよ。あの人どんだけの流派修めてんだか分かんねえ」
「剣聖ペントランドか」
そういやあのご老人、私と殿下で全く違う教え方をしていたもんな。…才能や運動能力に差がありすぎたせいかも知れないが。
「気難しそうに見えますけど、話すと意外に気さくな人ですよ。先輩も見かけたら声をかけてみたら良いんじゃないでしょうか」
「お前本当、人見知りなのか怖いもの知らずなのかどっちなんだよ。まあ意外に気さくってのは当たってるが…あと甘いもの好きだから、多分それで釣れるぞ」
「本当かい?それは良いことを聞いたな」
そうこう言ってる間にも、殿下とウルツの戦いは白熱していた。
ウルツの鋭い突きを受け流した殿下が、横薙ぎの一閃で反撃する。ウルツはなんとか防いだが、姿勢が崩れかかっている。
更に重ねて剣が振るわれ、その度に少しずつウルツの側が苦しくなっていく。
…そして、ついに殿下の剣がウルツの喉元に突きつけられた。
「…勝者、エスメラルド・ファイ・ヘリオドール!!」
《3年生のウルツ選手を真っ向から打ち破り、1年生のエスメラルド選手が勝利!1年生による優勝は史上3人目の快挙です…!!》
「や、やりました…!!殿下の、殿下の優勝です!!」
「ああ!やったな…!!」
嬉しさのあまり、横のスピネルと両手でハイタッチをする。
「本当に、大した王子様だね。タッグとは言え勝てたのが嘘みたいだ」
先輩は腕を組んで感嘆している。
やはり殿下は凄いのだ。前世でも凄かったけど、今世の方がもっと凄いかもしれない。
「殿下!!おめでとうございます…!!」
力の限り拍手をしていると、殿下がこちらを振り返りその剣を持ち上げた。
《エスメラルド選手、大会出場者席に向かって勝利の剣を掲げます!!》
ヒュームの実況を聞き、私ははっと気が付いた。出場者用の観戦席には今、私たち以外ほんの数人しかいないのである。
会場中の視線がこちらに集中しているのが分かり、耳のあたりが熱くなる。
「ほら、ちゃんと手を振ってやれよ」
「え!?」
横から言われ、私は思わず見返した。そう言うスピネルは手を振らずに拍手を続けている。
思わず先輩の方を振り返るが、同じく拍手をしている先輩にもにっこり笑われてしまった。
「早く。ここはそういう場面だよ」
そういう場面って…。
羞恥で赤面しつつ、ためらいがちに殿下へと手を振ると、殿下は珍しく分かりやすい笑顔で喜びを顕わにした。
あんなにはっきりと笑っているのは本当に珍しい。よほど嬉しいんだろう。
つい私まで嬉しくなり、ぶんぶんと手を振る。
《なんとも美しい光景ですね…!》
ふと観客席を見る。一番手前に作られた特別席は国王陛下のためのものだ。毎年、決勝戦には必ず観戦に来る事になっている。
陛下も、その隣の王妃様も、とても嬉しそうに満足げな笑顔を浮かべていた。
そちらへと誇らしげに一礼する殿下に、私はもう一度大きく拍手をした。
表彰式と閉会式の後。
「…王子殿下、スフェン様、リナーリア様、優勝おめでとうございます!!」
カーネリア様の声でぱちぱちと拍手が上がり、私たちはそれぞれ「ありがとうございます」とか「ありがとう」とお礼を言った。
ここは学院の食堂の一角だ。
私達の健闘を称えるため、カーネリア様やニッケルやペタラ様、セムセイ、ヘルビンなどの親しい者たちが集まってくれたのだ。
ちなみに先輩ファンの方々とは夜に祝勝会をやる予定である。
さらに明日は先輩を伴ってうちの屋敷に行く事になっており、両親が怒っていないか少々不安だが、まあ優勝したから大丈夫だろう…多分。
結果オーライというやつだ。
「まさか優勝するなんて、本当凄いっす!」
感激している様子のニッケルに、私はニコニコした。
殿下は騎士部門で優勝、私たちはタッグ部門で優勝と、本当に私にとっては最高の結果だ。
…彼女たちや、魔術干渉の件は気になるが。今は純粋に喜びに浸ってもいいだろう。
「タッグ部門では私たちが勝ちましたが、殿下は本当に腕を上げられましたね。お見事な試合でした」
「ありがとう。修業の成果を見せられて嬉しい」
生真面目に礼を言う殿下。
そこに「そうそう!」とカーネリア様が声を上げる。
「私、びっくりしちゃったわ。リナーリア様が剣を使えるなんて、全く知らなかったもの」
「昔ちょっと齧っていたんです。剣についても知識があった方が魔術支援はしやすいですし。それで、今回の大会に向けて改めてスフェン先輩と練習しました」
「本当に勉強熱心でいらっしゃるのねえ…」
ペタラ様は感心しきりだ。隣の先輩が紅茶を片手にうなずく。
「僕も最初聞いた時は驚いたけどね。意外としっかり型ができていたから、幻術と合わせて作戦に組み込む事にしたんだ。思った以上に上手く嵌ったよ」
「そうねえ。てきめんに効いていたものね。…ね!お兄様!!」
カーネリア様に笑顔で話しかけられたスピネルは、無言のまま凄まじい渋面を作った。言い返せないらしい。
私としても、スピネルがあれほど不意打ちに弱いと思わなかったので意外だった。
最後に幻術を解除したのは、少しでも驚かせ怯ませたかったからなのだが、まさかあんな一瞬動きが止まるほどに効くとは。
「あれは本当にカッコ悪かったよね…」
「解説のお兄さんにめちゃくちゃこき下ろされてたっすよね」
「完全に公開処刑だったよな」
「お前ら全員表に出ろ!!」
セムセイ、ニッケル、ヘルビンの男連中に寄ってたかってイジられたスピネルが切れた。
「自業自得だろう」と殿下が少し呆れる。
ちょっと可哀想だが、私がフォローする訳にもいかないのでそっとしておこう…。
「そんなに悔しいなら、お兄様も騎士部門に出たら良かったのよ。そうしたら殿下みたいに、名誉挽回の機会があったのに」
カーネリア様が唇を尖らせた。
そうか、彼女はそれが悔しいと言うか、腹立たしいんだな。
きっと兄が騎士部門で活躍する所が見たかったのだ。スピネルが出ていたら上位入賞は間違いなかっただろうし。
「まあ、来年出れば良いのではないですか?」
そう言った私に、向かいの殿下もうなずいた。
「一緒に戦うのも面白かったが…お前には、やはり勝ちたい」
それを聞いたスピネルは、片眉を上げて「…考えとく」とだけ答えた。
「来年の話なら、次こそヘルビンも出るんだろう?」
先輩に話しかけられ、ヘルビンが眉をしかめた。
「は?なんでだよ」
「武芸大会の成績は査定に響くよ。近衛騎士団に入りたいなら、ちゃんと出て良い成績を残さないと」
「な、何で知ってるんだよ!?」
ヘルビンがぎょっとして、それからニッケルを振り返った。ニッケルがぶんぶんと首を横に振る。
「ふふふ、この姉の目は誤魔化せないよ。弟がどんな将来の夢を持っているかくらいお見通しさ」
先輩は得意げに言うが、ヘルビンが近衛騎士になりたがっているとバラしたのは実は私である。
前世で殿下から聞いた事だったので、今世では違うかも知れないと先輩には一応注意しておいたが、どうやら同じ目標を持っていたらしくて安心だ。
「ほう。近衛騎士になりたいのか」
「…ええ、まあ…」
少し目を丸くした殿下に、ヘルビンが恥ずかしそうに答える。
「僕も来年は出ようかなあ。彼女に良い所を見せたいし」
「その前にちょっとは身体を絞った方がいいぞ。最近太りすぎだろ」
のんびりした口調で言ったセムセイに、スピネルがジト目になった。
スピネルと仲の良いセムセイは元々やや太めだったのだが、最近ことに丸くなってきたように見える。
すでに婚約者がいる彼だが、相手はこの体型を見て何も言わないのだろうか…。
「私も来年はどっちかの部門には出たいわ。いっぱい修業を頑張らなきゃ!」
カーネリア様がぐっと拳を握り、ペタラ様が微笑ましげな顔になった。
…来年か。
ずいぶん先のことのように思えるが、またこうして皆で勝利を祝い合えていたらいいな、と思った。
「東、騎士課程1年、エスメラルド・ファイ・ヘリオドール!西、騎士課程3年、ウルツ・ランメルスベルグ!」
殿下の相手はタッグ部門でも殿下と戦ったランメルスベルグ兄弟の兄の方だ。
タッグ部門では盾も使っていたが、こちらでは普通に剣だけを持っている。
《エスメラルド選手は先程、タッグ部門で準優勝を決めたばかり!対するウルツ選手は、タッグ部門1回戦でエスメラルド選手の組と戦い敗れています!果たしてリベンジはなるのか!》
両手を握りしめながら、私は闘技場の上の殿下の姿を見つめた。
両隣にはスピネルと先輩がいて、同じように闘技場を見守っている。
選手用の観戦席に入れるのは当日試合に出る者だけなので、今日はここはかなりがらんとしているのだが、せっかくなので一緒に試合を見る事にしたのだ。
審判の号令と同時にウルツが斬りかかり、殿下がそれを避けた。
ウルツは攻守ともに優れた、ごく正統派の剣士だ。タッグ部門とは違い、正攻法で正面から殿下と戦う気らしい。
殿下もそれを受けて立つつもりのようで、純粋に剣の腕で勝負する試合になりそうだ。
お互いまずは様子見するつもりらしく、牽制し合いながら軽く剣を合わせている。
殿下にタッグ部門での疲れは見受けられず安心した。殿下は守りを固め粘りながらの持久戦が得意なだけあり、元々かなり体力があるのだ。
緩急をつけて繰り出された剣を、ウルツがぎりぎりで避ける。
「殿下の動き、以前と少し変わりましたよね。時々スピネルに似てるように思います」
そう呟くと、「あー。それな」とどこかぼやくような口調でスピネルが答えた。
「おかげで最近やり辛くてしょうがねえ」
いかにも面倒くさそうな顔をしているが、これは内心ちょっと嬉しがってるな。
面倒なのはお前の性格だと言いたい。言わないでおいてやるが。
「真似しようと思ってできるものとは思えないけど…」
先輩が少し眉を寄せる。
確かにスピネルの動きは天性のものがあると思う。要するに才能というやつだ。
あの柔らかい膝の使い方とか、流れるような体重移動とか、どの動作も非常に滑らかで淀みがないから動きが読みにくい。しかもそこに多彩なフェイントまで入れてくるのだ。
あとこれは前世の殿下が言っていたのだが、視線誘導が抜群に上手い。さすがの殿下もそれまでは真似できていないようだが。
「そりゃ、殿下とは10年以上一緒に剣振ってるからな。俺の動きをよく知ってる」
「なるほど…いや、それならむしろもっと似ていても良いんじゃないのかい?兄弟弟子なんだろう?」
「そこは教えた師匠に聞いてくれよ。あの人どんだけの流派修めてんだか分かんねえ」
「剣聖ペントランドか」
そういやあのご老人、私と殿下で全く違う教え方をしていたもんな。…才能や運動能力に差がありすぎたせいかも知れないが。
「気難しそうに見えますけど、話すと意外に気さくな人ですよ。先輩も見かけたら声をかけてみたら良いんじゃないでしょうか」
「お前本当、人見知りなのか怖いもの知らずなのかどっちなんだよ。まあ意外に気さくってのは当たってるが…あと甘いもの好きだから、多分それで釣れるぞ」
「本当かい?それは良いことを聞いたな」
そうこう言ってる間にも、殿下とウルツの戦いは白熱していた。
ウルツの鋭い突きを受け流した殿下が、横薙ぎの一閃で反撃する。ウルツはなんとか防いだが、姿勢が崩れかかっている。
更に重ねて剣が振るわれ、その度に少しずつウルツの側が苦しくなっていく。
…そして、ついに殿下の剣がウルツの喉元に突きつけられた。
「…勝者、エスメラルド・ファイ・ヘリオドール!!」
《3年生のウルツ選手を真っ向から打ち破り、1年生のエスメラルド選手が勝利!1年生による優勝は史上3人目の快挙です…!!》
「や、やりました…!!殿下の、殿下の優勝です!!」
「ああ!やったな…!!」
嬉しさのあまり、横のスピネルと両手でハイタッチをする。
「本当に、大した王子様だね。タッグとは言え勝てたのが嘘みたいだ」
先輩は腕を組んで感嘆している。
やはり殿下は凄いのだ。前世でも凄かったけど、今世の方がもっと凄いかもしれない。
「殿下!!おめでとうございます…!!」
力の限り拍手をしていると、殿下がこちらを振り返りその剣を持ち上げた。
《エスメラルド選手、大会出場者席に向かって勝利の剣を掲げます!!》
ヒュームの実況を聞き、私ははっと気が付いた。出場者用の観戦席には今、私たち以外ほんの数人しかいないのである。
会場中の視線がこちらに集中しているのが分かり、耳のあたりが熱くなる。
「ほら、ちゃんと手を振ってやれよ」
「え!?」
横から言われ、私は思わず見返した。そう言うスピネルは手を振らずに拍手を続けている。
思わず先輩の方を振り返るが、同じく拍手をしている先輩にもにっこり笑われてしまった。
「早く。ここはそういう場面だよ」
そういう場面って…。
羞恥で赤面しつつ、ためらいがちに殿下へと手を振ると、殿下は珍しく分かりやすい笑顔で喜びを顕わにした。
あんなにはっきりと笑っているのは本当に珍しい。よほど嬉しいんだろう。
つい私まで嬉しくなり、ぶんぶんと手を振る。
《なんとも美しい光景ですね…!》
ふと観客席を見る。一番手前に作られた特別席は国王陛下のためのものだ。毎年、決勝戦には必ず観戦に来る事になっている。
陛下も、その隣の王妃様も、とても嬉しそうに満足げな笑顔を浮かべていた。
そちらへと誇らしげに一礼する殿下に、私はもう一度大きく拍手をした。
表彰式と閉会式の後。
「…王子殿下、スフェン様、リナーリア様、優勝おめでとうございます!!」
カーネリア様の声でぱちぱちと拍手が上がり、私たちはそれぞれ「ありがとうございます」とか「ありがとう」とお礼を言った。
ここは学院の食堂の一角だ。
私達の健闘を称えるため、カーネリア様やニッケルやペタラ様、セムセイ、ヘルビンなどの親しい者たちが集まってくれたのだ。
ちなみに先輩ファンの方々とは夜に祝勝会をやる予定である。
さらに明日は先輩を伴ってうちの屋敷に行く事になっており、両親が怒っていないか少々不安だが、まあ優勝したから大丈夫だろう…多分。
結果オーライというやつだ。
「まさか優勝するなんて、本当凄いっす!」
感激している様子のニッケルに、私はニコニコした。
殿下は騎士部門で優勝、私たちはタッグ部門で優勝と、本当に私にとっては最高の結果だ。
…彼女たちや、魔術干渉の件は気になるが。今は純粋に喜びに浸ってもいいだろう。
「タッグ部門では私たちが勝ちましたが、殿下は本当に腕を上げられましたね。お見事な試合でした」
「ありがとう。修業の成果を見せられて嬉しい」
生真面目に礼を言う殿下。
そこに「そうそう!」とカーネリア様が声を上げる。
「私、びっくりしちゃったわ。リナーリア様が剣を使えるなんて、全く知らなかったもの」
「昔ちょっと齧っていたんです。剣についても知識があった方が魔術支援はしやすいですし。それで、今回の大会に向けて改めてスフェン先輩と練習しました」
「本当に勉強熱心でいらっしゃるのねえ…」
ペタラ様は感心しきりだ。隣の先輩が紅茶を片手にうなずく。
「僕も最初聞いた時は驚いたけどね。意外としっかり型ができていたから、幻術と合わせて作戦に組み込む事にしたんだ。思った以上に上手く嵌ったよ」
「そうねえ。てきめんに効いていたものね。…ね!お兄様!!」
カーネリア様に笑顔で話しかけられたスピネルは、無言のまま凄まじい渋面を作った。言い返せないらしい。
私としても、スピネルがあれほど不意打ちに弱いと思わなかったので意外だった。
最後に幻術を解除したのは、少しでも驚かせ怯ませたかったからなのだが、まさかあんな一瞬動きが止まるほどに効くとは。
「あれは本当にカッコ悪かったよね…」
「解説のお兄さんにめちゃくちゃこき下ろされてたっすよね」
「完全に公開処刑だったよな」
「お前ら全員表に出ろ!!」
セムセイ、ニッケル、ヘルビンの男連中に寄ってたかってイジられたスピネルが切れた。
「自業自得だろう」と殿下が少し呆れる。
ちょっと可哀想だが、私がフォローする訳にもいかないのでそっとしておこう…。
「そんなに悔しいなら、お兄様も騎士部門に出たら良かったのよ。そうしたら殿下みたいに、名誉挽回の機会があったのに」
カーネリア様が唇を尖らせた。
そうか、彼女はそれが悔しいと言うか、腹立たしいんだな。
きっと兄が騎士部門で活躍する所が見たかったのだ。スピネルが出ていたら上位入賞は間違いなかっただろうし。
「まあ、来年出れば良いのではないですか?」
そう言った私に、向かいの殿下もうなずいた。
「一緒に戦うのも面白かったが…お前には、やはり勝ちたい」
それを聞いたスピネルは、片眉を上げて「…考えとく」とだけ答えた。
「来年の話なら、次こそヘルビンも出るんだろう?」
先輩に話しかけられ、ヘルビンが眉をしかめた。
「は?なんでだよ」
「武芸大会の成績は査定に響くよ。近衛騎士団に入りたいなら、ちゃんと出て良い成績を残さないと」
「な、何で知ってるんだよ!?」
ヘルビンがぎょっとして、それからニッケルを振り返った。ニッケルがぶんぶんと首を横に振る。
「ふふふ、この姉の目は誤魔化せないよ。弟がどんな将来の夢を持っているかくらいお見通しさ」
先輩は得意げに言うが、ヘルビンが近衛騎士になりたがっているとバラしたのは実は私である。
前世で殿下から聞いた事だったので、今世では違うかも知れないと先輩には一応注意しておいたが、どうやら同じ目標を持っていたらしくて安心だ。
「ほう。近衛騎士になりたいのか」
「…ええ、まあ…」
少し目を丸くした殿下に、ヘルビンが恥ずかしそうに答える。
「僕も来年は出ようかなあ。彼女に良い所を見せたいし」
「その前にちょっとは身体を絞った方がいいぞ。最近太りすぎだろ」
のんびりした口調で言ったセムセイに、スピネルがジト目になった。
スピネルと仲の良いセムセイは元々やや太めだったのだが、最近ことに丸くなってきたように見える。
すでに婚約者がいる彼だが、相手はこの体型を見て何も言わないのだろうか…。
「私も来年はどっちかの部門には出たいわ。いっぱい修業を頑張らなきゃ!」
カーネリア様がぐっと拳を握り、ペタラ様が微笑ましげな顔になった。
…来年か。
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