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第10章

第100話 武芸大会・10

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《タッグ部門準決勝、2試合目!ここで勝利し、既に決勝進出を決めているスフェン組に戦いを挑むのはどちらの組か!》

 場内に拡声の魔導具を使ったヒュームの実況が響き渡る。

 闘技場の石舞台の上では、剣を持った殿下とスピネル、ビスマス、それから杖を持ったフロライアが向かい合っている。
 私は不安で早まる動悸を抑えながら、観戦席でそれを見ていた。
 …大丈夫だ。心の準備はちゃんとできている。
 隣に座る先輩がちらりと私の方を見て、それから石舞台へと視線を戻した。


「始め!!」

 審判の手が上がり、全員が動き出す。
 どうやらビスマスとはスピネルが対峙するようだ。彼の剣の腕なら問題あるまい。
 フロライアから炎の魔術が飛び、殿下はそれを余裕の動きで払い落とした。
 無言で戦いを見つめていると、その瞬間、かすかに何か刺さるような違和感が生じる。

 …やはり、来た。

 闘技場に張られた結界の周辺には、こっそり私の探知魔術を潜り込ませてある。
 大会が始まってからの3日間、周囲に魔術を使っている事を悟られないよう細心の注意を払いながら、何度も繰り返し探知を続けて来た。今、初めてそれに何かが引っかかったのだ。
 殿下が試合をしているこのタイミングでの結界への魔術干渉。間違いなく、敵による攻撃だ。

 防御や迎撃系の魔術や魔法陣を予め設置しておく事はできなかった。
 闘技場の魔法陣を維持している先生や魔術師たちに気付かれる可能性が高いし、痕跡も残してしまうからだ。
 だから最も気付かれにくい探知の魔術だけを潜ませ、反応があった時は私がその場で対応するという手法を取るしかなかった。

 結界の外側、探知に引っかかった場所に、重ねるようにして防御壁を展開する。
 遠い上に隠蔽の魔術を使いながらなのでかなり難しいが、やるしかない。


 防御壁にじわりと何かが染み込んでくる。
 結界の構成を読み取り侵入しようとする高度な魔術だ。
 ゆっくり広がろうとするそれに、私は意識を集中させて抗った。

《…スピネル選手、息をもつかせぬ連続攻撃!ビスマス選手は守りを固め耐え凌ぐ!》

 遠くに実況の声を聞きながら逆探知の術を発動させる。防御壁に触れた敵性魔術を辿るものだ。
 試合の様子は目に映ってはいるが、内容は頭に入ってこない。殿下とスピネルを信じ、ただ魔術の行使に集中する。

 敵は結界の手前で侵入が阻止されている事に気付いたようだ。
 だがもう遅い。逆探知の術は既に敵の喉元へと食い込みかけている。
 この逆探知から逃れたければ、防御壁と一体となった逆探知の術式そのものを破壊するか、あるいは術者を倒すしかない。
 しかし、私の位置は隠蔽されているため本体への直接攻撃はできない。
 つまりこのまま侵入を続けるにしろ、諦めて逃げるにしろ、敵は私の防御壁を打ち破るしかないのだ。

 防御壁にかかる圧力がぐんと増した。恐らく、敵魔術師は二人以上いる。
 私は既に防御・隠蔽・逆探知の三つの魔術を同時に行使している。抗い切れるだろうか。

 敵側からも逆探知魔術が行われる気配を感じ、それを遮断する。こちらの正体を気付かれる訳にはいかない。
 …これで四重魔術。これが限界だ。
 全力で魔力を回し、ひたすら集中して攻防を続ける。ひどく長く感じる時間が過ぎていく。


《…エスメラルド選手の阻害魔術がフロライア選手の魔術を阻止!同時にビスマス選手の方へ踏み込む!》

 …だめだ。攻撃が激しく、こちらの防御が保たない。
 張り巡らせた魔力の壁が、少しずつひび割れていくのが分かる。



 ふいに、大きな歓声が上がるのが耳に届いた。

「…勝者、エスメラルド・スピネル組!!」
《決まりました!タッグ部門決勝進出2組目は、我が国の第一王子と従者のコンビ!息の合った攻撃で勝利を収めました!!》

 会場中の観客が熱狂している。
 …試合が終わったのだ。

 気が付くと、敵の気配は跡形もなく消えていた。
 闘技場の結界は無事だ。何ともない。
 私の防御壁は破られたが、そこから更に魔法陣の結界をも破るには時間がないと判断したのだろう。痕跡を消し、撤退したのだ。
 勝利を喜び合う殿下とスピネルを見ながら、私はゆっくりと残りの魔術を解いた。

「…はっ、はっ、はっ…」

 息が苦しい。集中しすぎて呼吸するのを忘れていたようだ。必死で肺に空気を取り込む。
 ずきずきと頭痛がして、額を脂汗が流れ落ちた。

「…リナーリア君、顔色が悪い」

 先輩が険しい表情で私の顔を覗き込んでいた。

「せん、ぱい」
「医務室に行こう」

 有無を言わさずに抱え上げられるが、息切れが激しく身体に力が入らない。
 首だけを動かしてもう一度闘技場を確認すると、隅の方に少し慌てたような様子で動いている魔術師たちの姿が見える。
 …きっともう大丈夫だ。



「…あの、先輩、自分で歩けます。降ろして下さい」

 医務室に向かう廊下の途中、何とか息を整えてそう言うと、先輩は足を止めて私の顔を見た。

「でも、まだ顔色が悪いよ」
「ただの貧血です。少し休めば治ります」

 限界まで集中したせいでひどく疲れているが、息切れさえ治まれば歩けないほどではない。
 魔力もかなり使ったが、それ以上に体力や精神力の消耗が大きい。これらは少し休養を取れば回復できるはずだ。
 それより、すれ違う人たちが何事かと見てくるのが恥ずかしい。運んでくれている先輩には申し訳ないが…。

「医務室にも行かなくて大丈夫です。…寮に戻って休みます」

 私が使った逆探知の魔術は結局成功しなかった。敵の位置を特定する前に破られてしまった。
 敵があの広い会場のどこにいるのか、もはや見つけることは叶わない。
 それに私の防御壁が破られた時の衝撃で、先生たちも闘技場の結界に干渉しようとした者がいると気付いたようだ。
 犯人捜しは先生たちが行うだろうから、あのタイミングで魔術が破られたのは逆に良かったのかもしれない。

 なら、私はこれ以上会場に留まらない方がいい。
 隠蔽の魔術は破られなかったし、魔術を使った痕跡はできる限り消したつもりだが、私が介入した事は誰にもバレたくない。先生たちにもだ。とてもまともに説明できない。
 この後の試合は見られなくなるが、それが一番良いだろうと思う。

「あの、先輩…」
「…分かったよ」

 再度声をかけると、先輩は少し迷ってから私を降ろしてくれた。
 よろめきそうになるのを堪えてしっかりと廊下に立つ。

「でも、部屋まで送るよ。君が心配だからね」

 どこか言い聞かせるように私の目を見つめる先輩に、私は「はい」と素直にうなずいた。


 寮の部屋に戻ると、出迎えたコーネルは青白い顔でフラフラしている私に驚いたようだった。
 試合でこうなった訳ではなくただの体調不良だと、先輩にも口添えしてもらって説明する。
 会場へ戻ると言う先輩にお礼を言ってから、コーネルに後のことを頼んでベッドに潜り込んだ。

 …今は、とにかく眠い。
 気にかかることは沢山あるが、まずは眠って休もう。
 そう考える間もなく、私の意識は闇に落ちていった。
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