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第10章
第94話 武芸大会・4
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観戦席に戻ると、お兄様にも「大丈夫かい?」と言われてしまった。
やはり先程の私の態度は不審に見えていたらしい。でも、なんとか誤魔化せたようだ。吐き気や胸の痛みも治まっている。
殿下のおかげだ。心配をかけてしまったようで申し訳ないけれど。
そのまま試合を観て、次はいよいよお兄様たちの番だ。
「行きましょう、ティロライト様」
「う、うん」
ヴォルツに促され、お兄様が妙にぎくしゃくとした動きで立ち上がる。
「お兄様、落ち着いて戦えば大丈夫です。ヴォルツ、お兄様をお願いしますね。二人共頑張ってきて下さい!」
「うん、行ってくるよ!」
「はい」
私の励ましにそれぞれ応えつつ、二人は控室へと向かって行った。
「…東、騎士課程1年、アーゲン・パイロープ!同じく騎士課程1年、ストレング・ドロマイト!」
《アーゲン選手は文武両道の聞こえの高いパイロープ公爵家の嫡男!名家の意地を見せたいところです!》
やや緊張した面持ちのアーゲンとストレングが進み出て、応援の歓声が上がる。
「西、魔術師課程3年、ティロライト・ジャローシス!騎士課程3年、ヴォルツ・ベルトラン!」
《ティロライト選手は第1試合で勝利を収めたリナーリア選手の兄!兄妹揃っての2回戦進出はなるでしょうか!》
お兄様は片手に短い杖を持っている。アーゲンよりもはるかに緊張しているように見えるが大丈夫かな?
ヴォルツはいつも通りの仏頂面で剣を下げている。…これは、手加減するつもりかな。
アーゲンの組ほどではないが、お兄様たちにも同級生中心にそれなりの応援の声はあるようだ。
お互いに一礼をし、それぞれが好きな位置へと移動する。
アーゲンとストレングは横に並び、お兄様は後方に下がってヴォルツの背に半分隠れるような位置を取った。
「…始め!!」
試合開始の号令と共に、お兄様が水撃の魔術をストレングの方へ放った。
それと同時に、ヴォルツがアーゲンへと斬りかかっている。
《ティロライト選手、いきなりの水魔術!そしてヴォルツ選手もまた即攻撃に入りました!》
《この水魔術は威力よりも速度重視、恐らく足止めが狙いだね。魔術師のティロライト君がストレング君を抑え込んでいる間に、ヴォルツ君がアーゲン君を仕留める作戦かな》
レグランドが闘技場を見下ろしながら解説をする。
《今までの試合も大体そうだったけど、魔術師と騎士の組が騎士2人組と戦う場合は、この戦法が基本だろうね》
その言葉通り、お兄様は次々に魔術を繰り出しストレングをその場に釘付けにしている。
ヴォルツもまた容赦なくアーゲンを攻め立てている。速攻で決着をつけるつもりなのだろう。
彼の剣は速く、そして重い。それを受けるアーゲンは相当苦しそうだ。必死の顔で粘っているが、長くは保つまい。どこかで逆転を狙ってくるはず。
《…おっと、押され気味かと思われたアーゲン選手、隙を突いて反撃に出た!》
思った通り、ヴォルツの剣をわずかに逸らした隙を狙ってアーゲンが攻勢に転じた。
今度はヴォルツが防戦に回る。
《先程までとは逆にヴォルツ選手が押されています!》
《いや、これは…》
レグランドが意味ありげに言葉を切った瞬間に、アーゲンを横から水撃が襲った。
ストレングに向けて撃たれたかと思われたお兄様の魔術が、突然方向を変えアーゲンへと向かったのだ。
まともに水撃を食らったアーゲンが態勢を崩す。すかさずヴォルツが鋭い一撃で手元を狙い、アーゲンの手から剣が弾き飛ばされる。
「…アーゲン様!」
アーゲンの危機と見て、ストレングはお兄様からヴォルツの方へと狙いを切り替えた。
駆け寄りながらの重い斬り下ろし。しかしヴォルツは冷静に迎え討ち、ストレングの剣を右へと受け流す。
そこに生まれた隙をヴォルツは見逃さなかった。
がら空きになった胸元への苛烈な一撃が決まり、ストレングの大きな身体が後ろへと倒れ込む。
「ストレング!くっ…」
「おっと、そうは行かないよ!」
アーゲンは弾き飛ばされた剣を何とか拾いに行こうとしていたようだが、お兄様の作り出した水の壁に阻まれてしまった。
騎士である彼が武器なしで水壁を破るのは難しい。動けずにいるその首元に、ヴォルツの剣が突きつけられる。
「…勝者、ティロライト・ヴォルツ組!!」
審判の声と共に会場内に大きな歓声が上がる。
「アーゲン様、申し訳ありません…」
「謝らなくていいよ。お互い様だ。悔しい結果にはなったけれど」
悔しげな表情のストレングにアーゲンが手を貸し、立ち上がる。中央に整列し、4人向かい合って礼をした。
「ありがとうございました!」
《…いかがでしたか、レグランド氏!》
《終始ティロライト・ヴォルツ組が主導権を握っていた感じだね。アーゲン君達もよく頑張っていたけど、1年生と3年生の実力差だね》
《途中、アーゲン選手が押していた場面もありましたが?》
《あれは敵を誘うためのヴォルツ君の罠だね。攻めに転じたアーゲン君が攻撃に集中した所を狙って、ティロライト君が魔術で撃った。予め打ち合わせをしてあったんだろう。2対2である事を活かした作戦だ》
《なるほど!かなりタッグ部門らしい試合だったと言えますね!》
実況のヒュームは今日ずっと、ある程度の腕があれば見て分かるような事でもわざわざレグランドに尋ねて解説してもらっている。
彼とて騎士課程の3年生だ。今の試合にしても、お兄様たちの動きが作戦だという事は見てすぐに理解できていたのではないかと思うが、観客に分かりやすく説明するためにあえて尋ねているのだろう。
なかなかに上手い実況者だ。
退場していくお兄様たちに手を振ると、お兄様が気付いて嬉しそうに手を上げて応えた。ヴォルツもぺこりとこちらに頭を下げる。
まあ順当な結果だったかな。アーゲンたちは少し気の毒だが、彼らには来年以降もある。
ただ私との交際の件は潔く諦めてもらおう。アーゲンにはアラゴナ様もいるんだし…。
やはり先程の私の態度は不審に見えていたらしい。でも、なんとか誤魔化せたようだ。吐き気や胸の痛みも治まっている。
殿下のおかげだ。心配をかけてしまったようで申し訳ないけれど。
そのまま試合を観て、次はいよいよお兄様たちの番だ。
「行きましょう、ティロライト様」
「う、うん」
ヴォルツに促され、お兄様が妙にぎくしゃくとした動きで立ち上がる。
「お兄様、落ち着いて戦えば大丈夫です。ヴォルツ、お兄様をお願いしますね。二人共頑張ってきて下さい!」
「うん、行ってくるよ!」
「はい」
私の励ましにそれぞれ応えつつ、二人は控室へと向かって行った。
「…東、騎士課程1年、アーゲン・パイロープ!同じく騎士課程1年、ストレング・ドロマイト!」
《アーゲン選手は文武両道の聞こえの高いパイロープ公爵家の嫡男!名家の意地を見せたいところです!》
やや緊張した面持ちのアーゲンとストレングが進み出て、応援の歓声が上がる。
「西、魔術師課程3年、ティロライト・ジャローシス!騎士課程3年、ヴォルツ・ベルトラン!」
《ティロライト選手は第1試合で勝利を収めたリナーリア選手の兄!兄妹揃っての2回戦進出はなるでしょうか!》
お兄様は片手に短い杖を持っている。アーゲンよりもはるかに緊張しているように見えるが大丈夫かな?
ヴォルツはいつも通りの仏頂面で剣を下げている。…これは、手加減するつもりかな。
アーゲンの組ほどではないが、お兄様たちにも同級生中心にそれなりの応援の声はあるようだ。
お互いに一礼をし、それぞれが好きな位置へと移動する。
アーゲンとストレングは横に並び、お兄様は後方に下がってヴォルツの背に半分隠れるような位置を取った。
「…始め!!」
試合開始の号令と共に、お兄様が水撃の魔術をストレングの方へ放った。
それと同時に、ヴォルツがアーゲンへと斬りかかっている。
《ティロライト選手、いきなりの水魔術!そしてヴォルツ選手もまた即攻撃に入りました!》
《この水魔術は威力よりも速度重視、恐らく足止めが狙いだね。魔術師のティロライト君がストレング君を抑え込んでいる間に、ヴォルツ君がアーゲン君を仕留める作戦かな》
レグランドが闘技場を見下ろしながら解説をする。
《今までの試合も大体そうだったけど、魔術師と騎士の組が騎士2人組と戦う場合は、この戦法が基本だろうね》
その言葉通り、お兄様は次々に魔術を繰り出しストレングをその場に釘付けにしている。
ヴォルツもまた容赦なくアーゲンを攻め立てている。速攻で決着をつけるつもりなのだろう。
彼の剣は速く、そして重い。それを受けるアーゲンは相当苦しそうだ。必死の顔で粘っているが、長くは保つまい。どこかで逆転を狙ってくるはず。
《…おっと、押され気味かと思われたアーゲン選手、隙を突いて反撃に出た!》
思った通り、ヴォルツの剣をわずかに逸らした隙を狙ってアーゲンが攻勢に転じた。
今度はヴォルツが防戦に回る。
《先程までとは逆にヴォルツ選手が押されています!》
《いや、これは…》
レグランドが意味ありげに言葉を切った瞬間に、アーゲンを横から水撃が襲った。
ストレングに向けて撃たれたかと思われたお兄様の魔術が、突然方向を変えアーゲンへと向かったのだ。
まともに水撃を食らったアーゲンが態勢を崩す。すかさずヴォルツが鋭い一撃で手元を狙い、アーゲンの手から剣が弾き飛ばされる。
「…アーゲン様!」
アーゲンの危機と見て、ストレングはお兄様からヴォルツの方へと狙いを切り替えた。
駆け寄りながらの重い斬り下ろし。しかしヴォルツは冷静に迎え討ち、ストレングの剣を右へと受け流す。
そこに生まれた隙をヴォルツは見逃さなかった。
がら空きになった胸元への苛烈な一撃が決まり、ストレングの大きな身体が後ろへと倒れ込む。
「ストレング!くっ…」
「おっと、そうは行かないよ!」
アーゲンは弾き飛ばされた剣を何とか拾いに行こうとしていたようだが、お兄様の作り出した水の壁に阻まれてしまった。
騎士である彼が武器なしで水壁を破るのは難しい。動けずにいるその首元に、ヴォルツの剣が突きつけられる。
「…勝者、ティロライト・ヴォルツ組!!」
審判の声と共に会場内に大きな歓声が上がる。
「アーゲン様、申し訳ありません…」
「謝らなくていいよ。お互い様だ。悔しい結果にはなったけれど」
悔しげな表情のストレングにアーゲンが手を貸し、立ち上がる。中央に整列し、4人向かい合って礼をした。
「ありがとうございました!」
《…いかがでしたか、レグランド氏!》
《終始ティロライト・ヴォルツ組が主導権を握っていた感じだね。アーゲン君達もよく頑張っていたけど、1年生と3年生の実力差だね》
《途中、アーゲン選手が押していた場面もありましたが?》
《あれは敵を誘うためのヴォルツ君の罠だね。攻めに転じたアーゲン君が攻撃に集中した所を狙って、ティロライト君が魔術で撃った。予め打ち合わせをしてあったんだろう。2対2である事を活かした作戦だ》
《なるほど!かなりタッグ部門らしい試合だったと言えますね!》
実況のヒュームは今日ずっと、ある程度の腕があれば見て分かるような事でもわざわざレグランドに尋ねて解説してもらっている。
彼とて騎士課程の3年生だ。今の試合にしても、お兄様たちの動きが作戦だという事は見てすぐに理解できていたのではないかと思うが、観客に分かりやすく説明するためにあえて尋ねているのだろう。
なかなかに上手い実況者だ。
退場していくお兄様たちに手を振ると、お兄様が気付いて嬉しそうに手を上げて応えた。ヴォルツもぺこりとこちらに頭を下げる。
まあ順当な結果だったかな。アーゲンたちは少し気の毒だが、彼らには来年以降もある。
ただ私との交際の件は潔く諦めてもらおう。アーゲンにはアラゴナ様もいるんだし…。
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