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第8章
第79話 望む未来
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「物凄く腹一杯だ…動けそうにない」
ぐったりと椅子に沈んだ殿下が言った。
「でも、さすが殿下です。よくあんなに食べましたね」
塊肉の皿は既に下げてもらったが、最終的には初めの三分の一くらいの大きさになっていた。
よくあそこまで減らせたと思う。
「3日分くらいは食べた気分だ」
「私も、しばらくは牛肉はいりませんね…」
そう言いながら、デザートのフルーツ入りのゼリーをつつく。ヴァレリー様が持ってきてくれたものだ。
彼女は先程、「どうぞごゆっくり」と微笑んで席を立っていった。
スピネルも「先に戻る」と屋敷に戻って行ったし、カーネリア様とユークレース、途中からこちらに顔を出していたフランクリンも別のテーブルに移動して行ったので、今は私と殿下の二人だけだ。
何となく気を遣われたような気がする。
空はすっかり暗くなって数え切れないほどの星が光っている。中空に浮かべられた魔術の明かりがあるので、辺りはほんのりと明るい。
この明かりは完全に日が沈んでからは、時折ゆっくりと色を変えるようになっていた。見事なものだ。
「綺麗ですね。何と言うか、幻想的で…。ユークに尋ねたら魔術構成を教えてくれるでしょうか」
使う機会があるかは分からないが、知らない魔術があれば知りたくなってしまう性なのだ。
殿下もまた明かりを見上げ、それから私の方を見て何か言おうとしたが、結局口を噤んだ。
「どうかしましたか?」
ちょっと首を傾げると、殿下は手に持ったグラスへと視線を落とした。
「いや…、こういう時スピネルなら何か気の利いたことが言えるのだろうが、特に思い浮かばなかった」
「何を言ってるんですか。殿下がスピネルみたいに口が上手くなったら困ります」
「困るのか」
「まあ…困りはしませんけど、何か嫌と言うか…」
確かに殿下は口が上手くはない。しかし、だからこそ一言に重みが出るのだと思う。あまりペラペラ喋る必要はないし、喋って欲しくもない。
それにスピネルは私に対して気の利いた台詞など言いはしない。別に言われたくないから良いのだが。
「…一体どうなさったんですか?殿下らしくありませんよ」
思い切って単刀直入に尋ねた。
残念なことに私もまた、殿下と同じ。こういう時にどう声をかけて良いのかなど浮かんでこない。
遠回しな話というのは苦手なのだ。
もっと優しくいたわるような会話ができたらと思うが、私には私のやり方しかできない。
「何だか元気がないように見えます」
そう言った私に、殿下は視線を落としたまましばし無言でいたが、やがて口を開いた。
「…とても心苦しい」
殿下はぽつぽつと、呟くように話す。
「ブロシャン公爵は俺を一番の戦功などと言ったが、あれは嘘だ。確かに巨亀に止めは刺したが、それはあの時すぐに動けたのが俺だけだったからだ。
そして俺が動けたのは、君や他の皆が俺を守ってくれたからに他ならない。公爵は、それもまた俺の戦功のうちだと言っていたが…。その陰で、君やスピネル、皆が負傷していた」
戦いの最後、ほとんど無傷だったのは殿下一人。
全てを見ていた訳ではないが、私が殿下の守りを最も優先したように、他の者もできる限り殿下を守るように動いていたのではないだろうか。
いずれ国を背負うべき第一王子なのだから当たり前だが、殿下はそれを申し訳なく思っているのだ。
「特に君だ。俺は君を守りたいと思っていたのに、結果は逆だ。君に守られてしまった。君を守ったのはスピネルで、…それがとても情けない。あの時、次は必ず君を守ると誓っていたのに」
あの時というのはスピネルと同じで、遺跡事件で私が行方不明になりかけた事を言っているのだろう。
殿下もまた、あの事件をずっと気にしていたのか。
私は少し考える。
殿下に今必要なのは、優しい慰めだろうか。
「そんな事はありませんよ」と笑い、殿下は十分に責務を果たしたと言うのは簡単だ。
だが、私は。
…私の殿下は、そんなお方ではない。
「…あの時、殿下は『二度とあんな事はするな』と仰いましたね。次は許さないと」
殿下は私が自分を顧みずに殿下を守ろうとした事を怒った。そんな事は望んでいないと。
「そうだな。…すまなかった。俺が傲慢だった。自分では君を助けられもしないのに、偉そうなことを言った」
「いいえ。殿下はそれで良いのだと思います。正直に言えば、言われたあの時は落ち込みましたけど…。でもやっぱり私は殿下に、誰かを犠牲にして当たり前の顔をしているような方にはなって欲しくないのです」
あの後、私もたくさん考えた。私はこれから、どうするのが一番良いのか。
今の私は殿下の従者ではない。そこにいるのはスピネルで、彼は申し分のない優秀な従者だ。
…本当に、本当に悔しいけれど、もしかしたら私よりもずっと優秀な従者だ。
では、今世の私は殿下のために一体何ができるのか。
その答えはまだ出ていない。
「…だからと言って私は、殿下の危機を見過ごすようなこともできません。いつだって殿下をお助けしたいし、お守りしたいんです」
例え殿下に怒られ嫌われたとしても、それだけは譲れない。
「…何故だ?」
揺らめく明かりの下でも鮮やかな、殿下の翠の瞳を見つめる。
「殿下には良き王、立派な王になっていただきたいからです。いえ、なれると信じております」
「殿下はいずれ王としてこの国を治め、民を導く立場になられます。…ですから私が殿下を守っても、それはただ殿下お一人を守った訳ではないんです。この国のたくさんの民の命を守ったのと同じことなんですよ。そうやって民を守るのは、貴族の責務です」
これが詭弁だとは、私は思っていない。ただの事実だ。
殿下はそうすべき立場に生まれ、成し遂げられる力だって持っているのだから。
「守られた事を心苦しいと思うのなら、どうか良き王とお成り下さい。そうしてもっと多くの民を守ることで、臣下から与えられたものを国へとお返し下さい。…私だけではなく、スピネルも、騎士たちも、皆そう思っているはずです」
今すぐは返せなくても良い。
いつかはこの献身が報われ、より良い未来を導くとそう信じるから、臣下は皆忠義を尽くしてくれる。
殿下を守るために命を捧げ戦ってくれる。
「それが殿下の為すべき事で、殿下にしかできない事なのです」
人にはそれぞれ役目がある。
王は王、臣下は臣下の役目を果たす。
例えすぐには結果が出なくてもいい。そうして各々ができる事を行い、力を合わせ努力を繰り返していくことこそが大切なのだと、私はそう思う。
殿下が負うべき役目は誰よりも重く、その道は険しいだろう。
それを力の限り支えることこそが、私の望みなのだ。
「…俺に、それができると思うか?」
「はい」
殿下の問いに、私は迷わずに強く頷いた。
あまりに即答だったからか、殿下が少し戸惑った表情を浮かべる。
「どうしてそう思う」
「うーん…」
眉を寄せ、少しだけ考え込む。
理由は考えようと思えばいくらでも考えられる。
殿下は優秀だし、真面目だし、正義感が強くてとても真っすぐな方だ。
自分を律する強さもあるし、忠誠を捧げるにふさわしい資質は備えている。
しかし多分、どれも正しくて、どれも不十分だ。
それでも私はずっとずっと昔から、殿下が良き王、良き主だと思っている。
だから私はこう答えるのだ。
「…殿下を信じるのに、理由が要りますか?」
殿下は、その答えを聞いて一瞬言葉を失ったようだった。
少しだけ目を瞬かせ、それから破顔する。
「…そうか。そうだな」
そう言っておかしそうに笑い、私の顔を見てまぶしそうに目を細めた。
「俺が抱いているこの気持ちと同じだ。理由なんて要らなかった」
持ち上げた手のひらを見つめると、自分に言い聞かせるように呟く。
「必要なのは、望む未来を得るために努力すること。力が足りないのなら、いつか足りる自分になればいい。何が出来るかではない、何がしたいかだ。…そういう事だろう?」
「…はい!その通りです、殿下!」
ようやく殿下の顔が少し明るくなって、思わず嬉しくなる。
力強く答え、それから首を傾げた。
「あの、抱いている気持ちとは何ですか?」
そこだけどういう意味か分からなかったので問い返すと、殿下は首を横に振った。
「いつか言う。今はまだ、足りないからだめだ」
「……?」
すごく気になるが、殿下にも殿下のお考えがあるからな…。
やけに真剣なその顔に、私は「分かりました」とうなずく。
仕方がない。教えてくれる時を待とう。
殿下はもう一度私を見て、ごく僅かに微笑むと夜空を見上げた。私も同じように顔を上げる。
月はもう空高く昇っている。
殿下の髪のように淡い金色をした月は、今はまだ細い三日月だが、それでも確かに明るく光っていた。
「君の望むような王になろう。…いつか、必ずだ」
「はい…!」
殿下の告げたその決意が、私には何よりも嬉しかった。
それから間もなくパーティーはお開きとなり、私たちは屋敷に戻った。
すでに夜は更けかかっている。少し休んだとは言えまだ戦いの疲れが取れていないし、満腹で眠い。
だから髪を解き寝衣に着替えた後はすぐにベッドに入ったのだが、ウトウトしていると何やら遠くから騒がしい声が聞こえた。
一体なんだろう。
そのまま寝てしまおうかとも思ったが、何か緊急事態でもあったのなら大変だ。
気になって眠れないよりも確かめた方がいいと思い、部屋のドアを開けてそっと顔を出すと廊下に数人の人影が見えた。
殿下だ。あと、スピネルがユークレースの襟首を掴んでいる。
「おい、離せ!」
「このマセガキが!100年早いんだよ!!」
「まさか本当に来るとは…どっちに行く気だったんだ」
スピネルは怒っているが殿下はむしろ呆れた口調だ。
「あの…何してるんですか…?」
どういう状況だと思いながら声をかけると、3人が一斉にこちらを見た。
「何なのもう…こんな時間に騒いだら迷惑よ…」
私の隣室のカーネリア様も、寝ぼけ声でドアを開けて出てくる。寝入った所を騒ぎで起こされたらしい。
「何でもない」
殿下が真顔で首を振り、ユークレースはそっぽを向いた。
「いいからお前らは部屋に鍵かけてとっとと寝ろ」
スピネルがむっつりとしながら言う。
「いえ、そのつもりですけど…。スピネルは怪我人なんですから早く寝てくださいね。殿下とユークも、寝ないと疲れが取れませんよ」
3人はそれぞれ「おう」とか「うむ」とかすごく微妙な顔で答えた。
「おやすみなさい…」
カーネリア様が目をこすりながら部屋に戻っていく。
何だったのか分からないが、大した事ではなさそうなので私も寝よう。とにかく眠いし。
「おやすみなさい」
ドアを閉めて言われた通りに鍵をかける。
廊下はようやく静かになったようだ。
今日ぐっすり眠れそうだと思いながら、私はベッドに入った。
ぐったりと椅子に沈んだ殿下が言った。
「でも、さすが殿下です。よくあんなに食べましたね」
塊肉の皿は既に下げてもらったが、最終的には初めの三分の一くらいの大きさになっていた。
よくあそこまで減らせたと思う。
「3日分くらいは食べた気分だ」
「私も、しばらくは牛肉はいりませんね…」
そう言いながら、デザートのフルーツ入りのゼリーをつつく。ヴァレリー様が持ってきてくれたものだ。
彼女は先程、「どうぞごゆっくり」と微笑んで席を立っていった。
スピネルも「先に戻る」と屋敷に戻って行ったし、カーネリア様とユークレース、途中からこちらに顔を出していたフランクリンも別のテーブルに移動して行ったので、今は私と殿下の二人だけだ。
何となく気を遣われたような気がする。
空はすっかり暗くなって数え切れないほどの星が光っている。中空に浮かべられた魔術の明かりがあるので、辺りはほんのりと明るい。
この明かりは完全に日が沈んでからは、時折ゆっくりと色を変えるようになっていた。見事なものだ。
「綺麗ですね。何と言うか、幻想的で…。ユークに尋ねたら魔術構成を教えてくれるでしょうか」
使う機会があるかは分からないが、知らない魔術があれば知りたくなってしまう性なのだ。
殿下もまた明かりを見上げ、それから私の方を見て何か言おうとしたが、結局口を噤んだ。
「どうかしましたか?」
ちょっと首を傾げると、殿下は手に持ったグラスへと視線を落とした。
「いや…、こういう時スピネルなら何か気の利いたことが言えるのだろうが、特に思い浮かばなかった」
「何を言ってるんですか。殿下がスピネルみたいに口が上手くなったら困ります」
「困るのか」
「まあ…困りはしませんけど、何か嫌と言うか…」
確かに殿下は口が上手くはない。しかし、だからこそ一言に重みが出るのだと思う。あまりペラペラ喋る必要はないし、喋って欲しくもない。
それにスピネルは私に対して気の利いた台詞など言いはしない。別に言われたくないから良いのだが。
「…一体どうなさったんですか?殿下らしくありませんよ」
思い切って単刀直入に尋ねた。
残念なことに私もまた、殿下と同じ。こういう時にどう声をかけて良いのかなど浮かんでこない。
遠回しな話というのは苦手なのだ。
もっと優しくいたわるような会話ができたらと思うが、私には私のやり方しかできない。
「何だか元気がないように見えます」
そう言った私に、殿下は視線を落としたまましばし無言でいたが、やがて口を開いた。
「…とても心苦しい」
殿下はぽつぽつと、呟くように話す。
「ブロシャン公爵は俺を一番の戦功などと言ったが、あれは嘘だ。確かに巨亀に止めは刺したが、それはあの時すぐに動けたのが俺だけだったからだ。
そして俺が動けたのは、君や他の皆が俺を守ってくれたからに他ならない。公爵は、それもまた俺の戦功のうちだと言っていたが…。その陰で、君やスピネル、皆が負傷していた」
戦いの最後、ほとんど無傷だったのは殿下一人。
全てを見ていた訳ではないが、私が殿下の守りを最も優先したように、他の者もできる限り殿下を守るように動いていたのではないだろうか。
いずれ国を背負うべき第一王子なのだから当たり前だが、殿下はそれを申し訳なく思っているのだ。
「特に君だ。俺は君を守りたいと思っていたのに、結果は逆だ。君に守られてしまった。君を守ったのはスピネルで、…それがとても情けない。あの時、次は必ず君を守ると誓っていたのに」
あの時というのはスピネルと同じで、遺跡事件で私が行方不明になりかけた事を言っているのだろう。
殿下もまた、あの事件をずっと気にしていたのか。
私は少し考える。
殿下に今必要なのは、優しい慰めだろうか。
「そんな事はありませんよ」と笑い、殿下は十分に責務を果たしたと言うのは簡単だ。
だが、私は。
…私の殿下は、そんなお方ではない。
「…あの時、殿下は『二度とあんな事はするな』と仰いましたね。次は許さないと」
殿下は私が自分を顧みずに殿下を守ろうとした事を怒った。そんな事は望んでいないと。
「そうだな。…すまなかった。俺が傲慢だった。自分では君を助けられもしないのに、偉そうなことを言った」
「いいえ。殿下はそれで良いのだと思います。正直に言えば、言われたあの時は落ち込みましたけど…。でもやっぱり私は殿下に、誰かを犠牲にして当たり前の顔をしているような方にはなって欲しくないのです」
あの後、私もたくさん考えた。私はこれから、どうするのが一番良いのか。
今の私は殿下の従者ではない。そこにいるのはスピネルで、彼は申し分のない優秀な従者だ。
…本当に、本当に悔しいけれど、もしかしたら私よりもずっと優秀な従者だ。
では、今世の私は殿下のために一体何ができるのか。
その答えはまだ出ていない。
「…だからと言って私は、殿下の危機を見過ごすようなこともできません。いつだって殿下をお助けしたいし、お守りしたいんです」
例え殿下に怒られ嫌われたとしても、それだけは譲れない。
「…何故だ?」
揺らめく明かりの下でも鮮やかな、殿下の翠の瞳を見つめる。
「殿下には良き王、立派な王になっていただきたいからです。いえ、なれると信じております」
「殿下はいずれ王としてこの国を治め、民を導く立場になられます。…ですから私が殿下を守っても、それはただ殿下お一人を守った訳ではないんです。この国のたくさんの民の命を守ったのと同じことなんですよ。そうやって民を守るのは、貴族の責務です」
これが詭弁だとは、私は思っていない。ただの事実だ。
殿下はそうすべき立場に生まれ、成し遂げられる力だって持っているのだから。
「守られた事を心苦しいと思うのなら、どうか良き王とお成り下さい。そうしてもっと多くの民を守ることで、臣下から与えられたものを国へとお返し下さい。…私だけではなく、スピネルも、騎士たちも、皆そう思っているはずです」
今すぐは返せなくても良い。
いつかはこの献身が報われ、より良い未来を導くとそう信じるから、臣下は皆忠義を尽くしてくれる。
殿下を守るために命を捧げ戦ってくれる。
「それが殿下の為すべき事で、殿下にしかできない事なのです」
人にはそれぞれ役目がある。
王は王、臣下は臣下の役目を果たす。
例えすぐには結果が出なくてもいい。そうして各々ができる事を行い、力を合わせ努力を繰り返していくことこそが大切なのだと、私はそう思う。
殿下が負うべき役目は誰よりも重く、その道は険しいだろう。
それを力の限り支えることこそが、私の望みなのだ。
「…俺に、それができると思うか?」
「はい」
殿下の問いに、私は迷わずに強く頷いた。
あまりに即答だったからか、殿下が少し戸惑った表情を浮かべる。
「どうしてそう思う」
「うーん…」
眉を寄せ、少しだけ考え込む。
理由は考えようと思えばいくらでも考えられる。
殿下は優秀だし、真面目だし、正義感が強くてとても真っすぐな方だ。
自分を律する強さもあるし、忠誠を捧げるにふさわしい資質は備えている。
しかし多分、どれも正しくて、どれも不十分だ。
それでも私はずっとずっと昔から、殿下が良き王、良き主だと思っている。
だから私はこう答えるのだ。
「…殿下を信じるのに、理由が要りますか?」
殿下は、その答えを聞いて一瞬言葉を失ったようだった。
少しだけ目を瞬かせ、それから破顔する。
「…そうか。そうだな」
そう言っておかしそうに笑い、私の顔を見てまぶしそうに目を細めた。
「俺が抱いているこの気持ちと同じだ。理由なんて要らなかった」
持ち上げた手のひらを見つめると、自分に言い聞かせるように呟く。
「必要なのは、望む未来を得るために努力すること。力が足りないのなら、いつか足りる自分になればいい。何が出来るかではない、何がしたいかだ。…そういう事だろう?」
「…はい!その通りです、殿下!」
ようやく殿下の顔が少し明るくなって、思わず嬉しくなる。
力強く答え、それから首を傾げた。
「あの、抱いている気持ちとは何ですか?」
そこだけどういう意味か分からなかったので問い返すと、殿下は首を横に振った。
「いつか言う。今はまだ、足りないからだめだ」
「……?」
すごく気になるが、殿下にも殿下のお考えがあるからな…。
やけに真剣なその顔に、私は「分かりました」とうなずく。
仕方がない。教えてくれる時を待とう。
殿下はもう一度私を見て、ごく僅かに微笑むと夜空を見上げた。私も同じように顔を上げる。
月はもう空高く昇っている。
殿下の髪のように淡い金色をした月は、今はまだ細い三日月だが、それでも確かに明るく光っていた。
「君の望むような王になろう。…いつか、必ずだ」
「はい…!」
殿下の告げたその決意が、私には何よりも嬉しかった。
それから間もなくパーティーはお開きとなり、私たちは屋敷に戻った。
すでに夜は更けかかっている。少し休んだとは言えまだ戦いの疲れが取れていないし、満腹で眠い。
だから髪を解き寝衣に着替えた後はすぐにベッドに入ったのだが、ウトウトしていると何やら遠くから騒がしい声が聞こえた。
一体なんだろう。
そのまま寝てしまおうかとも思ったが、何か緊急事態でもあったのなら大変だ。
気になって眠れないよりも確かめた方がいいと思い、部屋のドアを開けてそっと顔を出すと廊下に数人の人影が見えた。
殿下だ。あと、スピネルがユークレースの襟首を掴んでいる。
「おい、離せ!」
「このマセガキが!100年早いんだよ!!」
「まさか本当に来るとは…どっちに行く気だったんだ」
スピネルは怒っているが殿下はむしろ呆れた口調だ。
「あの…何してるんですか…?」
どういう状況だと思いながら声をかけると、3人が一斉にこちらを見た。
「何なのもう…こんな時間に騒いだら迷惑よ…」
私の隣室のカーネリア様も、寝ぼけ声でドアを開けて出てくる。寝入った所を騒ぎで起こされたらしい。
「何でもない」
殿下が真顔で首を振り、ユークレースはそっぽを向いた。
「いいからお前らは部屋に鍵かけてとっとと寝ろ」
スピネルがむっつりとしながら言う。
「いえ、そのつもりですけど…。スピネルは怪我人なんですから早く寝てくださいね。殿下とユークも、寝ないと疲れが取れませんよ」
3人はそれぞれ「おう」とか「うむ」とかすごく微妙な顔で答えた。
「おやすみなさい…」
カーネリア様が目をこすりながら部屋に戻っていく。
何だったのか分からないが、大した事ではなさそうなので私も寝よう。とにかく眠いし。
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