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第8章

番外編・バレンタインデー

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「殿下、スピネル。今日はバレンタインの日なのです」
「バレンタイン?」
「なんだそりゃ」
「セナルモント先生の所蔵している古文書に書いてあったんです。古代神話王国時代にあった行事らしいのですが、チョコレートという特別なお菓子を作り、恋人や大切な相手に贈る日なんだそうです」

「チョコレート…聞いたことがないな」
「カカオという大変珍しい植物の種子から作るものだそうです。少々調べてみたのですがこれがなかなか面白くて、温暖な気候でしか育たない植物なのですが、この国の南部では薬用として丘陵地帯でのみ少量栽培されていまして…」
「おい待て。長くなるのかその話は」
「ああ、すみません脱線しかけました。とにかく面白かったのでカカオの苗と種子を入手してみたんです。それで、せっかくなのでそのチョコレートというお菓子を製作してみました」

「作った?お前がお菓子を?嘘だろ?」
「失礼ですね!本には製造方法も書かれていたのでその通りに作ったんです。ちゃんと美味しく食べられるものができました!」
「嘘だろ?」

「嘘ではありません!まず種子を焼き上げた後、殻や胚芽を分離。さらに風魔術を使って細かくしすり潰して磨砕。砂糖などの材料をを加えつつ複合魔術で熱を加え撹拌し…」
「お菓子を作ったんだよな?魔術の実験にしか聞こえないんだが?」
「まあそういう一面もあった事は否定しません。精密な操作を要求されるので大変勉強になりました」
「勉強って」


「…という訳で殿下、これが出来上がったチョコレートです。受け取って下さい!」
「カエルじゃねーか!!カエルっつーか、カエルの石像じゃねーか!!」
「カエルにしてはずいぶん焦げ茶色だな…」
「チョコレートとはこういう色をしたものなので。そしてこれは、型に流し込んで好きな形に固めるお菓子なんです。だから殿下の好きなカエル型にしてみました」
「食い物をカエル型にするんじゃねーよ!!気色悪い!!!」

「ものすごく精巧だな…」
「はい。本物のカエルを使って菓子型を製作しましたので」
「カエルから型を取る貴族令嬢!」
「スピネルはさっきからうるさいですね。大丈夫です、眠りの魔術をかけてる間に型を取ったのでカエルはちゃんと後で放しました」
「いやそういう問題か?」

「…しかし、ここまで見事にカエルだと少々食べにくいな」
「はい。なので、カエル型以外も用意しました。クッキー用の型抜きを参考にして、丸型や花型、葉っぱ型などもあります」
「最初からそっちを出せよ」

「どうぞ、殿下。召し上がってみて下さい」
「ちょっと待てこれは本当に食べても大丈夫なのか?安全なんだろうな?」
「もちろん安全です、毒検知の魔術には何も引っかかりませんでした。摂取しても人体に悪影響は一切ありません」
「お前魔術使えば何でも解決できると思うなよ!毒じゃないからって食えるとは限らないんだからな!」
「ちゃんと食べられますよ!味見だってしましたし!」

「…分かった。リナーリアが作ってくれたものだ。食べよう」
「いや無理すんな殿下…その勇気は認めるけどな…」
「そしてこっちがスピネルの分です」
「俺のもあんのかよ!?いらねえ!!」
「ええっ!?いらないんですか!?」
「今の話の流れでいる訳ねえだろ!」

「一生懸命心を込めて作ったものなんです…食べてくれないんですか…?」
「ぐっ…!」
「…スピネル。覚悟を決めろ」
「うっ…。…クソ、分かったよ!食べればいいんだろ!」
「わあ有難うございます!後で食味と体調変化のレポートお願いしますね!!」
「てめえ!!」
「いや本当に美味しいんですって。大丈夫ですからどうぞ」


「……」
「…美味いな」
「嘘だろ…?本当に美味い…?」
「何でそんなに半信半疑なんですか?何度も試行錯誤して、美味しく作れるまで頑張ったんですよ。ものすごく時間がかかりましたが…。殿下のものは粉末状にしたミルクを加えて口当たりを良くしてあります。スピネルは甘いものがあまり好きではないので、苦味を活かしてできるだけ砂糖を控えて作りました」

「そうなのか…。うむ、本当に美味い。ありがとう」
「…ああ。ちゃんと美味い。ありがとな」
「はい…!あ、ちなみにこれ、贈られた相手には1ヶ月後にお返しをするのが決まりなんだそうですよ。ただし、もらったチョコレートの3倍の価値があるもので」
「3倍!?これ相当貴重なものなんじゃないのかよ!?」
「はい。魔術効果のついた剣の2本や3本買えるでしょうね」
「そんなにするのか」

「もちろん殿下は気になさらなくて結構ですよ。でもスピネルはちゃんと3倍でお願いします」
「ゼロか3倍かよ!対応に差がありすぎだろ!!」
「従者はお給金も良いじゃないですか。この機会にパーッと使って経済を回しましょうよ」
「そういう事なら俺もちゃんとお返しを贈る。リナーリア、何か欲しいものはないか」
「え、殿下は本当にいいんですよ。別に欲しい物などありませんし」
「そ、そうか…俺からはいらないのか…」
「お前本当に下らない冗談やめろ!どんどん話がややこしくなるだろうが!」

…それから数年後、王都では希少な高級菓子としてチョコレートが流行ったとか流行らないとか。
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