上 下
42 / 169
第4章

第31話 美人ランキング

しおりを挟む
「リナーリア、今日は僕と共に昼食を取ろう。使用人に命じてガムマイト領産の牛を取り寄せた。味わわせてやろう」
「ええと…」

 私は困惑しつつやんわりと微笑んだ。
 面倒くさい。というか、学院の食堂で自分用の牛肉焼こうとするな。迷惑だろう。

 私を誘っているのは、オットレ・ファイ・ヘリオドール。
 王兄フェルグソンの息子…つまり、殿下にとっては従兄弟に当たる人間だ。私や殿下の一歳上の学年になる。
 入学前のダンスパーティーではトリフェル様のパートナーをやっていた。

 フェルグソンは兄であるにも関わらず国王の座についていない時点で大体察することができるのだが、色々と問題のある人物だ。
 過去にあれこれやらかしたせいで王位継承権は放棄させられているが、息子であるこのオットレには継承権が残っている。
 国王陛下には子供は一人しかいないので、オットレは王子や王弟・王妹に次ぐ継承権の持ち主という事になる。ミドルネームのファイは高い王位継承権を持つ者の証だ。だが…。
 はっきり言おう。私はこいつが大嫌いである。

 オットレは本来なら父が国王で、自分はその後継者だったはずだとでも思っているのだろう、とにかく態度がでかい。自惚れが強く周囲の人間の事を見下している。
 さらに殿下に対する対抗心が物凄く強い。どうせ勝てないくせに事あるごとに張り合ってきて、しかも汚い手を使ったりする。

 前世では、殿下の従者だった私もこいつには相当嫌な目に遭わされた。嫌味や陰口くらいならまだいいが、時にはひどい嫌がらせなどもされた。
 こいつとその取り巻きに学院の池に突き落とされた事まであるが、騒ぎを聞いて駆けつけた殿下が激怒し、それ以来あまり絡まれなくなった。

 殿下が本気で怒る所を私はその時生まれて始めて見たのだが、本当に怖かったのでとてもびっくりした。普段温厚な人物が怒ると怖いのだ。
 その後もずっと、自分からは決して声をかけないという冷たい対応をしていたと思う。
 よほど腹に据えかねたのだろうが、殿下にしてはとても珍しい事だ。

 そんな訳で私はこいつが嫌いなのだが、今世の私は今の所こいつに嫌がらせなどは特に受けていない。むしろ一見好意的に寄って来られている。
 実はあの舞踏会の日も誘われたので一度踊っているし、その後もお茶だの何だのあれこれ誘われている。ものすごく面倒くさい。

 まあ私自身に興味がある訳ではなく、殿下に対抗したいとか嫌がらせしたいとかいうのが主な理由なのだろうが、他のご令嬢にもよく声をかけているようなので単に見境がないだけかもしれない。
 どうやらトリフェル様とは上手くいかなかったようだが、原因はその辺りにあるのではないだろうかと思う。


 だから今日の誘いも断りたいところなのだが、今は午前の授業が終わったばかりで周囲にたくさん生徒がいる。ここで断るのはかなり角が立ちそうだ。
 正直こいつと友好的な関係になどなりたくないが、かと言って無駄に敵対するのは論外だ。
 王位継承権を持つこいつには、殿

 こいつ自身は小物なので黒幕の可能性は低いと思っているが、しかし黒幕に繋がっている可能性は十分にある。
 まだ何の手がかりも得られていない今は付かず離れずの距離を保っておきたい。
 仕方ないので了承しようと思った時、オットレの後ろから殿下とスピネルが近付いてきた。

「オットレ、悪いがリナーリアは俺と先約がある」
「エスメラルド」

 オットレはあからさまに嫌そうな顔をした。舌打ちせんがばかりの様子だ。

「…チッ。ならいい」

 こいつ、本当に舌打ちしたな…。殿下に向かって。
 内心イラッとしつつ、私は「申し訳ありません」とオットレに頭を下げた。



「…殿下、お誘いいただきありがとうございました」

 食堂で、私は正面に座った殿下に向かい小声で礼を言った。先約があるというのは嘘だったからだ。
 おかげでさほど角を立てずにオットレから逃れられた。

「君はオットレに何かされたのか?」
「いえ、特に何もされてませんよ」

 殿下が少し心配そうにしているようなので、私はいつも通りの顔で首を横に振る。
 眉をひそめたのはスピネルだ。

「でもお前、あいつの事嫌そうにしてただろ」
「…顔に出てました?」

 思わず頬に手をやる。ちゃんと隠していたつもりだったのだが。

「まあちょっとな。周りにはバレてないと思うが」

 だから殿下は私を助けてくれたのか。
 まだまだ修行が足りないな…。ちゃんと隠せるようにならなければと、内心で気を引き締め直す。

「本当に何もないですよ。…でも、あの方が魔術師を侮る発言をしているのを聞いた事がありまして。それであまり好意的になれないと言うか…」
「なるほどな」

 私の言い訳に二人は納得してくれたようだ。思い当たるフシがあったのだろう。
 実際それも、私がオットレを嫌う理由の一つだ。
 王兄フェルグソンは騎士至上主義者で魔術師を蔑視している。そんな父の影響を受けたオットレもまた、普段から魔術師を馬鹿にするような態度を取りがちなのだ。

「お前魔術の事になるとやたらプライド高いもんな」
「…私の唯一の取り柄ですので」

 勉強などもそれなりに得意なつもりだが、それは多少努力すれば誰にでもできるものだ。
 私が僅かなりとも他人より勝っていると感じられるのは、魔術だけである。

「そんな事はない。君には良い所がたくさんある」

 殿下がやけに真剣な様子で言う。そう言ってくれるのは殿下だけだ。
「ありがとうございます」と笑うと、殿下は何か言いたそうにしたが、そのまま口を噤んだ。


「でも最近、ああいう…男子生徒から声をかけられる事が妙に多いんですよね。やっぱり目立ってしまったせいでしょうか…」

 入学してからもう1ヶ月は経つ。
 時間と共に私への好奇の目は薄れてくれるだろうと思ったのだが、近頃むしろ注目が増えているような気がする。

 食事に誘ってくるようなのはアーゲンやオットレくらいだが、何やら様子を探るように馴れ馴れしく世間話を持ちかけてくる男子生徒は多い。
 前はそういうのはほぼ、殿下とスピネル目当てのご令嬢だったのに…。
 適当にあしらっているが面倒だ。女子生徒も苦手だが、ぐいぐい来るような男子生徒も結構苦手なのだ。

 第一、どいつもこいつも前世では同級生や先輩だった者ばかりだ。
「やあ!今日も美しいね!」などとお世辞を言われても、「こいつ胸より尻派だったな」とか「確か年上好きで男爵夫人と不倫して大問題になる奴だったな」とか思い出すとまともに相手をする気になどなれない。
 別にそんな事いちいち記憶していたくはなかったのだが、覚えているのだからしょうがない。
 こういう情報は後々役に立ったからな…。

 そう考えると、アーゲンやオットレの女の趣味は知らなかったので良かった。知っていたら食事に誘われた時うっかり噴き出してしまったかもしれない。
 ちなみに殿下の好みは「誠実な女性」だった。実に殿下らしいと思う。
 スピネルの好みも知らないな。女性は全部好みとか言いそうに見えたが、今世では違うかもしれない。全然遊んでないようだし。


 前世では魔術師課程の男子生徒とは良好な関係を保っていたけれど、彼らは大人しいせいか今世ではさっぱり会話をできていない。むしろ避けられている気配すらある。
 何故自分から女性に寄っていくような男は騎士課程ばかりなのだろう。そしてどうして私に声をかけるのだろうと首を捻る私に、スピネルが肩をすくめる。

「そりゃ、お前が今男人気でナンバー2って事になってるからだろ」
「は?」

 私は怪訝な顔をし、それからすぐに思い当たった。

「…あれですか。学院内美人ランキングとかいう」
「なんだ、知ってるのか」
「小耳に挟んだだけです。具体的な内容は知りません」

 学院内美人ランキング。前世で度々耳にしたものだ。
 男子生徒の間だけで行われているもので、誰がいつどうやって集計しているのかは知らないが、どうも定期的に行われているらしい。
 しかしそれよりも聞き捨てならないのは、先程のスピネルの言葉だ。学院には見目麗しいご令嬢がいくらでもいるのに、私がそこに入るとは思えない。

「私がナンバー2ってなんですか。そんな訳ないでしょう」
「新入生入学後の最新ランキングでそうなってるんだよ。1位がフロライア嬢で、2位はお前だ」
「はあ?」
「気にする事はないだろ。顔ならお前の方が美人だと思うぞ?ただフロライア嬢はお前が持ってないものを持ってるってだけで」

「は?どう見てもフロライア様の方がお美しいでしょう。貴方目がおかしいんですか?」
「褒めてやってんのになんだその言い草!!」
「全然褒めてないですよね?大体、私が持ってないものって具体的にどこの事を指しているのか尋ねても?」
「ああん?言っても良いのか?」


「やめろ、二人共」

 一触即発で睨み合う私とスピネルを止めたのは殿下だった。

「誰を美しいと感じるかは人それぞれだ。争う必要はない」
「…そ、そうですね」

 つい売り言葉に買い言葉でむきになってしまった。身を縮める私に、だがスピネルは面白そうな表情になる。

「そうだな、人それぞれだな。じゃあ殿下はどうなんだ?誰が一番美人で魅力的だと思う?」
「…それは」
「殿下」

 何か言おうとした殿下を私はすぐさま遮った。

「まさか殿下は、美しさで女性の優劣をつけるような下劣な真似はなさいませんよね?」

 にっこりと笑ってみせると、殿下は言葉に詰まって黙り込んだ。
 途端にスピネルがつまらなさそうな顔になる。
 別に容姿の事などどうでもいい。彼女が私より美しく魅力的なのは当たり前だ。そんなのは分かっている。
 だが、殿下の口から彼女を褒める言葉はやはり聞きたくなかった。


 何となく気まずい沈黙が落ちる。それを破ったのはスピネルだった。

「…まあ、とりあえずオットレには気を付けとけ。あいつはろくな野郎じゃないからな」
「そうですね」

 私はうなずいた。あいつには十分に警戒をしなければ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇~もう辞めさせとくれっ!?~

月白ヤトヒコ
ファンタジー
 教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。  前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。  元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。  しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。  教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。  また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。 その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。 短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。

【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん
ファンタジー
 ~あらすじ~  炎の力を使える青年、リ・リュウキは記憶を失っていた。  見知らぬ山を歩いていると、人ひとり分ほどの大きな氷を発見する。その中には──なんと少女が悲しそうな顔をして凍りついていたのだ。  美しい少女に、リュウキは心を奪われそうになる。  炎の力をリュウキが放出し、氷の封印が解かれると、驚くことに彼女はまだ生きていた。  謎の少女は、どういうわけか、ハクという化け物の白虎と共生していた。  なぜ氷になっていたのかリュウキが問うと、彼女も記憶がなく分からないのだという。しかし名は覚えていて、彼女はソン・ヤエと名乗った。そして唯一、闇の記憶だけは残っており、彼女は好きでもない男に毎夜乱暴されたことによって負った心の傷が刻まれているのだという。  記憶の一部が失われている共通点があるとして、リュウキはヤエたちと共に過去を取り戻すため行動を共にしようと申し出る。  最初は戸惑っていたようだが、ヤエは渋々承諾。それから一行は山を下るために歩き始めた。  だがこの時である。突然、ハクの姿がなくなってしまったのだ。大切な友の姿が見当たらず、ヤエが取り乱していると──二人の前に謎の男が現れた。  男はどういうわけか何かの事情を知っているようで、二人にこう言い残す。 「ハクに会いたいのならば、満月の夜までに西国最西端にある『シュキ城』へ向かえ」 「記憶を取り戻すためには、意識の奥底に現れる『幻想世界』で真実を見つけ出せ」  男の言葉に半信半疑だったリュウキとヤエだが、二人にはなんの手がかりもない。  言われたとおり、シュキ城を目指すことにした。  しかし西の最西端は、化け物を生み出すとされる『幻草』が大量に栽培される土地でもあった……。  化け物や山賊が各地を荒らし、北・東・西の三ヶ国が争っている乱世の時代。  この世に平和は訪れるのだろうか。  二人は過去の記憶を取り戻すことができるのだろうか。  特異能力を持つ彼らの戦いと愛情の物語を描いた、古代中国風ファンタジー。 ★2023年1月5日エブリスタ様の「東洋風ファンタジー」特集に掲載されました。ありがとうございます(人´∀`)♪ ☆special thanks☆ 表紙イラスト・ベアしゅう様 77話挿絵・テン様

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...