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第10話 誰でも日常はエロと隣り合わせだという話

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 翌日、須崎は連絡なく会社を休んだ。いわゆる無断欠勤だ。相変わらず、キーホルダーは机の上に置いたままになっている。理佐に拒否られて廃校跡から出たあと、家に帰っていないということだと思われる。いったいどこで寝泊まりしているのか。まあ、今どきはネカフェとか漫喫とかいろいろな手段があるが、わざわざ外泊する理由がよく分からない。

 夕刻、オレは部長室に入り、鮫島部長に須崎が無断欠勤をしていることを報告した。
 部長はオレの報告になぜか驚いた様子で黙り込んだ。そして髭の剃り跡をなでながらたっぷり1分以上も沈黙した後、オレの目を見ながら、「すこし気になることがあるんだが」と言った。

「気になることですか?」
「うむ……ちょっと待ってくれ」

 鮫島部長はそう言うと、受話器を上げてどこかに電話をした。

「ああ、鮫島だが。例の件、秘書課の担当者は? ……四宮さんか。じゃあ、こちらからは中野課長を出すから、至急対応で頼む」

 部長は電話を切ってオレの顔を見た。

「実は、黒井専務も昨日から連絡がつかないんだ。昨日は取締役会を含めて重要な会議を3本、事前連絡なしに欠席している。何度も携帯にかけているんだが、呼び出し音は鳴るものの、まったくつながらない。こんなことは初めてだ。専務と須藤の二人はこう言っちゃなんだが、社会的立場に大きな隔たりがあって共通項も見当たらないから、おそらく偶然こうなったのだろうとは思うんだが。しかし同じ日に……ってのが気になる」
「ご自宅のほうからは何か?」
「黒井専務は3年前に奥さんを亡くしてから、大学生の娘さんと2人暮らしをされているのはキミも知っているとおりだ。昨日からその娘さんに連絡を取ろうとしているんだが、今のところ固定電話には誰も出ない」
「つまり……?」
「身辺になにか異常事態が発生しているか、専務自身の意思で我々との連絡を遮断しているか……。すまんが、キミをこの件の担当者に任命する。キミは今から秘書の四宮さんと一緒に、専務の家まで行ってみてくれないか。可能な限り周辺への聞き込み調査もやってほしい。ただし、危険を感じたら直ちに撤収すること。いいな?」

 そんな指示を受けて部長室から戻ってしばらくすると、秘書の四宮さんがオレの席まで来た。

「秘書課の四宮真帆です、よろしくお願いします」

 彼女がオレに向かって挨拶すると、周囲がパァァッと明るくなった。この界隈はヤローしか配属されて来ないから、日ごろの空気の澱み具合は半端ない。そこへ突然の四宮さんなんだが、彼女はまだ入社3年目の美人秘書として、社内の独身男性のあいだではファンクラブができそうなくらい注目を集めてきた女子だ。その反動か、最近はそれなりにひどい噂が飛び交っているような状況だ。

「四宮さんが秘書課に配属になったのは、黒井さんが人事に直接口を出した結果らしい」
「四宮さんは歓迎会で黒井専務に抱きつかれてキスされたんだって。まあ、女の子を数えたら片手じゃ足りないけどな」
「キスどころか、あの巨乳を揉み倒されたと聞いたが」
「専務室で黒井さんが四宮さんを膝に乗せてるところを見たヤツがいるって話だぞ」
「大阪支社のヤツが出張で来たときにデリを呼んだら四宮さんが来たって話はもう解禁かな?」
「え、そいつ誰? うらやま過ぎ」

 まあそんな感じだ。大きな声では言えないが、実はオレも理佐と結婚する前は四宮さんの1ファンだった。だから今こうやって四宮さんがとなりにいて、すこしドキドキしている。既婚者の分際でという批判は分かるが、結婚したからって憧れの気持ちが一瞬で消えてなくなるわけではない。

 オレたちは会社を出ると、黒井専務の家に向かった。

 電車に乗ると四宮さんは、べつにそれほど混んでもいないのにオレにからだを密着させてきた。

「あの……四宮さん、もう少し離れてもらってもいいかな?」

 電車が揺れるたびに、胸のぷにぷにした感触が伝わってきて、お得感が半端ない。

「す、すみません……でも、怖いんです」
「怖い?」
「はい……専務の家に行くのが」
「なぜ?」
「鮫島部長には言いませんでしたけど」
「まさか、キミは黒井専務にヘンなことされてるんじゃ……?」
「社内でそういう噂があるのは知ってます。でも、専務は私に対しては何もして来ないです」
「私に対しては……というのは、他の誰かには何かにはヘンなことをしてると解釈していいのか?」
「そうですね……たぶんそのことが今回の失踪に関係していると思います」
「なんだって……いったいそれは……」

 オレは改めて四宮さんの顔を見た。
 すると、四宮さんは前にも増して密着してきた。胸はオレの腕に押しつけられ、下腹部があきらかにオレの太股に当たっているのが分かる。彼女の顔はオレの胸のうえにあって、オレを見上げている。超嬉しいが、それはマズいだろ。

「四宮さん、困るよ」

 理佐と結婚していないときならウェルカムなシチュエーションだが、今は違う。

「私、怖いときはエッチな気分になっちゃうみたいなんです。専務の家でもし極限がきたときは、私、どうなるか分かりません」
「どうなるか……とは?」
「高校生のとき、一緒におばけ屋敷に行った男子のまえでひとりエッチしちゃいました」
「……」
「大学生のとき、ハイキング中に霧に巻かれて道に迷ってすごく怖くて、たまたま一緒にいたおじさんのアソコを握ってると安心できました」
「……」
「あと……」
「もういいって。分かったよ、このままで安心できるならいいよ」
「ありがとうございます」

 彼女はそう言うと、アソコの土手をオレの太股に強く押しつけた。目をつぶって息を荒くしているから、きっと気持ちがいいんだろう。

 こういうのをなんというのかオレはよく分かってないんだが、この歳になって、しかも理佐と結婚してから、なぜこうももんどり打ってエロい事案がやってくるのか。オレもイッパシの男子だから、エロいことは嫌いではない。三宅さんも四宮さんも美人だから、独身のころなら、きっとありがたく頂戴していただろう。しかし、オレには今、家庭がある。ささやかではあるが、守りたいものがある。

 そう思いながら電車を降りた。前を歩いて行く四宮さんとあんなことになるとは、このときは想像もしていなかった。


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