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第3話 そもそも嫉妬は愛なのかという話

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 いつもどおり会社に出て、いつもどおり仕事をし、いつもどおり帰宅の準備をする。昨日までと今日で、その日常に微塵の変化もない。

 が、しかし……気になることがなくはない。
 
「中野課長、どうでした?」

 やっぱり来やがった。
 
「何が?」
「何がって、例のタダマンの女の子っスよ。すっげ可愛いかったでしょ?」
「……」
「JKなんでちょっとヤバめですけど、そこがまた興奮するんスよね」
「知らない」
「なんだ、まだ行ってないんスね、オレの紹介した廃校跡……」
「忙しいんだよ」
「オレ、今日あたり、も一度行こうかな。いや、絶対にハマりますって」
「……」
「ただでいいって言われたけど、実質的にただは無理なんスよね。オレに紹介してくれた人もそう言ってました。顔も超絶可愛いし、スタイルもいいし、アソコめっちゃ狭くてギュウギュウ締めつけてくるし。オレの場合、毎回3万円渡してます。紹介してくれた人は5万って言ってました。ハッキリ言って、いくら渡しても足りないくらいですけど」

「須崎……」
「はい?」
「その子と何回会った?」
「先月に初めてやってから計4回ですね。ホントは毎日やりたいくらいなんですけど、最低でも一週間以上はあけてくれって言われたのと、あの場所に行ってもいないことも多いんで……」
「オマエ、年末には商品企画課の三宅さんと結婚するんだったよな?」
「え? ……ええ」
「そんな女の子より、婚約者を大切にしなきゃダメじゃないか」
「まあ、それはそうなんスけど……ハハハ。でもオレ的に、顔とアソコの好みはここだけの話、三宅よりもタダマンの子が圧倒的スかね。あーっ、言ってたらやりたくなった。今日も行って、後ろからズッポリとやってアンアン言わせてやりますわ」

 行ってこいよ。誰もいないから。

 そういう話、昨日まではなんともなかったんだが今はダメだ。まるで自分の奥さんが陵辱されているようで……というか実際、自分の奥さんが陵辱されている訳で、イライラしてとても冷静ではいられない。

 帰宅途上の電車の中で、須崎の嬉しそうなスケベ顔がずっと脳裏に焼き付いて離れなかった。ヤツが婚約している商品企画課の三宅さんは、社内でもかなり可愛いと評判だったはずだ。まあオレの嫁には圧倒的に負けてるんだが、それにしてもこれでは彼女が可哀想すぎる。

 一方で、理佐がなぜ、どれくらいの期間、何人を相手にあんな廃校跡でセックスを続けていたのか、いま聞いても彼女はきっと答えないだろう。でも、もし須崎のような男ばかりを相手にしていたんだとすれば、彼女がオレのところに来たのもなんとなく分かるような気がする。

 そんなことを思いながら、オレはアパートに帰ってきた。もしかして今朝までのことがすべて夢で、部屋に入ると誰もいないんじゃないかとも思ったが、そんなこともなく、玄関にちゃんと理佐の靴が揃えて置いてあった。オレの靴に比べると随分と小さい。

「おかえり、コースケ」

 理佐はいたずらっぽく柱のかげから覗いてニッコリと微笑んだ。着ているものが制服ではなく、Tシャツとショートパンツになっている。出会ったときは素っ気なかったのに、今はなんでそんなに笑顔がまぶしいんだ。

「ただいま」
「夕食、つくったよ。冷蔵庫になんにも入ってなかったから、スーパーでお買い物してきた。今日は豚肉の生姜焼きとオクラの天麩羅、野菜サラダとナスのお味噌汁よ」
「そうか……」
「ついでにアタシの服とかパンツとかも買ったの。どう、これ?」

 理佐はわざわざショートパンツをめくって、レースの入った薄い水色のパンツを見せた。

「そうか……」
「どうしたの? 会社でなんかあった?」

 オレは理佐に須崎の話をするかどうか、一瞬迷った。

「べつに何もない。メシ食おう」
「うん、アタシこれでもお料理には自信があるんだ」

 顔と手を洗って着替えて、台所に立ってる理佐の後ろ姿を見ると、すこし気分が落ち着いた。

「今日、会社に扶養の届けを出してきた」

 と、オレは豚肉を頬ばりながら言った。たしかに料理は上手かもしれない。甘辛の好みはあるけど、大事なポイントはちゃんと押さえてある。まあそれよりも何よりも、手料理なんて食べるのは久しぶりなんだが。

「会社の人、何か言ってた?」
「何かって?」
「奥さんが若いとか、奥さんが若いとか、奥さんが若いとか」
「ハハハ、総務の人間はそういうプライベートにはタッチしないの」
「なーんだ。こんなに若い奥さんのいる人ってたぶん他にはいないのに」
「まあそうだな。二十歳の嫁もらうなんて一種の犯罪かもな」
「コースケの会社って、女子社員はいるの?」
「うーん……半分近くは女子かなぁ。なんで?」
「会社のこと全然わかんないし、ちょっと不安」
「不安?」
「……たとえば、なんか綺麗な人に誘惑されたりとか」
「コミックの読み過ぎだよそれ。会社の中ってね、みんな一生懸命仕事してるってこともあって、以外とそんなことはないの。不倫の噂が立つとあっという間だし、会社にバレたら降格されて即転勤だからね」
「ふーん」
「それに、たぶん理佐より可愛い人はいないと思うよ。たぶんというか、絶対いない」
「ホントかなぁ」
「もしオレが不倫したらどうする?」

 理佐はすこし考えて、

「たぶんその相手を刺しにいく」
「マジ?」
「うん。アタシ、わりとそういうのダメっていうか、昨日も言ったと思うけど、浮気は許さない人なの」
「浮気許さないなら、相手じゃなくてオレが刺されるんじゃないの?」
「違うの。浮気されてもコースケのことが好きだったら、コースケを刺したらダメじゃん」
「そっか。じゃあオレも刺すかな……」
「え……?」

 言ってからしまったと思ったけど、もう止められなかった。

「誰を刺すの?」
「須崎ってヤツ。オレの部下の須崎ってヤツが、キミと4回もやったって」
「……」
「今日もキミに会いに行くらしい。キミのことを超絶可愛いとかギュウギュウ締め付ける名器だとか自慢してたよ。オレに向かってね」

 理佐は急に口元を押さえると、大粒の涙をいっぱい溢した。箸を持った手が震えてる。

「アタシ……出ていった方がいいよね? やっぱり無理よね? こんな女が奥さんなんて……」

 理佐は立ちあがって頭を下げると泣きながら玄関に向かった。

「理佐!」

 オレは彼女の手首を掴むと引き寄せ、強く抱きしめた。
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